明日方舟 短編集   作:すきゃーいふれあ

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銀博。前回から続きます


カレの気持ちは

カランド貿易の社長、イェラグの実質的な権力者。やんごとなき身分であるはずの男であるのになぜかロドスへオペレーターとして参画している…不平等条約も呑み、彼の考えを読むことは現在のロドスには出来なかった。

 

 

それがシルバーアッシュという男だった。考えは読めないが彼の存在は少なくとも現時点ではロドスにとって有益になっているため彼の思惑その他諸々は今は目を瞑られていた。しかしそれでもロドス内では彼を不気味がっているオペレーターも少なからずいた。

 

 

そしてロドスの最高執行責任者である「ドクター」も彼も考えを読めないため距離を測りかねているが…それよりも分からないことがあった。

 

 

 

 

「…あの、シルバーアッシュ氏?」

 

 

「どうした、我が盟友よ。」

 

 

ここはドクターの私室である。今日の業務のために酷使され、疲れ切った体を引きずり部屋に戻って来たドクターを出迎えたのは聞き心地の良いバリトンボイスだった。

 

 

 

 

「あの、もしかして私は自分の部屋を間違えたか…?」

 

ドクターはつい疑問に感じてしまうが部屋の名札は「Dr.○○」となっているがここはドクターの部屋で間違いない。

 

 

「何を言っている。ここはお前の部屋だ、盟友よ。」

 

 

「あっはい…間違いなくそうですね…」

 

 

あまりにもシルバーアッシュが自然と寛いでいたためドクターはつい不安になってしまった。

 

 

 

「どうした、入らないのか?」

 

 

「入ります…入ります…」

 

 

どこか腑に落ちないが入り口に立ったままだと廊下を歩く人の迷惑になるため渋々と部屋に上がることにした。そして何故かシルバーアッシュはソファの向こう側に居た。

 

 

 

 

「…どうだ、飲むか?」

 

 

そんな風に彼が差し出したのは紅茶だった。しかも見事な御手前の。

 

 

 

「…いただきます。」

 

 

ドクターもドクターで彼の空気に感化されたのか急にぶっきらぼうな口調で紅茶を飲み始めた。そして感想はすぐに出た。

 

 

「…美味しい。」

 

 

「そうか、お前の口に合ってよかった。」

 

 

その低くも心地よい声は、ドクターの脳内へ響き渡って行った。紅茶を飲み続けるとドクターはいよいよ疑問を聞くことにした。

 

 

「ところで…何故私の部屋に?」

 

 

「故郷から良い茶菓子を取り寄せた。良ければお前と茶をしようとな。」

 

 

鍵は閉まっていたはずなのに忍び込めていた理由も知りたかったが知ると何か深淵なる闇に落ちてしまうそうな気がしたからドクターは聞かないことにした。

 

 

シルバーアッシュはかつてドクターと何かがあったのか、ドクターに対してある種の絶対の信頼を置いている、ドクターは残念なことに記憶喪失なので過去のことは一切覚えてないが彼の接する態度を見て並々ならぬ何かがあったということは何となく分かった。それ以上は何も分からないということだが。

 

 

「どうだ、お前の口にそれは合うか?」

 

 

彼の顔が近くにあった。綺麗な顔がそれはもう近くに。

 

 

「お、美味しいです…」

 

 

ドクターは思わず声がどもった。仕方のないことである。それからドクターとシルバーアッシュは他愛ない会話を重ねた。

 

 

 

「どうだ、最近のレユニオンムーブメントの動きは。」

 

 

「龍門に居座っていた者を追い出した後は大きな動きはない。けれども残党がいることは確かだし、あのスノーデビル小隊の動向も分からないから油断は出来ないと思う。」

 

 

「スノーデビル。…嗚呼、ウルサスの悪魔か…それほどの大物までもレユニオンムーブメントに参画している以上敵の規模は相当大きいものと言ってもいい。努、警戒は怠らない方が良いだろうな。」

 

 

「同感だ。あのタルラも規格外だし、ロドスの勢力をもっと増強させなければ…」

 

 

紅茶を飲みながらも彼らは険しい顔で話し合っている。ここに第三者が来たら思わず踵を返すだろう。忘れられがちだがドクターもシルバーアッシュもお互いの勢力のトップであるためこういう方針の話し合いをすることは珍しくない。プライベートな時にやるのは初めてかもしれないが。

 

 

ふとドクターは職務の話をしていたことに気が付き頭を下げた。

 

 

「…申し訳ない。こんな時までに職務の話をするべきではなかった。」

 

 

「構わない。」

 

だがシルバーアッシュは即座に否定した。

 

 

「お前との話し合いはどのような些細な物であろうと有意義な物だ。さて、次は何を話す?」

 

 

彼は嘘を言っているようにはドクターは思えなかった。本心から言っているようにそう、思えた。だからこそ疑問点も出てくる。

 

 

「…シルバーアッシュ。私には分からないんだ。」

 

 

当の本人には聞きにくいことだが、それでも彼は聞きたくなってしまった。

 

 

 

「シルバーアッシュ、君は…私に何を求めているんだい?」

 

 

それはこれ以上ない彼への疑問。彼の向けてくる視線にはあまりにもいろいろな意味が込められすぎていた。

 

 

「求めているか…か。求めていないさ、何もな。」

 

 

だがシルバーアッシュは何も求めていないとそう返した。確信を持って。

 

 

「盟友よ。お前は覚えてないことは承知しているが、私はお前に憧れているのだ。」

 

 

「あ、憧れ…?」

 

 

予想外の返答にドクターは困惑した。ドクターから見てもシルバーアッシュは堂々としており威厳にも溢れ、誰かに羨望しているような節も見て取れず、むしろ理想の男性として畏敬を向けられてさえいる。そんな彼がドクターにあこがれているという告白はドクターにとって衝撃を受けるには容易いことであった。

 

 

「いや、それだけではない…私はお前が妬ましい。それに憧れても居て…何よりもお前を超えたい。」

 

 

それを吐露するシルバーアッシュはいつもの威厳に満ち溢れた権力者ではなく何処にでもいるような普通の青年のようにドクターは覚えた。

 

 

 

「本当に過去の私は貴方に何をしたんだ…?」

 

 

ドクターは頭を抱えた。いつの間にか厄介ごとの種を記憶を失う前から抱え込んでいたことに。だがシルバーアッシュは顔を上げさせた。

 

 

「そんな浮かない表情をするな。過去のお前がいたからこそ今の私がある。だからこそお前を打ち破りたいとそう思うのだがな。」

 

 

「え…あの、昔の私は凄かったかもしれないけれど今の私はただの木偶の坊でそうお眼鏡に叶うようなものでは…」

 

 

「…変わったな。」

 

 

シルバーアッシュはどこか名残惜しそうな、そして寂しそうな視線を向けて来た。

 

 

「認めよう。記憶を失う前のお前と、今のお前が違う事は。だが…」

 

 

そして彼の視線は途端にぎらついた物にへと変貌を遂げた。その覇気にドクターは一瞬怯んだ。

 

 

 

「だが…お前と前のお前は別人ではない。確かにお前は彼奴だ。お前に自覚はないだろう…だが間違いなくお前はまたあれになるだけの可能性を秘めている。」

 

 

期待するような、目線。それは恐怖を煽るには十分なものだった。

 

 

 

「…意外だな、私自身もこれほど強い欲望がまだこの身に残っているとは。」

 

 

シルバーアッシュ自身も今までの言動に意外を覚えたのか自分自身に向かって言っている。紅茶を置きながら彼は言葉を続けた。

 

 

「今の私は手に入れようと思えば大抵のものは手に入る。それほどの力を持った。手駒を増やし、勢力を伸ばした。全てはかつて、お前に言われたようにな。」

 

 

シルバーアッシュは語りだした。だがドクターは分からない。

 

 

「だがそんな私が渇望しているものは未だに手に入ってない、だから…何としてでもこの手に掴む。」

 

 

その視線に込められているのは羨望…嫉妬、憧憬…そして期待。それらの感情が全てごちゃごちゃになりドロドロに溶けあい一つになり矛先としてドクターに向けられている。

 

 

 

「…分からないな。今の私は君にとって腑抜けとも呼べるものだ…そんな腑抜けに期待する必要があるのか…私には分からない。」

 

 

 

「腑抜けか…」

 

 

 

シルバーアッシュの鋭い視線が再びドクターを向く。

 

 

 

「…自覚はないようだが…お前の戦場に立つ目…あの時と同じだ。」

 

 

 

「……。」

 

 

「お前は生まれながらの強者だ…お前の存在が多くの者たちを狂わせる…私もその一人だ…だからこそだ、お前を超えることで私は…俺は…遂に辿り着く。」

 

 

そして普段の彼からは考えもつかないほど嗜虐的な笑みが零れていた。

 

 

 

 

「さあ、私に生きる実感を与えてくれ…友よ。」

 

 

 

そして肩に手を置くとシルバーアッシュはそのまま退出してしまった。

 

 

 

 

 

「お前の存在こそが…私の…」

 

 

 

その声がドクターの耳に残った。暫く離れないほど…

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