モンスターハンター ~碧空の証~   作:鷹幸

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 クルペッコを捕獲するため、渓流へ赴いたレオンたち。
 リザは、華麗な操虫棍(さば)きで、クルペッコを圧倒する。だが……



第24話 七色の声

「あっ!?」

 

 二度目の爆発の直後、ソラは叫んでいた。

 先刻までリザの姿があった場所が、爆炎に包まれてしまったからだ。

 

「り、リザさんが……!?」

 

「いや、上だ!」レオンが叫ぶ。

 

 視線を上に移すと、動きの止まったクルペッコの頭上で、リザが宙に舞っていた。

 彼女は宙に浮いているように見えた。実際、浮いているわけではなかったが、鉛直方向の速度がゼロであったために、そう見えたのかもしれない。

 そのあと重力に従って落下運動をしようとするリザは、操虫棍を素早く振った。

 その刹那、彩鳥の翼を鋼鉄の一閃が貫く。

 

「ギェッ!?」

 

 回転力の加わった落体の一撃は、硬質の翼を穿(うが)つには十分なエネルギーを保持していた。

 軽やかに着地したリザは、振り返りざまに華麗に棍を振ってみせる。

 

 ――正直なところ、レオンたちには、何が起こったのか分からなかった。いや、爆発が起こったかと思えば、リザが空中を舞い、クルペッコが攻撃を食らった……ということは分かっている。なぜなら、見たままの光景だからだ。

 しかし、これら一連の流れが、何によって行われたのか?……それが分からない。

 

「もしかして、あれが……」レオンが呟く。「あれが、とっておき?」

 

「え?」

 

「跳ぶ……? それが、操虫棍のとっておきの技……?」

 

 リザは、爆発の起こる寸前で跳躍し、危険を回避した。それなら、観察された事象を説明することができる。

 

「いや……でも、そんなことは……うん、できるか……」

 

「……どうしたの?」ソラはレオンの顔を覗いた。

 

「いや……、いまいち、自分の考察に確証が持てなくて」

 

 しかし、彼の考えは間違っていない。彼女は、操虫棍を使って跳躍し、爆発の直前にそれを回避したのだ。

〝跳躍〟――それこそが、〝操虫〟以外の、操虫棍のもう一つの大きな特徴だった。

 

「でも……よかったよ、爆発に巻き込まれたのかと思ったから」ソラは安堵(あんど)の表情を見せた。

 

「あぁ……」レオンはゆっくり頷く。「でも、あれくらいの攻撃……姉貴なら問題ないよ」

 

「そうなの?」

 

「だって、リザ(ねぇ)だもの」ナナが言うと、彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「クルルッ……」

 

 片翼を(えぐ)られたクルペッコは、リザを睨みつけていた。しかし、その眼光にもはや精気は感じられない。

 

(あと、少し……)

 

 あとは、ギリギリまで体力を削ってやるだけ。殺さぬよう細心の注意を払わなければならないところが、捕獲の最たる難しさである。

 リザが、棍を掴んだ手に力を入れた、そのときだった。

 突然、彩鳥は左、右へとステップすると、赤い泣き袋を何倍にも膨張させた。

 

「っ!」

 

 来る――。

 リザの全身に緊張が走った、そのときだった。

 

「ニャッハ――――!!!!」

 

 ネコのような鳴き声が、辺りに木霊(こだま)した。

 咆哮が来るのかと思い、耳を塞ごうとしていたリザは、面(くら)った。

 

「そういえば……」リザは小さく息を吐いて、わずかに緊張を解いた。「厄介な習性があったわね……、このモンスターには」

 

 

 

 

 

 

「――ん?」違和感を覚えたように、ソラは少し目を大きくさせた。「何、この鳴き声……?」

 

「クルペッコが鳴いた声だよ」レオンは即答する。

 

「えっ? ネコみたいな鳴き声だったよ?」

 

「……クルペッコは、ほかのモンスターの鳴き真似が得意なんだ。その鳴き声があまりにも似ているものだから、仲間がいると思ったモンスターたちが集まってくるらしい。だから、狩るときには用心しなくてはならない……って、読んだ本には書いてあった」

 

「……ってことは?」

 

「うん。アイルー……いや、メラルーの群れが来るはずだよ」

 

「えぇぇ……」

 

 ソラは口元を歪ませた。それもそのはず、彼女は過去、メラルーにいろいろとお世話になったことがある(もちろん悪い意味で)。そのため、彼女にとってメラルーは大敵なのだ。

 

「群れを呼んで、その隙に逃げようって魂胆かな。まぁ、いずれにせよ、状況が変わる。……よし、オレは行く。ソラとナナにはここで待機してもらって、合図をしたら、捕獲にとりかかろう」

 

「うん、わかった」

 

「みゃ」

 

 二人が頷いたのを確認して、レオンは陰から飛び出した。

 

 

 

 

 盗人軍団が来るのに、時間は掛からなかった。

 どこにいたんだ、と言わんばかりに、四方八方からメラルーが現れる。瞬きをするたびに増えていっているのではないか、と思うくらいだった。これがアイルーならいいものを、とレオンは思ったが、世の常、上手くいかないことがほとんどだ。

 

「姉貴!」声を上げながら、レオンはリザに駆け寄った。「どうするんだ?」

 

「メラルーの大群が押し寄せようが、イビルジョーが現れようが問題ではないわ。レオンは雑魚どもを蹴散らせて頂戴(ちょうだい)ね」

 

「あぁ……わかった」近づいてきたメラルーを、レオンは蹴飛ばした。「それで、そろそろ捕獲はできるのか?」

 

「そうね……」飛び掛かってくるメラルーの顔面に、リザは殴打を噛ました。「元気はなくなってきたみたいだし、そろそろ捕獲の準備、してもらおうかしら?」

 

「了解っ」

 

 二人が会話を交わしている間、クルペッコは再び鳴き袋を膨らませて、鳴いていた。その鳴き声は、優しさに包まれて癒されるような、心地よい音色だった。

 数秒間鳴き続けたかと思えば、クルペッコは急に激しく動きだした。

 

「クルックルッ、クワァ――――ッ!」

 

 クルペッコが、さきほどまでの疲弊などをまったく感じさせないように激しく動く。むしろ、より元気になっているのではないかと思うくらいの動きだった。

 

「なんだ……!?」レオンは、背後から襲ってくるメラルーに裏拳を入れた。「さっきまでとは、様子が……?」

 

「治癒効果のある音色……」リザは呟くように言った。「そう、狩猟笛で奏でる音色にも、そんな効果を発揮できるものがあったわ。……彼、そんなこともできるのね」

 

「彼?」

 

「あのクルペッコのことよ」

 

「あぁ……」

 

「お友達になって、一緒に狩りに行けば、あの音色で私たちをサポートしてくれるかもしれないわね。オトモクルペッコ……素敵じゃない?」

 

「そんなこと言ってる場合か? あいつ、躰の傷を癒して、さっきより動きが活発になってるぞ?」

 

「えぇ。だから、まだ捕獲はできないわね……また体力を削らなきゃ」リザはやれやれといったように肩を(すく)めた。しかし、口元は笑っている。「うん、捕獲できそうになったら、声を掛けるわ。それまで護衛よろしく」

 

「わかってる」

 

 よし、と呟いて、リザはクルペッコのいる方へと走る。

 クルペッコは再び鳴いていた。次は、どこか堅さのある旋律を奏でている。

 

「……ふふ、いい音色ね」

 

 鳴き声に耳を傾けながら駆けていたリザは、地面を蹴り、棍を振りかざして彩鳥の懐へと飛び掛かる。

 演奏が終わったとき、空を走る刃はクルペッコの喉元にあった。

 

(その歌声が聴けなくなるのは残念だけど、仕方がないの……許してね)

 

 鋼刃の切っ先が鋭い直線を描く――が、その攻撃は弾かれてしまった。

 

「……!」

 

 左腕が、びりっ、と痺れる。

 

(これは……硬化!!)

 

 リザは瞬時に悟った。さきほどの旋律は、硬化のためのものだったのだ。

 

(音が、ここまで強力な武器になるなんて……ね)

 

 受け身の体勢を取って着地し、すぐ起き上がる。

 

(でも……効果がずっと続くことはないはず……)

 

 ならば、効果が切れるまで時間を稼げばいい。無理に攻撃しようとしても、こちらの体力が削られるだけだし、最悪、武器が壊れてしまうだろう。

 リザはクルペッコと距離をおいた。

 そのときを待っていたかのように、クルペッコは鳴き声を膨らませる。そして、鳴いた。

 

 

 

 

「……っ!」

 

 大剣を()いで、泥棒猫たちを吹っ飛ばしたとき、レオンはハッとした。

 

(今の鳴き声……)

 

 クルペッコが出したのは、聞き覚えのある声だった。そして、とても特徴的な鳴き声……そう、ドスジャギィのものと似ている。ということは……。

 

「姉貴!」レオンはリザの方を見ずに叫んだ。

 

「えぇ、分かってるわ!」

 

 リザも気付いたらしい。クルペッコが呼んだのが、ジャギィの群れだということに。

 まえに、ドスジャギィが大量のジャギィを率いて渓流にやってきたのをレオンは思い出した。

 そして、ドスジャギィが2体いたということも、同時に思い出す。

 何故2体もいたのか、当時はよく分からなかった。今考えてみると、もしかしたら、あの2体はこのクルペッコが呼び寄せたのかもしれない。そんな考えが頭に浮かんだ。しかし、そうであるとしても、二つの群れが、干渉するほど近づくだろうか?

 そこまで考えて、彼は思考の焦点を現在に戻した。今は、目の前のことに集中すべきだ。

 

「ジャギィの群れか……」

 

 厄介だ。メラルーの群れでさえ、対応は困難を極めるというのに、ジャギィの群れが来るとなると……(たま)ったものではない。

 一旦、退くべきだろうか、とも考えるが、それは、ジャギィが来てからでも問題はないと彼は思った。

 

(でも……最近ジャギィを見てないし、まして、群れが来るとも思えない)

 

 来るか、来ないか――たったそれだけで、今後の戦況はまったく違うものとなる。

 出来ることなら、これ以上相手が増えることなく狩猟を終えたい。

 彼は、心の中でそう強く願った。

 

 

 

 

 

 

 クルペッコは、狩人を嘲笑うかのように、左右へステップを踏んだ。そして、両翼の火打石をカチカチと突き合わせると、狩人に向かって跳んだ。

 瞬間、緋が()ぜる。

 リザは、それを難なく避けた。一度見ている攻撃なら、回避するのは造作もないことだ。しかし、爆発は、威力を増しているようだった。

 

「……お怒りかしら?」

 

 リザが呟いたとき、二度目の攻撃が迫ってきた。

 彼女は強く大地を蹴って爆発を回避し、クルペッコの体側面に回り込む。だが、それを予測していたのか、クルペッコは躰をひらりと半回転させた。

 硬化した鋼の翼が、リザを襲う。彼女は棍を振って、翼に刃を振るった。だが、重い金属音がして、弾き返されてしまう。

 

(まだ硬い……わね)

 

 風圧で崩された体勢を、彼女は元に戻す。そして、わずかな間だけ辺りを見回した。

 

(メラルーはいるけれど……、ジャギィは……来てないようね)

 

 もしかしたら、どこかに潜伏しているのかもしれないが、姿を見せないということは、こちらが不利になる可能性は十分に低くなったといえる。

 

「……クルルルッ」

 

 クルペッコも、ジャギィが来ないことに疑問を感じたのか、少し首を傾げた。その仕草が、少し可愛らしかった。しかし、心中が穏やかでないことは察しがつく。

 加勢を呼んで、逃げるか、再び傷を癒そうとしたのかもしれないが、その作戦は失敗に終わったのだ。

 暫し、沈黙。

 盗賊団(メラルー)は、すべて伸びきっていた。

 

「雑魚どもは殲滅(せんめつ)させたよ」リザの元へ来たレオンが、耳元で言った。

 

「えぇ。あとは〝彼〟だけ」

 

 二つの視線は、彩鳥に定まった。

 

「クルルルルッ」

 

 クルペッコは翼を大きく広げると、口から何かを吐き出した。それは、二人に目掛けて飛んでいく。

 

「!」

 

 二人はそれを避ける。直後、粘度のある緑色の液体が広範囲に着弾した。そこから、音を立てて湯気のようなものが立ち上がる。

 

「ん? これは……酸、か?」

 

「そのようね……防具に掛かっていたら、耐久性に問題が出てたわ」

 

 リザがふぅ、と息を吐いたとき、クルペッコは再び粘液を繰り出した。

 

「まったく、吐くなんてお行儀が悪いわ……」攻撃を回避しながら、リザは疾走する。「お仕置きが必要ね」

 

 クルペッコが応対しようとするまえに、彼女は赤い鳴き袋に刃を振るった。

 

「グェェ!?」

 

 表皮がぱっくりと割け、そこから鮮やかな赤が(こぼ)れる。

 

(……よし!)

 

 硬化の効果は切れた。今が、攻め込むチャンスだ。

 彩鳥が怯んだのを皮切りに、リザは棍を振って斬撃を打ち込んでいく。

 瞬く間に、風が舞い、彩鳥の躰が刻まれる。

 その軽快で俊敏な、無駄のない動作に、レオンは驚かざるを得なかった。

 

「レオン! そろそろ……」

 

 リザが叫んでいる。彼女の動きに見とれていたレオンは、ハッとした。

 

「あぁ……、わかった!」

 

 罠を仕掛けろという合図を送るため、レオンはソラのいる方へ目を向けた。そして、陰から身を乗り出しているソラに、合図を送った。

 彼女は頷くと、手元を動かしていた。捕獲用麻酔ビンを装着しているのだろう。そして、彼女の脇から、黒猫(ナナ)が飛び出してくる。彼女は、シビレ罠を持っていた。

 ナナはレオンの元へ駆けてくると、地面にシビレ罠を設置し、付属のピンを抜いた。火花が散って、小さな稲妻が半径1メートルほどの円を作った。これで、シビレ罠が完成した。

 

「姉貴! こっちだ!」

 

「えぇ!」

 

 棍を納めて、リザは罠の方へ突っ走る。

 

「さぁ、こっちよ!」

 

 自らの思い通りに事が運ばず、怒りで我を忘れているクルペッコは、構わず彼女の後を追った。

 

「クワ――――ッ!」

 

 途中、爆発攻撃も仕掛けてくる。だが、そのすべては、ただ怒りを発散させているようにしか見えなかった。

 リザがシビレ罠の上を通過して数秒後、そのときはやってきた。

 

「ギエェッ!?」

 

 クルペッコがシビレ罠にかかった。強い電流で筋肉が硬直し、もはや自分の意思では動くことができない。

 

「ソラ! 今だ!」

 

 レオンが掛け声を上げると、麻酔薬を塗った二本の矢が、ほぼ間髪を入れずに彩鳥の胴に刺さった。

 

「ク……クルルッ……」クルペッコの動きが、次第に弱くなる。「……ッ…………」

 

 最後は、ゆっくりと倒れ、〝彼〟は深い眠りについた。

 

「よっしゃあ!」

「捕獲……、完了ね!」

 

 レオンとリザは、右手を高く挙げて、お互いの掌を叩いた。

 そこへ、ソラが満面の笑みを浮かべて駆けてくる。

 

「やりましたね!」

 

「えぇ。ソラも……、最後の射撃、見事だったわ」

 

「えへへ……ありがとうございます! でも……、わたしも、一緒に活躍できればよかったのになぁ……」

 

「ちょっと私、独り占めしすぎたかしら?」リザはレオンの顔を窺った。

 

「まぁ……そうかもしれないな。でも、姉貴の華麗な武器捌きには、ビックリしたよ」

 

「褒めてくれて、嬉しいわ」

 

 そう言って、姉は弟の頭に手をやる。が、弟はそれをすかさず振り払った。

 

「撫でなくていいって! ボディタッチが激しすぎるんだよ、姉貴は!」

 

「えー……、そう怒らなくてもいいじゃない……」

 

「ったくぅ……」

 

「それで……」ソラが口を開く。「このあと、どうするんですか?」

 

「えぇ、とりあえず、捕獲の任務は完了したから、あとの処理はギルドがやってくれるわ」

 

「そうなんですか」

 

「でも、それは各地のギルドによって違うでしょうけどね。……そうね、一応、クルペッコを運ぶための荷車が来るまで待ちましょう」

 

 武器を外して、各々が地べたに腰を下ろした。少し湿っていて、冷たい。

 

「あ、そうそう」レオンが切り出す。「その操虫棍、どういう仕組みで跳ぶんだ?」

 

「跳ぶ?」ソラはレオンの顔を見る。「あのときのあれ、やっぱり、跳んだんだ?」

 

「あぁ。人間にあそこまでの跳躍力はないし、その武器を使ったんだろ?」

 

「その通り」リザは、傍らに置いた棍を持った。「操虫棍という武器には、二つの最大の特徴があって、一つが〝操虫〟、もう一つが〝跳躍〟。それで、この跳躍を可能にしているのは、この細い柄の中に入っているスプリング」

 

「すぷりんぐ?」ソラが訊く。

 

「こちらの言葉では……そう、〝バネ〟ね。この操虫棍は、バネの復元力、つまり、バネが元の状態に戻ろうとする力を利用しているの。その強力なスプリングの作用で、跳躍できるのよ。あと、武器自体の剛性が高いから、細いけどけっこうな衝撃にも耐えられるの」

 

「なるほど……」

 

「よくわかんないなぁ……」

 

 レオンはうんうんと頷いているが、ソラは終始、首を傾げているだけだった。

 

「……まぁ、この武器を使えば高く跳べるということだけが分かれば、それでいいのよ。でも、それだけじゃないってことも、覚えておいてね」そこまで言って、リザは片目を瞑った。

 

「まだ、何かあるのか?」

 

「それは……またいつかお目にかかれると思うわ。お楽しみは、あとに取っておかなくちゃ、ね?」

 

「うん、確かに」

 

 レオンが頷くと、リザは背中から地面に倒れ込んだ。

 

「んー……疲れたわ……、寝ようかしら?」

 

「でも、もうすぐ荷車が来るんじゃないかな」

 

「荷車の上で、〝彼〟と一緒に眠りたいわね」

 

「それは、ご自由にどうぞ?」

 

「そうしようかしら、本当に」

 

「〝彼〟って誰です?」ソラが訊いた。

 

「〝彼〟っていうのは……、クルペッコよ」

 

 リザの返答に、ソラの表情が一瞬固まる。それは、まさに「ケチャワチャにつままれたような顔」だ、とリザは思った。

 

「……な、なるほど、クルペッコと、一緒に……」

 

「ソラもご一緒にどう?」

 

 そう言って、リザは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二十分ほど経った頃、アイルーが荷車を押してやってきた。それは大きな荷車で、人間なら軽く5人くらいは同時に運べそうなものだった。無論、この荷車はモンスターの運搬専用である。

 彼らは、昏睡状態のクルペッコをなんとか持ち上げると、荷車に積んだ。そして、ロープで躰を固定する。その作業には、十分ほどかかった。

 

「ふぅ……」前髪を払いながら、ソラは息を()く。

 

「お疲れ様」リザは笑みを投げかけた。「あとは、村に帰るだけよ」

 

「帰ったら、まず温泉だな」レオンは腕をぷらぷらと振った。

 

「すごく動いたから、すごく気持ちいいんでしょうね……」リザは、うっとりした表情を浮かべている。彼女はまだ温泉に入っていないのだ。

 

「すっごく気持ちいいと思いますよ!」

 

「リザ姉ならきっと喜ぶみゃ!」

 

「ふふ……そんなこと言われたら、早く入りたくなってきたわね」

 

「なら、早く帰ろう」

 

 レオンが歩き出すと、他のメンバーもその後を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユクモ村に帰還した彼らは、ギルドへと続く石段を上っていた。石段の隅には、朽葉がまばらに落ちている。秋は、確実に深まりつつある。

 

「あの建物から立ち上がる湯けむりを見るだけで、なんだかワクワクしちゃうわね」リザは上を見ている。

 

「ワクワク……ね」

 

 確かに、初めて温泉に入るのであれば、そういった感情が生まれるのは自然なのかもしれない。レオンはそう思った。

 ユクモ村のハンターズギルドを兼ねている集会浴場に入ると、村長の姿がすぐそこにあった。彼女は、ギルドマネージャーと立ち話をしている。

 

「あら……」レオンたちの存在に気付いた村長は、彼らの方に躰を向け、にっこりと微笑んだ。「おかえりなさいませ。無事に捕獲していただけたようですね」そして、深々と頭を垂れた。「ありがとうございました」

 

「わたし、今回はあまり活躍しなかったけど、リザさんがスゴかったんですよ!」ソラは興奮気味に言う。「動きが速くって正確で……憧れちゃいます!」

 

「そんな大それたものじゃないけれどね……」リザは目を細めて言う。彼女は少し照れているようだった。

 

「あらあら……やはり、お強いのですね」村長の視線がリザを捉える。「では、あとは温泉に浸かって、ごゆっくりしてらしてくださいね」

 

「はい。そうします」

 

「さ、リザさん、行きましょう!」

 

 ソラはリザの手を引いて、集会浴場の入り口へ向かう。ナナとレオンも二人を追った。

 番台アイルーから湯浴みタオル受け取ると、女性陣は、布で仕切られた女性用の脱衣所へと消えた。

 レオンは男性用の脱衣所に入ると、防具を脱ぎ始める。インナーも脱ぎ、腰にタオルを巻くと、浴場に出た。湯には、村人が数人浸かっている。

 彼は石畳の床を歩いて温泉の縁まで行くと、置いてあった桶で湯を掬い、躰に掛けた。熱くも(ぬる)くもない、ちょうどいい温度である。

 彼は湯に浸かった。湯の効能か浮力か、躰が軽くなったように感じる。あまり疲れているわけではなかったが、

 

「……あれ? レオンさん?」

 

 湯けむりの中から声がして、その声の主はレオンの元へ移動してきた。

 

「おっ」

 

 彼に寄ってきたのは、レオンのよく知る人物、リクだった。彼はソラの弟で、据わった目が特徴的な子だ。ソラの家で、レオンはリクとよく話をしたり遊んだりしているので、彼とはけっこう仲がいい。

 

「リクも、温泉に入ってたんだな」

 

 リクは、こっくりと頷いた。

 

「……今日は何か狩ったの?」

 

「おう。クルペッコを捕獲したよ」

 

「……クルペッコって、こんなやつ?」リクは、湯に浮かんでいたクルペッコの玩具(おもちゃ)を摘まんだ。

 

「そうそう、そんなやつ」

 

「……強かった?」

 

「うーん……、今日はオレが闘ったわけじゃないからな……。よくわからないかな」

 

「……そっか」

 

「そういえば、タイガは?」

 

 レオンが訊いたとき、湯の中から勢いよく何かが飛び出した。

 

「ニャ! ボクならここにいるニャ!」

 

「お、やっぱりいたんだな」

 

「薪割りで疲れたニャ」

 

「それは……お疲れ様。次の狩りのときは期待してるよ」レオンは不敵な笑みを浮かべる。しかし、タイガは動じなかった。

 

「まえのボクと違うところ、見せつけてやるニャ!!」

 

「お、言ったな」

 

 タイガは、ふふん、と笑って胸を張った。

 そのとき、脱衣所からソラ、ナナ、リザが出てくるのが見えた。

 

「床が滑りやすくなってるので、気をつけてくださいね」

 

「滑っても、レオンに受け止めてもらうから大丈夫よ」冗談なのかどうかよく分からないことを言っているリザは、髪を下ろしている。

 

 彼女らは、レオンがしたように、桶で湯を掬って躰に掛けると、泉の中へ足を進めた。

 ふぅ、という息がリザの口から洩れた。

 

「いいわね……。なんていうのかしら、こう、躰から〝疲れ〟というものを押し出してくれている感じがするわ」リザはゆっくり、目を閉じる。「ずっと入っていられそうなくらい、居心地がいいわね……」

 

「のぼせるなよ」

 

「それは心配要らないわ」

 

「あれ? レオンの隣にいるのって……」ソラは目を凝らす。「あ。リクだな!」

 

「リク……? 誰かしら?」

 

「わたしの弟です」

 

「弟がいるの……、私と同じね」リザはクスリと笑った。

 

「リク、挨拶して。この人は、レオンのお姉さんで、リザさん」

 

「……はじめまして。……リクです」

 

「はじめまして。あら、可愛い子ね」

 

 リザがにっこり笑うと、リクは、レオンの背中に隠れた。

 

「ん? どうした」

 

「……綺麗な人」

 

「あぁ……」

 

 あまり意識したことはなかったが、改めて見ると、端正な顔立ちでかなりの美人だ、とレオンは思う。リクが照れてしまうのも無理はないことなのかもしれなかった。

 

「どうしたの? 私、何かいけないこと言ったかしら」

 

「あぁ……姉貴が鬼みたいな顔してるからだぜ」

 

「なら、鬼の弟であるあなたも鬼ね」

 

 いつもながら、言葉の切り返しが早い。レオンは観念して、肩を竦めた。

 

「それはそうと、リザさんって、すらりとしてていいですよね~」ソラは、話題の転換を図る。「足が長くて、格好いいし……」

 

「……そう? でも、胸はソラの方が大きそうねぇ」リザの瞳が、少女の胸に向く。

 

「え、えぇ? そ、そんなことないと思いますけど……」

 

 慌てて胸を隠そうとするソラに、リザの魔の手が忍び寄る。

 

「ひぅっ!?」ソラの躰がビクン、と跳ねた。「り……リザ……さん?」

 

「ふむふむ……」リザは、二つの柔らかい丘を手で弄んでいた。「これは……」

 

「ちょっ……と……ぅ……」ソラの顔が、みるみる赤くなる。それは、熱湯で茹でられたヤマツカミのようだった(実際、茹でられて赤くなるのかどうかは不明だ)。

 

「……何が起こってるの?」リクがひょいと顔を出そうとする。

 

「見ちゃダメだ!」レオンは慌てて、手でリクの視界を遮る。自分も見ないようにした。

 

「タイガも!」ナナはタイガの両目を潰す。

 

「ふんぎゃあああああああっ!」タイガは湯に沈んだ。もう会うことはないだろう。

 

「……あっ、ごめんなさいね」一頻(ひとしき)り堪能すると、リザは手を引っ込めた。「つい、揉んじゃったわ」

 

「つ……つい、で揉んじゃうものなんですか……?」ソラは、少し(はだ)()た湯浴みタオルを直す。

 

「ふふ……五感で感じなさい、ってね」リザは口元を少し上げた。その顔は、いたずらを企む子どものものとよく似ている。

 

「そ、それは狩りのときだけにしてくださいよぉ……っ」ささやかな抵抗の声を上げたソラの顔は、まだ赤く染まっていた。

 

「これからまだまだ成長しそうね、いろいろと」リザお得意の、意味深長な言い回しが出る。「それはそうとレオン、宿はどうしてるの? けっこうここにいるんでしょう?」

 

「それなら問題ないよ。ソラの家にいさせてもらってるからな」

 

「ふぅん、居候(いそうろう)してるのね……」リザは意味ありげな眼差しをレオンに向けた。「どれくらいまえから?」

 

「そうだなぁ……(ふた)(つき)くらい?」

 

「けっこうここにいるのね」

 

「姉貴は? ここにどれくらい留まるつもりなんだ?」

 

「そうね……」リザは人差し指を唇に当てた。「ちゃんと考えてはいないけれど、数週間くらいかしら?」

 

「そうか」

 

「レオンも、長いことお邪魔してたら迷惑になるわよ?」

 

「あ、それなら心配要らないですよ!」ソラは、既に落ち着きを取り戻していた。「お父さんが出払ってるから、部屋も一つ空いてるし、ちょうどいいんです。わたしも、いろんなこと聞けるし、全然迷惑なんかじゃないですよ」

 

「そう……。じゃ、ソラのお父さんが帰ってきたら、旅を再開するというわけね?」

 

「そう、なるかな……」

 

 レオンは何気なく、ソラの表情を窺った。彼女は少し寂しげな面持ちになっていたが、彼に見られていたのに気付くと、慌てて笑顔を作った。

 

「あ、ドリンク要ります?」ソラはリザに訊く。

 

「ドリンクがあるの……なら、オススメをいただけるかしら?」

 

「オススメって言うと……あれだな」とレオン。

 

 周りにいる全員も、うんうんと頷いた。

 

「じゃあ、みんなそれでいいんだね」確認すると、ソラはドリンク屋アイルーを呼びつけて、ドリンクを注文する。

 

 みんな大好きユクモラムネは、すぐに出てきた。ドリンク屋も、常連客の頼むのものは記憶しているようだ。

 

「はい、どうぞ」ソラは、ラムネの瓶をリザに手渡した。

 

「ありがとう」

 

 各々が開栓して、ラムネを喉へ流し込む。

 

「ん~、喉にくるわね、これ……。でも、この刺激が甘さで中和されて、いい感じ……」リザは瓶を揺らしながら言う。「でも、狩りの途中には向かないかもしれないわね」

 

「そうだ、姉貴」レオンは、既にラムネを飲み終えていた。「旅の話、聞かせてくれよ」

 

「うーん、そうね……それじゃ、バルバレっていう〝移動する〟街の話でもしてあげようかしら?」

 

 その後、彼らはリザの話に熱心に耳を傾けていた。

 

 もちろん、渓流で動き出す大きな影には、誰も気付かぬまま……。

 

 

 

 

 

 

 ≪レオンの日記≫

 

 今日、久々にリザに会った。とくに変わりはないみたいだった。

 そのあと、彼女を連れて渓流へ行った。

 そのとき、色彩豊かな鳥・クルペッコを発見する。

 村長とギルドに指示を仰ぐと、捕獲してほしいと言われた。

 そして、再び渓流へ向かい、彩鳥と対峙する。

 ほとんどは姉貴がやってくれた、オレはメラルーの掃討に回った。

 無事に捕獲を終え、帰還。

 しかし……、操虫棍という武器、あれには驚いた。

 虫を操って、強化エキスを採取することができる上に、大きく跳躍することもできるからだ。

 姉貴が言うことには、まだまだ隠された技があるらしい。

 温泉で聞いた、旅の話も興味深く、おもしろかった。

 今、改めて、思う。

 世界は、未知に溢れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 タイガは完全にとばっちりのような気がします。
 ドンマイ……。

 リザはいろいろと面倒な人だったようです。


 さぁ、お次はどのようなモンスターが登場するのか……。
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