明日方舟 短編集 作:すきゃーいふれあ
シルバーアッシュ家は雪境、イェラグのトップ、三族会議の一つの貴族でありかつて現当主の両親は死んだことによりお飾りとなっていたが現当主、エンシオディス・シルバーアッシュの手腕により復権し返り咲き、現在古風なイェラグに対し革新的な姿勢を見せており保守派の三族会議の残り二家とは対立的関係にある。
その実情は物凄く複雑でエンシオの妹であるエンヤは宗教のトップとなり宗教の権力が大きいイェラグでは三族会議のトップの一人であるエンシオディスでさえ合掌を尽くさねばならないほどであり、三族会議の残りの二家は保有する宗教のリコリス院を用い、エンシオディスに対してエンヤを利用し、革新派の彼を排除しようとしている。その複雑な関係上彼らの中はあまり良いものと言えず同じロドスに滞在するというのに話し合う事さえないと言う。
革新派のトップであるエンシオディスは若手であり、彼はまだ独身である。敵も多いが間違いなく名のある貴族というのは事実であるためそんなエンシオディスに擦り寄ろうとする者がいるのもまた事実である…。
ここはロドスの執行責任者、通称ドクターのお仕事部屋。普段は激務に駆られているドクターだったがその日は珍しく激務もなく仕事は緩やかに終わり、貴重なプライベートの時間を過ごしていた。そんなドクターの執務室にはドクターともう一人の男の姿があった。
「こうして君と静かに茶を飲む…というのも妙な気分だな。」
ドクターがカップに手を付けながら目の前の男を見た。彼こそがシルバーアッシュ家の当主、エンシオディス・シルバーアッシュである。ドクターの言葉に彼はフッと笑うと返答した。
「同感だな。互いに多忙な身であることはともかく、我々の間にこのような静かな時間があることに驚きだ。」
野望を隠そうともしないシルバーアッシュにその挑戦に対し好戦的なドクター。今でこそロドス・アイランドとカランド貿易の協定により協調姿勢を見せているがいつか敵対する日も来るのではないかとまことしやかに言われている。
「この地上に生きている生物だ。幾ら激動に生きていたとしても静かに過ごす時間くらい誰にでもあるものさ。」
「それは道理だな。だが妙な気分というのは賛同する。我らの関係に静かというのは似合わないと思っていた。」
シルバーアッシュは育ちの良さが垣間見える動作で紅茶を飲んでいた。そんな静かな茶会は一つのノックで終了することになる。
執務室のドアがノックされた。ドアの向こうから声が聞こえる。
「失礼します。シルバーアッシュ様。」
それはシルバーアッシュの側近の声だった。
「入ってくれ。」
ドクターの許可を貰いシルバーアッシュは側近…クーリエを執務室中へ招き入れた。
「失礼します、ドクターもお騒がせして申し訳ありません。」
「いや、良い。私のことはないものとして扱ってくれて構わない。」
ドクターもシルバーアッシュとクーリエの事に配慮し、執務机の方に退避していった。私的な報告を聞かないためである。流石に勢力のトップを担っていることもありドクターは機密に対しては気を使っていた。
「それで、報告は何だ?」
「はい。イェラグの貴族…という客人がシルバーアッシュ様にお見えになっています。」
「…何だと?どこの者と名乗った。」
「『アルベルト』家と名乗っておりました。アルベルト家といえば保守派にも革新派にもつかない中立勢力でしたが…」
「良いだろう。会うと伝えてくれ。私が直々に見極めよう。」
シルバーアッシュは重い腰を上げ立ち上がり、執務室から出ていった。ドクターは何かを思ったのか彼が退出したのを確認し電話を入れ、何かの指示を飛ばしていた。
その頃シルバーアッシュは客間に通された客人と会っていた。
「それで、アルベルト伯が若輩者の私に何か御用ですか?」
来客は初老の男性だった。高貴な身なりで名家の人間という事を感じさせる。シルバーアッシュも立場上は彼の方が上だが一応の年長者という事で敬語で接していた。客人、アルベルト伯は堂々と言いながら返答した。
「謙遜などしなくても私は貴殿を高く評価しています。エンシオディス殿。シルバーアッシュ家をその若さで背負って立つ貴殿の手腕には非常に関心を覚えております。」
シルバーアッシュは内心眉を顰めた。しかしポーカーフェイスなどお手の物の彼はそれを微塵にも表情に出さず賛辞を聞き流していた。そろそろ限界に思って来た頃、シルバーアッシュは切りだした。
「申し訳ございませんがアルベルト伯。私もあまり余裕のない身です。できればそろそろ本題を話していただければ助かりますが。」
「おお、失礼しました。本日エンシオディス殿を伺ったご用向きは…家の娘を是非貴殿の縁談相手にと。」
更にシルバーアッシュの内心眉を顰めた。確かにシルバーアッシュは独身であるがまさかここまで下心を隠さず近づいてくる相手がいるとは思わなかった。しかしシルバーアッシュは相変わらず顔には出さない。
「確かに私は独身の身ではありますが。」
「ええ、うちの娘は貴殿とも年頃が近く、それに器量の良い娘です。私としては身内贔屓になりますが貴殿に是非うちの娘を娶ってほしいと思っております。」
「…直ぐに結論の出せる話でもありませんので今回は持ち帰り、ということでよろしいでしょうか。また日を改めてお返事いたします。」
「ああ、こちらこそ突然のことで申し訳ございません。是非ご検討を…」
そうしてアルベルト伯は帰って行ったが…怪訝さしか残らなかった。シルバーアッシュは魂胆を端から見抜いていた。
「あのアルベルト伯の目的は最初から明らかだ。私に娘を嫁がせ親族関係になることで我が家に取り入ろうということだろうな。」
「どういたしますか?シルバーアッシュ様。今シルバーアッシュ様はロドスに駐在している身。もし婚姻となるのならばイェラグに戻らなければなりませんが…」
「元より受けるという選択肢はない。しかし如何せん断る口実が…だな。相手の提示して来た条件が断りにくいものだ。この持参金を見たか?」
「はい。正直一つの縁談としての持参金としては異例だと思います。それほど真剣にシルバーアッシュ家に取り入ろうとしていたことでしょうか。」
シルバーアッシュとクーリエがうーむと頭を悩ませているとそこに一人の人物が近づいて行った。
「だがその金が汚れた物…ならば話は別だろう?」
「…盟友か。」
シルバーアッシュの言葉通りドクター、その人だった。
「どこで聞いていた…などとは聞くつもりは無い。ここはロドスであればお前の耳は至る所に張り巡らされているだろうからな。」
シルバーアッシュは話を聞かれたことを咎めるわけでもなく言葉の続きを促した。
「それで、さっきの続きだがアルベルト家の事を少し調べただけでかなり黒い噂が流れていたよ。あくまで噂に留まってるがそれでも調べてみる価値はあると思うけれども、どう思うかな?」
「ああ。私も碌な噂は聞いたことがなかった。この際洗い直すとしよう。クーリエ、頼めるな。」
「勿論でございます。僕の事は手足のようにお使いください。」
クーリエが退出した後ドクターも動こうとした。
「さて、シルバーアッシュ、君はどうする?ただ成果をぼっーと待っているだけかな?」
「フッ、お前にそう挑発されては動かざるを得ないな。」
そしてシルバーアッシュ及びドクターはその日からロドスから暫く姿を消した。ドクターの「少し空けます」という書置きを残し。
―――――――
「調べれば調べるほど悪事の証拠が出てくるな。グレーだとは思っていたが真っ黒じゃないか。」
五日後、独自の調査をしていたシルバーアッシュとドクターだったが既に十分すぎるほどの悪事の証拠をつかみ、告発すればすぐにでも廃嫡が可能なほどの量の証拠が集まった。
「殺人、謀殺、脅迫、賄賂、情報漏洩…今の地位を築き上げるためには何でもやったという感じだな。」
「私もシルバーアッシュの名をのし上げるためならばグレーゾーンに手を出してきたがここまで薄汚いものではないな。こんな家と親戚関係を結べば我が家食いつぶされるだけだ。早くロドスに帰還するとするか。」
彼らがいるのはイェラグの山岳地帯。件の縁談相手のいる屋敷の近くの地域だった。
「いや…そう簡単にはいかないようだな。」
ドクターは潜伏する兵たちに気が付いた。それはシルバーアッシュも同様だったようで…
「…下がっていると良い、盟友よ。」
「…ああ。」
やがて伏兵たちが姿を現し、奥から何と縁談を持ち掛けた本人であるアルベルト伯が登場した。
「何やら嗅ぎ回っている鼠がいるとは思いましたそれが貴殿だとは夢にも思いませんでしたよ。エンシオディス殿。」
「随分な挨拶だな、アルベルト伯。この情報が行きわたると一番困るのは貴様であろうというのに」
「ええ、ですから回収させていただきます。それからエンシオディス殿、貴方の身柄も預からせていただきますよ。」
兵たちがじりじりとにじり寄ってくる。おそらく男の配下なのだろう。しかしシルバーアッシュは余裕を持った態度を崩すことはない。
「お前は私を利用しようと取り込もうとしていたがその一方、私のことを若造と見下していたようだな。」
「…何?」
「ここはイェラグだ。…我が威光が最も輝くその地だ。」
シルバーアッシュが言い切ると彼の背後から矢の雨が降る。そして的確に兵士を打ち抜き、一掃した。崖上からはシルバーアッシュの私兵たちが続々と現れる。形勢が一気に逆転した瞬間だった。
「シルバーアッシュの名、甘く見るな。」
―――――――
それからの事の顛末は語るまでもない。私兵により排除されたアルベルト伯は拘束され、三族会議の場に置いて数々の悪事の証拠と共に裁かれた。彼が表舞台に出ることは二度とないだろう。それから後始末を終わらせ、すべてに片を付けロドスに戻ったのは一月後の事だった。
ドクターはあの後ケルシーの私兵に連れ戻され執務部屋に監禁されていたが何とか軟禁を抜け出し、元の生活に戻っていた。そんな彼らは今日もまた茶会をしていた。
「ともあれこれで一件落着ということか。」
「ああ、そういうことだ。だが私には一つだけ腑に落ちないがある。それは盟友、お前にだ。」
「私、にか?」
ドクターは怪訝そうな顔でシルバーアッシュの質問を受けた。
「お前は今回の一件、直に動く必要はなかった。だが何故職務を放棄してまで直々に動いた?」
「それは…」
ドクターは言葉に淀んだが少し躊躇った後に観念したように答えた。
「自分でもよくわからない心境なんだ。ただ、君が結婚するということを聞くと少しばかり嫌な気分になった。ある種の…『嫉妬』なのかもしれない。」
その言葉にシルバーアッシュは一瞬詰まった後おかしそうに笑い始めた。
「ククククッ…なるほど…ククッ…嫉妬か…ああ、それは面白いな…」
「自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってきたよ。ただどうにも喪失感があったのは間違いない。」
シルバーアッシュはそんなドクターを見詰め直し鷹の目で射抜きながら言った。
「心配は無用だ、盟友よ。私は結婚する気はない。今のところ、は。」
そして少し笑いながら続けた。
「今はお前と共にいる時間の方が楽しいからな。」
「この時間だけであってもお前は私のモノ…そして私はお前のモノだ。約束しよう、友よ。」