※残酷描写あり
【N.C. 992】
高熱を出して倒れてしまったらしいオレは、経過観察ということで実験の予定はキャンセル。しばらくゆっくり休むようにと言われた。
すでに経験した過去の世界でも、同じように実験と称して色々なことをされていた気がする。
このように昔に思いをはせて現実逃避しているが、実際のところ全身が痛い。
なんだか眠るたびに成長している気がするのだ。
最初に目が覚めたときは5、6歳だったのに、今はもう8歳くらいになった体を見る。
でも、案外好都合かもしれない。
何か行動を起こすにも、少しでも体が成長していた方が便利だろう。……女になっちゃったのは不便かもしれないけど。
全身を走る痛みに堪えて、オレは今いるベッドの部屋から抜け出すことにした。
ベッドからいそいそと出て、扉が開くか確かめてみる。
……どうやら鍵はかかっていないようだ。
そのまま扉を開けて廊下に出る。
廊下は特に装飾もない、無機質な空間だった。オレがいた部屋以外にもいくつか部屋がある。
オレは過去の世界の記憶から、この場所をよく知っていた。
たぶん少し移動すれば、先生のいる部屋があるはずだ。
そうだ、先生に未来のことを話してみよう。もし、ここが襲われて皆が死んでしまうと知ることができたら、事前に何か対策できるかもしれない。
幸い研究所内にいる人は忙しいようで、部屋の中から何か音はするものの、廊下を出歩く者はいなかった。
記憶の中のルートから、最短で先生の部屋にたどり着く。
そっと扉を開けると大量の書類の中に先生が埋もれていた。
「先生!?」
オレが思わず声を上げると、先生はのろのろと動き出して山から出てきた。
「はーい、どなた……ってアコラス!?」
先生はオレがつかんでしまった方の手には包帯が巻かれており、胸が痛んだ。
「あなた、ここまで一人できたの?」
「うん」
「あら……」
先生は書類で不安定な山を築き上げていく。
これはまた先生が山に埋もれてしまうのではと、ハラハラしてしまった。
そのとき、書類の山の中に花があることに気がついた。
「これ、きれい……」
「ああ、それね。私たちの国の言葉でなんていうかは忘れたけれど、どこかの国の言葉でアヤメっていう花よ。しかも花瓶は落としても割れない、とっても堅い優れもの。お気に入りだわ」
「アヤメ」
オレが花を見つめていると、先生は一旦手を止めて聞いてきた。
「具合はどう?毎日の健康状態から、あともう少しは急成長しそうだけど」
「ちょっと、全身が痛い」
一体オレの体に何をされてしまったのかはわからないが、まだ少し大きくなるらしい。
しかし、それはそれだ。
「せんせい、話したいことがあるんだ」
「うん?何かしら?」
「今から5年後にここが襲われて皆死んじゃうんだよ」
「……うん?」
「ここが変なやつらに将来襲われちゃうんだ」
「えーと、怖い夢でも見たの?」
「違う、ほんとに起こるかもしれないんだ」
「……じゃあ、その襲ってくるやつらっていうのはどんなやつらなの?」
「え?えと、確か……。そうだ、アバドーン!アバドーンっていうのが襲ってくるんだよ!」
『アバドーン』という単語を耳にした瞬間、先生の顔色が変わった。
「私も他の誰もアバドーンのことなんて、教えていないはず……。もしかして本当に」
何かブツブツと呟き始める。
「万が一未来のことがわかったとして、原因は何?魔力子は時空に作用するなんていう説があったけれど……。アコラスにはいくら外部魔力子を注入しようにも受け付けず、空っぽなことはさんざん調べたし。じゃあ原因は魔力子じゃなくて未知の現象?まさかこの前の実験でやったことが作用したのかしら」
今度は書類を漁り始めた。積み上げた山は再び崩れる。
もうこちらの方には見向きもしていない。一心不乱に資料を見ている。
これ以上オレから何か話すのは無理そうだ。
他に行けるところはあるだろうか。
オレはこっそりと先生の部屋から出ると、他に行った覚えのある場所へ足を向けた。
それはどこかというと『実験室』である。
実験室は先生の部屋と同じ階にあり、ガラス越しに見えるようになっている。このガラスは特別製との話で、非常に強い衝撃にも耐えうるらしい。
前回の世界で研究所にいたときは、この実験室で皆ひと暴れして、大人たちは何かを調べていた。
実験室の内壁もガラス同様特別製であるらしく、外からの攻撃でも一番安全なのは実験室と言われていた。アバドーンに襲撃されたときは、ここに逃げる前に皆殺されてしまっていたが。
実験室の出入口の近くまで来ると、中から5人の子供が出てきた。
こちらに気がつくと、静止されるのも構わず走り寄ってくる。
「あー、このまえ、バタってなっちゃったやつだー」
「いつもせんせいにベタベタしてるアコラスだよ」
「確かこいつだけ魔術使えないんだろ」
「え?なんでまじゅつ使えないの?」
「魔力子をまったく持ってないんだって」
……こいつら誰だっけ。
急に囲まれて困惑しているオレに、一緒にいた大人たちが話しかけてきた。
「勝手に部屋からでてきたのか。あそこの管理者は……。はあ、あのズボラめ。君、部屋に戻りなさい」
「本来ならこんなにホイホイ出歩かれてしまっては困るなぁ」
「しかし、もう動けるようになったのか。強化の魔術も使っていないのに驚くべき身体能力だ」
「やはり根本的な肉体のスペックを上げることもいい結果が得られそうだ」
子供だけでなく大人にもじろじろ見られて居心地が悪い。
そうしているうちにオレは手を引かれて、元いた部屋に戻されてしまった。
戻るとき振り返って確認したけれど、あそこにいた子供たちは誰一人、オレに似た子はいなかった。
§ § §
もう何日も部屋の中で過ごしている。扉には鍵が掛けられてしまい、一回無理やり壊したら、今度はもっと頑丈な鍵をつけられて開かなくなった。
毎日先生は会いに来てくれた。手のことは再び謝ると、いいのいいの、と言ってくれた。
先生は未来のことを聞いてきたので、たくさん喋った。でも、未来になればなるほど記憶が完全ではなくて断片的なことしか伝えられなかった。とりあえず、たくさん戦ったことだけは覚えていたのでその話はした。
体も気がつくと10歳くらいになっていた。
先生は、
「これでもう打ち止めね。あとは通常通りの成長スピードのはずよ」
と言っていた。ずっと感じていた全身の痛みは次第に引いていくそうだ。
先生は頭が良さそうだから、きっと何か閃いたはずだ。最初に未来のことを教えたときも、色々難しいことを言って何か調べていた。
先生が何とかしてくれるのでは、とオレはひそかに期待していた。
そうして、痛みも引いて体の違和感がなくなり、先生の手の包帯も取れた頃。
研究所内に突如爆発音が響き渡った。
驚いて部屋から出て様子を窺おうにも、扉は鍵がかかっていて開かない。
むぅ……。
あ、そうだ。鍵が壊れないなら、扉を壊せばいいんだ。
部屋の中はそこまで広くないけど軽く助走はつけられる。
オレは目一杯の助走をつけ、扉に向かって飛び蹴りをした。
すると、音を立てて蝶番が壊れる。扉は本来の開閉とは反対側のところが開くようになった。
廊下に出ると、辺りは煙が立ち込め、どこからか悲鳴が聞こえる。
オレは悲鳴の方向に走って向かった。
階段をかけ下りたところで、そこには化物としか言えない、大人の1.5倍ほどの大きさのぶよぶよした『何か』がいた。
こちらには背を向けていて気がついていないようだ。
訳もわからぬまま息を殺して、踊り場に隠れる。
その化物は人と同じ様に腕も足も頭もあった。しかし、本来腕があるべき場所とは別のところ、背中からも腕が追加で一本だけ生えている。
三本の腕で何かを押さえつけて、ぐちゃぐちゃと食べている。
ふと、怪物の体が動き、何を食べているのかが見えた。
見えてしまった。
「あ、う…………、あれ、ひ、ひとが」
そこには人だったものがあった。
頭も腕も食いちぎられたのか、引きちぎられたのか、どこにも見当たらない。
ただ、赤色だけがよく映えていた。