ハンターに助けられてから数日が経った頃。
あたしは、相も変わらず火山へ向かっていた。もちろん、鉱石の運搬のため。
これが、あたしの生きる意味でしかないように……、日常は繰り返される。もう飽き飽き。
―ー火山内部へ進入する。
目前に広がる、流れ出た溶岩の海。何もかもを焼きつくしてしまいそうなその紅蓮からは、見ているだけで熱を感じる。
躰中が毛に覆われたアイルーにとっては酷な環境だけれど、慣れればどうってことはない。でも……、暑いことに変わりはない。
火山の山頂付近で採掘をしている仲間たちの元へ辿り着くと、採れた鉱石を受け取って籠に入れる。そして、元来た道を引き返す。モンスターなんかに出くわさないことを願って。
でも、現実は、願望とは逆のことが起こるもの……。
灼熱のエリアから脱出して、一息ついたときのことだった。
「……!!」
あたしは、危機に直面してしまった。
目の前に、赤い甲殻を纏った飛竜、火竜・リオレウスが現れて……。
「空の王者」とも形容されるそのモンスターに遭遇したが最後、あたしになす術はない。
逃げようにも、足がすくんで動かない。
恐怖だけが、躰を束縛している。
熱気が立ち込めているはずなのに、あたしの躰はとても冷たく感じられた。
冷静にはなれなかった。考える頭も持ち合わせていなかったし、何より、あたしはとても臆病で、何かあるとすぐにパニックになってしまうから……。
リオレウスは、その鋭い眼光をあたしに向けた。
もう、これで終わりなんだ……と思ったそのときだった。
目の前に、2体目のリオレウスが……。
と思ったら、違った。それは、リオレウスの甲殻をふんだんに使った装備を纏った……
「あなた、このまえのアイルーさんね?」
「みゃ……!?」
このまえのハンターだった。大きなハンマーを持っている。
「最近、よく会うわね。……といっても、まだ2回目かしら」
彼女は首を捻って顔だけをあたしに向けていた。
「とにかく、早く行きなさい。私があの邪魔者を片しておいてあげるから」
あたしは、その言葉を信じて、走った。ただ逃げることだけを考えて、走った。
どれくらい走ったのかは覚えてないけど、息も切れ切れになってきたところで、あたしは足を止めた。そして、草の上にへたり込む。
(あ……、危なかったみゃ! ほ、ほんとうに危なかった……)
一瞬、死さえも覚悟したほど。あたしは、本当に臆病でひ弱なアイルーだった。
目を閉じて息を整えていると、足音が聞こえてきた。動く気力も体力も削がれていたから、あたしはそのままの体勢でその場にいた。
「アイルーさん」
声がした。瞼を開いて顔を上げると、そこに、さっきのハンターがいた。
「大丈夫かしら? 随分お疲れのようだけど……」
「……みゃ。だ、大丈夫みゃ」
「そう」ハンターは女神のように微笑む。「ならいいの」
「あ、あの……、二度も助けてくれて、ありがとうございましたみゃ……」
「いいのいいの。たまたまよ、たまたま……」
ハンターは顔の前で手を振ってみせた。
「散歩してたら、リオレウスを見つけちゃってね。レウスと遊ぼうかしら、なんて思ってたら、あなたがいて……。危ない状況かも、と思ったから中に割って入ったの」
「……そうだったんだみゃ」
「それで、あなたはここに来て何をしているのかしら?」
「……こ、鉱石の……、採取した鉱石を運んでるみゃ」
「ん、これね」
ハンターは、あたしの持っていた籠から、鉱石を一つ摘(つま)み出す。
「あぁ……、ルミナライト鉱石。高値で取引されている鉱石だわ……」
ハンターは、鉱石に見入っていた。
もしかして、このハンターに脅されて鉱石を盗られてしまうのではないか――?
そう思ってしまったあたしは、無意識のうちにハンターの手から鉱石を奪うようにして取った。
「……」
ハンターは目を丸くしていたが、すぐに穏やかな表情に戻す。
「……私は盗らないわ。あなたの大事な商品でしょう?」
「みゃ……。ご、ごめんなさいみゃ……」
「ふふ、気にしなくていいのよ。大事なものは、盗られたくないものよ」
大事なものだから、っていう理由は不適切だと、そのときに思った。本当は、「鉱石を運べなかったら、あたしが怒られる」から……。でも、そんなことは言わなかった。
「そうそう。あなた、お名前は?」
「みゃ?」
「名前。名前はないの?」
あたしは、黙り込む。あたしに名前なんてないから。
「……名前はないみゃ。仲間からは、『黒いやつ』とか呼ばれてるだけみゃ」
「あら、名前はないのね。そう……なら、私がつけてあげましょうか」
「……みゃ?」
あたしは、思わずハンターの顔を見た。少し真剣な面持ちをしている。
「あなた、女の子よね?」
訊かれたので、あたしは頷く。
「じゃあ……『ナナ』、なんてどうかしらね?」
「ナ……ナ、みゃ?」
「そう、ナナ。アイルーさんには発音しにくいかしらね?」
「ううん、大丈夫みゃ。でも、どうして、ナナっていう名前なのみゃ?」
「可愛い名前でしょう? 女の子らしくって」
可愛いかどうかは分からなかったけど、『名前』を生まれて初めてもらえたことが、あたしにはうれしかった。ハンターが微笑んだので、あたしもつられて笑顔になる。
「ふふ。それじゃ、これからあなたのことはナナって呼ばせてもらうわ。よろしくね?」
「よ、よろしく……みゃ」
嬉しくも少し戸惑いつつ、あたしは返事をした。
「……あ。私の名前、教えていなかったわね」
そう言うと、ハンターは胸に手を当てた。
「私はエリザベス。呼ぶときはリザでいいわよ」
「リザ……みゃ?」
「そう」リザは、ゆっくりと頷く。「それじゃ、改めて。ナナ、よろしくね!」
「よろしくみゃ。……リザさん」
そうして、あたしはリザと知り合った。
(3)へ続く