モンスターハンター ~碧空の証~   作:鷹幸

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Let's Go Hunting!
第17話 恐怖の予兆


 物陰に隠れた狩人は、鋭い眼光を獲物に向けていた。

 狩人は一度息を吐くと、ゆっくりとした動作で弓に矢を番える。

 標的――ブルファンゴに狙いを定め、狩人は弦を引き絞る。キリキリという音が緊張を(あお)るが、長く、静かに息を吐いて、脈打つ鼓動を落ち着かせる。

 緊張の糸が切れる寸前、矢筈を放す。

 刹那、一閃が放たれる。

 

 風を切る音。

 

 直後、標的の(からだ)を矢が貫いた。

 思わぬ狙撃を受けたブルファンゴはよろめき、短い雑草の繁茂する大地に倒れる。

 標的の動きが停止したのを確認すると、ソラは大きく息を吐いて、緊張感を緩ませた。

 

「やったわね」黒猫アイルーのナナが、彼女の隣で賞賛の拍手を送る。

 

「えへへっ」

 

 誇らしげに胸を張ったソラは、弓――ユクモノ弓――を折り畳んで納めると、討伐したばかりのブルファンゴに駆け寄った。彼女は、ユクモノシリーズの装備を身に着けている。

 

 横たわる獣の躰には、血塗られた(やじり)と竹の矢が貫通していた。ソラは矢をゆっくり引き抜くと、黙祷を捧げた。

 そののち、腰に()いた剥ぎ取りナイフを手に構えると、栗色の毛皮に尖鋭な刃を突き立てた。

 

 

 ここ最近、ユクモ村近郊の狩り場である渓流において、ブルファンゴの個体数が増加していた。ブルファンゴは、視界に捉えた者に対し突進する習性を有するため、数が増えるということは、村人に危害を及ぶ可能性も高くなるということだ。

 そのため、ユクモ村のハンターズギルドは、ブルファンゴ討伐の命を出した。そして、脅威を排除すべく狩人であるソラがこうして討伐しているのだった。

 

 

「これで、4体、狩り終えたね」

 

 剥ぎ取りを終えたソラは立ち上がった。

 そうね、とナナは相槌を打つ。

 

 

 ギルドの命では、ブルファンゴを8体討伐するようになっている。これでは、彼女は半分しか狩っていないことになる。しかし、彼女の任務はこれで遂行された。残りの半分は、大剣使いのレオンが討伐する手筈になっているからである。

 また、ナナはレオンのオトモアイルーである。だが、方向音痴のソラの手助けをするため、彼女に付いていっている。ちなみに、ソラのオトモアイルーであるタイガは、レオンと行動を共にしている。

 

 

「……じゃ、レオンと合流しよっか」

 

 ソラはナナの方を向いて言った。だが、ナナは何も言葉を発せず、真剣な面持ちでいた。

 

「……ナナちゃん?」

 

 ソラが心配そうに訊くと、ナナは片方の耳をピクリと動かした。

 

「何かがいるわ。隠れて」

 

 ナナは、近くにあった大きな切り株の陰へソラを押し遣ると、自分も隠れた。

 

「えっ? な、何がいるの……?」

 

 ソラは動揺を隠せないでいる。

 

 彼女らは、切り株からわずかに顔を出し、〝何か〟を覗き見ようとする。すると、深い森の奥から、青い体毛を纏った牙獣がやって来るのが確認できた。

 

「あ、あれって……」

 

「以前、ソラたちを襲ったモンスター……」ナナは、落ち着いた声で言う。「アオアシラね」

 

 

 アオアシラ――。

 その名前を聞いた瞬間に、ソラの背筋を()てつく稲妻が走った。

 

 数週間前、わたしを襲ったモンスター……。レオンが助けに来ていなかったら、間違いなくわたしは死んでいただろう……。

 

 彼女の躰は、無意識のうちに硬直していた。

 

「……最近見かけなかったのに、また現れたのね」ナナは、切り株の陰からアオアシラを再び垣間見る。「でも、ただ彷徨(うろつ)いているだけのようね」

 

 冷静な分析を終え、視線をソラに戻すと、彼女は表情を強張らせていた。

 ナナは「大丈夫?」と訊いたが、ソラは答えない。ずっと、地面の一点に焦点を合わせているだけだった。

 

「ねぇ、ソラ?」先程よりも大きい声でナナは言った。

 

「え?」ソラは、我に返ったような顔をする。「あ……、ご、ごめん」

 

「大丈夫?」優しい口調で、再び訊く。

 

「う、うん……」ソラは、ぎこちなく頷いた。「たぶん」

 

「……怖いのね?」

 

 ナナがソラの心中を察して言うと、ソラはこくりと頷いた。

 

「じゃあ、気付かれないように素早く逃げましょう。こちらが何もしなければ、向こうから襲ってくることはないはずよ」

 

 ナナは、ソラの耳元でそう囁くと、前脚を地面に付けた。

 

「着いてきて」

 

 ナナの先導に従い、ソラは姿勢を低くして付いていく。

 

 加速する心拍。

 上昇する体温。

 

 額を伝う冷や汗を感じながら、ソラはナナの後に続く。

 自分がどこにいて、どこに向かっているのかなんて、全く判らない。

 振り向けば、すぐそこにアオアシラがいるかもしれない――そういった恐怖心が、肉体を、精神を(むしば)んでいることだけは理解できた。

 

 

 

 

 

 

 数分後、アオアシラのいるフィールドを切り抜けた彼女らは、エリア6に着いた。

 エリア6では、レオンがちょうど剥ぎ取りを終えていたところだった。赤色のレウス装備を纏った彼の側には、ソラのオトモアイルーであるタイガがいる。

 ソラは、レオンの名前を呼びながら彼の元へ駆け寄った。

 

「ん? どうした?」レオンは、何食わぬ顔で訊いた。

 

「あ、アオアシラが……」ソラの声は、(かす)かに震えている。「アオアシラがいたから、逃げてきたんだ……」

 

 レオンは、冷静な顔つきで反応した。「やっぱり、そうだったか……」

 

 やっぱり? とソラは訊き返す。だが、それがどういうことを意味するのか、彼女にはすぐ理解できた。

 

「あ、匂いで分かったってことだね」

 

「あぁ」レオンは頷いた。

 

 レオンの嗅覚が鋭いことは、ソラも知っている。

 

「前に嗅いだことのある匂いだったし、アオアシラじゃないか、って推測はしてたんだ」

 

「なら、すぐに助けに来なさいよ」ナナが、言葉を尖らせる。「ソラ、怯えてたんだから……」

 

「でも」レオンはすぐ反論する。「ナナが一緒だから大丈夫だろうって、オレは判断したんだ」

 

「へぇ……」ソラは、ナナとレオンを交互に見た。「レオンは、ナナちゃんのこと、すごく信頼してるんだね」

 

「まぁ、な」鼻を鳴らして、レオンは視線を上に遣る。「信頼関係が無きゃ、ハンターとオトモアイルーは務まらないよ」

 

「……今回の件で、その信用も地に堕ちたと思うことね」

 

 不機嫌そうに口を歪ませるナナを差し置いて、レオンは視線をソラに戻す。

 

「で、ブルファンゴは討伐できた?」

 

「あ……うん、バッチリ!」

 

「よし……。じゃ、早急に村へ戻ろう。アオアシラ発見の報告もしておく必要があるし」

 

 全員が顔を見合わせ頷くと、彼らは村へ向かって疾走した。

 

 

 

 

 

 

 渓流とユクモ村を繋ぐ橋を渡り終えると、腰掛に座った村長が、彼らに向かって手を振っているのが見えた。彼らは村長の元へ駆け寄った。

 

「おかえりなさいませ」

 

 村長は深くお辞儀をすると、ソラの顔を見つめた。おそらく、いつもと様子が少し違うことに気が付いたようだ。

 

「……どうかなされましたの?」

 

 少し間を置いてから、ソラは口を開いた。

 

「……あ、アオアシラが、ま、また現れたんです」

 

「……まぁ。また、あの子が現れましたのね」

 

 とくに、村長に動揺する様子は見られない。こういった何事にも動じない姿勢は、村長という役職に相応しいものだろう。

 

「アオアシラは、徘徊しているだけのようでした」とナナ。

 

「そうでしたの。それでは、(わたくし)の方から、ギルドに連絡を入れておきますわ」

 

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 

 礼を言ってレオンたちが身を翻したとき、村長が呟いた。「……もしかしたら、討伐令が下るかもしれませんわ」

 

『えっ?』レオンたちは、声を重複させ振り返る。

 

 村長は、重たそうな口を開いた。

 

「もしもの話ですけど……、アオアシラの出現で、村人たちに危害が及ぶようでしたら、そういうことがあるかもしれないということですの……。それを踏まえた上で、身構えをしていただいた方がよろしいのかもしれません」

 

「そうですか……」レオンは、低い声で呟くように言う。「わかりました」

 

「そのときは、よろしくお願いしますわ」村長は、上半身を傾ける。

 

 レオンはソラを一瞥(いちべつ)すると、「じゃ、ユクモ農場に行くぞ」と言って歩き始めた。

 ソラは村長に一礼をすると、彼の後を追った。ナナ、タイガもその後に続いた。

 

 

 

 

 

 数分後、レオン、ソラ、ナナ、タイガの四人(二人と二匹という表現の方が正しいのかもしれないが)は、ユクモ農場に着いていた。

 ユクモ農場は、畑での作物の栽培、鉱石の採掘、網を使った漁などが行える、ユクモ村の人々の生活の基盤だと言っても過言ではないほどの、重要な場所だ。

 

「えっと……」ソラは、レオンに話しかける。「なんで、ここに来たの?」

 

「あぁ……。アオアシラ戦に備えて、アイテムの整理とか、武器の整備をしておこうと思ってな。備えあれば憂いなし、だよ」

 

「……どういうこと?」

 

「事前に準備しておけば、心配事はないってこと」

 

「へぇ……、そんな難しい言葉、聞いたことないや。レオンは物知りだねっ」

 

「まぁ、な……」

 

 母からの受け売りだ、とも言えないまま、レオンは農場の広場まで歩いていく。適当な場所で、彼は背負った大剣──レッドウィングの柄を掴み、そのまま引き抜いた。そして、大きさが手のひらほどある灰色の石をポーチから取り出すと、刃に宛がった。

 

「これは?」ソラは、その石を指差して訊く。

 

「これは、砥石。主に斬撃武器……そう、大剣とか、太刀の刃を研ぐときに使うんだ」

 

 近接武器は、攻撃時の刀身への負荷で刃こぼれを起こすことや、血脂の付着により斬れ味が低下することが多々ある。そのため、狩猟の前後や合間に、砥石を使って刃を研磨する必要があるのだ。

 

「最近はモンスターと対峙することが少なかったからな……、研ぐのは久し振りかな」

 

「そうなんだ。……で、わたしは何かすることないの?」

 

「うーん」レオンは砥石を刃に擦り合わせながら軽く唸る。「弓は……、何かすることあったっけ、ナナ?」

 

「そうね、弦の張り具合を確認して……。あとは、矢の手入れくらいね」

 

「うん、わかった」ソラは頷くと、弓に手をかけた。

 

「じゃ、あたしたちは、狩りの援護の準備をしなくちゃね」

 

 ナナがタイガの方を振り向くと、タイガは首を大きく縦に振った。

 

 

 

 アオアシラ討伐の令が下ったのは、その翌日のことだった。

 村人が渓流で木を伐採している最中、アオアシラに襲われるという事件が発生したからだ。

 命に別状は無いものの、村人は大怪我を負ってしまった。事態を重くみたギルドは、被害の拡大を防ぐべく、早急に令を下したのだ。

 

「……ということですから、よろしくお願いいたしますわ」

 

 村長はトーンを落とした声で言うと、毎度のように深々とお辞儀をした。

 レオンとソラは返事をすると、標的の狩猟を行うべく、渓流へと足を進めた。もちろん、ナナとタイガもお供している。

 

「ついに……あのモンスターと対峙するときが来たか」

 

 渓流へ向かう道中、レオンが呟いた。レオンは頭に鎧を被っているので声は少しくぐもっていたが、なんだか狩猟を楽しみにしているような声だった。

 

「そ、そうだね……」

 

 ソラの声は、微かに震えている。

 それが、緊張からか、これから訪れるかもしれない恐怖から来ているものかは判らない。しかし、恐怖によるものが大きいと、彼女は思った。

 なぜなら、彼女にとって、大型モンスターに挑むのは今回が初めて。しかも、その標的は、彼女を襲ったことのあるモンスターなのだ。これには、恐怖感を抱かずにはいられない。

 

「遠距離武器なら、攻撃を受ける危険性は低いから、そこまで恐怖を感じることはないよ」と、レオンの優しい声。

 

「う、うん……」俯き気味でソラは応える。

 

「でも、万が一ってこともあるから、気は抜かないこと。あとは、身の危険を感じたら、すぐ逃げたほうが良い。別に、逃げたって、誰も責めたりなんかしないからな」

 

 ソラが「うん」と応じると、レオンは彼女を見て微笑んだ。

 

「……なんか、躰全体に力が入ってるな。もう少し、リラックスしたほうが良いよ」

 

(ホントだ……)

 

 ソラは、ふーっと息を吐いてみる。重苦しい何かが、吐息と一緒に出ていくような気がした。

 

「それと、無理な話かもしれないけど、少しくらい、楽しむ気持ちを持ってみるのもいいかな」

 

「楽しむ……? じゃ、レオンは、いつも狩りを楽しんでるの?」

 

「ま、常に楽しんでるわけじゃないけど……、恐怖心を紛らわせるために、反射的にそういう心情が出てくるだけなのかもしれない。だから、少しでも楽しむ気持ちがあれば、気が楽になると思うよ」

 

「楽しむ……かぁ」

 

 これから相対するのは、わたしを殺そうとしたモンスター。そんなのを相手にして、果たして楽しむ気持ちなんか持てるのだろうか?

 ソラは、そう自分に問いつつ振り返ってみる。タイガの強張った表情が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 渓流、ベースキャンプ。

 ナナが一番に駆けだし、青に塗られた木箱、支給品ボックスの元へ向かった。

 

「はい、これ」

 

 ナナは支給品ボックスから取り出したアイテムをレオンとソラに等分して渡す。

 

「応急薬三つ、携帯食料二つ……、と携帯砥石二つだな」

 

 レオンは数量を確認すると、それらをポーチに詰め込んだ。

 

「ソラも、数量は確認しておきなよ」

 

「うん」返事をすると、ソラも支給品の数を数え始める。「うん、たぶん、だいじょうぶ」

 

「前々から思ってたんニャけど、ボクたちの分は支給されないのかニャ?」タイガが心配そうにきく。

 

「オトモアイルーの分は基本的に支給されないわ」ナナが答える。

 

「だから、自分たちでなんとかしなきゃダメなの」

 

「そうニャんだ」

 

「でも、実力のあるオトモアイルーには、支給されることもあるらしいわ」

 

「ナナちゃんも十分、実力があると思うんだけどなぁ……」

 

 ソラが言うと、ナナは首を振った。

 

「あたしなんかまだまだ。それに、実績が無いからダメね。本当に実力のあるオトモアイルーは、一人で強力なモンスターを倒しちゃうもの」

 

「へぇ、それはすごいなぁ」ソラは一度目を開いてみせると、目を細めた。「わたしなんか目じゃないね」

 

「ま、あたしは……こんなハンターに付いていってるようじゃ、実績は残せないと思ってるけどね」

 

 ナナは、冷やかな視線をレオンに刺している。

 

「オレは、そんな実績を残したくてハンターやってるんじゃないからな」

 

 レオンがそう答えると、ナナは小さく溜め息をついた。

 

「ま、そうね。あたしもそれを分かってて、付いていってあげてるから」

 

「あと、支給品は必ずしもあるものじゃないんだ」

 

 レオンが言うと、ソラはまた驚いたように目を開いた。

 

「え? そうなの?」

 

「あぁ、危険なモンスターの狩猟依頼だったり、辺境での狩猟だと、支給品が届かないことが多い。支給品は絶対じゃないからな。だから、支給品ばかりに頼るんじゃなくて、きちんと準備をしておくことが重要なんだよ」

 

「うん、覚えておくよ」

 

「よし」レオンは、ぱん、と手を叩く。「それじゃ、行くか」

 

「アオアシラはどこにいるの?」とナナ。

 

「そうそう、まずはそれだな」

 

 レオンは目を瞑り、ゆっくり息を吐く。そして、嗅覚神経を研ぎ澄ます。

 風に乗ってやって来る、獲物の微かな匂いを探る。

 

「判った」

 

 そう呟くと、レオンは振り向いた。

 

「エリア6だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、アオアシラと対峙!
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