クラスメイトの立花響とお好み焼きを食べに行くだけの話   作:幸海苔01

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裏話的なやつです。


クラスメイトの男子とお好み焼きを食べた話

 

 

 

 守興(もりおき)(まこと)

 

 彼のことを知らなかったわけではない。クラスメイトの一人としては認識していた。

 女子からは結構人気がある。友達も極端には多くないが、割といる。

 クラスの中心に居てもおかしくない存在。だが、積極的に目立とうとはしない。

 所属するサッカー部でも、レギュラーを勝ち取るくらいには優秀。勉強もできない訳ではなく、むしろ上から数えたほうが早い。

 欠点を上げるとすれば、割と天然なことと、シスコン気味だとまことしやかに囁かれていることくらいだ。

 

 そんな彼がある日を境に登校しなくなった。

 

 理由は分かっている。

 何せ他ならぬ自分が関わっていることなのだから。

 

 まあ、今の自分にとってみれば、どうでも良いことかもしれない。

 

「何で学校に来てんのよ!人殺しのくせに!!」

 

 女子トイレに響く怒号。上から浴びせかけられる冷水。そして、足早に去るように響く足音。

 

 ああ、またか。

 

 制服乾かさなきゃ、と。どこか他人事のように、ぼんやりとした頭で考える。

 

(未来に心配かけないようにしないと…)

 

 自分のことを学校の中で唯一心配してくれる親友の顔を思い浮かべつつ、重い腰を上げる。

 

(体操服まで汚されたりしてないと良いけど)

 

 諦観。もうどうにもならないことだと、心の中で諦めている自分がいる。

 自分一人ならまだ良かった。何より辛かったのは、家族を巻き込んでしまった時だ。

 何度命を絶とうと思ったか分からない。だが、その度にあの時の言葉が脳裏に浮かんだ。

 

『生きるのをあきらめるなッ!』

 

 あの時言われた言葉を片時も忘れたことはない。文字通り自らの命を懸けて自分へと繋いでくれたこの命を軽々しく投げ捨てるような真似をしてはいけない。

 

「へいき、へっちゃら…」

 

 呟き、無理矢理自らを奮い立たせる。

 

 心が、欠けそうだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そうした日が幾日か過ぎ、遂に守興誠が登校を再開したらしい。

 

 彼は友人たちに囲まれ、彼らから慰めを受けていた。いや、それは正しくないかもしれない。何せ、途中からは彼のほうが慰める側に回っていたのだから。

 

 羨ましい。

 

 素直にそう思った。そして、そう思うと同時に、自分にはそんな資格が無いとも思った。

 これは報いなのだ。あの時に生き残ってしまった自分への報い。

 

 そして、今日も今日とて、机に書かれた、『人殺し』の文字を親友が消そうとするのをどうせまた書かれるからと留め、自らの給食はどこぞへと向かい、昼休みには相も変わらず冷水をぶっかけられ、制服を乾かし、帰路に着く。

 

(少し、疲れちゃったな…)

 

 自分がいると、家にまた石が投げ込まれるかもしれない。怖い思いを家族にさせてしまうかもしれない。

 そう考えると、何となく家に帰り辛く感じた。

 足取りがどんどんと重くなり、やがて立ち止まり、ふと気付いた。

 

(こんなとこに、公園なんてあったんだ)

 

 こじんまりとした、ごく僅かな遊具しか無い公園。昔はよく未来とブランコで遊んでたっけ、と何となく思いつつ、腰掛ける。

 

 それから、どれだけ時間が経ったのだろう。

 帰る際は茜色に染まっていた周囲が、既に薄暗くなりはじめていた。

 

(あ…そろそろ、帰らなきゃ)

 

 あまりに遅いと母と祖母に心配をかけてしまうかもしれない。

 

 そう思い、立ち上がろうと考えた瞬間、一つの人影が近くを通り過ぎようとし、声を上げた。

 

「たち、ばな…?」

 

「あ、えっと、こんばんは」

 

 守興誠。

 他ならぬあの時のノイズによる災害で大切にしていた妹を失った少年。

 最悪だ。よりもよって彼と鉢合わせることになるとは。

 

(私、呪われてるかも…)

 

 だが、きっとこれも罰なのだ。

 どれだけ詰られようと、どれだけ憎まれようと、彼とはいずれ向き合わなければならない運命だったのだろう。

 

 そうして、部活帰りであろうユニフォーム姿の彼は、少し思案するように目線を横に逸らしたかと思うと、口を開いた。

 

「…こんなとこで、何してんだ?」

 

 彼はその言葉を口にした直後に、しまった、とでも思うかのような顔を浮かべる。

 分かりやすいなあ、と思いつつ、

 

「あー、えっと、ちょっとね…」

 

 と、適当に誤魔化す。

 

「「…………」」

 

 沈黙が二人の間を支配する。

 それはそうだろう。話すことなどと言われても、そもそも元の関わりも薄い上に、現在の関係性など、気まず過ぎて一周回って笑えてくる。

 

 そんな自らの心情とは裏腹に、

 

 ぐ〜、きゅるる。

 

 沈黙に耐えきれなくなったかのように、腹の虫が鳴る。

 

「ご、ごめん」

 

 慌てて、相手に向かって謝罪する。

 最悪だ。冗談抜きで呪われてるかもしれない。彼の視線もどことなく呆れたようになっているのは気のせいではないだろう。

 

 だからこそ、続いた彼の言葉には少し驚かせられた。

 

「立花、お前今日の給食食ったのか?」

 

「あー、えっと、まあ、うん」

 

 つい反射的に、誤魔化しの言葉を述べてしまうが、彼には気付かれているようで、先程よりも更に呆れるような視線が強くなったような気がする。

 未来にもよく言われるが、そんなに自分は嘘が下手だろうか。

 

 そして、再度彼は思案するように視線を横に逸らした後、口を開く。

 

「…おい、立花」

 

 思わず身構える。罵倒だろうか。恨み言だろうか。

 

「えっと、何かな?」

 

 だが、続く彼の言葉は予想と正反対の言葉であった。

 

「お前、暇なら来い」

 

「へ?」

 

 思わず、惚けて、間抜けな声を上げてしまった。そこから更に彼は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 

「飯、食いに行くぞ」

 

(いや、何で?)

 

 自らの頭に浮かんだのは、率直な感想だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 結局、教室で比較的大人しめのはずの彼とは打って変わっての半ば強引な誘いにより、お店の前にまで来てしまった。書かれている文字にちらりと目を向ければ、『お好み焼き ひまわり』。

 

「ここは…」

 

「今日は、父さんも、母さんも色々忙しくて、外で食う予定だったんだ」

 

 その言葉に嘘はないのだろう。家族が亡くなれば、色々と手続きもあるのだろう。

 そんなことをふと考えてしまう自分に嫌気が差す。そう考えたところで、ハッと思い出す。お金など持ち合わせいないことに。

 

「いや、でも私、お金…」

 

「奢ってやる、いいから来い」

 

 そう口にして、断ろうとすれば、あっさりと逃げ道を塞がれた。

 彼はと言えば、躊躇いなく暖簾をくぐり、扉を開く。行くしかないのだろう。どこか諦観した気持ちで自らもまた店内に入り込んだ。

 それと同時にソースの香りが鼻腔をくすぐる。店内は明るすぎず、どことなく柔らかいオレンジ色の光で照らされていた。

 

(またお腹鳴っちゃいそう…)

 

 懸命に自らの空腹と格闘している横で、

 

「いらっしゃ…って、また随分と珍しいお客さん連れてきたね」

 

「ん、おばちゃん。適当に座っていい?」

 

「ま、今日はお客さんあんまいないし、好きにしなさい」

 

 彼はと言えば、顔見知りであろう中年の女店主に声をかけ、適当な座敷へと向かい、こちらへ手招きする。

 

 ぺこりと女店主に軽く頭を下げつつ、彼の対面に座る。

 彼はメニュー表にさらりと目を通し、注文を決めたようで、店主に目を向ければ、

 

「それで?いつもので良いのかい?」

 

「ん、明太餅チーズと、豚玉のそば入りで。立花は?」

 

 阿吽の呼吸と言っても良いくらいに、既にオーダーを完了していた。メニュー表を見た意味は何だったのか。

 そして、急に話を振られた自分はと言えば、

 

「え!?えっと、わ、私は…」

 

 盛大に焦っていた。

 気付けば、メニュー表は自分の方に最初から向けられていた。なるほど、彼がメニュー表を取り出したのは、見るためでなく、見せるためだったのか、と関係ないことにまで頭が行きつつ、慌ててメニュー表に目を通す。

 

 またもや呆れたような視線を向けられつつ、彼が口を開く。

 

「…適当で良いなら、イカ玉とかその辺食うか?俺のやつシェアしても良いし」

 

「へ!?あ、えっと、じゃあそれで!」

 

 何だか恥ずかしくなってきた。

 …気遣いは出来るようだが、如何せん彼はどうにもマイペース過ぎる気がする。

 店主の方にちらりと目を向ければ、苦笑し、呆れたような視線を彼の方に向けていたので、自分の感想は間違っていないのだろう。

 

 そうして、ひとまず注文を終えたところで、店主が口を開く。

 

「はいよ、今日は自分で焼くかい?」

 

「そうする。座敷だし」

 

「はいよ」

 

 店主なりの気遣いなのだろう。

 二人は親しい様子だ。恐らく彼の状況も知っているだろうし、もしかしたら自分のことも知っているのかもしれない。

 だからこそ、ここに余計な世話を焼いてはいけないと思ったのかもしれない。

 

 間を置かずに、彼女が次々と商品を持ってくる。それを彼が受け取り、手慣れた様子で生地を混ぜ、油を引き、焼いていく。

 自分はと言えば、手持ち無沙汰で、手を虚空に浮かせてうろうろさせていたくらいだ。

 まあ、実際慣れているのだろう。店主にメニューを覚えられるくらいには繰り返し来ている様子であったし。

 

 その作業すらも、自分には見る資格が無い気がして、思わず顔を俯ける。

 そのまま黙していると、彼が口火を切った。

 

「何で、って思ってるんだろ?」

 

「へ?」

 

「俺がお前を連れてきた理由の話だよ」

 

「…うん……」

 

「だろうな」

 

 その通りだ。最初は恨み言をぶつけるためかとも思った。ただ、自分とご飯を食べる理由が分からない。自分が逃げられないようにするためだろうか。

 

「…ぶっちゃけた話、俺にも何でかは分からん。ただそうしようと思って今こうしてる」

 

「…………」

 

 どう反応して良いのか分からなかった。訳がわからない。一体彼は何がしたいのだろうか。

 そんな自分の心情など知ったことではないとばかりに、彼は言葉を続ける。

 

「お前、俺の妹のこと多分知ってんだろ?」

 

「…うん……」

 

 来た。やはり来るのは罵倒か。思わず手に力が篭もる。

 

「お前に対して何も思うところが無いって言えば、嘘になる」

 

「…………」

 

 当然だ。彼の妹は死に、自分は生き残った。

 

「かと言って、何かしようとも思ってはいない」

 

「え……」

 

 続く彼の言葉に思わず顔を上げる。彼の視線は相変わらず、お好み焼きに注がれたままだ。

 

「お前のことは心底羨ましいとも思った。何で妹じゃないんだって思った」

 

「うん…」

 

 彼が言葉を紡いでいく。軽く相槌を打ちつつ、彼の話に耳を傾ける。

 

「でも、それとお前のことを憎むこととは話が別なんだと思う」

 

「…………」

 

「ええっと、つまりだな、俺も正直、お前に対してどういうことを言いたいかは分かんねえけどー」

 

 そこで、彼がどことなく困ったような顔になった。

 言うべき言葉を探しているのだろう。そうして、少し逡巡した後、

 

 

「腹が減った状態で考えたとしても、ロクな答えが出せねえと思った」

 

 

 …何だ、それは。それだけのために、自分と夕飯を食べに来たのか。

 なるほど、彼は天然だ。そしてどうしようもなく不器用なのだろう。

 ふと、思い出した。

 彼はシスコンだが、彼の妹もまたかなりのブラコンだという話を。彼は生粋の兄なのだろう。懐くのも当然の話だ。そして、彼が女子に人気があるのも当然の話だ。

 

「だから、ここで腹一杯食って、その後のことはその後考えれば良い。ここは飯屋だ。食うことだけ考えてれば、それで良いんだ」

 

「何、それ…」

 

 ようやく出せた声は震えていた。

 ああ、きっと今の私はひどい顔をしているだろう。

 

 彼は私に視線も向けず、お好み焼きに視線を注いでいる。なんだ、そんなにお好み焼きが大切なのか。

 いや、違う。本当は分かっている。彼は自分が折れてしまわないように、慮ってくれているのだろう。

 

 彼みたいな人がいる。それだけで自分は救われた気がした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 結局、その日はそれ以上言葉を交わすことなく、普通にお好み焼きを食べて帰った。

 …それはそれとして、三枚は少し食べ過ぎたかもしれない。お会計の際に、少し彼の眉がピクリと動いたのは見なかったことにした。

 

 家に帰り着いた時、母と祖母が心配し過ぎて通報寸前だったのには、かなり焦った。

 

 父のこともあったばかりだ。余計に心配したのだろう。

 

 大丈夫な旨を伝えたが、体にまとうソースの匂いで、お好み焼きを食べてきたことが一発でバレてしまった。

 結局隠しきれずに正直に話せば、母と祖母は泣きながら、良かったね、良かったねと繰り返し言ってきた。

 自分がいじめられていることはバレバレだったらしい。

 

(心配かけないようにしてたんだけどなあ…)

 

 わざわざ親友の未来にまで口止めした意味はあまりなかったらしい。

 

 その日は石を投げ込まれることもなく、いつもよりも穏やかに眠れた気がした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 翌日。

 幾分か軽くなった心情ではあるが、足取りが重いことには変わりない。未来には心配されたが、大丈夫だと言い含め、予鈴が鳴るギリギリ前に教室に入る。

 

(あれ?)

 

 自分が入った瞬間に、水を打ったように静かになるのはいつものことだが、何だか今日は様子が違う気がする。そして、違和感は続く。

 

 未来とともに昨日必死で綺麗にした机がそのままなのだ。

 いつもであれば有り得ない。翌日には『死ね』、『人殺し』などと書かれた、見るも無残な姿に変貌していた。

 

 何と言うか、教室内が張り詰めている。

 そして、その中心にいるのは――

 

 ――ワックスで乱暴に撫でつけたかのような髪型。

 

 ひどく似合っていない。その上、彼の顔に似つかわしくない、どことなく不機嫌そうなしかめっ面。だけど、私にはそんな彼が誰よりも輝いて見えた。

 

 なるほど、これは、少しまずいかもしれない。

 自分でも笑ってしまうくらいに単純だ。

 

 彼はきっと、立花響のためではないと言うだろう。だけどそれでも。

 

 

 立花響は確かに救われたのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 その日から、学校生活という一点に関しては、劇的に変化した。

 制服は濡らされず、一人ではあるが、給食は食べることができ、机も綺麗なままだし、事務的な会話に限っては無視もそんなにはされなくなった。

 

 一人、もしくは未来と二人だけの機会が多かったお陰で苦手な勉強が少しは改善され、未来と同じ進学先に進むことが出来ただけ、僥倖だろう。…ギリギリではあったが。

 

 ちなみに、肝心要の彼とはなんの進展もなく、事務的な会話のみで卒業を迎えてしまった。

 だが、これで良かったのだろう。自分のような人間が彼のような人間を大切に思う資格などないのかもしれない。彼には自分の親友のような素晴らしい人間こそがふさわしいのだろう。

 そう思いつつ、その親友である未来と共に帰路に着く。そんな時に、ふと声をかけられる。

 

「あら、まこちゃんと一緒に来た娘じゃない。それに、未来ちゃんも」

 

「あ、えっと、こんにちは」

「こんにちは」

 

 声をかけてきたのは、あの時のお好み焼き屋の女店主。未来とは既に顔見知りなことに少し驚いた。

 

「何でも、リディアンに行くとか聞いたけど」

 

 本当に驚いた。教員でさえ自分の進路は知らない人間が多いと言うのに、どこから聞いたのだろうか。ちらりと目を向ければ、隣の未来も驚いている。

 

「良い女には秘密が付きものだからね」

 

 自分と未来の驚いた様子に女店主はそう言いつつ、ウインクしてきた。

 

「「な、なるほど…」」

 

 思わず感心した声を未来と揃って上げてしまった。

 

「ちなみに、リディアンの近くには『ふらわー』ってお好み焼き屋あるから、よろしくね♪うちの姉妹店的なものよ」

 

「は、はあ…」

 

 何故か店の宣伝をされた。しかし、ひまわりのお好み焼きはかなり美味しかった。あの味が味わえるのなら、是非訪れようと心の中で密かに決意する。

 

「そう言えばまこちゃんね、サッカーで推薦決まったらしいわ。何でも一人暮らしするとか」

 

 それは初耳だ。上手いという話は聞いていたが、そんなレベルだったとは。

 

「ちなみに、そこも『ふらわー』が近いのよねー」

 

 悪戯めいた顔を浮かべつつ、そう口にする女店主は、じゃあねー、と言いつつ、その場から去っていった。

 

(そっか、そうなんだ…)

 

 まだ彼に恩を返す機会は失われてないようだ。

 

 ちなみに、その言葉を聞いて、知らず知らずの内に笑みを浮かべていたらしく、未来が少し拗ねた様子だったのは、ちょっとした余談だ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「知ってますか、翼さん。おなか空いたまま考えてもロクな答えが出せないってこと」

 

 これは、立花響が救われた話だ。そして、それを誰かに繋ぐ話だ。

 

 そして、彼と再会する少し前の話でもある。

 

 

 




主人公の誠君は多分イケメンなので大概酷い目に遭います(無慈悲)

続き欲しい?(Twitterでもやってます)

  • 書け。それがお前に許された唯一の行いだ。
  • これで良くない?綺麗に纏まってるし。
  • 他作品全て書け。苦しみなど知ったことか。

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