幻の夢を見た鬼の話   作:かくてる

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こういうポエムっぽい地の文書いてみたかったの。


いやほんと、こんなに作品作ってどうすんのって話だよね。

いや私が一番よくわかってるから。そんな思わんといて


一話 数百年の地上

 久しぶりに見た満月はとても美しいものだった。

 

 

 

 鈴虫の鳴き声が耳を通り過ぎては新しい音が入り込む。

 

 

 

 

 こんなに清々しい気分になったのはいつぶりだろうか。

 いつまでもここにいて酒を酌み交わしたいと思った。誰でもいい、隣で顔を真っ赤にしながら腹が(よじ)れるほど笑い合って酔い耽る。

 そんな光景がふと脳裏によぎった。

 隣でお酒を飲んでいるのは誰だろうかと不明瞭な光景に少しもどかしさを感じた。

 

 星の見えない地下で暮らすのも存外悪くないと感じていたが、やはりこうして外の景色を見てしまうと、地下の幽玄な雰囲気が比べ物にならないほど感嘆してしまう。

 

 季節は夏だろうか。集落の灯りが消えていないところを見るに、恐らく深夜ではないようだ。

 

 

 

 

 

 

「いい夜だな」

 

 

 

 

 

 誰もいないこの空間でただ一人、透き通るような中低音が夜の風に吹き抜けた。

 

 

 

 

 

「あら? そこにいるのはどなた?」

 

 

 

 

 

 一人と思っていた空間に突如発した誰かの声。

 彼はその声音から敵意を感じないほどのやわらかさを感じ、すぐに警戒は解かれた。

 

 紫色のドレスはとても上品に風に揺られ、月明かりに照らされて艶やかに(なび)く金髪。

 

 胸の下で手を組み、左手には扇子が閉じたまま彼女の手に収まっていた。

 上品に佇む姿は幼さなど一切感じさせない威厳すらも感じ取ることが出来る。

 

 

 

「ここらでは見ない顔ね……その角……もしかして旧都から?」

 

 

 

 

 この少女はエスパーなのだろうか。

 いや、彼の顔を見ればひと目でわかるはずだ。

 

 額から天に向かって伸びる二本の角が何よりの証拠だ。

 彼は一つ息を吐いて紫水晶のような髪を人差し指で掻く。そして少女に笑いかける。

 

 

 

 

 

「ああ、地上が突然恋しくなって」

 

 

 

 

 

 そう聞いた少女は少しだけ目を見開いた。

 

 

「珍しいわね。貴方のような者が地上を恋しく思うなんてね。地上(ここ)で人間に何をされたか覚えているの?」

「ああ、分かっているさ。だからこそ、誰も来なかったんだ」

「あら、お仲間さんはまだ下にいるのかしら?」

「その通りだ」

 

 扇子を開き、口元に当てて妖しく笑う。

 その表情は少々色気を感じさせるものがあった。

 彼は鼻を鳴らして、

 

「今のご時世、俺なんかは珍しいんじゃないか?」

「ええ、とっくに消えたものと、そう認識されているわ。それに、人間の力を恐れて地底へ逃げたのはあなた達よ」

「あはは、耳が痛いよ」

「ともあれ、非常に希少な人物よ」

 

 

 

 

 

「鬼という種族はね」

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 数百年も経つと、こうも変わっていくものなのか。

 幻想郷という忘れ去られた楽園は、彼が知らないうちに変化して行ったようだ。

 

「いいところになったじゃないか」

 

 感心するように景色を見渡す。

 妖怪の山と呼ばれる天狗と河童……以前までは鬼も共存していたこの土地から幻想郷を見渡す。

 

「そうでしょう?」

 

 得意げに微笑んだ隣の少女、八雲紫はこの幻想郷(せかい)を創造した賢者である。

 

「見間違えるようだね。昔とは別格だよ」

「昔は色々お抱えの問題が多かったからよ。今となっては色んな種族が垣根を越えて生活しているのよ」

 

「例えば……」と言って紫は一つの集落を指さした。

 よく見るとあそこは人が行き交う場所、つまり人里のようだ。

 

「ほぅ……あそこも活気付いたな」

「あそこに住んでいるのは人間だけじゃないのよ?」

 

 またもや得意げに笑う、それに対して彼は少しだけ驚愕の表情を浮かべた。

 

 そんな彼の表情を見た紫は今度は不敵に笑った。

 紫は表情豊かなんだな。と、心の中で微笑む。

 

「今では人間に対して好意的な妖怪も住んでいるし、大体の買い出しは人里まで行くのではないかしら?」

「……天狗もか?」

 

 紫は扇子を口に当てて、「もちろん」と彼を見据えた。

 彼は感心するように息を漏らし、儚げに笑った。その表情から、紫は何を感じたか、本人にも分からなかった。

 

 

 

 

「風景も人並みも、まるで別世界のようだ」

 

 

 

 

 嘘偽りのないその言葉に紫は少々を違和感を覚えた。

 ただ、「少々」のレベルのものをわざわざ話す必要はあるまい。紫は「あっ」と思い出し、扇子を閉じて彼に向けた。

 

「そういえば、まだあなたの名前を知らないわ」

「おっと、そういえば言っていなかったね」

 

 彼は和服を整え、その顔を紫に向けた。

 身長はさほど高くない。何なら紫よりも一寸ほど高いくらいの少年と言っても過言ではない。

 

 顔もその身長に見合った童顔だが、紫からはその童顔こそが不思議な感覚へと誘った。

 

 そんな紫の事などつゆ知らず、彼は名乗りあげた。

 

 

 

伽羅橋(からばし)明雅(めいが)だ」

 

 

 

 彼──伽羅橋明雅から差し出された右手に少し反応が遅れた紫はすぐハッと気づいて、手を交わした。

 

「これからはどうするの? 私といえど、住む場所は提供出来ないわよ?」

「構わないさ。天魔に掛け合ってみるよ。こう見えても古くからの友人でね」

 

 こう見えて。明雅がそう言うということは少なからず体が小さいことを自覚しているのだろう。

 

「明雅って意外と長生きなのね」

「鬼の中では年寄りから数えた方が早いね」

 

 その身体とは似つかわしくないほど年を重ねているようだ。

 確かに口調も穏やかで随分と余裕を持っているように見える。数百年ぶりの外とはいえ、緊張しないはずがないのに、と珍しいものを見るような目で紫は明雅を見つめた。

 

「な、なんだい?」

「貴方、小さい割に大人ね」

「あ、あまり小さいって言わないでくれるかな……気にしてるんだ」

 

 あ、気にしてるんだ。

 自分でも自覚しているようだから、諦めているのかと思いきや、コンプレックスとして感じているようだ。

 これは、再び会った時にからかうネタになるだろうと、心の中で笑う。

 

「とりあえず、天魔の方へ行ってみるよ。ありがとう、紫。また縁があればどこかで会おう」

「そうね。きっと幻想郷は狭いから、近いうちに会うわよ」

 

 そう言い残して、紫は空間の割れ目……裂け目とも言うだろうか、まるで傷口を物理的に広げるように開いた空間、その中身は無数の目がこちらを見ていた。そこに全身を入れ、一瞬で「それ」は閉じた。

 

 明雅は少しだけ身震いをする。というのも、さすがにあの空間に放り込まれるのは少し遠慮したいと思った。

 あれはきっと彼女の能力なんだろうと全てを受け入れる幻想郷ならではの解釈で自己解決を成し遂げた。

 

「さてと……」

 

 紫を見送り、踵を返す。

 妖怪の山へと歩を進める。明雅の足取りは意外と軽かった。

 

 

 

 ────

 

 

 

 妖怪の山の山頂を目指すこと早数分、明雅を見かけるや否や地上に降りてきて明雅の正面に降り立った。

 

「あやや、お久しぶり……で合ってますか?」

「……?」

 

 黒髪が短く切られ、朱色の瞳をこちらに向けながら笑う少女がいた。言わずもがな、天狗だろう。

 しかし、天狗の方は明雅と面識があるようだが、明雅の方は全く思い出せていない。

 

「……俺の知り合いに君のような子はいないはずだが……」

「もぉー! 忘れないでくださいよ! 文ですよぅ! 射命丸文! 昔たくさん遊んでくれたじゃないですかぁ!」

 

 マジマジと少女を見つめるそして、昔の記憶から引っ張りだされた一人の少女の面影とはっきり合致した。

 

「……ああ、文じゃないか!」

「だからさっきからそう言ってるじゃないですかー!」

「いやはや、随分と大きくなったねぇ……って、待て。お前、俺よりも背丈が大きくないか?」

「あぁ、これは下駄を履いているからですよ」

 

 文の背丈はとうに明雅の身長を超えていた。

 そんな明雅の不安を汲み取ったのか、文は下駄を脱ぎ、裸足でもう一度明雅の前に立った。

 

 女の子が裸足を土につけるなんて、易々と肌を傷つけていいものでは無いと注意しようと思ったが、それよりも前に明雅にとって由々しき問題が発生したのだ。

 

「……」

「あ、……あー、大丈夫ですよ明雅さん。きっとこれから大きくなります」

「……成長期と呼ばれる年齢はとうに越してるんだ」

「う……」

 

 下駄を脱いだ文の背丈よりも小さかった。

 この事実を重く受け止めるしかないと思いつつ、明雅は昔自分より小さかった文を思い出していた。

 

「しっかし、あの文がここまで成長するとはね。それよりも、今の生活はどうなんだ?」

「天魔様の元で働かせて貰っています。それに趣味……という訳ではありませんが、副業として新聞記者もやっているんですよ」

「そういえば、お前は昔から本とか新聞を読むの好きだったよなぁ……子供の癖に趣味がかなり渋かったから心配してたけど……なるほど新聞記者か……」

 

 確かに今の文は右手に羽根ペン、左手には手帳のようなものがあった。さりげなく中身を見ると、恐らくココ最近の幻想郷のスクープが箇条書きで書かれていた。

 

「うん、俺は嬉しいよ」

「な、撫でてくれるのはいいんですけど……背伸びしてまで……え、えへへ……」

 

 文に無理に視線を合わせようとすると背伸びをするしかないのだ。プルプルと足が震えながらも、右手で文の頭を優しく撫でる。

 文は最初は遠慮気味だったものの、最終的には満更でもなくにへらと顔を崩していた。

 このまま時が過ぎるのを待てばいいのか、それよりも先に明雅の足の限界が来そうだった。

 それに気づいた文は慌てて明雅から距離を取った。

 んんっ。と一つ咳払いをした文は明雅に問う。

 

「そ、それよりも、どうして明雅さんが地上に?」

「大層な理由はないさ。ただ単に来たくなったから来ただけだよ」

「そ、そうですか……地底に戻られる予定は?」

「あと数年は地上に居ようと思っててね。そのために住む場所を提供してもらおうと天魔の所まで向かってたんだ」

「そういうことでしたら、私が呼んできましょうか?」

「いや、いいさ。久しぶりにこうして外で運動ができるんだ。体を動かさなきゃそんだろう?」

「鬼だからそんなこといらないでしょうに……」

 

 呆れ顔の文を尻目に明雅は山道を歩き始めた。

 もちろん、鬼の体力が凄まじいことは確かだ。

 しかし、明雅にとって数百年ぶりの地上なのだ。この土の感覚を足全体を通して感じたいと、そう思っている。

 

「天魔様も驚きますよ。いきなり明雅さんが地上にやって来るんですもの」

「そうだといいがな。毎回毎回冷静な対応をされてちっとも面白くないんだよ」

「そうは言いつつも、仲良く二人で酒を飲んでるくせに」

「それとこれとは話が別だ」

 

 鬼が天狗社会を牽引していた時はよく二人で盃を交わしたものだ。

 

「それよりも、萃香さんや勇儀さんは元気ですか?」

 

 一瞬、息が止まる感覚を覚えた。

 少しだけ表情を歪めるが、文が気づく様子はなかった。なるべく悟られないように、明雅は口を開いた。

 

「……ああ、元気にやっていると思うよ」

「? そうですか。なら安心です」

「まさか、文があいつらの心配をするなんてね」

「当然ですよ。明雅さんと同じくらいお世話になった人ですからね」

「……そう、だな」

 

 天魔のいる所へ歩き出す二人。

 お互いの昔話に花を咲かせながらあっという間に天魔の居座る屋敷へとたどり着いた。

 

「じゃあ、明雅さん。私は色々やることがありますので」

「ああ、ありがとう」

「天魔様もきっとお喜びになりますよ。元気な顔を見せてあげてください」

「うん、そうするよ」

 

 文の100パーセント善意の言葉に少し心を痛める。

 

 何せ、今日から地上に住むことになったのは、ただ明雅の好奇心や興味本位では無いのだから。

 

 

 

 

 ────

 

 

「失礼するよ」

「……むっ、もしかして伽羅橋か?」

 

 執務室の机に座って羽根ペンを走らせていた女性。

 黒い髪は二の腕までストレートに垂れ下がり、背中から生えている巨大な羽が特徴的の妖怪だ。

 

「久しぶりだね、天魔。何百年ぶりだろうか?」

「そうだな。お前らが地底へ消えてからはめっきり会わなくなってしまったからな」

 

 一時作業を中断し、椅子から立ち上がる天魔。

 周りを見れば、紫の言っていたお抱えの問題が書類となって山積みされていた。

 

「地底から遥々、何の用だ?」

「……いや何、気が向いたんでね。少しの間観光しようかと」

「嘘だな」

「は……」

 

 天魔の冷たくて鋭い声が明雅の言葉を遮った。あまりに唐突な事に明雅はそのあとの言葉を出せないでいた。

 

「どうしたんだ。お前ほどの鬼が連れもなしに地上を歩くわけなかろう」

「……」

「話せ。力になれることはないだろうが、協力はする」

 

 天魔は先程とは打って変わって優しい声音で明雅に語りかける。

 明雅はこれ以上嘘をついても仕方ないと一つため息をついて、天魔に向けて微笑む。

 

「全く、昔から天魔の洞察力には敵わないな」

「みくびってもらっちゃ困る。これでも天狗社会を統括している者なんだからな」

「そうだったね」

「……それで何があったんだ」

 

 久しぶりに再開して約二分弱のこの時間で見破られることに少しだけ悔しさを感じつつ、自分は分かりやすい奴なのかなと自己解決した。

 そして、口を開いた。

 

「俺は、鬼達から追放された身なんでね」


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