【N.C. 998】
考えたくもない予想をしてしまったオレは退勤後のウィステ先輩の後をつけていた。
いつもウィステ先輩はさっさと帰ってしまう。以前何をやっているのか聞いたが、はぐらかされてしまった。もし、何か後ろめたいことをしていたら……。
彼女は第9地区に向かっているようだった。以前聞いた彼女の自宅とは場所が違う。
道中、彼女は花を購入したりと買い物をしているようだったが、自宅の方向には一向に戻らない。
ウィステ先輩はどんどん人気のない方へ歩いていく。
追跡を開始して、そこそこの時間が経った後。
ようやく、彼女は足を止めた。
そこは墓地だった。
一部の区画には身寄りのない者の遺体が収容される墓もあり、うっそうとしている。そのおかげか、何か秘密の取引をするには好都合そうだった。
誰かの墓の前まで行くと、花を備えてぼんやりと座り込んでいるように見える。
それなりの距離を開けているため、彼女がが何をしているのかはわからない。
数分その状態を保ったあと、ウィステ先輩は立ち上がって、薄暗い区画の方へ向かっていった。
……信じたくないが、まさか本当に彼女は何か後ろめたいことをしているのか。
ウィステ先輩は長年誰も手入れしていないようなボロボロの墓の一つに近づくと、雑巾を取り出してごしごしと擦り始めた。
つまり、墓掃除していた。
わざわざ、早く帰ってやることが墓掃除……?
今日はたまたま墓参りと墓掃除をしていて、普段は別のことをしているのかもしれない。そう思ってウィステ先輩の様子を観察していると、周りの墓が視界に映る。
あまり人が立ち寄らないような場所にしては、キレイになっている墓がいくつかある気がする。
まさか、本当にいつもここに通って墓掃除……?
でも、この人はなんで墓掃除をしているのか。
話しかけてみるか。ここにいる理由は適当にでっち上げよう。
「ウィステ先輩」
「うわっ!?アコ後輩!?あれ、休暇で首都から離れてたんじゃ?」
「昨日帰ってきた。それで今日はたまたま第9地区の方に用があって。先輩を見かけたから声をかけようと思ったんだが。少し忙しそうだったから、様子を見てた」
第9地区に用事があるのはウソだが、一応偽装のために買い物をしてある。
「え、なんかごめんね。……あ、今暇?用事終わった?」
「まあ、暇だけど」
「よし、いいタイミングだよ、アコ後輩。掃除手伝いお願い!」
何かごまかすように早口でまくしたてられると、近くにあった箒を持たされた。
「はい、じゃあそこ掃いてっ」
「えー……」
仕方がないので枯れ葉などを集めることにする。
その間も先輩は墓石からコケをとったり、磨いたり、掃除を続けていた。
「なんで墓の掃除なんてやってるんだ?」
「ん?えーと、始めは単にお墓参りに来てただけなんだけど。ちょくちょく来るうちに、あっちのお墓達が誰にもお世話されてないのが、なんだかかわいそうになっちゃって……」
「じゃあ、先輩がいつも早く帰ってたのはここの掃除をするためなのか」
「いつも、ってわけじゃないけどね」
じゃあ、それなりの頻度でここに来てるってわけだな。
名前が刻まれている物から、誰が死んだのかもわかっていない物まで、そこには様々な墓石があった。
墓がかわいそう、か。
死んだらそれで終わりじゃないか。
死体が下に埋まってるだけの石に、意味なんてあるのか。
「何のために、墓なんて作るんだ」
「え?」
つい思っていたことが口から出てしまった。
「ど、どうしたの、アコ後輩」
「だっておかしいじゃねーか。ウィステ先輩に手入れされるまで、放っておかれていたのに。墓が作られない人間だって、いくらでもいるのに」
ウィステ先輩は拭いていた墓石をそっと触った。
「……どうだろう。でも、私は大事だと思うよ」
「なんでだよ」
彼女は無言で歩き出した。そして一番最初に花を供えていた墓まで戻ると、再びその前でしゃがみこんだ。
オレは彼女を追いかける。
「これね……、昔、よく一緒に働いてた、フラウムさんのお墓なんだ」
「……病気か何かか」
「ううん、任務中にね、三年前」
彼女はゆっくり首を振った。
「いつかに言ったでしょ。第二課にいたときにした、取り返しのつかない失敗」
ウィステ先輩の顔はうつむいていて、どのような表情をしているのか窺い知ることはできない。
「あの雨の日。彼女は、水魔術を使う黄色いフードの女に殺された。……私がもっとちゃんとしていれば、あんなことにならなかったのに」
水魔術。
黄色いフードの女。
オレにはその人物の特徴に、覚えがあった。
クリュティエ。
奴自身が強力な魔術師で、アバドーンのクリュティエ派はその力によって保たれていた。
あの女が手を下した人間は数知れず。その中でオレと会う以前にも国家魔術師を殺したことだってあっただろう。
しかし。こんなところで名前を聞くことになるとは。
「もうどうしていいのかわからなくて、結局いつまでもここに来続けちゃうの。私は、フラウムさんに謝っても謝り足りないから」
「謝る……?」
死んだ人間とはもう話すことなんてできないと思うんだが。
ウィステ先輩は震える声で言う。
「あああ……、後輩になんて話、してるんだろ。ごめんね、ごめんなさい」
その姿にどこか既視感を覚える。
『お?クソガキの癖に、一丁前に思い悩んでるなぁ。話すだけでも気持ちが楽になることもあるんだぞー?』
「別に。……話して楽になることもあるんじゃねぇの」
ウィステ先輩と目が合う。彼女の目は大きく見開いており、赤くなっていた。
オレは彼女の隣に座り込んだ。すると、先輩はぽつぽつと話す。
「私ね、ネイブさんのこと……好きだったの」
「でもね、ネイブさんにはフラウムさんがいたから。フラウムさんのことも大好きだったから、二人が幸せになってくれたら、それでよかった」
「なのに私のせいでフラウムさんが死んじゃって」
「もしかして、フラウムさんのことがうらやましいって思っちゃったから……っ。嫉妬しちゃったから、ああなっちゃったんじゃないかって、ずっと、ずっと……!」
泣いている彼女の横にオレはただ居ることしかできなかった。
「……こんな話、ビオレッタにも話したことなかったよ。なんだか、雰囲気に流されて、変な話しちゃった。ごめんね」
気がつけば日は傾いていた。夕日が墓地に差し込む。
「この辺りは第18地区も近くて治安もそんなに良くないから、もう帰ろっか」
随分長い間しゃがんでいたためか、立ち上がった後にウィステ先輩はよろめいた。
オレも同様立ち上がる。そのとき、彼女は小さく呟いた。
「ありがとう」
路地を通って表通りに向かう。
帰り道はなんとなく、ウィステ先輩もオレも無言だった。
あと7、8分も歩けば表通り、というところに差し掛かったとき。
どこからか鉄の臭いがした。
いや。
違う、これは血の臭いだ。
「アコ後輩?どうしたの?」
足を止めたオレにウィステ先輩はキョトンとした顔をしている。
「先、帰っててくれ」
「あ、ちょっと!?」
臭いの方へ走る。
どんどん血の臭いは強くなっていく。
出血の量が嫌でもわかってしまう。
オレは路地の奥まったところにたどり着いた。
この先は行き止まりだ。
そして、目の前には軍服を身にまとう死体が転がっていた。
頭がなく、胸のあたりに穴が空いている。
首と胸からは夥しい量の血が流れ出していた。
ついに、始まったんだ。一か月は早い。
「アコ後輩!この臭い、は……」
ウィステ先輩がついてきてしまった。遅れて死体を目にしてしまう。
「これ……」
「……血の臭いがした。たどってみたら、もうすでに」
先輩は冷静になるようにか、大きく深呼吸をする。ただ、血の臭いですぐに顔をしかめた。
「すぐに、連絡しなきゃ」
死体が誰のものなのか調べる必要がある。
服装は軍服だから、軍人である可能性が高い。
「オレ、
しかし、頭が切り取られてしまったためか、首から下げているはずの
あたりを見渡すと、茫然と立っているウィステ先輩が目に映った。
足元には
彼女はゆっくりとしゃがみ込み、それを拾った。
「え……」
かき消えるような声がウィステ先輩の口から漏れる。
手から血にまみれた
「ウィステ先輩……?」
近寄って彼女の落とした物を拾い上げる。
そこには、
「ネイブ、さん……、ウソ……でしょ」
血で汚れていながらも、『第一課』と『ネイブ』という文字がくっきりと刻まれていた。
『……あー、これは独り言なんだけど。さっきのあの人ね、前に私が第二課にいた時に一緒に働いてた人なんだ』
『それで、私第二課にいた時、とんでもない、取り返しのつかない失敗をしちゃって……。ネイブさんに合わせる顔がなくて、幸か不幸か、そのあとすぐ第三課に異動になったの。左遷、だったのかな』
『私ね、ネイブさんのこと……好きだったの』
『二人が幸せになってくれたら、それでよかったの』
「ねえ、うそ、ウソですよね?ネイブさん、ねえ、起きて、起きて下さい……っ!」
ウィステ先輩が死体にすがっている。
オレは以前、何を考えていた?
『一回成功すれば、あいつらも調子に乗ってボロが出るだろ』
その一回目を成功させた結果が、これだ。
§ § §
ネイブさんが殺害された時の様子を目撃した者はいなかった。
この日、彼はたまたま任務終わりにあの近くに一人で来ていたらしい。
彼の葬式は軍によって執り行われた。
第一課でも新人の教育を担当するなど、実力と信頼を兼ね備えた人物であったため、突然の死は多くの人が悲しんだ。
葬式の日は、雨だった。
あの日以降もアバドーンの集会所はいつもと様子はほとんど変わらなかった。ただ、新しくわかったことが一つ。ここにきて『イオン』という人物の名が話に上がるようになった。初めて聞く名前だ。こいつは重要なポジションにいるらしい。
ウィステ先輩はずっと休んでいる。時々ビオレッタさんが忙しい中見に行ってくれて、オレに様子を教えてくれるが、まだ出てこられる状態じゃないそうだ。
第三課はオレ一人だった。ローザ課長はそもそも来ない。
そこに、誰かが扉をたたく。
「よぉ。……入っていいか」
レドには空いている椅子に適当に座るように促す。
「…………」
「…………」
いくらいつも暇といえど、多少の仕事はある。レドがここに訪ねてきたわけは思い浮かぶが、わざわざ俺から話しかける理由はない。黙っているレドを放置して、淡々と作業をこなしていく。
しばらくすると、レドはポツリポツリと喋り出した。
「ネイブ先輩はさ、昔、俺が国家魔術師になりたいって思ったきっかけの人なんだ」
「……」
「第一課に入って、まだ短い期間だけど俺たちの指導もしてくれて、だからくやしいよ。こんな風に殺されて」
「……それで何しに来た。確かにオレは第一発見者だ。でも、話せることは捜査のとき全部話したし、その報告書にはお前も目を通したはずだ」
「それは、わかってる」
「じゃあ」
「けど、納得いかないことが多いんだよ。ネイブ先輩があんなに簡単に殺されることが信じられない」
オレはネイブという人物がどのような魔術師だったか、伝聞でしか知らない。
身近で見たレドの口ぶりから、相当レベルの高い魔術師だったことが伺える。
「……あの後、オレは周囲に実行犯がいないか探しもした。結果、犯人はおろか、切り取られた頭部すらも見つけることはできなかった。戦った痕跡もねぇ」
実に鮮やかな手つきだ。不意を突いたか、圧倒的な実力差だったか。
頭部の切断もキレイだった。力任せにやった訳ではないことがわかる。
あんなことができるのは限られた人間だ。
「俺、自分で言うのもなんだけど、変なところで勘が鋭いんだ」
レドはためらうように一度目を伏せた後、言った。
「お前、何か知ってるんじゃないか?」
「知らねぇよ」
「そっか。……押しかけて、ごめん」
席を立って出ていこうとするレドに、オレは思わず聞いてしまった。
「お前は犯人をどうしたいんだ?」
「そうだな……、しかるべきところで裁いて、罪を償ってもらいたい。それで、もうこんなことはやめてほしい」
「ぶっ殺してやりたいとか、許せないとか、思わないのか?」
「確かにネイブ先輩を殺した奴のことは憎い、と思う。だからといって、自分勝手に私刑を行うのも良くないと思う」
「……なんでだ?」
「きっと、歯止めが効かなくなっちゃうと思うんだ。どこまでが罪なのか。どう裁くのか。わからなくなって、いろんなことが全部許せなくなる気がするから」
そう言って、レドは去っていった。
・別に死んでほしいキャラなんていないですし、ネイブのキャラをまだ掘り下げていないので死んでしまうのは残念なのですが、演繹的に考えてネイブは遅かれ早かれ死ぬ感じだったので、ここで殺しておきました。
・国家魔術師は殉職率がそこそこ高いので、みんな結構精神的に病んでます。人手不足になりがちです。だから若くてもとりあえず頭数にいれろ!一人くらいいなくなっても現場を回せるようにしなきゃ!となったりする。アバドーンとアプシントスとかいう組織に普通だった人が突然加担したり、特に関係ない野良犯罪者もいっぱいいるので、一般市民もそこそこよく死んでしまいます。
この国、治安悪すぎ……?って思いましたけど、現代日本が平和なだけでしたね。
・国家魔術師の「国家」は、国家公務員の「国家」くらいのニュアンス。地方公務員相当の魔術師もいます。