モンスターハンター ~碧空の証~   作:鷹幸

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第26話 彼女の息吹

 柔らかな朝の陽射しが、目覚めを呼び起こす。

 眠りから解き放たれた、生命(いのち)ある者たち。

 動き始める朝は、一日の始まり。

 すべてが仕組まれたこと。

 抗えない真理。

 そう、すべては、仕組まれたこと……。

 

      *

 

「それでは、村長――行ってきます」

 

「お気をつけて……」

 

 太陽が高度を増した頃、ソラ、レオン、リザ、ナナ、タイガはユクモ村を発った。渓流に居座るリオレイアを狩猟するためである。

 そして――ソラにとっては、これが初めての飛竜の狩猟となる。

 歩きながらソラは、拳をつくって強く握った。緊張の表れである。この緊張は、アオアシラ戦以来のものではないか……、彼女はそう思った。

 緊張しているのは、レオンやリザも同じだった。

 いつもなら何か話を始めようとするリザも、今は口を真一文字に閉じていて、それが開かれる様子はない。レオンの目つきは普段よりも鋭くなり、時折洩れる溜め息のような吐息は、精神の落ち着きの無さを表しているようだった。

 ナナとタイガも、一言も口をきかず、静寂のまま彼らは進んだ。

 

 ベースキャンプに到着すると、レオンは青の支給品ボックスまで寄って、それを開いた。中には、いつもより多めの応急薬と携帯食料、さらに解毒薬が入っていた。

 

「うん、解毒薬も入ってるな」

 

 濃いブルーの薬品の入った瓶を取り出しながら、レオンは呟く。

 

「なんだか、毒々しい色してるね。解毒する薬なのに」ソラは、ボックスの側に並べて置かれた小瓶に目を注ぐ。

 

「解毒草をすりつぶすとこんな色になるんだ。あと、アオキノコも入ってるから、なおさら青くなる。まぁ、回復薬と間違えることがなくなるからいいんじゃないか」

 

「たしかに……、それはそうかも」

 

「でも、なるべく使う機会がないようにするのがベスト。つまり、毒には要注意……いや、厳重警戒ってわけだ」

 

「『彼女』の毒、けっこう強力なのよね」リザが口をきいた。「彼女」というのは、リオレイアのことである。「とりあえず、尾には要注意。とくにレオンはね」

 

「あぁ……、そうだな」レオンは、何かを噛み締めるようにゆっくりと頷いた。「どうなるかわからないからな」

 

「別に、レオンは無理に参加しなくてもいいのよ?」

 

「でも、さすがに二人はキツいだろ?」

 

「人数が多いに越したことはないけどね」リザは少し微笑む。「それでもやっぱり、大事なのは命よ。危ないと思ったらすぐに退きなさい。レオンは無茶ばかりするから」

 

「そうだよレオン。リザさんの言う通りだよ」ソラが口を挟む。

 

「ま、オレもオレなりにやるさ。オレに気を掛け過ぎて、自分をおろそかにするなよな」

 

「もちろんよ」

 

「あの、作戦はどうするんですか?」ソラが言う。

 

「そうね……」リザは腕を組んだ。「やはり、奇襲をかけるのが一番かしら。人間もモンスターも、不意討ちには弱いわ」

 

「具体的にはどうする? 閃光玉で目を眩ませるか?」とレオン。

 

「それがセオリーね」リザはうんうんと頷いた。

 

「目を眩ませたあとは?」

 

「まず、頭部を狙って集中攻撃。横に回って翼や脚を攻撃してもいいけれど、猛毒の尾に当る可能性があるから、ここは安全策でいきましょう。でも、突進されることも考えられなくはないから、頭部の斜め前あたりで攻撃すべきね」

 

「わたしは、どうすればいいですか?」ソラが訊いた。

 

「ソラは、まえに私が教えた〝曲射〟で応戦してもらうわ。でも、曲射の型が放散型だから、レオンに当てないように注意してね」

 

「え? なんでオレだけなんだよ?」

 

「私は避けてみせるもの。だから、レオンにだけ当てないようにしておけばいいのよ」

 

「器用だな……」

 

「私の高い回避能力は知ってるでしょう?」リザはレオンを見て、歯を見せる。

 

「まぁ、それはそうだけど、飛んでくる無数の矢を避けるのはホントに器用だと思うぞ?」

 

「大丈夫。リザさんにもレオンにも当てませんから!」ソラは胸の前で拳を作り、意気込みを見せた。

 

「なるべく、翼を狙うといいわ。飛べなくすれば、こちらがいくらか有利になるわよ」

 

「了解です!」

 

「ボクたちはどうするニャ?」

 

「そうね……タイガとナナは、主にサポート。必要に応じて、アイテムを持ってきてもらうわ。あと、捕獲するかどうかはわからないけれど、合図したら、罠の準備と設置をお願いね」

 

「了解したニャ」

 

 言いつつ、ほっとした顔を浮かべるタイガである。理由は一つ、モンスターと対峙しなくていいからだ。

 

「アンタ、ほっとしてるわね?」ナナが訊いた。

 

「うぐっ!? バレたニャ!?」

 

「普通に、顔にそう書いてあるわよ……。まぁ、無駄に怪我して足を引っ張られるよりは幾分かマシね」

 

「小型モンスターくらいなら、飯だと思ってかぶりついていくニャ? 大型モンスターはちょっと……ニャ」

 

「今は、与えられた仕事だけこなせばいいのよ」

 

「あら、今のナナは、私の言い方にそっくりね」少し屈んだ体勢で、リザはナナの顔を見て言う。

 

「みゃ。リザ姉リスペクトみゃ!」

 

「ふふ、私がもう一人いるみたい」リザは微笑んだあと、レオンに視線を向けた。「それじゃ、レオン、探知お願いね」

 

「おう」

 

 レオンは、瞼を閉じた。

 そして、昔嗅いだ、飛竜のニオイを思い出しながら……、

 風に乗ってやってくる様々な香りから……、

 目標の位置を割り出していく。

 来た。

 方向、距離は……。

 微かに、血生臭いニオイが漂ってくる。

 捕食でもしているのだろうか?

 しかし、確かにそこにいるはずだ。

 レオンは、ゆっくりと視界を開かせた。

 

「どこかしら?」リザが微笑を浮かべてレオンに訊く。「エリア4?」

 

「あ、あぁ……。そこにいるはず」

 

「あら、当たったのね」

 

「リザさんすごい!」ソラは手を叩いた。

 

「ふふ……長年の勘ってやつかしらね? でも、そんなに長くハンターをやってるわけじゃないから、今のはマグレかもしれないわ……、残念……」

 

 自分で言って、悲しくなっているリザである。しかし、立ち直りは早い。

 

「さぁ……、『彼女』に会いに行きましょう!」

 

 リザが駆けだしたので、ソラたちも後を追った。

 

 

      *

 

 

 迫りくる気配……。

 厄災の予兆……。

 とうとう、闘うときが来た。

 私への試練、受けて立とう。

 邪魔する者は、許さない……。

 

 

      *

 

 

 エリア4に、「彼女」はいた。

 

「で、でかい……」

 

 それが、「彼女」に対してソラの抱いた第一印象だった。

 

「彼女」の名――雌火竜リオレイア。

 身を包む緑の甲殻、

 大きな翼、

 鋭い眼光。

 飛竜の代表格とも呼ばれる彼女の風貌は、大きさによるものだけではない〝何か〟を放っている。

 見た瞬間にわかる、「彼女」の強さ……。

 

(やっぱり、想像と現実は違う……)

 

 岩陰に隠れて「彼女」の様子を窺うソラは、恐怖を感じていた。でも、村を守らなければならないという使命感が、それを押し倒す。

 彼女は、リオレイアを観察する。

 今、こちらの動きに気付いている様子はない。そして、「彼女」の辺りには、無惨な姿のブルファンゴが横たわっている。食事の最中かな? とソラは思う。

 

「やっぱり、捕食の最中だったか」レオンが口を開く。

 

「ご飯に気を取られているから、奇襲は成功しやすいんじゃないかな?」

 

「うん、確率は上がるだろう」

 

「それじゃ、早速行きましょうか。ナナ、閃光玉をよろしくね」

 

「了解みゃ」

 

 リザが目で合図をすると、レオンはレウスヘルムの鉄製フェイスマスクをカシャッと下ろし、大剣の柄に手を掛けた。ソラも、弓を静かに開いて、矢を引き抜く。

 姿勢を低くすると、リザ、レオン、ナナの3人は、リオレイアのいる方へと近づいていこうとする。

 幸いにも、レイアは反対側を向いている。エリア4は割と開けた場所なので、向こうを向いていることは好都合だった。

 距離を縮めていくと、肉を引きちぎる音が微かだが聞こえてきた。咀(そ)嚼(しゃく)音もする。「彼女」は、食事に夢中のようだ。

 リオレイアまであと15メートルというとき、リザが、ガサッという大きな音を立てた。

 

「!」

 

 音に気付いたリオレイアが、首を曲げて3人の方を向く。

 その瞬間を狙い、ナナは閃光玉を投げた。

 強烈な閃光が、「彼女」の目を刺す。

 

『!!』

 

 声を上げて、「彼女」は怯んだ。

 闘いの幕が、切って落とされる――。

 

 

      *

 

 

 ――来た。

 だけど、手出しはさせない……。

 

 

      *

 

 

 二つの瞬影が、「彼女」の頭部を目掛けて飛んでいく。

 片方は大きな剣、もう片方は細長い棍。

 その二つが同時に振り切られる――だが、鋼鉄の刃は「彼女」の身を捉えない。

 

「っ! 飛んだぞ!」

「飛んだわね……」

 

 彼女は、翼を大きくはためかせて、後方に飛び下がっていた。風圧が二人の躰を押すが、彼らは耐える。

 

「でも、それも想定のうちよ……!」

 

 リザは棍を振って、地面を叩く。押し縮められた棍は、弾性力で彼女の躰を押し上げた。

 高く宙に舞った彼女は、棍を大きく振りかざす。

 目の前に、リオレイアの顔面が迫った。

 高度は充分にある。このまま振り抜けば、大ダメージは期待できる――。

 だが、「彼女」も負けてはいなかった。

 気配を感じたのか、わずかに退がると、口から火の粉を綻ばせる。

 

「――!」

 

 まずい、爆炎攻撃か――。

 空中では、思うような身動きは取れない。

 不意を突いた攻撃のはずが、逆に不利な状況へと陥ってしまった。

 リザは軽く舌打ちする。

 次の瞬間には、業炎が彼女の姿を包み込んでいた。

 そして、爆音。

 

「姉貴っ!」レオンは叫ぶ。

 

 黒煙に覆われて、どうなったのかを垣間見ることはできない。

 

「…………」

 

 たぶん……大丈夫だ。

 思いながら、レオンは唾を呑み込む。

 数秒後、薄れゆく煙の向こうに、リザの姿を捉えた。

 彼女は、リオレイアの首にしがみついている。

 

「……はぁ」レオンは安堵の息を吐いた。

「私は大丈夫よ!」

 

 リザはそう叫ぶと、腕の力を利用して、レイアの背中に乗った。

 

『!!』

 

 途端に、レイアは暴れだす。

 リザが乗り移ったことで躰のバランスが崩れ、ホバリングができなくなっていた。

 

「!」

 

 リザは「彼女」にしがみつく。

 体勢を持ち直せずに地面に落ちた「彼女」は、リザを振り払うために激しく動く。

 

「あ……姉貴!」

 

 レオンは一歩踏み出した。

 

「レオンはそこで待ってなさい! 危ないわよ!」

 

 レイアは躰を自暴自棄に振り回している。振り回される尾に当れば、毒を食らうどころの話ではない。

 

「あ……あぁ」

 

 ここは、リザに一任するべきだ――レオンはそう判断した。

 

(でも……あの状況からどうやって抜け出す?)

 

 飛び降りようとも、着地に失敗すれば怪我をしてしまう。リザに限ってそんなことはないだろうが、彼女の置かれた状況からの脱出には、少なからず危険が伴う。

 レオンが固唾を飲んで見守るなか、レイアは左回転、右回転、また左回転……と、背中に乗る邪魔者を振り払おうとしていた。

 しかし、リザはしっかりと掴まっていたので振り落とされることはなく、逆に、乗りこなしているようにも見えた。

 途中、疲れたのか、「彼女」の動きが少し鈍る。

 その瞬間。

 見計らっていたかのように、リザは腰の剥ぎ取りナイフを素早く構えて、深緑の背中に銀刃を突き刺した。

 

『!!』

 

 レイアは声を上げて怯む。

 その間にも、繰り出される斬撃。

 文字通り、血が宙を舞う。

 リザは、暴れるレイアに無慈悲の刃を振るう。

 そして――「彼女」の躰は崩れ落ちた。

 

「今よ!」

 

 背中から飛び降りざま、リザが叫んだ。

 その声を起爆剤に、レオンは地面を蹴って突っ走る。

 狙うは、頭。ここ一点。

 前方約2メートルに目標を定めると、大地に根を張るかのように、レオンは下半身に力を込めた。

 溜め斬りの構えに入る。

 レオンが力を溜めているあいだ、リザは操虫棍を振って虫を繰り出した。

 刀身が、虫が、「彼女」の頭部を捉える寸前――

 鼓膜を突き刺す咆哮が。

 

「……!」

「っ!」

 

 二人は咄嗟に耳を押さえる。その行為で、二つの攻撃は封じられてしまった。

「彼女」はもう一度吼えると、先ほどまでに受けた傷などまるで感じていないかのように大きく羽ばたいて、空を飛んでいった。

 

「……逃がしたか」

「えぇ」

 

 呆然と立ち尽くすレオンとリザのもとへ、ソラが駆けてきた。ナナ、タイガも一緒だ。

 

「逃げちゃったの?」

 

 ソラが訊くと、レオンは「あぁ」と頷いた。「でも、エリア移動をしただけみたいだ」

 

「どこへ行ったの?」

 

「方向としては……エリア6か、8だな。もしかしたら、別の方向かもしれない」

 

「そっか……」

 

「そうね……」リザが口を開く。

 

「ん?」

 

「生への執着……というか、何か、切羽詰まったものを『彼女』から感じたわ」リザは澄んだ空を見上げている。「……何か、強い思いがあるのかしらね」

 

「強い、思い……?」

 

「そう。たぶんだけど、そういった感情を感じたわ」リザは言うと、咆哮で吹っ飛ばされていた猟虫を呼び戻し、操虫棍を収めた。

 

 ――「彼女」の強い思いとは、何なのだろうか……。

 ソラは考える。

 なんとしても生きたいのだろうか?

 なぜ生きたいのだろう?

 自分のため?

 誰かのため?

 それとも……

 何かを……、

 誰かを……、

 

「守るため?」

 

 

 

 

 

 

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