明日方舟 短編集   作:すきゃーいふれあ

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非情の慈悲

「重装オペレーター、布陣を保ったまま半歩後退。狙撃オペレーター、穴埋めしつつ、術師オペレーターへ交代せよ。」

 

 

「了解!!」

 

 

それは指揮だった。だが戦場で行うような指揮ではなく、流れる様に紡がれる音を調律する指揮。まるで戦場がオーケストラのように彼の指先一つで音が変わる。優美な音楽ではなく、凄惨な紛争の音ではあるが。紛争の音を奏でる指揮者はオペレーターというオーケストラを率い、その音を己の自由自在に調律する。

 

 

 

「前衛オペレーター、あと30秒持ちこたえた後に後退せよ。医療チーム、後退する前衛オペレーターのフォローに。術師オペレーター、軽装の敵は捨て置け。重装甲を優先して攻撃せよ。狙撃オペレーター、撃ち漏らしを討滅せよ。」

 

 

 

彼は一人の人間に過ぎない。その身は一つ、170㎝程度の身長にしか満たない彼はただ一人の人間だ。だが彼は凡人にあらず。

 

 

戦場は広大だ。ただ一人の人間がすべてを視ることなど到底不可能だ。無理して視界を広げれば何処かで綻びが生まれ、その綻びは強大なものとなり、指揮者の命を見るも無残に奪い去っていく。だが、彼は戦場の全てを俯瞰している。広大な戦場をすべて己の視界に収めている。その場に居るように全ての様子を把握し、全ての指示を的確に、一ミリもズレなく伝える。

 

 

 

「前衛オペレーター、全員後退だ。敵を引き付けろ。」

 

 

 

前線を守っていたオペレーターが全員、退いた、敵としては青天の霹靂だがどちらにせよ防衛対象に攻め入る、絶好のチャンス。敵の全兵士が集結し、防衛ラインへ踏み出す。

 

 

息を呑んでみるオペレーターがいる。今の現状、攻め込まれたら全てが終わりだ。彼の命も、護衛対象も、全てが無に帰す。それまでの歩みがすべて消し飛ぶ。

 

 

だが心配することなかれ。ここは彼のオーケストラ。独壇場。全ては彼の想いのまま。

 

 

 

「総員に伝える、防御態勢を。…今だ、『W』。」

 

 

 

そして彼は本日のクライマックスと言わんばかりに宣言する。

 

 

 

「やれ。」

 

 

 

 

『…了解、分かったわよ。』

 

 

気怠げな声が通信機の向こうから届く。それが本日、演奏会最後のフィナーレだった。

 

 

 

そしてレユニオンが足を踏み入れた其処。…防衛ラインの一歩手前で地面が爆破した。爆破範囲に入った構成員はこの世から肉体が消えうせ、物言わぬ肉塊となった。運よく範囲に踏み入れなかった構成員でも爆風により体の一部が吹っ飛び、瀕死の重傷を負った。あと少しで物言わぬ骸に成り果てる。動揺は伝播する。恐怖は伝染する。そして叫びは最高の瓦解を与える。最早彼らに指揮系統は無くなった。あとは死体と木偶の坊が残るだけ。討滅するには簡単な事。…そう、滅ぼすなど赤子の手をひねる程簡単な事。

 

 

 

 

「諸君、最終通告だ。投降をしろ。…選ばないのならば我々は君たちを慈悲も容赦もなく討滅する。」

 

 

 

それは地獄で差し伸べられた最後の光。彼らがどちらを選択したかなど最早答えるまでも、考えるまでもないほど明確で分かりやすいだろう。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

戦場の跡は悲惨の一言に尽きた。ロドス側の損害はない。僅かなケガこそあれど戦地医療は万全だ。オペレーターたちに怪我人は居たとしても死者はない。彼は…ドクターは味方側の犠牲を極端に嫌う。

 

 

その凄惨な跡は全て全て、レユニオン・ムーブメントの構成員だったものだ。だったの言葉通り、生前の面影はない。ぐちゃぐちゃになり、鮮血に染まり、そして物言わなくなった死体、骸。それらが凄惨な現場を構成した。ドクターはその凄惨な跡を歩き、何かを思い更ける様に見回す。これが積み上げて来た死体のほんの一部に過ぎなかった。

 

 

 

「指揮系統を壊し、恐怖で撹乱し、選択の余地を与えず、『最小限の犠牲』で争いを留める…本当、お見事な御手並みね?『ドクター』」

 

 

そんなドクターに声をかける一人のサルカズの女性が居た、手にはハンドグレネードを握っており、とても剣呑な雰囲気と言えた。

 

 

「紛争や小競り合いにおいても犠牲は付き物だ。命を払うことでその戦いが終わるチケットを買えるならば、払うべきは戦いを始めた方に他ならない。…それで損害が少ないのだから問題はないだろう?」

 

 

サルカズの女性…Wはそんなドクターを見てフンと鼻を鳴らし言葉を返した。

 

 

 

「そうね、正しいでしょうね、指揮官として、組織としては間違いなくあんたは正しいわ。正しすぎて悪寒がするくらいにはね。」

 

 

まるで吐き捨てるような言葉だった。Wの言葉には棘が生えていた。むしろ棘しか生えてなかった。棘で構成されすぎていて言葉を包む吹き出しも棘があっただろう。

 

 

 

「本当に記憶喪失なの、あんた。一ミリも変わってないじゃない。」

 

 

疑念、彼女がぶつけてくるのは正しく疑念、疑惑という視線。Wの訝し気な視線がドクターに突き刺さる。彼は棘が体中に突き刺さる錯覚を覚える。

 

 

 

「残念だが記憶はない。私には目覚めて以来の記憶はない、だからこそ過去の私が何を考えていたかには至らない。」

 

 

返す言葉は否定。彼は事実としてそれ以前の記憶を持ち合わせていないし、知りもしない。一部は彼が前に戻ることを望まない者もいる。

 

 

 

「アーミヤやケルシーが言うにはあんたは変わったらしいけれど。」

 

 

Wはドクターの前に立ち、そして視線が交差した、とはいえドクターの視線はバイザーの下。彼が何処を見ているかはWには分からない。交差して数秒、話は続く。

 

 

 

「あたしからすればあんたの事は何も変わってない、着実に勝利し、そして前に進むことだけに執着してる。記憶を失う前だろうと失った後だろうとあんたの本質は何も変わってない。」

 

…だから記憶喪失への疑惑が彼女を包んでいた。

 

 

「ヒトの本質は記憶を失ったくらいでは変わらないさ。根底に刻まれた物は例え全ての記憶を失っても、知識を失っても。…それでも意志は消えない。」

 

 

彼が語る、ヒトの本質。思いは途切れない、その本質。意志は消えず残るというヒトが持つ素質。記憶を失った程度では消えない彼の想い。

 

 

「だからこそ我々は犠牲を抑え、相手方の犠牲を最小限で抑え、その犠牲を使って戦火を終わらせる必要があるんだ。」

 

 

それは傲慢に映るか。だが結局戦争は勝った方が正義、負けた側は勝った方に逆らえはしない。だからこそロドスは勝ち続けなければならない。

 

 

 

「…本当に何も変わらないわ。あんた。病的なまでに勝利を求めるその姿、三年前のあんたと何も変わらないわ。」

 

 

「それを聞いて安心した。」

 

 

Wが募らせるは不信感。もともとドクターのことを彼女は信じてはいない。記憶を失う前のドクターの事を知っている彼女はドクターを信じる気などおきはしなかった、例えそれが記憶を失っていたとしていても、だ。だが、彼女は記憶を失ったドクターが以前のドクターだと一緒だとは思っていなかった。以前のドクターならば味方の犠牲は厭わずして勝利をもぎ取っていた。だが今のドクターは味方の犠牲を酷く嫌う。その差異が、Wには以前のドクターとの違いと認識していた。

 

 

「で、あんたはそれだけ勝ち続けて何処へ行こうっての?まさか世界を支配するだなんて馬鹿げたことでも言うつもり?」

 

 

それは嘲り。ドクターの不信感は募るばかりだが、それでもWはどうしても気になることをこのドクターから聞き出すことは出来ない。記憶でも戻らない限り、彼女は永遠にドクターから知りたい真実を聞き出せない。その無念さが詰められているのか言葉は何時もより数倍刺々しい。

 

世界を支配というのはロドスの目指すところではない。だが彼は真面目に思考した。

 

 

「我々の目指すところを最速で辿り着くならば正直それも悪くないとは思っている。世界を支配することが出来たならば実際鉱石病患者の立場を改善することも難しくはない…」

 

 

ドクターは大真面目にそう思考した。傍から見れば狂気の沙汰。とても正気とは思えない考えだが彼は真面目に、大真面目にそう考えていた。これには刺々しかったWも思わず呆れの感情を覚えざるを得なかった。

 

 

「…あんたさぁ、それ正気で言ってるわけ?」

 

 

「勿論。…ただこれは現実的ではないというのも承知しているさ。だがこれからの道のりを考えるとそれが最速で辿り着く一番の方法だとも思っている。」

 

 

「…道のりねぇ…。あんたたちは何処を目指してるわけ?」

 

 

ドクターが空を見た。釣られて彼女も空を見上げた。

 

 

「既に私たちは幾千もの死体を積み上げて来た。この屍を前にすればもう後に退くことなんて許されない。」

 

 

瞬間、Wは幻視した。それはもう見ることの無いと思った幻想。幻想と分かっていても彼女はその姿に一つ、彼女の背を重ねた。

 

 

『私は多くのサルカズを巻き込んできたから、責任を持って進まなければいけないの』

 

 

声が聞こえる。それは幻聴だ。もう二度と聞くことは無いと思っていたその声。人は時が経てば故人の情報を、声帯を、顔を思い出せなくなると言うがその懐かしい声が再びWの耳に響いた。勿論それも幻だ。

 

 

「この大地には怒りが満ち溢れている。」

 

 

『この国にはたくさんの怒りが溢れている。』

 

 

重なる。ありえないと分かっていたとしても彼女が否定したしてもどんどんと重なっていく。

 

 

 

「感染者が虐げられたことで生ずる怒り、そして感染者に家族を殺された非感染者の怒り。怒りが連鎖して大地を包んでいる。」

 

 

『連鎖した怒りが牙を剥いて無辜の民が虐げられている。彼らはただ生きたかっただけなのに、それすらも許されずに死んでしまった。』

 

 

「行き場を失った怒りを鎮めるために私たちは戦いに身を投じている。」

 

 

『たとえどれほど死体を積み重ねて…この両手が血に濡れてしまっても。』

 

 

 

――――――――虐げられない世界が来るまで、歩みを止めることは許されない。

 

 

 

「既に後には退けない、ならばあとは進むだけだ。何があろうとも止まることは許されない。」

 

 

 

 

…その言葉を聞き、Wは顰めていた眉を漸く解いた、そしてフッと鼻を鳴らした。

 

 

 

「…意志は消えない、か。」

 

 

そう、独りごちた。気になることはあれど、それは今問うても無駄な事だった。ならば彼女なりの務めを果たす必要があるだろう。そう結論付けた。

 

 

 

「何かな、W。」

 

 

ドクターが疑問を投げかける。それに対し彼女は投げやりな返答をした。

 

 

 

「何でもないわ。でもそうね…」

 

 

少し考えこむ動作をした彼女は夕日を見て、漸く立ち上がった。

 

 

 

「…少しだけ認めてあげるわ。あんたっていう存在をね。」

 

 

どういう意味だという問いを無視してWは歩き出した。

 

 

 

慈悲深く、それでいて戦争を起こした彼女。それが多くの人々が泣くものだと承知していた彼女。彼女は自負深く、そして非情だった。

 

 

冷酷で、温厚。慈悲深く、無慈悲。彼女を構成していたものは疾うにこの世から消え失せていたと思っていた。だが…

 

 

 

「…貴方は消えてなんかいない…貴方は永遠よ………テレジア。」

 

 

 

 

その呟きは夕闇に吸われて誰の耳に届くこともなく、虚無へと消えていった。

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