クラスメイトの立花響とお好み焼きを食べに行くだけの話   作:幸海苔01

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特に山も谷もない、クッソつまんないマコちゃんの日常です。

要は繋ぎ回。


お好み焼きを一人で食べようとした話

(…割と近いな…)

 

 朝につけたニュースにて、昨日の夜にノイズの出現が確認されたことを知った。

 

 思わず眉根に皺が寄る。ノイズと聞くだけで、その日一日が不幸に彩られた気さえする。

 だが、自らに出来ることなど一つもない。どう足掻いたとて、そもそもの対抗手段が現状無いのだから。

 まともな対抗手段さえあれば、もっと早期に解決できていただろう。

 

 

 それこそ、妹が死ぬ必要は無かったはずだ。

 

 

 かれこれ二年の歳月が経ってはいるものの、片時もあの時を忘れることなど無かった。それこそ寝ている時でさえ、未だに悪夢に苛まれる日もあるくらいだ。

 結局、誰にでも平等なはずの歳月が、自らを癒やしてくれることは無かったらしい。

 

(…くだらない)

 

 昔はともかく、今は癒やされることを、救われることを求めている訳ではない。自らに出来る精一杯をやるだけだ。

 起きたことは戻せないし、失ったものを取り返せる訳でもない。怒りもある。憎しみも消えない。

 だが、失ったものをただ数えるしか出来ない自分になど、なりたいはずもない。

 

 妹が誇れる自分になる。その決意は変わらない。

 

(それはそれとして、朝練に遅れたら洒落になんねえ!)

 

 テレビを慌てて消し、昨日のうちに用意していた荷物を手にとり、足早に家を出た。

 いまいち締まらない気もするが、これが今日まで続く今の日常だ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 サッカーを究極的に突き詰めれば、単純な作業だ。

 ひたすらに蹴り、駆け、蹴る。

 相手のチームよりも、自らのチームが点を取れば勝てる。

 だからこそ、自らに向いていると思った。

 

 ちなみに当時は野球も考えたが、坊主が嫌だったので、サッカーにした。

 

 周囲は自らを器用な人間だと言うが、自分はそう思ったことなど無い。単純に、人よりもスイッチの切り替えが多少なりとも早く、上手いだけだ。

 勉強の時はそれのみに専心し、MFとしての役割を求められたならば、それのみに専心する。

 同時並行での作業が苦手だからこそ、身につけたやり方。集中の切り替え速度の早さと、集中自体の深さを両立させる。

 

(ここまでにしとくか…)

 

 まだ外は比較的明るいが、ほとんどの部員たちは帰路についている。元々今日は午前の授業のみかつ、自主練習の予定であった。

 ほぼ全員集まり、紅白戦までしたのはご愛嬌だ。結局それにより皆疲れ切ってしまい、解散と相成ったが、確認したいことがあり、自らはシュートの練習とドリブルの練習のために残った。

 一刻も早く確認したかったのだ。あの時の先輩たちの動きを。自らにもできないかとそう思った。記憶の残っている内に、取り組めば精度も上がるかとも思ったが、流石にここまでが限界だろう。

 これ以上は明日の練習に差し障りがありそうだ。オーバーワークが逆効果なことは、中学時代に散々学んだ。

 

 滝のように流れる汗を拭いつつ、事前に顧問に願い出て、使えるようにしていたシャワールームへと向かう。

 着替えはもちろん持参済み。運動部に着替えは必須アイテムだ。

 

 シャワーを浴びつつ、今日の食事をどうするか考えるが、答えは半ば決まっているようなものだ。

 

(今日もふらわーだな)

 

 最近、行く機会が多い気がする。

 ふらわーのおばちゃんにも、食生活には多少気を遣うように言われたものの、積極的に改善しようとしない自分に根負けしたのか、はたまた諦めたのか、炭水化物よりも野菜や肉、魚介類の具材が多めのお好み焼きが出されるようになった。

 

 以前おばちゃんに対し、他の客と比べ、平等では無いのでは?と少し皮肉気味に問えば、長期の需要が見込める客に対する投資だとあっさり返された挙げ句、年若い少年の不摂生を咎める者がいても、そこら辺にいるおばちゃんのお節介を咎める者などいないと、感情面でも畳み掛けられた。

 その上、自らのちょっとした罪悪感からのお節介もバレていたようで、子供に心配される程、経済状態は悪くないと窘められてしまった。

 ここまで手痛い反撃をされたのは、妹とひまわりのおばちゃん以来だった。

 

(ま、気にしても仕方ないか)

 

 帰りついたとして、料理をする気力などほとんどない。風呂に入って、勉強して、洗濯して、明日の準備を行えば、それだけで終わってしまう。洗い物も面倒だ。

 流石にそこまで完璧にしろとまでは、妹も言わないだろう。自分にできるのは、文武両道までだ。

 

(それに…)

 

 洗い物や料理といった待ち時間が多い作業をしていると思わず、『どうでもいい』考え事をしてしまう。

 出来る限り、そうしたことを考えられないように、何かの情報で頭を埋めておきたかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おばちゃん」

 

「明太餅チーズと、豚玉そば入りかい?」

 

「ん、お願い」

 

 そういう訳で今日も今日とて寄るのはふらわー。手っ取り早く栄養を体に取り入れるためだと自分に言い訳しつつ、いつもの注文を頼む。おばちゃんの呆れた視線は気にしないことにした。

 カウンターに突っ伏し、置かれたお冷の水滴を眺めながら、焼けるのを待つ。

 流石に選手権常連校ともなると、中学の時とは違い、かなりの練習量でもある上に、周囲のレベルも格段に違う。加えて今日のように自主練も行っているため、流石に疲労も溜まる。

 

「また随分としごかれたみたいだね」

 

 おばちゃんがこちらに目線を向けながらも、そう口を開き、その手は止めない。手元に目も向けず、よく出来るものだ。まさしく職人技と言うべきだろう。

 

「ん、まあ先輩たちとの紅白戦は楽しかったし。サッカー好きだから良いけど」

 

 姿勢はそのままに、自らも口を開く。何となく起き上がる気になれなかった。

 

「そうかい。結果は?」

 

 分かってて言っているだろうとばかりに恨みがましい視線を向けるが、おばちゃんはいつの間にやら、目線をお好み焼きに戻しており、どこ吹く風といった様子だ。

 

 溜息を吐きつつ、仕方なしに結果を伝える。

 

「一年組のボロ負け。DF固いし、FWはいつの間にかゴール近くいるし、パスの精度えげつないし。最後ら辺意地になって、前に出まくって、超攻撃型の布陣で点をもぎ取って、ようやく一矢報いたレベル」

 

「おや、良かったじゃないの」

 

 おばちゃんはそう言うが、問題はその後だ。

 

「でもその後、先輩たちに火付けちゃったみたいで、めっちゃ抜かれまくって、1点も取れなくなって、圧倒的点数差でボコボコにされた」

 

 結果は9対1。そのフィールドの広さとも相まってか、サッカーとは存外点差の開きにくいスポーツである。にも関わらず、この点差。まさしく格の違いを見せつけられた気分だ。全国レベルが揃い、年齢差があるとは言え、こちらも選ばれた人間、生半可な選手はいなかったはずだ。

 

 そう、個々の技術に著しい差というのは—一部の選手を除き—無かった。

 一番の敗因は、練度の差。対応力の差。

 

 個々人の技量は確かに大切だ。だが、サッカーは『チーム』のスポーツだ。どんなに技量の優れた人間が居ても、活かせるだけの土台が無ければ、囲まれ、潰される。

 それさえも踏み越える圧倒的なまでの『天才』も居るが、その『天才』だって、止められない訳ではないし、限界だってある。3点入れることが出来れ(ハットトリックを決めれ)ば、偉業と言われる世界なのだ。点を稼ぐという、簡単に見える内容がどれほど難しいことかが分かる。

 そして、自分たちはまともな『チーム』になっていなかった。その綻びをものの見事に突かれ、終盤の超攻撃型布陣にするまで、連携らしい連携も取ることが出来なかった。

 

「まあ、あの子たちも相当負けず嫌いだからねえ…」

 

 どことなく苦笑混じりに、おばちゃんが呟く。

 

 先輩たちの中には、ふらわーの常連が何人かいるらしい。DFの先輩に聞いたところ、たまに行くのだと言っていた。

 ついでに聞いた話だが、近くの女学院の娘たちがたまに来るから、それ目当てでこっそりと通っている先輩方もいるらしい。

 そういう馬鹿が増えて食べられなくなっても困るんだけどね、とその先輩がどことなく腹黒さを感じる笑顔でそう言っていたのを思い返す。顔は王子様系かつ爽やか系のイケメンであったため、どことなく恐ろしく感じた。やはり、いやらしいディフェンスをしてくるだけのことはあるな、と思ったのは秘密だ。

 ちなみに、その先輩が本気を出したせいで、その後1点も取れなかった。

 

「まあ、だろうね」

 

 そうでなければ、常連校のレギュラーなどやっていけないだろう。別段、根性論を振りかざす訳ではないが、闘志や覇気のない人間に務まる代物では無い。その闘志や覇気の最たる代表例が負けず嫌いと言っても過言ではない。

 

(でもまあ、久々に楽しいと思えたな)

 

 色々あった中学時代に比べれば、多少なりとも前を向けるようになった。おまけに最近伸び悩んでいたプレイの幅に、今日の試合とDFの先輩によるアドバイスのお陰で伸び代が見えた。目指すべき場所が多少なりとも見えたと言っても良い。

 

(頑張ろう。まずはレギュラー入りだな)

 

 そこから更に目指すのは、プロのスカウト。既にFWの先輩や話を聞いたDFの先輩には話が来ているらしい。早いとも思ったが、実力があるのだ。当然の話だろう。

 

 今出来る精一杯を。少なくとも自分に高校生の時分で世界を救うだとか、ご立派なことなんぞ出来ない。

 

 だが、サッカーならば。追いつけるだけの才能は持っていると自負している。あとは自らの努力次第だ。

 

「はい、お待たせ。出来たよ。まずは豚玉そば入り」

 

 目の前に出来立てのお好み焼きが、ドンと置かれる。

 とはいえ、今やる事は決まっている。一先ずは腹ごしらえだろう。

 

 そんな時だった。

 ひどく耳障りな警報が周囲に鳴り響いたのは。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一口も口をつけていないお好み焼きは惜しかったものの、すぐに悪くなるような代物でもないので、ラップをかけて置いておくことにした。もしもの時はふらわーのおばちゃんに、新しいものを作ってくれるとの約束も取り付けたため、避難を始める。

 

 幸いにも、自分が来店していた時は、来客も既に落ち着いた後だったため、避難誘導も特に必要なく、二人揃ってシェルターに避難するだけで済んだ。

 

 出現場所が近くとは言っても、割と離れていることもあり、不安がる声もそんなに挙がらなかった。

 

 避難している際、ふと手に痛みを感じて目を向けてみれば、知らず知らずのうちに手に力が篭っていたようで、掌にはっきりと爪の跡が残っていた。よほどしっかり握り込んでしまったらしい。

 

「大丈夫かい?」

 

「ん、ああ、大丈夫」

 

 おばちゃんにまで心配される。いつの間にか表情にまで出ていたようだ。よくない兆候だ。少なくとも今は割り切り、避難に集中すべきだ。切り替えの速さが取り柄なのだから、それくらいのこと、自分に出来ない訳がない。いや、やらなければならない。

 

 

 

 自分は所詮、『無力』なのだから。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 避難は大きな混乱はなく、時間としてもそんなに長いものではなかった。

 

 出現場所自体が近くとは言っても、それなりに距離も離れていたことに加え、ノイズ自体も更に離れた場所へと移動していったとのことであったため、すぐにふらわーへと戻ることが出来た。そもそもシェルター自体がそんなに効果のあるものかどうかというのは大いに疑問が残るが。

 

 流石にお好み焼きは冷めてしまっていたが、おばちゃんが新しいものを作り直してくれたため、無事夕食にありつけた。残ったお好み焼きはおばちゃんの夕食代わりにするらしい。

 

 お好み焼きを食べ終えた頃には、ニュースにてノイズの消滅が確認された旨を放映しており、おばちゃんと二人でほっと胸を撫で下ろした。

 ふらわーを出た頃には流石に周囲も暗くなっており、特に買い物も無かったので、寄り道せず大人しく帰路に着くことにした。

 

 ノイズは消えた。

 今のところ知り合いに被害もない。

 

 学校や部活のメッセージのグループでも、安否確認があったが、特に問題は無かった。

 そう、特に何もない、はずなのだ。

 

 なのに、妙な胸騒ぎが消えてくれない。

 

 何かを見落としているような、そんな気がするのだ。

 

(いや、気のせいだ)

 

 切り替えは得意なはずなのに、ここのところ妙に上手くいかない。

 ノイズの話を聞いたからかもしれない。

 その単語を聞けば、否応がなく妹のことを連想してしまう。

 

(出来ることなんてない。諦めろ)

 

 自らに言い聞かせるように、心の中で呟く。

 

 前に一度、妹が死んだ少し後に何か解決法がないかと探したことがある。とは言っても、当時の自分は所詮中学生。精々ネット検索や図書館で情報を探すのが関の山。一般向けに公開されているような情報しか見つけることが出来なかった。分かったことと言えば、ノイズがどこから来たかも、その目的も分からないということくらいだった。

 ノイズの持つ位相差障壁という特性により、現行兵器も大きな効果はなく、過去にあったノイズ撃退用の爆撃によって、地形が変わり、土砂崩れが起き、そちらの被害の方がむしろ大きいと言うのだから、何とも笑える話だ。

 

 自らの心に折り合いをつける切掛にこそなったが、専門家たちが探し続けて、未だに解決法すら発見できていないものを自らに見つけることが出来る訳もなく、至極当たり前のことでもあった。

 

 まあ、折り合いをつけたからと言って、納得し切れているわけではないのだが。

 

(明日も早いし、今日のところ寝るか)

 

 結局、『どうでもいい』考え事をしてしまった。胸騒ぎは消えてくれない。

 翌日の準備を行い、早々にベッドにその身を埋め、目を閉じた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 夢を見た。

 

 荒野の中に少女の歌声が響く。

 少女の容姿は分からない。

 ボロボロのフードのようなものを被り、こちらに背を向けたまま歌い続ける。

 

 ただ一人荒野に真っ直ぐと立ち、歌い続けるその姿はまるで—

 

「—正義の、味方」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 朝。目が覚める。

 

「……いや、何でだよ」

 

 別に歌っていただけだ。それに、見えていたのはフードを被った後ろ姿だけ。それなのに、どこかで少女と確信している自分がいた。正義の味方だと確信していた。訳が分からない。

 それは良い。いや、良くはないが、それより訳が分からないのが、

 

「何で泣いてんだよ、俺…」

 

 その姿を見て、涙が溢れて止まらなかった自分だ。

 ただ、その後ろ姿を見て、どうしようもなく悲しく感じた。どうしようもなく寂しく感じた。

 

「疲れてんのかね、どうにも」

 

 昨日の件を引きずっているのかもしれない。それに、もしかすると居残り練習は流石にオーバーワークだったのかもしれない。

 体感的には体の疲れは取れている。だが、今日の練習は少し抑え目にしておくべきかもしれない。

 

 一つ溜息を吐き、ベッドから身を起こす。

 涙で濡れた顔を洗い、着替えつつ、ニュースを確かめ、買い置きしていた、野菜ジュースとパックに包まれたドリンクゼリーを朝食代わりに流し込む。流石にこれだけでは足りないので、道中でパンを購入し、練習前に食べるというのが自分のルーチンだ。

 

(よし、行くか)

 

 今日もまた、テレビを消し、昨日のうちに用意していた荷物を手にとり、足早に家を出た。

 

 

 


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