モンスターハンター ~碧空の証~   作:鷹幸

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第28話 無双の狩人

 全てを呑み込む、渓流の闇の中、

 切れた雲の隙間から、望月(もちづき)が覗く。

 闇に浮かび上がる、巨大な影。

 月影を受けて煌く、総身の(そう)(りん)

 強靭な四肢の先端で輝く、鋭利な(かぎ)(つめ)

 頭頂部から尾まで続く、黄土色の甲殻。

 突き抜ける風に(なび)く、雪の如く純白の体毛。

 遥かなる天を穿(うが)つ、尖鋭な双角。

 無数に飛び回る黄金の(むし)を引き付け、

「無双の狩人」は(いかづち)(まと)う。

 背電殻が突き立つ刹那(せつな)

 解き放たれるは、蒼き一閃。

 月下に轟くは――(つよ)き雷鳴。

 

 

 

      *

 

 

 

 紅葉が見頃を迎えた頃……、ユクモ村は、観光客で溢れかえっていた。

 良質な温泉が湧き出るこの村では、紅葉の時期に、観光客のピークを迎える。そして、もうすぐ祭りが開催されようとしていた。

 村が賑わう中、ユクモ村のハンターズギルドを兼ねた集会浴場では、物々しい雰囲気が漂っていた。

 

「この村に、かつてない危機が訪れようとしております」村長は、対面するソラとレオンに向かって言う。

 

「かつてない……危機?」ソラが訊き返した。

 

「えぇ……。調査員の報告によりますと、渓流に【ジンオウガ】が現れた、と……」

 

「……ジンオウガ?」

 

「えぇ。普段は、渓流の奥深く……いえ、ここから遠く離れた場所に住んでいるモンスターです。過去にもユクモ村近辺に出没したことはありますが、それも一瞬の出来事で……」

 

「でも、今回は違う、ってことですか?」

 

 村長は、こっくりと頷く。

 

「そうですの。実は、かなり長い間、渓流近辺に滞在していたものと思われます」

 

「どんなモンスターなんですか?」

 

「それは、言葉で聴くよりも文献を見た方が早いでしょう……」村長は、着物の裾から数枚の文書を取り出した。「こちらです」

 

 一枚目には、概要を説明したと思われる文が記されていた。

 

 

 

   ジンオウガ――

   別称、「(らい)(ろう)(りゅう)」。

   またの名、「()(そう)狩人(かりゅうど)」。

   蒼い鱗と堅牢(けんろう)な甲殻を持ち、

   特殊な雷光虫を引き付け、雷を操る。

   強靭な四肢を持ち、

   尖爪の一閃は、

   掠めただけで意識を刈り取る。

 

 

 

 そして二枚目には、絵が描かれていた。天に向かって生えた角、鋭い鉤爪、大きな尾が特徴的に描かれている。

 

「ジンオウガは、とても強力なモンスターなのです」

 

「あ、そうか……」レオンは(あご)に手を当てた。

 

「えっ、何なに?」ソラはレオンの顔を(うかが)う。

 

「その……ジンオウガが現れたから、モンスターが立て続けに現れたんじゃないか……、と思って」

 

「えぇ。ギルドの方でも、そういった見解で落ち着いておりますの」

 

「アオアシラ、ドスジャギィ、クルペッコ、リオレイア……」ソラは指を折って数えている。「みんな、ジンオウガに追われるようにして渓流にやって来た、ってこと……?」

 

「そう。つまり、この地域で生態系の頂点に立つ者、ってわけ」

 

「王様?」

 

「うん、そういう解釈でいいと思う。王が現れたから、皆、慌てたんだろう」

 

「それで……」村長は声のトーンを少し落として言った。「本題は、ここからです」

 

 彼女の言葉に、ソラたちの背筋がぴんと伸びる。何を言われるかはわかってはいても、改められると、やはり緊張感は出てくるものである。

 村長は、ゆっくりと口を開いた。

 

「あなた方に、ジンオウガを討伐していただきたいのです――」

 

 予想通りの言葉だった。しかし、その重みはいつも以上に大きく、濃厚に感じられた。

 

「お分かりのように、村にはたくさんの方がいらしています。皆様に混乱を招かぬよう、早急に討伐していただきたいのです」

 

「そういうことなら……」

 

 ソラは、強い眼差しで村長の目を見る。

 

「任せてください。わたしたちが、必ず、討伐します」

 

「本当に、頼もしくなりましたね……」村長は笑みを浮かべた。「あなたのお父様がいらっしゃったなら、さぞ喜ばれることでしょう……」

 

「あ、そういえば……。最近、お父さんからの便りがないんですけど、村長、何か耳にされてないですか?」

 

「お怪我をなさったという報告もありませんし、お仕事が立て込んでおられるのでしょう。近いうちに戻られますよ」

 

「そうですか……」

 

 最近、ソラは、早く父親に会いたいと思うようになっていた。

 寂しさもあるが、一番大きいのは、以前とは違う自分を、成長した自分を見てもらいたい、ということだった。

 

(ジンオウガ討伐……)

 

 危険な仕事だ、とソラは思う。同時に、この狩猟を達成できれば、自分の成長ぶりをさらにアピールする材料にすることができるとも考えた。

 しかし、そればかりでないのも事実。

 村長は、『かつてない危機』と言った。それは、ジンオウガが、アオアシラよりも、ドスジャギィよりも、クルペッコよりも、リオレイアよりも強力で……、危険な存在であることを示す。

 今までは、何となく狩猟依頼を達成してきたという感じもある(とくに、最近はリザの活躍でまともに大型モンスターとやりあっていない)けれど、今回はそうはいかない……。

 

(ちょっと怖くなってきたかも……)

 

 緊張と恐怖。経験したことのない事態に直面したとき、たいてい、この二つの感情が表層化する。

 最近は緊張こそしなくなってきたものの、恐怖というものは、時を経ても慣れが来るものではない。

 

「それで……」村長が口をきく。「緊急は要しますが、今は落ち着いている模様です。狩りに行かれる時間も、早い方が好ましいですが、しっかりとした準備も必要かと思われますので、明日以降でどうでしょうか?」

 

「そう、ですね……」ソラは少し考える。「今日、ジンオウガを見に行くだけ行ってもいいですか?」

 

「えぇ、構いませんわ。くれぐれも、お気をつけて……」

 

「じゃあ行こっか、レオン」

 

「あぁ……そうだな」

 

 ソラが先陣を切るように歩き出したので、レオンは彼女の背を追う。アトモアイルーのナナとタイガも同行している。

 

(少し、たくましくなったか……)

 

 ソラの後ろ姿を見つめながら、レオンは思った。

 

(本人に『たくましいな』なんて言ったら怒られそうだけど)

 

 ユクモギルドを出たところの石段を下り、彼らは渓流へと続く小道へ入る。ここから渓流のベースキャンプまでは十数分だ。

 

「さすがに、下見はしておかないとまずいよな」歩いて向かう途中、レオンが言った。

 

「――彼を知り、己を知れば……、百戦すともあやうからず、だよね?」ソラは首を捻って、レオンの方に顔だけを向ける。

 

「おっ。難しい言葉知ってるな」

 

「ちょっとは勉強してるんだもーん」

 

 胸を張るソラを横目に、レオンは微笑んだ。

 

「……それにしても、タイミング悪いな。姉貴がまだいてくれてたら、まえみたいにラクにいくかもしれないのに」

 

 前回のリオレイア戦は、レオンの姉、リザの活躍によって、飛竜相手に何の損害も出さずに狩猟を終えたのだ。それも、討伐をすることなく、お伽噺(とぎばなし)のような展開で幕を閉じたのである。

 

「うん……、もしかしたら、わかってて行っちゃったのかもしれないね。わたしのために、この狩りを置いてくれてたとか」

 

「そうだとすれば、随分と厄介な置き土産だな……」レオンは鼻息を洩らす。

 

「でも、わたし、頑張るよ」

 

「ソラ、いつになく気合い入ってるよな」

 

「うーん、最近、サボり気味だからかな……」えへへ、とソラは子どもっぽい笑顔を作ってみせる。

 

「たしかに、それは(いな)めない」

 

「アンタもよね?」レオンたちの後をついていくナナは、横にいるタイガに少しにやついた顔を向けた。

 

「ま、薪割りは上手くなったニャ?」

 

 腰に手を当て、威張るようなポーズを取るタイガに、ナナは「ふーん」と白けた表情を繰り出す。

 

「……な、何ニャ?」

 

「別に。ま……、狩りのときはがんばりなさいよ」

 

「言われなくとも、やってやるニャ!」

 

 そんな会話を展開して、彼らは渓流のベースキャンプに到着した。

 瞬間、(からだ)を取り巻く空気が変わった気がした。

 

「……」

 

 レオンは口を少し開けて、辺りをキョロキョロと見回す。

 ソラも、何かを感じ取ったのか、落ち着かない様子だった。それは、ナナやタイガも同様である。

 

「な……」タイガが口を開く。「なんか、いつもと雰囲気が違う感じがするニャ?」

 

「あぁ、そうだな。確かに、その通りだ……」レオンは、聴覚や嗅覚を少しだけ研ぎ澄ます。

 

 そう遠くはない場所から聴こえる流水の音、風に乗ってやってくる多様な香り……。

 そのどれもが、わずかだが、普段と違っている。

 

(先入観か?)

 

 ジンオウガというモンスターがいると聞かされていたので、そのせいで、いつもとは異なる印象を受けたのかもしれなかった。

 しかし、その違和感は、そこにいる全員が感じ取っている。

 

(つまり、この空気は……)

 

 レオンは(まぶた)を閉じ、体内に溜まっていた気体を口から吐き出す。

 

「……行く前から、すごくおもたぁい感じがするね」ソラが呟く。

 

「そんな気がする、だけで済んだらいいんだけどな……」

 

 悪い勘や予感は、ほとんどの場合において当たる。当たっているというよりは、そう感じることによって、無意識のうちに行動の方向性を決めているのかもしれない。だから、悪い方へことが運ぶのだ。

 

「とにかく、そいつの姿を見てみるまでは何もわからないな」

 

「百聞は一見に()かずだよね?」

 

「その通り」

 

「どこにいるの?」

 

「たぶん……、あのエリアだ。ソラにとって不吉な場所」

 

 レオンのその言葉に、ソラの表情が止まり、背筋がぴんと伸びる。

 

「――」

 

 彼女が唾をごくりと飲み込む音が聞こえた。

 

「…………こわくなってきた」微かな呟き。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「ううん、なんでもない」ソラは首を振った。そして、ぐっと拳を作った手を勢いよく上げる。「それじゃ、ジンオウガの(ツラ)を拝みにいこう!」

 

「……おう」

 

 レオンは、下げたままのソラの手が震えているのに気付いた。

 

(……まぁ、怖いよな、普通は……)

 

 でも、行動や言葉で、その恐怖に打ち克とうとしている。たいした奴だな……、とレオンは思う。

 ほんの数か月前まで、臆病なガーグァみたいだったのに、今は、前しか向いていないブルファンゴみたいだ。

 

(ブルファンゴじゃ悪いかな)

 

 ――そして彼らは、【渓流】に足を踏み入れた。

 

 

 

       *

 

 

 

 渓流、エリア5。

 草陰に身を包んだ狩人たちは、鬱蒼(うっそう)と生い茂る深緑の中に、その姿を捉えた。

 無双の狩人――ジンオウガ。

 四足歩行する、蒼鱗の躰。その巨体が歩くたび、微かな振動が伝わってくる。

 

「――」

 

 あまりの巨大さと、言葉では言い表せない奇妙なオーラに圧倒されて、ソラは言葉が出せない。

 

「どうりで、ほかのモンスターが逃げるわけだ……」レオンは声を潜めて言う。

 

 ベースキャンプ到着時に彼らが感じた違和感――それは、モンスターの気配がまるで感じられないことだった。

 もちろん、ここまでの道中で、モンスターには一匹も会っていない。わずかな変化に敏感な野生のモンスターは、ジンオウガの存在に感づいて、既に逃げてしまっているか、身を潜めているのだろう。

 それだけ、ジンオウガが強力なモンスターであることを示している。

 

「……たしかに、こんなのが渓流にうろついてたら、村の人たちだけじゃなくて、ユクモに来てる皆にも被害が出そうだね……」

 

「ま、ジンオウガのほうも、悪さをしようとして来てるわけじゃないんだろうけど」レオンは、姉の言葉を思い出しながら言う。「被害を抑えるなら撃退するだけでも十分だが、今回ばかりは討伐するしかないよな……」

 

「うん……」ソラは、唇を結んだまま頷いた。

 

「そろそろ帰るか?」

 

「ううん……」ソラは首を振ると、真剣な眼差しをジンオウガに向けた。「もうちょっと、観察してくよ」

 

 数分ほどして、彼女は小さく息を吐いた。

 

「何かわかったか?」レオンが訊く。

 

「あ、え……と、大きさはわかったよ」

 

「ま……それくらいだよな。実際、闘ってみないとわからないことも多い」

 

「あと、特別な雷光虫を引き寄せる……って文書に書いてあったから見てたんだけど、そんな雷光虫なんて見えなかった」

 

「そういえばそうだったな」

 

「雷光虫……って、シビレ罠の材料だったよね」

 

「そうだな。衝撃が加わると放電する性質がある虫」

 

「そんなものを引き付けて、どうするつもりなんだろう……?」

 

「闘えばわかる。そうじゃないか?」

 

 ソラがゆっくりと頷くのを確認して、レオンはエリア5から去ろうとする。その彼に、皆が続いていく。

 雷狼竜にその眼光を向けられていることなど、つゆ知らず……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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