明日方舟 短編集 作:すきゃーいふれあ
ドクターはその日、工房を訪れていた。実際用事はあったのだが工房の担当者…ヴァルカンとの打ち合わせが思ったよりも早く終わったためにドクターは暫く時間を持て余していた。故に工房を少し探索しようとしていたのだが…。
「あれ、ドクター。ここで見かけるのは珍しいですね。」
そんなドクターに声をかける人物がいた。ドクターも声をかけてきた青年に挨拶を返した。
「やぁアドナキエル。少々時間を持て余していてね。ちょうど良い機会だから此処の辺りで散歩でもしようかと思っていたところだったんだ。」
「あれ、確かヴァルカンさんと打ち合わせだって聞いていましたけれど。」
「それが早く終わったんだよ。彼女は優秀な鍛冶師だからね、私の要望にもしっかりと応えてくれて助かっているよ。そういう君はまた何時ものように機械いじりかな。」
青年…アドナキエルは狙撃オペレーターではあるが機械や装置と言ったものが好きで時間の空いた時は工房へ入り、機械やら装置やらを見せてもらっているという話はドクターの耳にも届いていた。しかし今日の彼はそう言った予定ではないようで…
「オレは…今日はそうですね…」
「どうかしたか、アドナキエル。何か言いにくいことでも強要したか?」
「あー、いえ。そういうわけじゃなくて。説明するよりも見てもらった方が早いと思います。」
アドナキエルの視線がドクターの向こう側へと向けられていた。その視線に釣られたかのようにドクターも後ろを振り向き、彼の見る視線の先へ…
「こんにちは、ドクター。」
「うおわっ!?」
いつの間にかドクターの背後には長身の男性が立っていた。その光景に思わずドクターは飛び上がった。
「い、イグゼキュターか…驚いたぞ。」
「申し訳ございません。御二方の会話に割り込むことは気が引けたために終わるまで待機していました。」
相変わらず生真面目だが心臓に悪いとドクターは思ったがそこは言わない。出来る指揮官は余計なことを言わないのだ。
「失礼、通っても?」
「ああ、すまない。」
そしてイグゼキュターはドクターの居た通路を通過し、アドナキエルの待つ工房へと入って行った。そしてドクターは二人を交互に見た後呟いた。
「…意外な組み合わせだな。」
イグゼキュターとアドナキエル。確かに二人は同じ種族のサンクタ族ではあるが、それ以外に共通点というよりも接点が見えない。しかしアドナキエルはそう思わないらしく。
「そうですか?オレは結構、同族の人に守護銃を見せてもらってるんでイグゼキュターさんにも声をかけてるんですよ?今回の用事もそれの絡みですからね。」
アドナキエルはラテラーノ出身のれっきとしたサンクタ族である、しかし彼の出身の地方は銃という物に関してはあまり興味やら関心が持たれていたないらしく同じラテラーノ内でも銃を異端視しているようだ。故に彼は銃を扱う資格を持たない。
「オレの周りには結構銃を嫌ってる人もいますけれどオレはそうは思いませんね。こういう技術は知れ渡ってこそだと思いますし。」
機械好きな青年のアドナキエルだからこそ言えることだろう。
「銃に関して調べるのは構いません。しかし、銃に関する技術というのは技術規定三項四条に抵触する可能性があります。くれぐれも広めるような事は…。」
「オレもそこは理解してますよ。『守護銃の技術は何物にも広めてはならない』…サンクタ人なら誰でも知ってることですよ。」
イグゼキュターとアドナキエルの間でしっかりと会話は成立していた。そんな様子にドクターは意外そうに見ていた。
「ん、どうしました?ドクター。」
そんなドクターの様子に気が付いたのか声をかけるアドナキエル。相も変わらず周りが良く見える青年だ。
「いや、大したことではないんだが…こういっては失礼かもしれないが…。」
ドクターはちらりと視線でイグゼキュターを見た。イグゼキュターは無機質な声で答える。
「構いません。私はどのような誹りや罵倒でも気に留めることはありません。」
「そんな酷いことを言うつもりではないんだけれどね…まぁいい君がそう言ってくれるならば言うとしよう。…イグゼキュターは職務上、同族であるサンクタから恐れられている節があると思っていたんだが、アドナキエルは少しも怯みはしないな、と思ってな。」
それは純然たる疑問。イグゼキュターは同族殺しをライセンスとして許されている人物。彼の仕事が『執行』することだから他の同族から恐れるはともかく避けられている節はあると思っていたが…
「ああ、そんなことですか?」
しかしアドナキエルはそれを些細な事と言い切った。
「別にオレはイグゼキュターさんの『執行対象』には入りませんからね。そういう仕事だっていうのは理解していますしイグゼキュターさんの『執行対象』はそうなった相応の理由がありますし、思うところは特にありませんよ。機械のようだと言いますけれど聞いたことには答えてくれますから冷静であっても冷酷な人では無いとオレは思いますよ。」
アドナキエルは流されない。大多数が感じている心証に流されず、彼の思うままの意志に従い行動する。故に差別はなく、忌避もない。あるのは純然たる興味のみ。
「鉱石病が『執行対象』になるならオレも流石に少しは考えましたけれどね。」
「いいえご心配なく。鉱石病に罹患したことはラテラーノが有する法典には現在どれも抵触することはありません。死亡した場合は相応の処理がされますが。」
イグゼキュターは至って淡々と無感情に真実のみを告げる、彼の口から嘘が漏れ出ることはないだろう、それを理解を痛いほどしている。
「なるほどね、君のその傾向は真似してもらいたいものだ…。」
ドクターはアドナキエルの態度に関心していたがやがて思い出したのか言葉を続けた。
「そういえば、結局イグゼキュターはアドナキエルにどんな用事があったんだ?」
その言葉を聞いてアドナキエルも思い出したかのような表情になった。イグゼキュターは無表情である。
「すっかり話し込んで忘れていましたね、今日はオレがイグゼキュターさんの銃のメンテナンスをするんですよ。」
「…君が、イグゼキュターの守護銃を?」
目をぱちくりとさせたドクターがアドナキエルとイグゼキュターを交互に見た。アドナキエルは笑顔のまま言葉を続けている。
「はい、オレもかなり頼み込みましたけれど許可出してくたイグゼキュターさんには感謝してますよ。」
そしてドクターはイグゼキュターを見ながら…
「…良いのかい?自分の守護銃を他人に触らせるのは…。」
「問題ないと判断しました。彼が私の守護銃に細工をするというのならば話は変わってきますが彼の評判、接してみた人柄、性格、人格。全てを鑑みて問題ないと判断しました。」
一度イグゼキュターは言葉を切る。がすぐに続けた。
「私も勿論メンテナンスはしていますが専門的な知識は欠如しています。故に何時不具合を起こすかは分からないため専門的な知識を有する彼に依頼しました。」
「なるほど。」
実に理屈の通った理論だった。イグゼキュターらしいとドクターは思った。そんな風に思いつつ視線をアドナキエルに向けた。
「へぇ…こうやって銃身を切り詰め、威力を増加させてるんですね。なるほど、それに弾が数方向に飛ぶことで近くの障害を一掃して…確かに近距離では無敵ですね…。」
そのアドナキエルはイグゼキュターの守護銃に対して興味津々の状態だったため視線には気づいていない。…イグゼキュターは声を落として…元々あまり抑揚もないため大きな声でもないが…声を落とし、ドクターに言葉を続けた。
「私はあまり他人を気に掛けるということはしません。しかしこのように話しかけてくる彼は特異な存在です。…ドクター、あまり言葉は得意ではありませんがこれだけはお願いします。」
「…何かな?」
「彼の身は案外、危うい存在です。少々調べましたが…彼の出身である地域では鉱石病に対して排他的な対応になります。排他的ならばまだ構いませんが一部の思想のサンクタ人にはウルサスと比べても劣らないほど過激な思想を持つ人間が居ます。そして不幸なことに彼の出身地域がそう言った思想のサンクタ人でした。…彼はリターニアで感染しそのままロドス・アイランドへ来ましたが見せしめとして彼の命を狙う存在もいるかもしれません。」
少々早口に言葉を述べる。あまり彼に聞かせるべきはない話というのはイグゼキュターも理解しているのだろうか。
「…私の方でも勿論注意は払います。ただしドクターには彼の身をお願いしたいと思っております。」
「…それは勿論、ロドスのオペレーターである以上皆、私の子のようなものだから。…しかし珍しいな?」
ドクターは肩をすくめ、イグゼキュターに尋ねる。
「…珍しいですか?」
「ああ、君が先ほど自分でも言っていたが私はね、君が殆ど他人に対して気に掛けるとは思っていたんだ…失礼なのは承知だが。」
「構いません、事実ですので。」
イグゼキュターも肯定する、彼は自身でも深い付き合いは苦手と言っている、それだからこそ。
「まぁ…とにかくだな、君が自分でも言っている通りに誰かを気に掛けているという事に今はそこそこ驚いているんだ。彼は君の何かの琴線に触れたという事かな。」
その言葉を受けてイグゼキュターは無表情…だが僅かに眉毛が動いた。そして数秒間黙り込んだまま動かなくなり、その数秒後に口を開いた。
「…自覚していなかったようです。私がこのような心情に至った理由は自分でも分かりません。」
イグゼキュターの顔は相変わらず表情筋は動かない、だがそれでも目を閉じて何かを考えている。
「…分かりません。」
しかしイグゼキュターにその感情を突き止めることは出来なかった。だがドクターはなるほどという表情をし、何かを納得したかのように頷いた。
「君は存外に彼を気に入っていたようだな。」
「…私が?」
無表情だがどこかきょとんとした様子で答えるイグゼキュター。
「ああ、初めての事だから自覚はないかもしれないが、君は彼を気に入っているよ、差し詰め後輩と言ったところの彼にか。」
なるほどな、とドクターは頷いていた、一方イグゼキュターはまだきょとんとしていたが…
「ドクター、イグゼキュターさん、どうかしましたか?」
「ん?ああ、いや何でもないよ、それよりも私も少し興味があるんだ、一緒に見ても良いかな?」
「オレは大丈夫ですよ。」
イグゼキュターの銃をドクターに解説するアドナキエルとそれに関心するドクター。…そんな様子を見てイグゼキュターは無表情のまま
「…後輩……存外、悪くない感覚ですね。」
そしてフッと笑ったのを本人も含めて気が付くことはなかった。