【N.C. 998】
街中で突如上から降ってきた瓦礫や死体。
上を見ると、オレたちが立っている横の建物の上層階が破壊されていた。
たしかここは宝石店だったはずだ。
「おいおい、なんでもう軍人がいるんだよ。なぁ?」
上から声がする。破壊された建物の中から一人の男が身を乗り出していた。
オレたちは軍服のまま歩いてたから一発でわかっちゃったのか。
「首都で白昼堂々強盗!?こんなの、すぐに憲兵が来るよ!!?」
ウィステ先輩が暫定強盗犯に向かって叫ぶ。
「ひひひ、そんなことにはならないんだよ!残念ながらなぁ!」
男が飛び降りるとともに、こちらに一気に氷の波が迫ってきた。
「ぐえっ!」
体格はオレより少し大きいくらいなのでウィステ先輩を抱えて逃げる。
男はじゃらじゃらとした音をならす袋と杖を持っていた。袋の口からは貴金属類が見えている。
杖は発動した氷の魔術から察するにMARGOTである。おそらく違法に所持している物だろう。
この強盗犯、飛び降りてきたところから見るに、身体強化も使えている。
「先輩は戦うの得意か?」
「いや、後方支援が専門だから……、正直戦闘は基礎しか」
「わかった、じゃあできることやって」
「ぐえっ!?」
斜め後ろに投げる。あんま人に触ってたくないし。
「こんなガキが軍人……、魔術師か?」
「どうだろうな」
「まあいい。MARGOTも持ってない魔術師なんて怖くねぇ。お前も殺してさっさとトンズラ」
ガキンッ!
頭を狙ったオレの蹴りは氷の盾で阻まれた。
「ちっ」
「んなっ!!?いきなりてめえ!」
ここは軍のお膝元だし、国家魔術師も一定数いる。オレは他の魔術師が来るまで、こいつを適当にとどめておけばいい。
しかし、オレの蹴りに反応して防御するなんて。魔術の展開が速い。
退勤してるから支給されている銃など武器の装備はない。そもそも現場に出ない第三課は支給されないが。
っと!
「くそが!」
今度は氷のつぶてが飛んできた。
後方に飛んで避ける。
ざっと回りを見渡すと、一般人はウィステ先輩がうまく逃がしてくれているらしい。
強盗犯に襲われた建物内はどうなっているかはわからない。
目の前の強盗犯はかなり興奮状態のようで、意識をオレに向けている。
アバドーンの男が言っていた『この地にて素晴らしい偉業を成し遂げようとしている者がいる』ってのはこれのことか?
いやしかし、それにしては小物っぽいな、こいつ。その辺のチンピラっぽい。
それとなく話を聞ければいいが、会話で引き出すにはオレのコミュニケーション力が足りない。
なるべく殴り殺さないように気を付けないと。
強盗犯と距離を取りながら、氷のつぶてを迎撃していると、
「なに呆けてんだよ!」
幅の狭い氷の波が一直線にやってきた。
さて、魔術師というのは基本的に近接戦闘だ。
魔力子が保有物質表面から遠ざかると拡散してしまうことから、魔術は体やMARGOTの近くでしか発動できない。
じゃあ、銃や弓で遠くから魔術師を攻撃すれば一方的に鎮圧できるかというとそうでもない。ある程度の魔術師なら身体強化などの魔術が使えるので、着弾箇所を防御されたり、避けられたり、はたまた遠くから撃っていても接近されてしまう。
全く効果がないというわけではないのだが、魔術師には魔術師をぶつけた方が手っ取り早いとされている。
結果、近接戦がセオリーとなっているのだ。
ただし、近距離の例外は存在する。
一つ目は、氷のつぶてのように、一旦発動した魔術生成物を投げたりするとき。これは遠くにいっても拡散しない。
二つ目は連続体のとき。手のひらの上5mに火の玉を魔術で作るのは難しいが、手のひらから高さ5mの火柱なら立てることはできる。ただ、あまり大規模にやっていると魔力子の消費が激しい。
三つ目は魔力子を保有できる特殊な素材『魔鉱石』でできた弓矢や銃弾を用いたときだ。魔鉱石はそれなりに高価なので、使い捨てにはできない。仮に弓型や銃型のMARGOTを使用するなら、弓矢がブーメランのように戻ってくるように魔術を発動させなければならないだろう。これは非常に困難なことから、使う者はほとんどいない。
距離と言えば、最近は無線とかいう機械を使うと離れた距離での会話ができるらしいが、これはなにか魔術に関係あるのだろうか。きっとグレイあたりに聞けば、怒涛の勢いで話しそうな気がする。
ということで、今迫っているのは氷の連続体だが、生成した氷の操作精度はそれほど高くないらしく、オレの避ける動きに対応できていない。
このような精度の荒い連続体の対処法としては、途切れさせて暴発させることがあげられる。
オレは側面に回り込み、手ごろな瓦礫を強盗犯の氷が生成される手前部分を狙ってぶん投げた。
「なんだと!?」
よし、命中。当たった部分が割れた。
瓦礫によって連続体が途切れたため、その先の氷は伸びず、杖の方に氷が暴発する。
慌てたところを距離を詰めて死角側から殴った。しかしこれも氷の盾に直前ではばまれる。精度は雑だが、反応速度がおかしい。
うげ。
中途半端な威力のパンチだったので、氷の盾を壊すことができず、さらには接触したところが凍り付いていく。
とっさに距離を取るも拳が凍ってしまった。まるで氷のグローブをつけている感じだ。
「すばしっこいガキが……。だが、体の一部凍らされれば動きも鈍るだろう」
また氷のつぶてが飛んできた。
凍った方の拳でかばうと少し氷が削れる。
なるほど。
凍っていない方の拳で、拳についた氷をグーで叩いていく。すると氷にひびが入って、ボロボロと崩れ出した。そこから無理やりはがすと一部手の皮と共に氷がとれる。
「しょ、正気か!?」
若干血が出ているが行動に問題ない。というか拳凍ったままでも殴る分には問題なかったな。むしろそっちの方が硬い。あとではがせばよかった。
「お前、随分おしゃべりだな。オレの手凍らせる前に自分の口、氷で固めたら?」
「このクソガキ……っ!」
「アコ後輩聞こえる!?」
唐突に声が聞こえた。しかし、近くにウィステ先輩の姿はない。
「聞こえてるみたいだね!とりあえず報告!別の場所でも暴れてる人がいてそっちに憲兵達は回ってるみたい。もうしばらくしたらアコ後輩の方にも増援が来るから!」
どうやら先輩は何らかの魔術で遠くからオレに声を届けているようだ。仕組みはさっぱりわからない。
同時多発ってことは計画的なのか?
「お前のお仲間、今憲兵たちに捕まってるらしいよ」
「そんな嘘に騙されるかぁ!」
ブラフをかけるも逆上。話が通じないが、雰囲気から察するに遠くで暴れているのは仲間か。
「なめんじゃねえぞ、この!」
扇状に一気に氷の波が形成された。雨上がりのため、足場が悪いのに加えて、氷の迫る勢いが想定よりも早い。避けきれず足元をがっちり凍らされてしまった。
「ようやく捕まえた。今までの様子を見る限り、身体強化以外使えないみたいだな。……あとはじっくり嬲ってやる」
動けなくなったオレを見て、強盗犯の男はこちらにむかってくる。
こいつ強盗が目的っぽいのに、オレをぶち殺す方に目的が変わってないか?頭に血上りすぎだろ。それに普通に殺すなら全身凍らせる方が早いと思う。
というか、今足元凍らされたことと言い、この前の拘束したと思ったら火で脱出されたことと言い、最近オレしょうもないミス多いな。やるなら確実にやらないと。
さてどうしようと一瞬考えをめぐらせる。
「十分痛め付けてから殺してやるよ……!」
距離にして2m。男が杖を振り上げたところで、
バキッ!
「どわぁぁぁぁぁああああっ!」
オレと強盗犯の間に人が飛んできた。
杖の先から形成された氷が、炎によって一気に融解を通り越して昇華されるのが、背中越しに見える。
突然人間大砲並みに割って入ってきた、その人物は、
「リーンのやつ、思いっきりぶん投げやがって……」
レドだった。
手に持っている両刃剣からは炎が上がっている。
「ま、魔術師の一人や二人増えたところで、このオレをどうにかできると思うな!」
強盗犯の男はそういいながら、一度こちらから距離をとった。
オレもそさくさと動いて手頃な瓦礫を拾う。足につく氷が重たい。
「ちょっと待ってろ、今動けるように……あれ?ちょっと待って?移動してる?」
「お前が吹っ飛んでくる直前に無理やり足を引っこ抜いた」
「氷魔術の拘束を力業で解決してる人初めてみたんだけど」
本来なら魔術によって発生した氷は、レドのように炎によって融かすのが対処法だが、あいにくオレはそんなことできない。
そのため、力いっぱい足を抜く動作をしたところ、足の回りについた氷ごと取れたわけだ。
レドの後ろから、瓦礫を強盗犯に向かって投げる。
「うわっ!?」
「うおっ!!」
するとバキッという音とともに氷の盾が展開されて防がれた。
「後ろから投げるなら、せめて俺に一声かけてくれ……」
「それよりお前、見たか?あの反応速度」
「え?ああ、めちゃくちゃ展開が速いな」
やはり異常な速さだ。それに、さっきからバンバン大規模な氷の生成を行っているのに、魔力子が切れる様子がいっこうにない。
どうみてもただのチンピラなのに、何者なんだこいつ。
オレが戦っている最中、上層階が崩れた建物からは誰も出て来なかった。全滅しているか、もともと誰もいなかったかのどちらかだろう。
もし全滅しているなら、建物を破壊するまでは周囲に気がつかれることなく犯行を行ったことになる。
しかし、それは今逆上している様子とは少しちぐはぐだ。そこまで計画的に動けるなら、どうして今こんなに目立つような行動をしているんだ?
確認のために一度建物内を見てみる必要があるな。
そのとき、レドから非常にタイミングのよい発言が飛び出した。
「ここは俺に任せろ。お前はその手の傷を……」
「よし任せたぞ、レド!オレは建物内見てくる」
「ちょっ!?」
オレは建物の中へ急いだ。
§ § §
建物内はひんやりしている。
一階部分の入口から離れた奥の方に人がいた。
いや、人だったものがある。
数人が何が起きたのか分からないといった表情で、完全に全身を凍らされてしまっていた。
二階以上にも人はいた。ただ全員が氷の中だった。
生き残りはいない。
建物には各階に大きな窓があり、騒げば異変を察知しやすそうだ。
外に気付かせないまま全員殺したのか。それなのに最後の最後で、建物の上層階を破壊する行動に出るとは。
クスリでもやって頭がおかしくなってんじゃないの、と疑惑を持ってしまう。
破壊されて下に瓦礫が落ちた階までやってきたが、ここには誰もいない。この階にいた人は先ほど瓦礫と共に落ちてきた死体だろう。
屋外に出てわかったが、いつの間にか雨が降り出していた。
炎の魔術は雨の中だとだいぶ不利になる。
……仕方がない。
一つ下の屋根がまだある階に行って、凍った人を脇に退かす。そして大きな窓を開け放った。
もう雨はザーザーと降っている。雨音にかき消されないように大声をあげた。
「おいっ!」
下で戦っている二人がこちらに意識が向く。
次の瞬間レドが隙をついて動いた。身体強化を目いっぱい使って、剣の腹で氷の盾ごと男を窓の方へ吹っ飛ばす。
そのままちょうど開いた窓に強盗犯がぶち込まれた。
続いてレドが室内に飛び込んでくる。そして、
「雨でも屋内だったら問題ないんだよ!」
炎を纏わせた剣を一気に振り下ろし、蒸気が吹き荒れた。
強盗犯の男は服が焦げて、すっかりのびている。体のあちこちに傷があるようだが、命に別状はない。まあ、この分だとしばらくは起きないな。
しかし随分な魔術制御だ。あれだけ高火力出しておきながら、対象には気を失わせる程度なんて。
室内に来たレドは凍らされた人見て、氷を融かし始めた。しかし皆すでに息絶えているようだった。
「なあ……。生きてる人、いたか?」
「見た限りじゃいない。建物内は全員凍らされて全滅だ」
窓のわきにとっさに身を隠していたオレは気絶している強盗犯に近づく。
違法に所持していたMARGOTを取り上げる。レドが拘束具を投げてよこしたので、男につけた。
この階にいた人たちを次々と氷から解放すると、
「俺さ、他の階の人たちの氷融かしてく……!?」
「どうした」
レドは目を丸くして、まるで眠っているかのような被害者のうちの1人をみている。
そして横たわった遺体に近づき、胸に耳を当てた。
「……この人、生きてるぞ!」
「…え?」
そのあとオレたちは大慌てで各階の凍った人たちを解放していった。
結局、生存者はあの1人だけだった。凍ってから経過した時間を考えると、生死の瀬戸際だったんだろう。
他の場所で暴れている者の鎮圧も出来てきたようで、憲兵たちががこっちにも来た。生存者が救助され、強盗犯の男が連行され、そして、遺体が運び出され行く中、
「あー、お前足凍ったままだよな」
レドはしゃがみかけて、動きを止め、再び立ち上がるという謎の動作をした後、剣を抜いて、オレの足に当てると火の魔術で氷を融かしていった。
人体にダメージを与えることのない絶妙な熱の加減だ。
「お、ありがとう」
足が軽くなったし、関節も動かしやすくなった。
「一応低温になったんだから、あとで治療受けるんだぞ。それから手出せ」
「はあ?」
「さっき血が出てたし氷もまだついてるだろ、ってあれ?」
氷をはがしたことにより出血した部分はもうだいぶ回復している。治癒の魔術は使えないが、過去あちこち体をいじられた影響か、身体能力のほかに自然治癒も通常よりオレは高いのだ。
「お前って身体強化以外できたっけ」
「さあな」
「またすぐはぐらかす……」
オレの手に触れないくらいの位置に手を近づけて、残った氷を融かしてくれた。
手を握ったり開いたりしてみる。
うん、問題ない。
「もう少し早く来ていれば、もっとたくさん生きてたのかな……」
オレが手の動きを確認していると、レドはぼそっと呟いた。
「建物が壊されるまで誰も異常に気がつけなかったんだから、お前が来たタイミングは最速だと思うけど」
「……お前はこういうのにもあんまり動揺しないのな」
オレはもう動揺のしようがない。
などど返答するわけにもいかず黙る。
「いや、なんというか……。あー情けないな、俺」
レドはそのままずるずると座り込んだ。
そこへ、
「アコこうはーい!」
傘も差さずにウィステ先輩が駆け寄ってくる。
「大丈夫!?服ボロボロだよ!?どこか痛いところない?」
「平気」
「平気って……、両足に片手凍らされといてお前」
「えええええ!ウソウソ!やっぱり全然平気じゃないじゃん!?」
オレを引きずっていこうとするウィステ先輩にしばらくの間抵抗していると、彼女は諦めたようで、
「もう!突然殴りかかっていくから、心配したんだよ!」
と怒り始めた。
えええ……、じゃあオレにどうしろと。
「アコ後輩が意外と武闘派だったのはわかったけど、私たちは第三課なんだからね?今回は私もとっさに動けなかったし、あなたが戦うのを支援する形になったけど……。アコ後輩も言ってたけど、できることをやるの。私たちにできることは戦うことじゃないんだよ」
「そんなこと、言われても……」
「あー、あの、俺もコイツに助けられたんで。その辺で」
レドの言葉を聞いたウィステ先輩は、
「……うん、そうだね。ごめんね、疲れてるのに。ちょっと言い過ぎた。でも無事でよかった」
そう言ってオレの手を握ってきたのだった。
誤字脱字報告してくださった皆様、本当にありがとうございます。
まだ全て確認しきれてはいませんが、順次修正していきます。
その誤字の一つについてなのですが、作中でのオリジナル用語を間違えるというとんでもないミスをしていました。
ご指摘の通り、M”O”RGOTではなくM”A”RGOTが正しいです。
なぜそんなミスをしてしまったのかというと、『MARGOT』という単語を眺めていたら「母音が二つある……、AがOだったら母音のOが二つで実質これおっぱいじゃん。綴り間違えないように気を付けよう」と思ってて本当に間違えてしまいました。一生の恥です。
TS以外に大小かかわらずおっぱいも好きで(論点のすり替え)、いつも「お」を入力するとき予測入力で「おっぱい」という単語が、真面目なメールの文面とかにまぎれないかいつも心配して生きています。
でもちちぶくろはまだ分かり合えていないおっぱいです。
わりと自然派おっぱいが好きなのかもしれません。