入学式が執り行われた、その日の夜。
司波達也は自宅にて、深雪が淹れたコーヒーを飲み一息ついていた。
しかし、そうしながらも今日入学式であったことを思い返していた。
正確には入学式の最後に現れた人物のことをである。
「お兄様、いかがされました?」
「ん?あぁ、少しな」
と思案してた自分を気づかったのか深雪が声をかけてきた。
達也はその言葉に心配をかけまいと言葉を濁したが、そんなことで兄想いの深雪が納得するはずもない。
今なお、心配そうにこちらを見つめる深雪に根負けし、達也は自分が感じていたことを話すことにした。
「入学式の時に出てきたジェームズ・モリアーティ。国家間の受理のもと第一高校に所属していると自分では言っていたが、少し気がかりでな。」
「確かにジェームズ・モリアーティ教授のご高名は、わたしも存じ上げていましたが、まさか私達の学校の名誉講師でらしたとは思いませんでした。」
深雪も達也に同意する。
しかし、兄の達也が気がかりというにはそれ以上の疑問があるのだろうと思い、話の続きを待った。
「そう、あのジェームズ・モリアーティが第一高校に所属している。それも、後ろに日本、英国の両国の後ろ盾の元に。だと言うのにそれが公にされたのは今日の午後入学式の後だ。あれほどのビッグネームの学者を講師とはいえ所属させているんだ、第一高校としてはより自校のアピールとして大々的に行ってもおかしくない」
「それは確かにそうですね…」
「それに学校に関係なく、国すらも前もって公表していないとなると、やはり国家間にある種の密約があったとも考えられる。そうなると、次に生まれる疑問はそれほどのことを無理矢理押し通すことが出来た理由。」
そこまで聞いて深雪は気付いた。
本来ならば考えられない状況、それも国家を巻き込んでのことなるとそれを実行できる存在は限られてくる。
「まさか、お兄様」
「あくまで仮説でしかないが、もしかしたら十師族あるいはそれとは別の組織が絡んでいる可能性もある。」
「そんな…」
達也の言葉に深雪は息を呑む。
十師族
それは日本で最強の魔法師集団。
彼らは表の顔を持つことはないが、その代わりに政治の裏側で不可侵に等しい権勢を手にしている。
第一高校生徒会長である七草真由美もまた、その十師族の一つ七草家の人間である。
そして、達也、深雪もまた七草家と同様、十師族の一つ四葉家に連なる家に属している。
最も達也も深雪もその四葉家において特別な意味を持つ。
そんな2人だからこそ、十師族が関係している可能性が考えうることに、どれだけの意味を持つかを分かっていた。
「だが、あくまでも仮説は仮説。確証が持てない以上、無理にことを構えることもないだろう。藪を突いて蛇を出すこともない。いや、蛇ならまだ可愛いものと思えるのなら良い方だ。」
「そうですね。ですが…」
「ですが?」
「あ、いえ。何でもありません」
深雪には珍しいその態度に達也は少し驚いた。
普段の深雪なら自分の言葉を無条件で納得する。
しかし、今は達也の考えに少し思うことがあるように見えた。
「気になるな。深雪が俺に意見するなんて珍しいからな。」
「意見なんてそんな恐れ多い。申し訳ありません、お兄様」
「いいよ、言ってごらん。」
そう達也が言うと深雪は憚りながらも達也に自分の思ったことを伝える。
「わたしは今朝も申しましたように第一高校の風潮が好きではありません。もちろん、魔法師の世界が実力を伴うのは重々承知していますが、あそこまで露骨な風潮は見るに耐えられません。何より、お兄様が蔑まれるようなことを深雪は我慢なりません。」
「深雪、それは…」
「ですが、」
達也の言葉を遮ってでも、深雪は続けた。
それでも、今日深雪は少し救われたのだ。
そのことを誰よりも敬愛する兄である達也に知ってほしいがために。
「ですが、今日のモリアーティ教授の言葉を嬉しく思いました。あの最後の言葉はわたしにとって、あの場に置いて唯一まるでお兄様を肯定してくれたものとして思えたのです。あの方が注意すべき人物なのは理解出来ますが、少なくともあの場限りにおいて、あの言葉にわたしは、深雪は胸の空く思いで、少し救われたのです。」
「深雪…」
達也にとっては問題発言としてしか映らなかった、あの男の姿であったが、どうやらその問題発言のおかげで妹が少しでも苦しみから解放されたのであればと、良しとした。
達也は深雪の頭に手を置くと優しい声で言った。
「そうか、ありがとう深雪。これからどうなるか俺にも分からないが、今日のところは深雪がそう思える一日だったなら、それで良い。」
「はい、お兄様。」
深雪は頭に置かれた手を取ると、自分の頬へと当てた。
二人の第一高校での1日がようやく終わり、そして新たな生活が始まろうとしていた。
場所は変わり、都内某所
そこに第一高校特別講師ことジェームズ・モリアーティはいた。
部屋の中は薄暗く、モリアーティは窓を眺めながら通信にて誰かと話していた。
「いやぁ、しかしこうしてみると久しぶりの教師生活というのも楽しみだ。」
「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」
「あぁ、会ったよ。とは言っても入学式での答辞越しだがね。いやはや、実に可憐なお嬢さんだ。今から話すのが楽しみで仕方がない。もちろん、もう一人の方ともね」
「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」
「分かっているとも、仕事は仕事でやるとも。しかし、教師との二足の草鞋とはアラフィフには少々堪えるね。もっとも、どちらが本業かは理解しているつもりだが…」
そう答えるモリアーティの表情は笑顔であるが、その奥には邪悪に満ちていた。
そして、向いていた顔を窓から会話相手の通信が聞こえる方へと変える。
そこにはモニターはあるが、通信相手の顔はなくノイズ交じりの砂嵐だけが写っていた。
すると、何も映っていなかったモニターが変わり、あるものが映し出される。
《司波達也》そして《司波深雪》
今年第一高校に入学した二人の生徒に関するデータ資料だ。
「しかしながら、世界が変わっても人間は変わらない。だからこそ、面白いのだがね。」
「◾️◾️◾️◾️◾️◾️」
「そうとも、大事なのは《X》という変数だよ。一数学者として、これだけは譲れない。」
「◾️◾️◾️◾️◾️◾️」
「まぁ、しばらくは久しぶりの教師生活を楽しませてもらうよ。」
「◾️◾️◾️◾️◾️◾️」
「あぁ、ではまた。」
そして、通信は切られた。
モリアーティは再び窓の外に目をやり、顔を邪悪な笑顔に歪める。
そして、誰も聞く者がいない中、まるで世界に向けるように言った。
「素晴らしい!世界は破滅に満ちている!!」
薄暗い部屋の中で彼の笑い声が響き渡る。
そして、達也と深雪が映し出されたモニターに向かって言った。
「さぁ、授業を始めよう…」
to be continued