明日方舟 短編集   作:すきゃーいふれあ

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姿を重ねて

その誘いは突然だった。

 

今日はドクターの休日。最高執行責任者という立場にいる以上ドクターはあまりにも仕事が多く、休暇など滅多にない。今日はその滅多にない休暇の日であり、ドクターが心待ちしていた日でもあった。そんな日に、

 

 

 

 

「どうだ、盟友よ。少し、私の戯れに付き合ってはくれないか。」

 

 

ドクターの私室には何と我が物顔でいるシルバーアッシュがいた。しかしドクターは既にこれまでも何度も何度も私室で遭遇したことがあるのでこの程度では驚かなくなっていた。

 

 

そんな彼が机の上に広げているのはチェス盤だった。

 

 

 

「…チェス?」

 

 

「そうだ。この盤上遊戯に少々付き合ってくれないか。」

 

 

それは意外な提案だった。普段のシルバーアッシュはもっと威厳に満ち溢れた振る舞いをしているためこのような遊戯に対しては鼻で笑うようなイメージがドクターの中にはあったが…その実、彼はこう言ったこともしっかりと嗜んでいた。

 

 

「そう意外そうな顔をするな。私のこれも貴族の嗜みとしての一環だ。だが嗜みで終わるつもりは無い。…問題はだが、ドクター、お前にチェスの知識はあるかという事だ。」

 

 

シルバーアッシュは言外にドクターが記憶喪失のためやるのが出来ないのではという不安を見せていた。しかし…

 

 

「大丈夫だ。確かに今の私に経験がないのは事実だが…どうやら以前の私は随分と嗜んでいたらしい。頭が覚えている。」

 

 

彼の思考内にはどの駒をどのように動かせば最善手になるかが並列的に考えが浮かぶ。その様子は他者から見ればさながら機械のように見えるかもしれない。だが彼は確かにチェスを知っていた。そしてその様子を見たシルバーアッシュは上々と笑みを浮かべた。

 

 

 

「ならば余計な理屈は不要だ。私とこれに少しばかり付き合ってくれないか。」

 

 

「…勿論だ。」

 

 

実は言えばドクターは休日を過ごすのが下手糞な人間だ。目覚めてからこの方バケモノのような仕事量をこなして滅多にない休日はどうすればいいか分からないという仕事に生きている人間ならではの休日をどうすればいいか分からない人間だ。そのためシルバーアッシュのこの誘いはドクターにとって渡りに船。願ってもないヒマつぶしの手段であった。

 

 

 

「そう来なくては。」

 

 

シルバーアッシュはドクターが乗ることを予想していたのか不敵な笑みを浮かべたままドクターへ着席を促した。

 

 

それから彼らのチェスが始まった。

 

 

もはや語るまでもないがドクターは用兵に置いて誰も寄せ付けないほど高いポテンシャルを所持している。だが今の彼は記憶喪失のためまだ十割ではないと言われており底が知れぬ状態だ。故に盤上であろうとも彼にとって戦場は戦場。これもまた彼の本領を見せる絶好の場。

 

 

 

「流石、盟友。戦場においては無敵の振る舞いをするな。」

 

 

「其方こそ。私に食い下がるだなんてあなたも実に卓越しているよ。」

 

 

現在、ドクターがやや優勢、シルバーアッシュがやや劣勢。だが逆転の余地がないわけではなくシルバーアッシュにも挽回の機会は残されていた。

 

 

恐らく並の相手ならばドクターは最短手で蹴散らしてしまうだろう。だがドクターにシルバーアッシュも食い下がる。シルバーアッシュもまた名将ということがよくわかる。

 

 

 

一手。

 

 

「こうしてまたお前と打っていると学生の頃を思い出す。」

 

 

また一手。

 

 

「学生の頃?私とシルバーアッシュはその時からチェスをしていたのか?」

 

 

そしてまた一手進む。

 

 

「嗚呼、実に鮮明に覚えている。当時では私はお前に一度も勝てはしなかった。」

 

 

ドクターが一手を指す。

 

 

「そんなに強かったんだな、当時の私は。」

 

 

シルバーアッシュが進める。

 

 

「ああ。そしてその輝きは今も変わりない。いや、むしろ今以上に光り輝いている。ロドスという場がお前の輝きを増幅させているのだ。」

 

 

ドクターが一手打つ。

 

 

「勿体ない評価をどうも。けれど私は所詮指揮官、兵がなければ成り立たない。」

 

 

シルバーアッシュが長考。ここまで来て始めての出来事だった。

 

 

「だが兵を得たお前は誰にも止めることはできない。お前はそうして生まれて来たものだ。」

 

 

不本意かもしれないがな、と彼は足し一手を指した。

 

 

 

「そうかもしれない…けれど、そうじゃないと思う。私はそれだけの為に生まれただけじゃない筈だ。もっと多くのことをするためにこの世で生み出されたはずだ。」

 

 

一方ドクターは迷わずそのまま指す。シルバーアッシュも道筋が見えたのか。

 

 

「では問おう、我が盟友よ。お前にとって戦いとは、戦場とはなんだ。」

 

 

彼も迷わず一手を打つ。そして回ってくるドクターの番。

 

 

「手段の一つだ。戦火を終わらせるためには戦火に身を投じるしかない。そして全ての戦火を消し終えるために戦闘という手段を取る。」

 

 

ここに来てドクターも少し考え込む。そして一手を指してボーンを取る。

 

 

「成程、それがお前の戦場への解か。面白い、お前はあくまでも本質ではなく、側面に過ぎないと、そう言うか。」

 

 

長考せず迷いなき一手。シルバーアッシュにやや有利に傾き始めて来た。

 

 

「そうだ。戦争だけが全てではない。私が、ロドスが戦う理由はその先にある平穏のためだ。」

 

 

反攻に移るドクター。ドクターは反撃の一手を講じ始める。

 

 

「それは高尚な理想だ。だがお前は…お前は戦場においてこそ最も輝く。誰よりも戦場を求めているのはお前だ。」

 

 

反攻を一蹴するシルバーアッシュ。

 

 

「それは…」

 

 

迷いを見せるドクター。その迷いが隙となりドクターに迂闊な一手を打たせてしまった。

 

 

 

「違うとでも言うか。お前は自分の本質を誰よりも理解しているはずだ。お前は戦場で感じているはずだ。喜びを…相手を屈服させる征服感を。」

 

 

そこを見逃す彼ではなく、あっという間にピンチに陥ったドクター。

 

 

 

 

「…確かに。」

 

 

だが彼の声音は落ち着いていた。先ほどまで見せていた動揺はまるで最初からなかったように雲散霧消し、その瞳は冷静ないつものように俯瞰する瞳だった

 

 

「確かに私は口で語るほど真っ当な存在ではないだろう。戦場が最も私を活躍させる場かもしれない。だけれど、だ…私の掲げた理想に嘘偽りはない!」

 

 

 

そしてドクターが打った一手。それがきっかけとなる。

 

 

「お前にはあるのか、その理想に殉じる覚悟が。」

 

 

「言わなくとも。」

 

 

 

「…なるほどな…」

 

 

シルバーアッシュはふむと言葉を漏らした。そして自身が追い詰められていることを悟っていた。

 

 

 

「やはり…お前は何も変わらないな、盟友よ…。機械のように正確であっても己の信念が一切揺らぐことなく、貫く…」

 

 

 

「私はシルバーアッシュとの過去を覚えているわけではない。けれどそれでも分かることはある。深い因縁があることも。…けれど私は一歩も退くつもりは無い。血に濡れる道であっても進んで見せる。」

 

 

 

「…ああ。そうだな…そこで進めなかったならば…全てが嘘になる。」

 

 

「そうだ。これまで後ろで流れて来た血が私に止まるなとそう言っているんだ…だか…チェックメイトだ。シルバーアッシュ、いや…エンシオ。」

 

 

 

ドクターの指した一手…それはすなわちシルバーアッシュの詰みを表していた。

 

 

 

「…そうだ、私の負けだ。さすがだな盟友よ、ブランクがあるとは思えない。」

 

 

シルバーアッシュは負けた。だが彼の表情はかなり生き生きとしている。そう見えた。

 

 

 

「いや…正直危ない試合だった、後何回もやっても私が勝ててたとは思えない。…其方も良い腕だ。」

 

 

シルバーアッシュもとても強敵であったとドクターは賞賛する。だが彼は首を振り…

 

 

 

「いや…まだだ。私はお前を越えねばならない…肉薄するだけではだめだ。このままではまだ足りない。」

 

シルバーアッシュのその瞳は晴れやかであっても奥にはドロドロとした感情の渦が蠢いていた。

 

 

 

「盟友よ。お前と対峙する日が――いずれは訪れるだろう。」

 

 

そう語る彼の表情は真剣であって喜色を帯びている。

 

 

「私が嬉しそうだと?フッ、そうかもしれんな。相手がお前なら、期待も膨らむというものだ。」

 

 

彼は実に楽しそうだった。ドクターとの敵対の未来を望んでいるのかもしれない。だが今はまだその時ではないと言う。

 

 

 

「私はお前を超える。超えてお前から全てを貰う。…無論、お前自身もだ。」

 

 

それは獲物を狙う瞳。そしてシルバーアッシュはドクターの顎を掴むと、ドクターの目線を強制的に自分に合わせ、そしてそのまま囁いた。

 

 

「お前を我がものとすれば…フッ、私の人生の悲願が全て叶うというものだ。ああ、実に楽しみだ、その瞬間が、な…」

 

 

 

それを語る彼の笑みが焼き付いて離れなかった。

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