属性マシマシ悪役TSっ子が頑張る話。   作:働かない段ボール

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本日三話連続投稿(1/3)です。


ちょっと昔の話編
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【N.C. 992】

 

とても長い間、深い眠りについていたような気がする。でも、満たされずにどこかぽっかりと穴が開いている。

 

 

「……ラス、アコラス。大丈夫?」

「ううぅっ…………」

 

誰かに呼ばれて目を覚ますと、ベッドの上だった。目の前には女性の心配そうな顔がある。

 

「ここは……」

「病室よ。あなた、実験中に倒れてしまったの。覚えてる?」

 

頭がまだぼんやりとしていて、考えがまとまらない。

 

「じっけん?」

「そう。今はあなたの分だけは中断してるわ。……やはり、肉体の強制成長には負荷がかかるわね」

 

そもそも、この人は誰だろう。でも昔どこかで会ったことがあるような。

 

「まだ熱も下がっていないわ。もう少し寝ていなさい」

 

女性はそういうと部屋から出ていった。

 

「…………」

 

オレは今まで何をしていたんだっけ。

 

なんだか慌ててしまって、ベッドから起き上がろうとすると、頭がくらくらする。再びベッドに倒れこんでしまったので、今度は手をついて上半身を起こした。

 

周りには誰もいない。

 

ふと、鏡が目に入る。

 

そこに写っていたのは、

 

「おんな、のこ……?」

 

顔立ちに既視感のある5、6歳ほどの小さな女の子だった。

キョロキョロと周りを見渡してみても、その女の子はいない。

手を見ると、自分が知っている手のひらよりもだいぶ小さい。

 

もう一度鏡を見る。

 

ベッドから上半身を起こした女の子だ。

 

自分の頬をつねると、鏡の中の女の子も同じ様につねっている。痛い。

 

……まさか。

 

今度は喋ってみる。

 

「お前は誰だ」

 

鏡の女の子も同時に口が動き、ムッとした表情だ。

 

……………………。

 

「まさか……オレ?」

 

あれ?オレって女だったっけ?

いやいやいやいやいや、男だ男。しかもデータによると13歳くらいだったはず。

 

……なんのデータだったっけ。

 

なんだか頭の中の記憶があちこち穴抜けしているみたいで、現状にものすごい違和感を感じる。

しかし、オレは男だ、と心のどこかが告げている。

 

もしかしたら、見た目が女の子に見えるだけかもしれないな!

 

……おそるおそる下半身に手を伸ばしたが、ない。

 

 

「オレ、女になってるぅぅぅうううう!?」

 

オレの絶叫に驚いたさっきの女性が再び部屋に入ってきた。

 

 

 

絶叫したのをなんとか誤魔化し、今の状況を整理する。

 

その一。オレは男だったはずが女になっている。

その二。年齢は確か13歳だったが、今は5、6歳ほどの外見。

その三。今いる場所やさっきの人には見覚えがある。ただし昔。

その四。女の子の顔立ちには既視感がある。自分を幼女にしたらこんな顔だし、どこか懐かしさもある。

 

……さっぱりわからない。

でも何か、大切なことを忘れている気がする。

 

 

とりあえず、女性に質問してみることにした。

 

「あの」

「どうしたの?」

「オレって、実は男だったとか、そんなことありました?」

「確かにあなたは誰に習った知らないけれど、普段荒っぽい口調で男の子みたいよ」

 

彼女はそう言ってクスクス笑う。

 

「男の子みたい?」

「でも女の子なんだから。前から言ってるでしょ?今みたいにもう少し丁寧に喋りなさい」

 

……どうやらオレの事を知っているこの女性は、元からオレが女であったと認識しているようだ。

 

「体のどこか、痛いところはない?」

 

そう言って、女性は優しくオレの頭を撫でた。

 

同じように前にも、誰かにこうやって─────。

 

「……せんせい」

 

そうだ、そうだった。

 

この人は『先生』だ。

小さい頃は実験とか研究の合間をぬって、たまにオレたちと一緒にいてくれた。

 

でも、3年前に死んだはずだ。

 

そこから、一気に記憶が頭の中を駆け巡る。

 

物心つく前からずっと、■■■■とオレは『研究所』にいた。

オレと良く似た女の子。

ずっと一緒だったから、オレたちは二人で一人だと思っていた。

でも3年前に研究所が襲われた。

■■■■とオレ以外は皆いなくなった。

オレは、■■■■が庇ってくれたから、たまたま生きていただけだった。

 

二人で一人なんかじゃなかった。

 

オレはいらなかったんだ。

 

でも、それからも■■■■が必要だって言ってくれたから、オレはいた。

 

■■■■は明るくて元気で、なんでオレのことを必要だって言ってくれたのか理解できなかった。

 

思い出せる最後の記憶は、二度と会えないお別れの記憶。

 

いっぱい人が死んじゃうのを防ぐために、自分にしかできないことをするって、そう言っていなくなってしまった。

 

悲しくて悲しくて涙がこぼれる。

 

なのに。

 

「やっぱり、どこか痛いの?」

 

大切なあの子の名前を、思い出すことができなかった。

 

 

 

ポロポロと涙をこぼしたオレは、先生を慌てふためかせてしまった。

 

「とにかく、健康状態のデータはこっちで勝手にとるけれど、今日はもうゆっくり寝なさい」

 

先生はオレにそう言って、寝かしつけようとする。

 

「せんせい。今って、いつ?」

 

混乱の中、日付を聞けば、返ってきたのは8年前のものだった。

 

それ以外にも聞きたいことはまだたくさんあって。

 

「オレ以外のほかの子は……?」

「他の子?ああ、彼らはもう別の実験を終えて経過観察中」

「オレと、似た顔の子……」

「へ?」

 

オレの発した言葉に、先生は何を言っているのかさっぱりわからない、という顔をする。

 

「似た顔の子なんて、他の被験体にはいないわよ?」

 

いない?

 

「そんなはず、ないよ!」

「わっ、ちょっと!?」

「だってずっと一緒だったんだ!」

 

オレは先生の手を両手で強くつかむ。

強く、つかんでしまった。

 

ゴキッと嫌な音がする。

 

あっと思ったときにはもう遅かった。

すぐに手を離すも、悲鳴を上げて先生はしゃがみこんでしまう。

 

「あ、あ、あ…………。ごめ、ごめんなさい……」

 

元々の高熱のせいか、今の出来事のせいか、目の前がぐるぐるする。

 

心臓の音が嫌なほど聞こえる。

 

「……いいの、こっちは利き手じゃないから」

 

幻覚や興奮の作用もあったのかしら、と呟きながら先生は立ち上がる。

 

「大丈夫、大丈夫よ」

 

と優しく言って、サイドテーブルに置かれたコップに入った水となにかの薬を渡してきた。

優しい言葉にオレはなんだか安心して、水と薬を飲んだ。

 

すると、なんだか目蓋が重くなってきて、オレは再び眠ったのであった。

 

 

 

また目を覚ましても、オレは女のままだった。体も小さいが、一回起きたあのときよりも、少しだけ大きくなったような。全身がとにかく痛かった。

 

今日部屋にやってきたのは、先生ではない別の人だった。食事を持ってくるとさっさとどこかへ行こうとする。

呼び止めて日付を聞いた。

その人は話しかけられたこと自体に驚きながらも答えてくれた。

 

やはり、オレの頭の中よりも8年前のものだった。

 

まだこの部屋にしかいないが、見た限りどこか壊された形跡はないし、先生も他の人も生きているみたいだ。

 

「過去に、戻った……?」

 

うすらぼんやりと頭の浮かんでいた言葉が漏れる。

 

誰かに騙されているのかもしれない。

未来のことも、あの子のことも全部オレの妄想なのかもしれない。

 

でも、もし、本当に時間が戻っているなら、オレはもう一度やり直せる。

 

8年後の、あの子と別れてしまった最後の記憶を塗り替えることができるかもしれない。

 

今から5年後に起こる襲撃から、あの子と同じように誰かを助けて守ることができるかもしれない。

 

そうすればあの子のことをもっとしっかり思い出して、理解することもできるかもしれない。

 

 

 

でも、ここが過去なら。

 

あの子はどこにいってしまったんだろう。

 

オレの心はどこかぽっかりと穴が開いたままだった。

 


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