明日方舟 短編集   作:すきゃーいふれあ

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執行人のお世話契約

その日、ドクターは非常に疲弊していた。ドクターは優れた指揮官でこそあるが体力は常人のモノと比べてもそう多くはない。頭脳労働をし続けて疲れないほど超人ではないのだ。

 

 

しかも危機契約というハードな任務を乗り越えてドクターの感情を抑える理性はダム決壊を迎えていた。理0である。今の彼に理性というタガが存在しないため本音が駄々洩れとなると言った事態が起きていた。

 

 

 

「お疲れ様です、ドクター。」

 

 

そんなヘロヘロのドクターを迎えたのはラテラーノ公証人役場法定執行人ことイグゼキュタ―。彼が今現在のドクターの秘書であった。当然秘書である以上出迎えなども役目というのは彼の談。

 

 

 

 

「…ああ、イグゼキュターか。流石に今日は疲れたからもう休ませてもらうよ。」

 

 

「そのようですね。何時もより窶れて見えます。今は休息をとって英気を養うべきと進言します。」

 

 

「元よりそのつもりだよ。…しかし出迎えに来てもらってありがとう。」

 

 

「いえ、これも秘書の務めかと。ドクターはお気になさらず。」

 

 

そんな職務に忠実なイグゼキュターを見て理性が決壊しているドクターは独り言に近い形で言葉を漏らしていた。

 

 

「君のように優秀な秘書がいるのはとてもありがたいな。叶うのならば色々な面倒を見てもらいたいものだ。」

 

 

実はドクターはこの時自分でも何を言っているかよくわからないしよく覚えていない。どうしろと言いたいがどうしようもない。理性が決壊しているため仕方ない。普段ならば冗談なのだが如何せん相手が悪かった。相手は生真面目の代名詞であるあのイグゼキュターであり全く融通など効かない。そのためこの発言すらも…

 

 

 

「ふむ、色々な面倒というのは具体的にはどのような内容ですか?」

 

 

案の定イグゼキュターは真剣に捉えてしまう。普段ならばここでドクター自身がストップをかけているが如何せん今のドクターは理性ゼロだ。自身の暴走など止められもしない暴走特急である。

 

 

 

「具体的か…職務を始めとして私の日常生活をサポートしてくれるのならば有難いな。聞けばラテラーノ人は皆料理やスイーツに関しては造詣が深いとのこと。是非身支度などの手伝いもしてほしいものだ。」

 

 

 

まさに本音が駄々洩れである。普段のドクターならば決して喋らぬようなことが饒舌に口から声として発せられる。そしてイグゼキュターはまた生真面目にその内容をメモしてしまった。

 

 

 

「成程、了解しました。契約内容を多少変更します。ドクターはこれからも変わりないように私を使っていただければ構いません。」

 

 

メモを閉じたイグゼキュターはそう言ったがもうドクターは疲労やら眠気やらでその言葉が耳に届いてなかった。今にも倒れそうなところをイグゼキュターが支えた。

 

 

 

「疲労困憊ですね。ドクター、私が私室までご案内します。暫くの辛抱を。」

 

 

 

こうして運んでくれるなどイグゼキュターはとても良く出来た人物であることが分かるが今のドクターは最早半ば寝かけけていたのでやはり状況が分からなかった。その後、イグゼキュターによりドクターは無事私室へ運び届けられてすやぁと安眠を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

「ター…あ…で…す…そ…ぎ…し…す」

 

 

 

微睡みの中、心地よい音が反響するように伝わる。全容は分からないがこの心地よい感覚を味わっていたい。そうしてドクターは睡眠に耳を沈めていた。…だが彼は粘り強かった。

 

 

 

「ドクター。朝です。そろそろ起きなければ業務に支障が出ます。」

 

 

そう目覚ましのスヌーズのように繰り返すのは執行人ことイグゼキュターである。任務や契約に忠実な彼は翌日に実施をし始めた。やがて繰り返し続けるとドクターの目もうっすらと開いた。

 

 

 

「ん……?イグゼキュタ…?」

 

 

だがその目は半開きの寝ぼけ眼のためまだ状況を把握しきれてないだろう。そこを見逃すイグゼキュターではなく畳みかける。

 

 

 

「おはようございます。ドクター、目覚めは如何ですか。」

 

 

 

少しぼっーとしていたドクターだが意識がはっきりとして現実に回帰して来たのか状況をようやくわかったようでその目を見開いた。

 

 

 

「イ…イ…イ…イグゼキュター!?どうしてここに!?」

 

 

「モーニングコールというものでしょうか。起きれたのならば幸いです。さぁドクター、起きましょう。」

 

 

 

「あ、ああ…」

 

 

呆然としているドクターはイグゼキュターに促されるままにベッドから立ち上がり移動した。そこで彼の格好に気が付いた。

 

 

 

「イグゼキュター…それ、エプロン?」

 

 

「はい、エプロンです。」

 

 

彼は無地の水色のエプロンをしていた。いつもの制服の上から。

 

 

 

「…なんで?」

 

 

「料理の為です。」

 

 

 

「ああ、なるほど料理のた…え、料理?」

 

 

思わずドクターの声がくぐもった。イグゼキュターの案内の元、辿り着いたのは最低限の家具しか置かれていないドクターの私室の机と椅子である。

 

 

 

「ドクター、こちら朝食です。貴方はあまり時間がないためすぐに食べれるという事を重視しました。」

 

 

「…おしゃれだ。」

 

 

それは小綺麗に盛り付けられたハニートーストだった。はちみつが飛ばないようにナプキンまで用意されているところが彼の細かい気づかいを感じる。

 

 

 

「蜂蜜の量はお好みどうぞ、私が塗ると基準通りになってしまうので少なくしたい場合や、多くしたい場合は申しつけてください。しかしトースト一枚では満腹にならないと予想しているためこちらにベーコンエッグを作っております。飲み物のお好みはありますか、ドクター。」

 

 

イグゼキュターは甲斐甲斐しくドクターの給仕を始めている。それはプロ顔負けのものである。

 

 

「あ、ええと…じゃあコーヒーで。」

 

 

「コーヒーですね了解したしました。砂糖やミルクはどういたしますか。」

 

 

「シュガーはスプーン一杯で構わない、ミルクは不要かな。」

 

 

「了解いたしました。すぐに淹れますので少々お待ちください。」

 

 

それからイグゼキュターは見事な手際でコーヒーを淹れ、食事を促した、なお味はとても良かった。朝食を終えたドクターに付き従う様にイグゼキュターは予定を読み上げていく。本物の秘書のようである。あながち間違いではないが。

 

 

 

「本日の予定ですが…」

 

 

 

それからイグゼキュターはドクターの仕事を全身全霊でサポートした。ドクターが忘れ物をしてしまった時は音速の如く取りに戻り、ドクターが眠気を感じたのならば光のような速度でコーヒーを最適な状態で提供し、誠心誠意の世話をした。それこそまるで機械のように。

 

 

 

 

「…終わってしまった。」

 

 

 

いつもは夜にも食い込むドクターの仕事が日没には終わってしまい、驚くべきことにドクターが手持ち無沙汰になった。これも全てイグゼキュターのサポートのお陰でもある。

 

 

 

「お疲れ様です。ドクター、こちらが本日の成果です。」

 

 

その日の仕事の結果を手早く彼はまとめて見やすい資料としてドクターに渡した。ドクターはそれを見て関心するように言った。

 

 

「効率がいいな。ありがとう、イグゼキュター。これも君のお陰だ。」

 

 

「お気になさらず。これも務めです。」

 

 

ドクターは昨日の理性ゼロ状態のことを漸く思い出し面倒を見てくれればいいなという本音が駄々洩れだったことを思い出した。苦笑しつつもそれを忠実に実行してくれたイグゼキュターには感謝していた。

 

 

 

「だが…しかしイグゼキュター。昨日のアレは正直言えば戯言のようなものだ。あれを契約内容に含むのは公証人役場にとってはこちらの権力の乱用に思われるかもしれない、君のサポートはとても有り難いがその契約は…」

 

 

「破棄したいと?」

 

 

「有り体に言えばそうなるな…言い出したこちらがそう言うのもとても気まずいが…」

 

 

「いえ、契約者の意向に従うのみです。ただ…」

 

 

その時イグゼキュターは珍しく言葉を含んだ。いつもの彼は単的かつストレートに言葉を言うため珍しい光景だった。

 

 

 

「ただ…何かな。」

 

 

ドクターは言葉の続きを促した。

 

 

 

「ただ…私としては惜しいですね。貴方のサポートをするということは今日一日を通して私は…どうやら充足感を得ていたようです。可能ならばこのまま続けたいとそう思いました。」

 

 

それはイグゼキュターからは滅多に見たことがない感情の吐露。ドクターは固まった。

 

 

 

「え…それは続けたいという解釈で良いのかな?」

 

 

「はい。」

 

 

イグゼキュターは頷いた。至極真面目に。

 

 

 

「…あ、えとこれからもどうぞよろしくお願いします。」

 

 

思わずドクターは敬語が漏れた。現状があまり理解できていないかもしれない。

 

 

 

「こちらこそよろしくお願いします、ドクター。」

 

 

イグゼキュターも生真面目な顔のまま答えた。だが無表情でも少し笑っているように見えた。

 

 

 

 

「これが温かみというものなのですね、ドクター…もっと私はそれを知り、理解したいです。…これからも私を側に置いて頂ければ幸いです。」

 

 

 

ドクターはぶっ倒れた。

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