クラスメイトの立花響とお好み焼きを食べに行くだけの話   作:幸海苔01

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リハビリ。
ほのぼの系です。


立花響とお好み焼きを食べるだけの話

 

 

 妹が死んだ。

 

 残されたのは、ほんのごくわずかな遺品のみ。

 遺体など無い。骨すらも残らず灰にされた。 

 

 合宿から帰ってくると同時に、その旨を聞かされ、

 

「へぁ?」

 

 思わず間抜けな声が出た。

 

 その日は現実感が無く、ぼんやりと宙を漂うような心地で通夜を過ごした。

 

 次の日には、いきなり現実に晒され、恐ろしくなり、吐いた。告別式には最初だけ参加し、その後はまともに顔を出せなかった。

 胃の中をあまさず空っぽにするかの如く、吐いて吐いて吐きまくった。

 そして、ここまで人間はやる気を失うのかと自分でも笑ってしまうほどに、全身をただひたすらに虚脱感が蝕んだ。

 

 さらにその次の日には、溢れる涙が止められず、泣いて泣いて、泣き疲れて、寝てしまった。

 

 仲の良い兄妹だった、と思う。互いに憎まれ口を叩き合いながらも相手のことを大切にしていた。

 特に自分は親にも周囲にも妹に甘いと苦言を呈されていた。

 自分ではそう思ってはいなかったが、友人にはシスコンと揶揄されるくらいには、甘かった。

 

 そして、次の日にひどく疲れた顔の両親を見て、このままでは家族全てがダメになってしまうと思った。

 泣き叫びたいのは両親も同じなのだ。その事実に気づき、三人で肩を寄せ合い、バカみたいにまた泣いた。

 

 それからさらに幾日か休み、ようやく学校に向かうことにした。このままではきっとダメになる。それを妹が望むとは思えない。

 せめて、彼女が胸を張って、立派だと言えるような兄でいるためにも、最低限のことはしなければならない。

 

 学校もまた暗い雰囲気に包まれていた。同じ部活の級友たちが心配そうに恐る恐る声をかけてきたため、ぎこちないながらも、ひとまずは心の整理がついたことを彼らに伝えた。

 

 その途端、彼らも泣き出し、辛いのはお前のはずなのに、ゴメン、と何度も謝られ、こちらの方が慰める側になってしまった。

 

 何か解決したわけでは無いが、自分が良い友人たちを持ったのは確からしい。

 

 聞いてみれば、他にも自分のような人たちが少ないながらもこの学校にいるらしい。

 当然と言えば、当然のことではある。何せ―

 

 

 ――ツヴァイウイングのコンサートなど行きたくない人間の方が珍しいだろう。

 

 

 それに加え、今回のコンサートはかなりの大規模なものであった。厳しい抽選を勝ち抜いたとは言え、それなりの人数が集まったことも確かだ。

 だからこそ、

 

「おい、あれって―」

 

 『生き残り』がいたとしてもおかしくはない。

 

「立花って、みんなを見捨てて自分が誰よりも先に逃げたらしいよ」

 

 そう、おかしくはないのだ。

 

 それが、自分の妹ではないというだけで。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ノイズ。13年前の国連総会にて認定された特異災害の総称である。

 

 同体積に匹敵する人間を炭素転換し、自身も炭素の塊と崩れ落ちる以外には、 出現から一定時間後に起こる自壊を待つしかなく、有効な撃退方法はないとされている。

 

 そして、妹を殺した犯人でもある。

 

 憎んでも憎んでも憎んでも、どうしようもない相手。

 

 だからこそ目に見える矛先、生贄(スケープゴート)に目をつけてしまうのが人の性。

 何より厄介なのが、その主張が悪ではないため、尚の事始末に負えない。

 

 その生贄の名は立花響。

 他ならぬ自らのクラスメイトでもある、少女だ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 彼女のことについて、自分はそれほど多くのことを知っているわけではない。

 良く悪くも、彼女の印象はクラスメイト。

 たまに話すし、明るく付き合いの良い性格であることを知っているくらいだ。それほど仲が良いわけではない。

 それから割と周囲の男子に人気があったらしいが、それ以上のことは知らない。

 

 そんな関わりの薄い自分でもおかしいと分かるくらいに、今の彼女は憔悴していた。

 

 彼女もまた例のコンサートにてノイズに被災した一人とのこと。負傷し、病院には運ばれたものの、割と早い段階で復学出来ており、自分よりも先に学校に来ていたらしい。

 彼女の場合は少し他の被災者たちと毛色が違う。あの場での数少ない生存者で、直接被災した人間。

 それだけならば良かったのかもしれない。しかし、広まった噂が良くなかった。

 曰く、当時の事故の状況によると、彼女は他人を踏みつけ、自らのみが助かろうとした結果、この場所にいる。曰く、助けを求める声を無視して、自分一人だけ逃げた。

 

 そのような噂が広まれば、それに応じて彼女のことを中傷する人間が現れ始めるのにそう時間はかからなかった。

 また、教員の中にも、身内の人間が被災した者がいたのが更に事態を悪化させた。そう、本来であればストッパーとなるべき、教員も見て見ぬ振りの状態となったのだ。結果として、ある種『制裁』とも言えるような、彼女へのいじめは苛烈さを増していった。

 

 それが自分のいない時期に起こった一連の出来事。

 

 彼女への行為は目に余るものだと思わなかった訳ではない。だが、自分は助けようとは思わなかった。いや、思えなかった。

 誰かに目を向けるような余裕が自分には無かったのもある。親しくなかったこともある。

 

(本当に、それだけなのか?)

 

 心の何処かにある行き場のない怒り。それが自分の中には一ミリたりともないとは言えない。

 彼女への行為を見逃すことで、憂さを晴らしたかったのかもしれない。ざまあみろ、と思ったのかもしれない。

 

 それを考えようとして、やめた。

 無駄だ。自分に誰かのことを慮る余裕なんてない。そう、無いはずだ。自分は今の壊れそうな家族の状況をつなぎとめるので、精一杯なのだから。

 

 しかし、ふと思った。思ってしまった。学校に行くことを決めた誓いを思い出してしまった。

 

(今の俺のことを、妹が見たら、どう思うんだろうな)

 

 兄に対しては横暴だったものの、妹は存外正義感が強い人間だった。尚且つ好き嫌いもはっきりしていた。

 人をいじめるような人が嫌い。それを見過ごすような人も嫌い。そう言っていたのはいつのことだったか。

 

 確か、妹の友人が以前いじめを受けていた折の話だ。

 当時、妹が怒りのあまり、女子同士の喧嘩に似つかわしくない殴り合いにまで発展させてくれたおかげで、親が学校に呼び出しを喰らった。妹を抑えるために、自分まで引っ張り出されたのには思わず笑ってしまった。

 それ以来、そうした主張を持つようになり、弱者を一方的に踏みにじるようないじめに関しては、蛇蝎のごとく嫌っていた印象がある。

 

 そんな妹が今の立花響の状態を見れば、間違いなく周囲に噛みつくだろう。そしてその上、自分も失望されて、怒られてしまうかもしれない。

 

(妹が誇れるような兄貴なのかな、俺は)

 

 少なくとも、今の自分を見て、妹が誇れるような兄かと言えば、それは決してないだろうとは言える。

 

(それで、良いのかな)

 

 分からない。正しさなんて投げ出してしまいたい。別段、自分は正義感が強いわけでも無い、一般人だ。

 

 結局、その日はぼんやりとした考えのまま、学校を終えた。

 

 顧問には休んでもいいと言われたが、何かしていないとおかしくなりそうだったため、部活にも取り組んだ。頭の中を空っぽにしたくて、誰よりも熱心に取り組んだ。

 

 そして帰路に着く。級友たちに一人にして欲しい旨を伝え、一人で歩いて帰っていた。あたりは既に茜色を通り過ぎ、薄暗くなり始めていた。

 思い出されるのは、今日の光景。唯一の生存者、立花響。

 机への落書きは当たり前。昼休みを過ぎた頃には、彼女の着ている服は皆のような制服ではなく、体操服に変わっていた。

 

 自分は本当にこのまま見過ごして良いのだろうか。そんな思考のループに入りかけた時――

 

「たち、ばな…?」

 

「あ、えっと、こんばんは」

 

 よりにもよって、今一番出会いたくない人間と出会わせるとは。

 薄暗いこじんまりとした公園の中で、ぼんやりと一人でブランコに腰掛ける立花響がそこにいた。いつの間にか彼女の姿は制服に戻っていた。

 

「…こんなとこで、何してんだ?」

 

 声をかけた以上、何か話さなければいけないような気がして、言葉を紡ぐ。言った後に、このまま無視して大人しく帰れば良かったとも思ったが、今更だ。

 

「あー、えっと、ちょっとね…」

 

 どことなく歯切れも悪く、気まずそうな声音。

 それもそうだろう。恐らく、あちらも自分の状況は知っているはずだ。話しかけられたから返したが、普通に会話をするような間柄では無いことくらい分かっている。

 

「「…………」」

 

 沈黙が二人の間を支配する。

 

 ぐ〜、きゅるる。

 

 そんな沈黙に耐えきれなくなったかのように、腹の虫が鳴り響く。そして、その音の出所は、

 

「ご、ごめん」

 

 視線の先にいるのは、薄暗くて、微かにしか見えないが、顔を赤くして俯く立花響。

 まあ、自分でないのなら、この場にいるのは彼女のみ。当然と言えば当然の帰結だろう。腹の虫で思い出したが、そう言えば―

 

「立花、お前今日の給食食ったのか?」

 

「あー、えっと、まあ、うん」

 

 明らかな嘘。思わずこちらが呆れてしまうくらいに、下手くそな嘘だ。

 恐らく、いじめの一環で、彼女は今日の給食を食べることが出来ていないのだろう。

 

「…おい、立花」

 

「えっと、何かな?」

 

 自分でも何故そうしようと思ったのか分からない。

 彼女に対し、そうしてやる義理などないはずだ。おかしいとは思う。変だという自覚はある。だけど何故かその時はそうしようと思った。

 

「お前、暇なら来い」

 

「へ?」

 

 惚ける彼女に対し、口を開く。

 

「飯、食いに行くぞ」

 

 そしてそれは恐らく正しいことだったのだろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ここは…」

 

「今日は、父さんも、母さんも色々忙しくて、外で食う予定だったんだ」

 

 立花を連れ立って向かった先は、自らが贔屓している穴場こと、『お好み焼き ひまわり』。

 よく妹や一部の友人たちと連れ立って訪れていた店だ。部活帰りの夕飯までの繋ぎとして、腹を持たせるために寄ったり、夕飯代わりに利用したりと、よくお世話になっている。

 

「いや、でも私、お金…」

 

「奢ってやる、いいから来い」

 

 ハッと気付き、遠慮しようとする立花を半ば強引に説き伏せて、店内へと入る。

 

「いらっしゃ…って、また随分と珍しいお客さん連れてきたね」

 

「ん、おばちゃん。適当に座っていい?」

 

「ま、今日はお客さんあんまいないし、好きにしなさい」

 

 顔見知りの店主に軽く手をあげつつ応え、聞けば、了承を得られたので、適当な座敷に座る。そこへ立花に手招きをし、対面に座らせる。

 

「それで?いつもので良いのかい?」

 

「ん、明太餅チーズと、豚玉のそば入りで。立花は?」

 

「え!?えっと、わ、私は…」

 

 恐る恐る座敷に腰かけたかと思うと、急に話を振られ、慌てふためく立花。

 

「…適当で良いなら、イカ玉とかその辺食うか?俺のやつシェアしても良いし」

 

「へ!?あ、えっと、じゃあそれで!」

 

 思わず大きな声を出してしまう立花に内心苦笑しつつ、メニュー表の中から適当に選び、注文する。

 

「はいよ、今日は自分で焼くかい?」

 

「そうする。座敷だし」

 

「はいよ」

 

 間を置かずして、すぐさま何品か持ってくるおばちゃんから商品を受け取りつつ、油を引き、手早く焼いていく。

 何度も来ていることもあって、割と焼くのは得意だ。

 

「…………」

 

 目の前の立花は俯き、黙したままだ。

 混乱もするだろう。何せ急に訳もわからず連れてこられたのだから。

 生地が焼けるのを待ちつつ、口を開く。

 

「何で、って思ってるんだろ?」

 

「へ?」

 

「俺がお前を連れてきた理由の話だよ」

 

「…うん……」

 

「だろうな」

 

 疑問に思うのも当然だ。何せ他ならぬ自分自身もよく分かって無いのだから。

 

「…ぶっちゃけた話、俺にも何でかは分からん。ただそうしようと思って今こうしてる」

 

「…………」

 

 立花は黙って大人しく自分の話を聞いている。視線は向けない。

 お好み焼きの焼ける音が一際大きく聞こえる。そんなお好み焼きの生地の状態を見つつ、話を続ける。

 

「お前、俺の妹のこと多分知ってんだろ?」

 

「…うん……」

 

 立花の手に微かに力が篭ったような気がしたが、構わず続ける。

 

「お前に対して何も思うところが無いって言えば、嘘になる」

 

「…………」

 

「かと言って、何かしようとも思ってはいない」

 

「え……」

 

 立花が初めてこちらの顔を見た。

 

「お前のことは心底羨ましいとも思った。何で妹じゃないんだって思った」

 

「うん…」

 

「でも、それとお前のことを憎むこととは話が別なんだと思う」

 

「…………」

 

「ええっと、つまりだな、俺も正直、お前に対してどういうことを言いたいかは分かんねえけどー」

 

 うまく言葉にならない。もどかしい感情が心を支配する。

 

「腹が減った状態で考えたとしても、ロクな答えが出せねえと思った」

 

 つまり、こういうことなのだろう。何かしたかった訳ではないのだ。恨み言を言いに来たわけでも、慰めに来たわけでも無い。

 

「だから、ここで腹一杯食って、その後のことはその後考えれば良い。ここは飯屋だ。食うことだけ考えてれば、それで良いんだ」

 

 所詮、中学生の浅はかな考えだ。そんな大層な御高説を垂れに来たわけでは無い。

 

「何、それ…」

 

 立花の顔を見ずに、お好み焼きをひっくり返す。たとえ、聞こえる声が涙で滲んだような声でも、見なければそんなことは分かりっこ無い。女子の泣き顔を見たところで、自分にはどうにか出来るような甲斐性はない。だから、見ない。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 その後は一言も喋らず、ただ静かにお好み焼きを二人で食べて帰った。一人当たり三枚、計六枚も食べてしまい、思った以上にお金を使ってしまったがそれはご愛嬌というやつだ。ひまわりがリーズナブルであることをこれほど感謝した日はない。

 

 そして、腹一杯になって、落ち着いたのか、腹も据わった。

 

 どうなるかは分からない。もしかしたら標的や矛先が自分に向くかもしれない。それでも、きっと自分のやることは間違っていない。そのはずだ。妹が誇れるような兄になるために。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 翌朝。

 気合を入れるために、髪型をセットした。ワックスは校則違反かもしれないが、今日くらいは良いだろう。

 

 教室の前に立ち、気合を入れる。

 

(ビビるな、俺)

 

 そうして、教室のドアに手をかけ、勢いよくドアを開けた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 結論から言えば、上手くいった訳でも無いし、状況が悪化した訳でもなかった。

 

 立花響に対しての態度が、腫れ物に触るような扱い程度になったことくらいだ。

 自分に対してはと言えば、あまり変わらなかった。

 自分もまた被災者だったからというのもある。一部の女子との関わりこそ完全に絶たれたが、男子で加担していた者はごく僅かであり、自分の級友にそれらの人間が含まれていなかったことも大きい。

 

 結局、その後の立花本人との関係性も変化する訳でもなく、結局あの日以来、事務的な会話を交わすのみで卒業までを過ごした。

 

 元々自分はそういうタイプではなかったのだから、この結果は上々と言えるのかもしれない。

 

 風の噂で聞いたところによれば、彼女は無事どこかしらの学校に入学を決めたらしい。恐らくこれからは会うこともないだろうと思う。

 

 自らもまた無事に進学を決め、この春から一人暮らしが決まった。親には少し反対されたが、元々妹が死ぬ前からある程度決まってはいたことなので、少し週末に実家に戻る日が多くなるくらいで済んだ。

 

 ひまわりのおばちゃんに報告しに行けば、近くには『ふらわー』なる姉妹店的なものがあるらしいが、まあこれは余談だろう。

 

 完全に過去を乗り越えた訳ではない。一生背負っていくことになるかもしれない。だが、それでも時間は過ぎていく。

 ならばせめて妹が胸を張って、兄貴はすごいんだと自慢できるように、そんな人間でいられるくらいの努力はすべきだろう。

 

「いってきます」

 

 誰もいない部屋にはまだ慣れない。早く慣れないとなと考え、苦笑しつつ、新しい学校への一歩を踏み出した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 これは立花響に救われる少し前の話だ。

 

 

 

 

 

 




ほのぼの系です。(断言)

続き欲しい?(Twitterでもやってます)

  • 書け。それがお前に許された唯一の行いだ。
  • これで良くない?綺麗に纏まってるし。
  • 他作品全て書け。苦しみなど知ったことか。
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