【N.C. 998】
「ビオレッタさんをあまり心配させたくないんです」
ブレウは言った。
「昔から気にかけてもらっていたので。……特に交友関係に関しては」
「別にレドとかと仲良くやってんだからいいんじゃねーの。オレと仲良いなんてウソつかなくても」
「それは……」
昔のこいつの事情とかは全く知らないが、ビオレッタさんに友人の有無で心配されていたのなら、それは問題ないはずだ。
「君にはわからないでしょうが、こちらにも事情というものがあるんですよ。それほど親しくもない君に話すことでもありません」
「ふーん。それで、さっきの処分がどうとかってなんだよ」
ビオレッタさんとブレウの関係には露程も興味はないが、さっき耳打ちされた件については説明してもらいたい。救援が来たという話で思いあたるのは、やはり先日の事件でレドがやって来たことだろうか。
「僕は最初反対したんですからね」
「反対?何をだ」
「リーンが、君のこともレドのことも心配だから、助けに行きたいと言い始めたことです」
「……命令された場所とは他のところに出向きたかったってことか?」
「いえ、そもそもあの日、レド以外はまだ専用のMARGOTをもらえていなかったので、僕らは出動できなかったんです。ですが、たまたま、伝令で第三課の者が交戦していると聞いたリーンが騒ぎだしまして。待機場所からレドが乗る車両まで、彼女を忍び込まさせるのを手伝わされたんです」
……だんだん話が見えてきたぞ。
「その結果、リーンはレドを、交戦中のところまで早く送り届けることができた。もっと言えば、そこまでぶん投げることができたってことだよ」
ブレウの次の言葉の前に、別の人物が割り込んできた。
「やあ」
現れたのはヴァイスだった。後ろには眠そうにしているネロもいる。
「リーンとレドはどうしましたか?」
「リーンはネイブ先輩にガッツリしごかれて口から魂が出てたから、しばらくは動けないと思うよ。レドは装備課にMARGOTの調整をしに行ったみたいだね」
彼らはどうやら先ほどまで戦闘訓練をしていたようだ。気がつけば、時刻が昼であることを知らせるラッパが鳴っていた。事務職の人たちもチラホラ出歩いている。
「ブレウが私たち以外と雑談なんて珍しい」
「ネロさん、あなたもかなりデリカシーというものが欠けていますね」
「でも、ネロの言う通りだ。はははっ」
「ヴァイス……っ!あなたは誰の味方なんですか!」
三人で話し始めたので、オレは少しずつ距離をとる。そしてこのままフェードアウトしよう。
「それでアコさん。僕達はこれから昼食をとりに食堂に行くんだけど、君も一緒にどうだい?」
目ざといやつめ。
去ろうとしていたオレにヴァイスが話しかけてきた。
「それはいいですね!行こうアコちゃんっ」
お前どこから現れた。
「遠いし行かねぇ」
ここの基地の食堂は、第三課からは第一課の兵舎を越えた、さらにその先にあって遠い。そのため、普段オレは行くことがない場所だ。
しれっとリーンがオレと腕を組もうとしてくるので避けていると、ヴァイスがニコニコと言う。
「そういえば、リーン。減給処分ってどのくらいだったっけ?」
そしてオレはずるずると食堂に引きずられていく羽目になった。
「お前って、普通の飯食べるんだなぁ」
食堂で提供される昼食を前にしたオレは、レドにしみじみと言われる。
五人でぞろぞろとここへ移動すると、レドも後から合流して六人で食堂に座ることになった。逃げるのは許さないと言わんばかりに壁際に押しやられ、隣にリーンがくる。
「飯に普通も普通じゃないもあるかっつーの」
「学校時代にお前が食ってた、栄養価とコストをとった代わりに味を全力で投げ捨てた激まずパンは普通じゃないと思う」
「え?あれを食べている人間が存在したんですか?」
なんだかまた失礼なことを言われている気がするが、オレは早くこの場から退散したかった。早く食べ終わってしまおう。
食事のメニューは、メインが肉か。
最近手に入れた辛い粉末調味料を上にパラパラとかけていると、
「アコちゃん、それは……?なんだか真っ赤な粉ですけど」
リーンがまじまじと見てきた。
「かけると辛くなるやつ」
「辛いの好きなの?」
「嫌いではない」
「持ち歩くくらいには好きなんだね!」
家で使おうとするとグレイがギャーギャー騒ぐのだ。置いておくと、どうされるかわからないので常に持っている。
リーンに話しかけながらも食事をしていると、オレの調味料を見ていたレドが言った。
「目に入れると痛そうだな。それ目つぶしに使えそう」
「あ”?」
これは食用であって、目に入れるためのものじゃない。この男はなんてもったいないことを言っているんだ。
そうか、これがどういう物か知らないから、そんなことが言えるんだな。
「おい、俺の皿にその劇物を入れようとするんじゃない!え、お前、怒ってる?怒ってるの!?」
「怒ってねぇし」
オレとレドが激辛パウダーをかけるかかけないかでせめぎあっていると、ヴァイスがうとうととしているネロに話しかけた。
「ネロ、食事中だよ。起きて」
「お!?ちょうどいいじゃん。ヴァイス、こいつから劇物貸してもらえ!」
「誰が貸すか、ふざけんな」
「君たち。今は食事中です。行儀がなってませんよ」
「好きで騒いでるんじゃねぇよ、また眼鏡割るぞ」
「僕は君に眼鏡割られたことありませんけど!?」
あ、やべ。
しかもこの隙にレドは自分の食事を全て平らげていた。
オレと目が合うとニヤリと笑った。心底腹が立つ。
「やっぱり、ここでお前らに会っても碌なことがねぇ」
思わずそう呟いてしまうと、隣のリーンが叫ぶ。
「えええ!?私はアコちゃんと会えて、しかも一緒にご飯食べられたなんて嬉しかったのに!……はっ!今度からしばらく地方で任務で、ちょっと会えなくなるっ。うううっ、寂しい……」
「任務の話なんて部外者にホイホイしていいのかよ」
「これは大丈夫だよ!東の海辺を経由して行った、ちょっと内陸のところに行くの」
「海?」
聞き覚えのない言葉につい聞き返す。
場所の名前なのは推測できる。
するとレドが会話に割り込んできた。
「あー、お前もしかして内陸の生まれ?」
「たぶん西の方だけど、……なんだよ」
「ほほう。さてはお前、海に行ったことないなー?」
滅茶苦茶ニヤニヤして見てくる。
ふん、海とか知らなくてもオレは今までやってこれたし、今後も支障ないだろ。
そのあと海がいかに広いかなど、意気揚々と語られた。
……どうやら、とても大きくて水がしょっぱい湖、という解釈で良さそうだ。
§ § §
散々な昼を送った俺は這う這うの体で帰宅後、猫に魔力子活性剤の件の報告をした。たまに思うのだが、この猫はどこから人間と同じような声を出しているんだろうか。
「魔力子活性剤……、おぬし曰く、『前回』はどこぞの研究所で開発されたものをアバドーンが強奪して使っていたらしいが、『今回』はどこぞのチンピラが使っていたと」
「ああ、誰からか貰って服用したんだと」
オレと猫が話していると、いつの間にか近くにいたグレイが不満そうな声をあげた。
少し周囲の警戒を怠っていたな、話すタイミングを失敗した。
「お猫さんとお師匠はいつもコソコソ『前回』だとか『今回』だとか……。一体何の話してるんですか。とりあえずお師匠が物騒な人間で、何かを非合法な方法で企んでるのは知ってますけど」
こっち側に引き込むのはめんどうくさいので、グレイには詳しい事情は一切話していない。そのため、時々このように詮索してくるのも全て適当なことを言ってごまかしていた。
今日もいつも通りそうするはずだった。しかし、その前に猫が言ったのである。
「アコラスは未来の記憶があってな、簡潔に言うと歴史改変を企んでおる」
「おいっ!」
このクソ猫……!言いやがった!
「……マジですか?お師匠、まさかの未来人ですか?」
「まあ落ち着け、アコラス。おぬしが懸念していることはわかっている。それを考慮してもグレイには話しても問題ないと、余は判断した。それにグレイは聡いから、自ずと気がついてしまうと思うぞ」
猫はふてぶてしく言い放った。
確かにこのクソガキはやたら頭が回る。猫の言うようになる可能性もある。
……もともとグレイは気まぐれで拾ってきたやつだ。どうなろうと知ったことではない。
「……知るか。もう、寝る」
オレは猫とグレイを残して、奥の部屋に去った。
§ § §
ふむ、あやつ、ふてくされて引っ込んでしまったな。
ではどこから話そうか。余とアコラスの出会いから……。
何?そこはいい?
仕方がない、本題に入ろう。
まず『前回』とは、アコラスが以前経験した【N.C 1000】までの、もう一つの世界のことだ。
そして『今回』は、【N.C 1000】までを体験したアコラスが、記憶だけ【N.C 992】に戻ってきてから現在までの世界のことである。
……証拠もなしにそんなこと、妄言か、頭でもおかしくなったか、と反論されるかと思えば、さすがグレイ、理解が早い。おぬしの言う通り、アコラスにとって今は二度目の【N.C 998】ということになる。
……色物扱いされているが、魔力子は時空に作用する説や、魔力子の反物質仮説から考えると未知の現象が起きる可能性は否定できない、と。
ともかく、アコラスの目的、未来を知っているあやつが何をどう変えたいかということだな。
あやつの言う『前回』では、アバドーンとアプシントスが、奴らの崇め奉る『主』を復活させようとして、結果、【N.C. 1000】に世界中の人間が魔力子を抜かれそうになる、つまり殺されそうになるらしい。
それはどうにか防げたらしいが、そこに至るまでに犠牲が出過ぎたから減らしたい、とのことだ。
世界中の人間から魔力子を抜くなんて、これはさすがに突拍子もないし、そんなことできるのか、という顔をしているな。
それは余も思った。
だが、未来の記憶があるなんて言い出す人間はそうそうおらぬからな。実に興味深い。余はアコラスがタイムリープしてきたということを実際にあったことと認めて、その行動と行く末を観察させてもらうことした。
その代わりに、アコラスに助言や手助けをする。そういう取り決めをしたのだ。
グレイ、おぬしはおぬしで好きに捉えてよいのだぞ。
話を戻そう。
犠牲が出過ぎた理由については、一つ目が国家魔術師たちの戦力が、軍内部にいるアバドーンの内通者によって削がれてしまったからだ。具体的には、【N.C. 998】に第一課を中心として国家魔術師を狙った連続殺人事件が起きることと、極秘会議中の軍上層部の襲撃事件が起きることによってだ。
二つ目は、【N.C. 1000】に『天使』という非常に強力な魔術師のような何かが4体現れたからだ。突然現れたかと思ったら、首都の半分を壊滅させて、第16地区を起点に人間から魔力子を抜き取る魔術のようなものを展開した。これが先ほど述べた、世界中の人間が殺されそうになる事件だな。それを阻止するために第一課を中心に軍が交戦したが、戦力不足によって、残存していた者も次から次へと死んでいったのだと。
だから、軍に潜入することで内通者を探して、非合法な手段で排除し、上層部への襲撃事件を防ぐ。そして、軍と国家魔術師の消耗を抑える。
それがアコラスが現状やろうとしていることである。
……何をどう変えたいのかはわかったが、なぜ変えたいのか?
本人の気持ちまではわからぬ。それはアコラスに聞いた方がよいであろう。
……余がおぬしにこの事を話した理由?
アコラスはそこまで気がついていないようだがな、余もおぬしも、あやつと会っていなければすでに死んでいただろう。つまり、『前回』の【N.C. 998】時点にはいない。もう未来は変わりすぎているのだよ。さらに少し変えたところで今さらすぎる。それに、我々が未来を知ったとしても、我々には介入できるような力はないと判断した。
首都にきてからというものの、思うところがあるようで不安定になってきておるし、あやつはどうも、未来のことを話したことが原因で事態が悪化するのを恐れているようだから、悪化しない実例を示してメンタルケアを図ったのもあるがな。
§ § §
懐かしい夢を見た。もうずっと昔のことだ。
オーキッド派がアプシントスと手を組み、襲撃を成功させたことで焦って血迷ったのか、クリュティエがアイリスを殺そうとした。ついでにオレも。
でも、アイリスはあの時もオレを助けてくれた。オレを連れて逃げようとしてくれたんだ。
オレもアイリスを助けようとした。
それでクリュティエの追手が来たから戦ったんだ。けど、結局ダメだった。
アイリスのことはその場に駆け付けた第一課の皆が助けてくれた。
オレは皆を酷い目に遭わせたことだってあったのに、助けてくれた。
それから第一課に保護されて、しばらくの間だけ穏やかな時間を過ごした。
レドは、クソガキ呼ばわりして髪ぐしゃぐしゃにするし。
リーンは、優しく微笑みながらもなんか相変わらず息が荒いし。
ブレウは、チビだのなんだの言ってくるし。
ヴァイスは、アイリスと仲良さそうでむかつくし。
ネロは、なぜか勝手を知っているはずの軍の敷地内で迷子になってるし。
なんだこいつらと思うこともあったけど。
アイリスが楽しそうだったから、オレはそれで良かった。
でも振り返れば後悔しかない。
オレがもっと強ければ、置いて行かれなかったんだろうか。
みんな死なずに済んだんだろうか。
目を覚ますとまだ日は登っていないのか非常に暗い。
……いや。
「何してんの、お前」
猫がオレの顔を覗き込んでいたので暗かった。
「要件は二件だ。一件目、グレイには話をしておいた」
「……そーかよ」
「二件目、魔力子活性剤についてだ。先日の事件は薬を渡した者にとっては試験的なものだったのかもしれないな。ゴロツキなら魔力子活性剤の副作用で好戦的な性格になっても、ある程度ごまかしが効くと考えたか」
「魔術が強力になってるところはごまかせてないし、なにより犯人が口を割ってるじゃん」
猫の言うように魔力子活性剤の効果を試したかったのなら、犯人の実力と事件時の魔術で大きな差があることも、謎の人物から薬を貰ったこともバレているから、裏にいる者にとっては相当なミスじゃないか。
オレの言葉に対して、猫は興奮したかのように全身の毛を逆立て、語気を強めた。
「そう。それなのだ。そこが余は気になるのである。……一つ仮説を考えた。もしかしたら、今回の一件は魔力子活性剤を渡した連中、とりあえずアバドーンとすると、やつらにとっても予想外な出来事であったのかもしれないとな」
「犯人が口割らないように、終わったら殺そうとしてたけど出来なかったとか?」
死人に口なし。
犯人たちが死んでいれば、誰かにとって都合が良かったってことか?
猫は偉そうに頷いて話す。
「うむ。例えば、事件の対応に当たった魔術師がやむをえず犯人を殺害するなどであれば、自然に排除することができる。だとすると直接手が下せる、またはそういった指令を飛ばせるポジションにアバドーンの内通者がいた可能性がある」
「そうすると、第二課にいる可能性が高くなってくるな」
オレが第二課の面々の顔を頭に浮かべていると、
「おぬしは一つ忘れているぞ、第三課もだ」
「……ウィステ先輩と課長の二択じゃん」
「今回のウィステ嬢の働きを聞くと、ありえない話でもあるまい。それに第三課も、第二課と情報課から情報が回ってくるのであろう?まあ、上層部の情報まで手に入れられるかというと難しい気もするがな。……そろそろ、『前回』通りなら国家魔術師の殺人が起きる時期だ。内通者も動きを見せる。特定しやすくなるだろう」
そう言い終わった猫はオレの頭の横で丸くなった。
ぼんやりと天井を眺めながら考えをまとめる。
今のところ、頭部と心臓が持ち去られた死体が発見された、というニュースは耳にしてないし、軍内部でもそういう話は回ってきてない。
アバドーンの集会所は、この前行方不明者が出たために、少し警戒している様子だ。
「……一件目は起きるのを待つ」
オレが呟くと、猫は返事をする。
「国家魔術師の殺人のことか」
「あくまでも、国家魔術師の死ぬ人数が減らすのと会議で上層部に被害が出るのを防げればいい。一回成功すれば、あいつらも調子に乗ってボロが出るだろ。そこを狙う」
「余はおぬしの決めたことには従う。好きにすればよいぞ」
そう言い終わると猫は寝息をたて始めた。
時計を見ると時刻はまだ日の出前。まだ少し寝ていてもいいか。
それにもうちょっとだけ、幸せな夢を見ていたかったのだ。
ここまで読んでくれた皆様はすでに多数の突っ込みどころを見つけていただいたと思うのですが、その中でも二点について、ここで全力言い訳したいと思います。
・一点目「登場人物の階級にいっさいふれられていないけど、どうなってんだコラ」
…考えてはいます(震え声)。ただ自分はミリタリー知識がほとんどないので、今までぼやかしてきました。作中で実は「国家魔術師の課ができた当初、トップになった人物が外部から呼ばれた者で、『階級とかわかんない!それ使って呼ぶのなしね!』と部下たちに強制したために、魔術師同士では階級呼びをしないという慣習がある」という設定があります。言い逃れだけは得意なんです。
どの課も大体みんな幹部候補生の教育は受けていないので下士官くらいです。尉官はパラパラいる程度で、課長クラスは佐官です。
・二点目「登場人物の姓はどこいった」
…ぶっちゃけ名前を考えるのが面倒でした。名乗るときは「我こそは○○の息子で□□の孫、△△~」みたいな感じで姓のない文化圏にしようかと考えていたのですが、現代日本において、あまり馴染みのない文化ですのでどうしようかなと検討中です。もしかしたら今後、ひっそり姓を追加するかもしれません。