明日方舟 短編集 作:すきゃーいふれあ
「ねぇ、ドクター。星がどれくらい明るいか知ってる?」
「いや…詳しくは知らないな。でもかなり離れていてこれほど照らしているのだから相当な光量なんじゃないか?アステシアにでも聞いてみるか?彼女は天文学者だからそういうことにも詳しいだろうし…」
「いや。いいよ。…ただ気になっただけだからさ。」
ここはロドスの甲板。そこに仕事を終えたドクターとアンジェリーナは星を見ていた。きっかけは…
『ねぇドクター、今夜は流星群が降るらしいんだよ、一緒に見てみない?』
というアンジェリーナの誘いをドクターが受けたからだった。
「あたしのお母さんの故郷、極東にはね、こんな言い伝えがあるんだよ。流れ星を見つけて心の中で三回、お願い事をすればその願い事が叶うっていう、そんなお話。」
「ほう、それは面白い話だが…だが光速を目視してからでは三回も出来るのか…こう言ってはあれだが人間というのは唐突なことに弱い。意表を突かれたことには対応が出来ないときもある。」
「もう…そういうことじゃないよ…ドクターって浪漫がないよね…」
「むっ…すまない。何事もつい論理で理屈付けて考えてしまう…確かに私の悪手だな。」
ドクターは学者肌である。それは記憶喪失になってからも変わらない。理屈屋であるため時々発言で空気を台無しにしてしまう。それに関しては彼も悪癖であることを理解しているが中々直らない。
「…まあ今そんなことを考えていても意味がないか。それで、アンジェリーナ。流星群は何時頃に見える予定なんだ?」
「もうそろそろ見たいだけど…場所によっては見えないかも。天気で見えないっていうことはないと思う。」
「そうだな。こんなにも晴れているし。」
今夜の夜空は雲一つ見当たらない快晴だった。雲で隠れて見えないという事はまずないだろう。
「まあ気長に待とうか。ドクターも何か飲むよね?色々飲み物用意しているんだ。」
カバンからいくつもの缶を取り出すアンジェリーナ。彼女は長期戦になることを見越して準備を進めていた。
「ならコーヒーを。」
「コーヒーだね、オッケ。本当は美味しいメーカーがあるんだけど流石に外には持ってこれないから今日はこの缶コーヒーで…」
「大丈夫さ。それに、アンジェリーナ。今は缶コーヒーであっても相当美味しいんだ。君がそう気に病む必要ない。」
「そっか…ごめん、なんか気を遣わせちゃってさ…あたしから誘ったていうのに…」
少し彼女の様子がシュンと落ち込んだように見えた。普段明るいアンジェリーナはポジティブかと思われているが彼女は確かに明るいが繊細な性格のためこういったちょっとしたことでも落ち込んでしまう時はある。
「…夜空に輝く星で最も明るいものを一等星と呼ぶんだ。」
「ドクター?」
「今日は良く晴れている、一等星だけじゃなくその下の二等星、三等星も良く見える。」
ドクターは頭上を見上げる。それに釣られてアンジェリーナも上を見た。
「けれど、ああやって輝いてる星たちは。今よりずっと昔に輝いてその輝きを今こうやって私たちの目に映しているんだ。」
光年というのは距離だ。光が一年で進める距離。その果てしない光年を超えて、今こうやって夜空で輝いている。
「そう言った意味で見ると、私が思うには君たちは星だと思うんだ。」
「あたしたちが…星?」
「うん、ロドスのオペレーターは皆、それぞれ複雑な思いがあってオペレーターになったと思う。けれどこうして皆が戦ってくれることは私はとてもありがたい。こんな私の理想を手伝ってくれる君たちはさながら、輝き続けている星のようだ。」
ドクターは世界を変えるだけの力はある。そう言われている…が、彼はあくまで指揮官として優秀なだけであって戦士ではない。だから一人になれば弱いし、一人では勝てない。兵があっての指揮官で、兵のない指揮官などただの弱者だった。
「…ドクター。」
アンジェリーナはそんなドクターを見てどこか感慨深げに、しかし少し寂しそうに視線を送っていた。
「ならね、ドクター。あたしたちは衛星だよ。」
衛星、星の周りを周る星。そのいくつもの衛星が回っている。
「ドクターが星であたしたちが衛星。みんなね、ドクターの理想に共感して、叶えたいと思っているから今ここに居るんだよ。あたしたちのキングは…貴方なんだよ。」
「私に王は似合わないさ。それに王ならば私よりももっと適任がいる。彼女こそこの混迷に満ちた時代を照らす星になってくれるだろう。」
「…それって、アーミヤちゃん?」
「ああ…だから私は王ではない。王にはなれないが王を支えることはできる。軍師にはなれるからな。」
ドクターは自分を真っ当な人間とは評価していない。どれほど崇高な理由があったとしても戦争に身を投じてしまえばその身は黒く染まり、光を齎すことなど出来ない。それが彼の持論であった。
「けれどもアーミヤは違う。彼女は…彼女はこの時代で光になれる。幾ら戦火を進んでも彼女の輝きが失われることはない。」
上空を指さし、一等星を彼は見た。
「アーミヤは一等星だ。…そして君たちも星だ。私は夜の暗闇に過ぎないが、星があってこそ暗闇も映える。だから…君たちの存在はもう私にとっては不可欠なのだろうな。」
うんとドクターは納得するように頷いた。が、アンジェリーナは不服そうな視線を送っていた。
「ね、ドクター。」
「うん?どうかしたのかい。アンジェリーナ。」
「あたしは…あたしは正直ね、ロドスに居るのもつらいって思ったことがあるんだ。ただの高校生だったあたしが何か出来るわけもないって…そう、思ってたんだ。」
そう語るアンジェリーナの表情はとても暗かった。
「あたしは感染者になっちゃったけどそれでも夢を見たいとは思う…けど、あたしが感染者であることが発覚するとさ、みんなに迷惑がかかっちゃう。そう思って、故郷からは離れたんだ。」
家族にも、友人にも、誰にも告げず一人故郷から誰にも見送られることなく旅立ったアンジェリーナ。その孤独さは語るまでもなかっただろう。
「あの時は何も見えなくて暗闇に居たんだ…けど今は違うよ。ロドスに来て、ちょっとは迷ったけど。今のあたしは…ちゃんと見えている。」
「…そうか。ロドスは君の明かりになれたんだな。」
「うん。あたしの道を照らしてくれたよ…でも…やっぱり星は…ドクターが…」
アンジェリーナはにこやかな顔で言っていたが最後はぼそぼそと小声になり最終的には消え入りそうになり、聞こえなくなった。そのためドクターは最後の言葉が聞こえなかった。
「アンジェリーナ、すまない。最後の辺り、何て言っていたんだい?」
「え!?あ、や、やっぱり何でもないよ。うん…」
疑問符を浮かべたドクターだったが深くは追及しないべきかと納得し、とりあえずは聞かないことにした。
「あ、ドクター見て!」
アンジェリーナは空を指さした。そこには数多の流れ星が降り注いでいた。
「…流れ星…」
「綺麗…」
その神秘的な光景に一時期目を奪われていたがドクターはふと思い出したのか。
「そうだ、アンジェリーナ、お願いするのか?」
「え、あ。そうだやろう!」
アンジェリーナも思い出したのか目を閉じたまま何かを祈りだした。ドクターもまた願いが成就しますようにと祈り、願った。
『この世界に光がありますように』
誰に言うわけでもないが彼は呟いた。それが叶うかは自分次第だが願掛けには丁度いいだろう。
「そっか…やっぱりドクターは…」
「うん?アンジェリーナはもう祈り終わったのか?」
「うん…まあね。」
「どんなことを願ったんだ?」
「普通、それ聞いちゃうかな…。でもドクターと似たようなことだよ。」
アンジェリーナはまたふと空を見上げた。
「ねぇドクター。流れ星の言い伝えって知っている?」
「うん?…いや、知らないな。」
「ともに願った人たちは永遠の絆で結ばれる…なんていうチープなものだけれどさ。」
「永遠の絆か…」
それは良いものだなと彼は言った。
「うん、これからもよろしくね、ドクター。」
アンジェリーナは微笑み、振り返った。その笑顔は多分今まで一番良い笑顔だった。
「いつでも待ってるよ。星が…あたしに気が付いてくれるのを。…貴方という、あたしを照らす星が…」