校門での一科生との騒動が終わり。
達也達はとある喫茶店にいた。
そのメンバーは先ほどと少し異なり、二人の少女が加わっていた。
光井ほのかと北山雫
先ほどまで達也達と対立していた一科生の二人で、深雪のクラスメイトだ。
「それにしても、流石は魔法理論学の権威って感じだったな。見てもいないのに、あそこまで的確に俺たちの事情を言い当てるとか、正直同じ人間とは思えねぇよ」
「そりゃ、脳筋のアンタとは頭の出来が違うでしょうよ」
先ほどのモリアーティの姿に素直に感嘆の声を上げるのはレオだ。
そんなレオに軽口を叩くエリカだが、その表情はやはりレオと同じだった。
周りにいる者も皆同じなのだろう。
全員がちょっとした放心状態になっている。
「それにしても、どうしてモリアーティ教授は司波さんだけでなく森崎さんや光井さん、エリカちゃんの名前を知っていたのでしょうか?」
「そりゃ、深雪はもちろんのこと一科生は魔法界の有名どころの子息子女が集まるからね。知ってて当然ちゃ、当然なんじゃない。まぁ、二科生の私のことまで知ってたとは驚いたけど…」
そんな美月の言葉にエリカは机に突っ伏しながら答える。
すると、達也がふと口を開いた。
「いや、そういうわけでもないだろう」
「え、どうゆうこと?」
達也の言葉にエリカだけでなく、皆の視線が集まる。
すると達也はあくまで推測だがと前置きをしつつ、説明し始めた。
「深雪に関して言えば、新入生総代ということもあるからそうかもしれない。だが、森崎に関してはそれこそ、クイックドローとCADからなら推察できるが、あの時モリアーティ教授は森崎のクイックドローは見ていない。CADが攻撃重視の特化型であることと森崎自身の姿を見て、あいつを森崎と呼んだ。そして、エリカや光井さんのことも」
「では、お兄様。まさか」
「あぁ、信じ難いがどうやらモリアーティ教授は今年の新入生200人全員のデータが頭に入っているらしい…」
「マジか!」
達也の言葉にレオは大いに反応したが、他の面々も口には出さないものの非常に驚いた。
「こりゃ、エリカの言ったことに腹を立てられねぇな。本当に頭の出来が違いすぎる」
「本当ですね…」
「でもさ達也くん。モリアーティ教授が凄いっての重々分かったんだけど、実際にあのヒトってどれくらい凄いの?」
エリカがレオと美月の言葉に続けて達也に聞く。
すると、いまいち具体性に欠ける質問に達也は考え込むような仕草をしながら、聞き返した。
「どれくらいとは?」
「いや、ほら。ジェームズ・モリアーティって言ったら勉強が得意じゃないアタシでも知ってるくらいの名前なのは分かってるんだけど、実際にどういった功績っていうか、評価を受けてる人間なのかなって」
「確かにな、俺も名前と魔法理論学で有名ってのは知ってるけど…」
レオもまたエリカに同意しながら聞く。
その二人の言葉に他のメンバーも達也の方を見る。
もちろん深雪や美月、ほのか、雫は二人よりはモリアーティについて知っているつもりだが、それでも正確にジェームズ・モリアーティに把握しているわけではなかった。
すると、達也はそうだなと呟くと説明し始めた。
「正直に言って、ジェームズ・モリアーティという人間の現在における功績は計り知れない。魔法理論においてはもちろん、魔法が体系化される前からある分野であの男の名前は有名だったらしい」
「魔法が体系化される前からですか、お兄様?」
達也の言葉に深雪が首を傾げる。
達也は、あぁというと続けて言った。
「いや寧ろ、その分野に秀でていたからこそ今のジェームズ・モリアーティの地位が確立されているといっても過言ではない。」
「その分野とは?」
「…数学さ」
「「「「「「数学?」」」」」」
達也が発した言葉にその場にいる全員が繰り返す。
「そう、さっきも話した通り現代の魔法は現実世界の“事象”を改変する技術だ。何かを創り出すのではなく“魔法式”で“エイドス”に干渉し一時的に情報を書き換える。それはつまり、事象の変化、言うなれば情報の把握に他ならない。例えば、何かを凍らせようとした時はその対象の座標とその周囲の分子運動を停滞させることによってこれを実現するわけだが、それはαという事象をα'に変換するその為に必要なのは、設定した座標、強度、魔法の持続時間などと言った変数Xを求めることと同義だ。この時点で現代の魔法が数学的方法論を基礎としていることがわかるだろう」
その説明にエリカとレオは何となく理解したという感じだが、
他の4人は納得したように肯いている。
「それこそ、《起動“式”》、《魔法“式”》と言っているくらいだ。魔法はプログラミング、大雑把にいうなら、複雑な計算式をCADを通し、使用者の体内に取り込まれて、さらにその内部でそれを元に魔法式を組み立てて現実世界に投射しているということだ。」
「確かにそう言われてみれば、魔法って数学的ね」
エリカもその説明でなんとか一定の理解を示す。
「そして、そんな魔法の大前提となる数学に置いて、ジェームズ・モリアーティは若き天才として世界に名を轟かせた」
「若き天才?」
「ジェームズ・モリアーティは俺達と同じ歳にはすでに飛び級で英国の名門大学の数学科に首席で入学し、僅か2年で卒業している。もちろんトップの成績でな」
そのあまりにも衝撃的な事実に全員が驚きを隠せなかった。
今の自分たちと同い年、つまりは若干16歳で大学に籍を置き、それも首席の入学、卒業となればそんなのはもはや天才と呼ぶ他ないだろう。
「そして、卒業後は同じく英国の名門ダラム大学にて数学科の講師を務めたのち、教授職につく。21歳の時に発表した論文『二項定理に関する論文』で頭角を現し、その後の論文も全て何かしらの賞を獲得している。特に世界を震撼させたのが『小惑星の力学』だが、まぁこれは今は置いておくとしよう。そして、その後世界大戦が激化し世界各国が魔法の有用性に目を向けると、モリアーティもまた分野を魔法理論の方に移した。もっとも魔法は個々人の資質に偏った状態だったし他国である為、彼の理論がどのように、そしてどの程度活用されたかは正確には分からないが、それでも英国、いや今の魔法界においてジェームズ・モリアーティがもたらしたものは大きい」
と、最後に達也はそう締めくくる。
その説明を目の前で聞いていた全員は呆けた顔になる者もいれば、そのあまりの功績の多大さに驚嘆を隠しきれなかった。
「改めて聴くと、本当に凄いっていうか…」
「化物染みてるな、あの教授…」
「本当にとんでもない方が第一高校にいらっしゃったんですね…」
と、口々に思い思いの感想を述べる面々。
するとエリカが言った。
「でも森崎の言葉じゃないけど、本当に研究畑っていうか学者って感じね。でも、そう聞いた感じだと、どちらかと言えば第一高校より第四高校の方が合ってる感じがしない?ほら、あそこって戦闘系より技術系の専門だし」
しかし、その言葉を受けて達也が言った。
「いや、そうとは限らないさ」
「え?どういうこと?」
達也の否定の言葉にエリカが顔をしかめる。
他の深雪達もまた達也の言葉に疑問を持った。
「確かにこの説明だけだと、ジェームズ・モリアーティという人間にそういうイメージを持つかもしれないが、彼の凄さはそれだけじゃない。言っただろう、モリアーティは戦時下におけて魔法理論の研究をしていたって」
「え、それって」
「当初のモリアーティ教授の研究の大部分は戦闘に活用されていたのさ」
その意外な事実にエリカだけでなく深雪達も驚いた。
考えてみればそうだ。
モリアーティが魔法に関する研究を開始した時期は戦時下、それも各国の情勢が激化した時期。
それは即ち、魔法の利用目的の大半が戦争における武力として目を向けられていてもおかしくはない。
「これはあまり知られていないことだし、確証もないんだが…」
「どうしたのですかお兄様」
言い淀む達也に深雪が心配そうな顔で見つめてくる。
「ジェームズ・モリアーティは、あの“魔弾の射手”の理論提唱者にして初の実践者でもあると言われているんだ。」
「「「「「っ!!」」」」」
「お兄様、それは…」
それはあり得ない。
そう全員が思った。
何故ならばそれは達也達第一高校の生徒会長である七草真由美の魔法であるからだ。
そして、その為には決して常人には不可能とされる絶対的な条件があった。
「もちろんあくまでも理論の提唱とその上での実践に過ぎないと言われている。だが、あの男ジェームズ・モリアーティならば可能だと俺は思っている」
「どういうこと?」
その確信を持った達也の言葉に今度は雫が尋ねる。
「“魔弾の射手”は任意の位置に銃座を設定し、対象を打ち抜く魔法。勘違いしている人間が多いが、この魔法は”弾丸を生み出す”のではなく“弾丸の射出点をコントロールする”ことが真価だ。そして、現在それを使用している術者はごく僅か。そのうちの一人が十師族七草真由美だが、彼女は先天的知覚系魔法《マルチスコープ》を併用してこれを実現している。」
「じゃあ、モリアーティ教授も《マルチスコープ》を?」
「いいや、あの男がこのような知覚系魔法を有しているとは聞いたことがない。」
「それじゃあどうやって…」
そう《魔弾の射手》を実現する為には全方位を知覚する《マルチスコープ》あるいはそれに準ずる魔法の併用が必須となる。
しかし、モリアーティはそれを持たずして実現を可能としているというのだ。
そんな荒唐無稽な話に本来ならば誰も信じないはずだが、達也が嘘をついているようには見えなかった。
そして、達也は続ける。
「これまで言ったことを思い出してくれ。ジェームズ・モリアーティがどう言った人物で、そして《魔弾の射手》がどういった魔法なのかを」
「えっと、もともとは若くして天才といわれた稀代の数学者で…」
「その後は、その考えを元に魔法理論に移行して、そこでも能力を発揮…」
「《魔弾の射手》は“弾丸を作る”のではなく、“弾丸の射出点をコントロール”する魔法」
「“射出点”…、“銃座”…、、“座標”…。え、」
「まさか、お兄様!?」
一人一人がこれまで達也が語ったモリアーティと《魔弾の射手》について、思い返していく中
“座標”と雫がそう呟き次の瞬間彼女が目を見開く。
そして、それに合わせたように深雪もまた信じられないと言った表情で達也に尋ねた。
「そう、《マルチスコープ》を有さずに《魔弾の射手》を発動出来た理由。あの男ジェームズ・モリアーティは銃座という座標を知覚したのではなく、その圧倒的な計算力によって導き出し、実現したんだ」
「おいおい、そんなのって…」
達也の言葉に、ありえないと言ったふうにレオが呟く。
「だが、事実だ。今でこそ軍籍の魔法師は一人一人、個々の能力に重きを置いているが、当時はまだ育成も拙く、あくまでも一個師団として魔法師が一隊として集まっていた。だが考えてみて欲しい。射出魔法が5人、そしてその5人に正確な座標を伝達する司令官がいたとしたら」
「それって」
「あぁ、《マルチスコープ》も驚異だが、あくまでそれは個人の知覚に由来する。それを共有するのは難しい。だが、座標を誰にでも理解できるよう落とし込んだとしたら、それは圧倒的な脅威となる。事実、英国の軍隊の将校にはモリアーティの教えを受けた人間が多い」
「それじゃあ、やっぱり」
「ああ、単純な魔法力ではなく知識でそれを凌駕し得る能力。それこそが現代魔法理論の権威ジェームズ・モリアーティの恐ろしさだ」
先ほどまで自分達の目の前にいた老紳士の知り得なかった事実にその場にいる全員は息を飲む。
あの温和な姿からは想像できない、彼の脅威に誰もが身に寒いものを感じた。
そして達也もまたこれから関わるであろう、その人物ジェームズ・モリアーティの実態を思い返した。
恐怖を感じるはずのないその背中にジワリと冷たい汗がつたっていた。
to be continued