2-1
【N.C. 998】
「お師匠、ハンカチ持ちました?忘れ物ありませんか?」
「そんなもん知るか」
「鏡見て身だしなみ整えました?第一印象は大事ですよ、ってまた僕が用意した鏡に布かけて」
「うるせー、嫌いなんだよ鏡」
「お師匠は野生の動物か何かなんですか?」
首都の外れにある古びた集合住宅の一室を借りることのできたオレは、国家魔術師第三課と初顔合わせする日を迎えていた。
グレイがいちいち面倒なので、しっしっと追い払いつつ家を出る。
ちなみに猫はだらだらと寝ていた。
この国の首都は人口も集まっているが政治や行政の機能も集まっている。
軍の敷地もあり、国家魔術師の各課の本部があるのだ。
オレが3年に渡る学校生活の末、所属する第三課もそこに存在する。
第三課は、主に最前線で戦う第一課に必要な情報を集めて渡すことでサポートすることが目的で、最も早くにできた国家魔術師の課の1つである。
しかし、後発である、対魔術師に関する情報を一手に引き受ける情報課、第一課の直接的な支援を担当する第二課とやることが被っており、なおかつ、この二つの課よりも専門性が低い。
よって先にできたはずの第三課は後に名前がついたときは『第三』となり、いつしか中途半端な課としてその存在価値も薄れていった、というわけだ。
首都だけで魔術師の力が必要な事件が起きるわけでは当然ないので、もちろん地方にも各課の支部はある。しかし第三課は支部がない。あるのは本部のみである。規模が小さいと聞いているがどうなんだろう。
前回の世界では一切関わりを持たなかったのでその全容は謎である。存在を知ったのすら直近3年前だ。
正門で地図を渡され、それを頼りに第三課のある建物に向かう。
一部慣れた道も通って歩いていくと、
「……本当にここなのか?」
明らかにひとつだけボロくて小さい二階建ての建物があった。
入り口らしきドアに近づくと、雑に『第三課』と書かれた紙が貼ってある。
たぶんここであってると思うのだが……。
道に迷ったふりをして他の施設に忍び込むか悩んでいると、突然ドアが開いた。
「おうおう、うちから出るものはなんにもないぞー!なんか文句あっかー?」
中から出てきたのは20代半ばくらいの女性だった。地図を手にしたオレの姿を目にするとあれ?と首をかしげたあと、ポンッと手をうち、
「あー!もしかして今日から来るっていう新人の子か!はい、じゃあ入って入ってー」
とオレを招き入れる。勢いに押されるままオレは建物に足を踏み入れた。
そこには机が5つほど置いてあり、招き入れた女性以外に人はいない。
「あと1人、ローザ課長っていうこの課で一番偉い人がいるんだけど、まだ来てないんだ」
「あと1人?他の人は?」
思わず聞き返す。
「いないよ!」
「……は?」
「私ウィステと、課長、そしてあなた、えーと名前はアコさんだっけ?これで第三課は全員だよ」
全部で3人しかいない気がするのだが、気のせいなんだろうか。
早くも不安を覚えるオレに、ウィステと名乗った女性は胸を張って言った。
「気軽にウィステ先輩と呼んでくれたまえ?」
「は、はあ。アコです、よろしくお願いします」
ひとまず挨拶をすると、そこからウィステ先輩はマシンガントークを始めた。
「去年までもう1人いたんだけど辞めちゃって。課長がわざわざ総訓演習手伝いに行って欠員補充探してきたのが、あなたってわけ。課長がちょっとひねくれてるけど良い子そうなの見繕ってきた、って言ってたからどんな子かと思ってたけど、かわいい子が来てくれてよかったよ!」
「かわっ、いや、ひねくれて、って」
「課の人数公表しないからね、この少なさ驚く人も多いよ。そもそもそんなにここ人来ないけど。そうそう第三課ってあんまり有名じゃないし、表にでないし、やることわかんないよね。課長はサボり魔だから、さっさと私がレクチャーするね!」
「え、あ、おねがいし」
「基本的には第二課と情報課の下請けだから、楽々事務作業だよ。何のために学校行って試験突破したのかわからない感じになるときもあるけど。全くもって魔術師らしくないけど。じゃあ、早速そこ座って。はい」
「ます……。はい」
ウィステ先輩に促されるまま、空いている机のところに座ると、資料を複数手渡された。
中を確認すると国内に潜伏するテロリスト団体、主にアプシントスについての物のようだ。こんなに軽々しく渡していいのか、これ。
オレがまじまじと資料を見ていると、
「これを端っこの番号順に並び替えてね」
「……並べました」
「左上を机にあるステープラーで留めよう」
「留めました」
「第二課にそれを持ってけば、今日の仕事は終わりです」
一仕事終えたと言わんばかりにウィステ先輩は自分の席についてお茶を飲み始める。
「いや終わりって。まだ午前中なんだが」
思わず丁寧な言葉遣いをし忘れてツッコんでしまった。
第二課はそこまで遠いところにないので、往復してもお昼前には終わるぞ。
しかしウィステ先輩は、
「ではアコ後輩、行ってくるのだー!」
大きく手を振って、そのあたりを完全スルーした。
えええ……。
実は第二課が資料を受け取るのをすごい渋るとか、そういった弊害があるのかと勘ぐっていたものの、あっさりと資料は受理された。
第一課と第二課はすぐ隣にあるので、面倒なことに巻き込まれる前に、今日はすぐ第三課の方へ戻ることとする。オレと同様に新しく配属となる人間がやってくるのがどこの課も今日なのだ。今日を越えれば地方支部にも分散していくので会う確率は低くなる。
敷地内を歩くが、この時間帯人とはほとんどすれ違わない。
道中いくつかの施設があるが、この区間は迷うほど複雑でないため、順調に来た道を帰る。
しかし、とある建物の前に佇んでいる黒髪の少女を見つけてしまった。
オレに気がついた様子もないので、目をそらそうとすると、タイミングよくこちらに振り向いた。
目があってしまう。
「…………」
「…………ねえ」
しかも話しかけてきた。
今まで話したことなかったよな!?
「私、道に迷ってしまって」
そう話す彼女は、学校時代全く会話のなかった自由人、ネロであった。
「どうしたらいいんだろう……」
ネロは空を見上げてぽけーと呟く。
それはこっちの台詞だ。
オレは周囲を見渡したが、周りに押し付けられる人がいなかった。
この自由人、厄介なことに方向音痴なのである。恐らく初見のこの場所では、このまま放っておけば日が暮れても目的地にたどり着けない可能性大だ。
ネロはフラフラと歩き出した。しかし彼女の目的地であろう方角とは真逆だった。
「おい!」
ついオレは彼女に話しかけてしまう。
「第一課はここをまっすぐ行って、三つ目の角を曲がって進む!そうすれば、建物が見えてくるはずだ」
ネロはゆっくりとまばたきをして、
「ありがとう」
と、一つ目の角を曲がろうとする。
「そこじゃない!あああ、もう!」
結局、彼女の道案内をすることになってしまった。
「いいか、ここまでいけば大丈夫なはずだ。あの建物だぞ?あそこに向かって歩くんだぞ?」
「ありがとう、盾壊した人。名前は……」
「頼むからそのまま忘れてくれ。じゃあな」
オレはここまで来れば大丈夫だと思われる場所までネロをつれてくると、さっさと別れようとした。
「お!ネロ!やっと見つけた。いままでどこ歩いてたんだ?」
「あ、ヴァイス」
ここで保護者登場である。なぜもっと早く来なかった。
完全に重心の動きを後ろ向きにしているオレに、ヴァイスと呼ばれた男は、
「もしかして君がネロをここまで連れてきてくれたのか?」
と声をかけてきた。
オレが何か話したり動いたりする前にネロが、
「親切だった」
などと余計な口をきく。
「確かリーンの友達のアコさんだったよな」
「盾壊したアコ」
その話はもうやめろ。
「そうか、君もこの近くに配属だったのか。……リーンやレドには時たま顔見せてあげてくれると嬉しいな」
「アコは普段どこいるの?」
「誰が教えるか。じゃあな」
オレはそう言って、今度こそ立ち去った。
「アコ後輩お帰り~、ちょっと時間かかったみたいだけど大丈夫だった?」
第三課に戻ると、見送ったときと同じ位置に陣取るウェステ先輩がいた。
「うわ、どうしたの?すごい気難しい顔して。あ、そうだ。さっき課長が来て帰っていったよ。はいこれ課長から」
「なんですかこれ」
ウィステ先輩は立ち上がってこちらに来るとよくわからないものを手渡した。
「さあ?それで、第二課に渡したときに返された書類はここ入れておいて。私はもう帰るから。それからこれ、ここのカギね。一人一つずつ。最後に出る人は戸締まりお願い。お先に失礼しまーす」
そう言うや否やウィステ先輩は風のように去ってしまった。朝来て昼帰るとか、ここの労働時間はそうなってるんだ。
一人残された室内は非常に静かであった。
女の子書くの楽しいです。