【N.C. 998】
あの日から数日後。この間にまた二人殺された。場所は首都ではないが、それなり大きい都市や街だった。
手口は同じだ。頭部と心臓を持ち去られた死体が残されていた。
新聞に『国家魔術師 次々と無残死体発見』の文字が躍る。
そして、オレはついに内通者が『イオン』という人物であることを突き止めた。アバドーンの集会所でイオンが重要な情報をもたらしてくれる、とついに口を滑らせた者がいたからだ。しかし、その者もそれ以外は何も知りそうになかった。また、オレの調べられる範囲で国家魔術師の名前を見ても、イオンという名前はいなかった。わかっていたが偽名だろう。
イオンはどうやってアバドーン側と接触を図っているのか。
オレと同じようにこっそりやっているのは間違いない。だが、機密に近いところにいる人物が、暇を持て余した部署のオレのように時間を取って動くことはできるのだろうか。それに第二課の四分の三程度と第一課は原則基地内の宿舎で寝泊まりしている。イオンは基地から抜け出しているのか。それとも第二課の残り四分の一や第三課のように、街に自宅がある者なのか。
動きやすさだけなら後者だが、あからさますぎる。
もし前者なら、上の方の地位にいると思われるイオンはどうやって自由時間を作って外に出ている?
軍属の者なら昼に外に出ることもできるだろうが、ほぼ事務職な第三課は例外として、第一課や第二課は届けを出さなくてはいけない。
なら、誰にもばれずに移動できる出入口はどこだ。
街中なら下水道がある。あそこはほとんど人が寄り付かない。ただ、悪臭で服に臭いがしみこむことだってあるから、使うのにはリスクがある。それに重要施設付近の下水道は管理されているはずだ。軍の敷地だって例外ではない。
悩みながらも第三課にいると、来客があった。
「アコさん、第二課から情報課にこれをお願いします」
そう言って書類を持って来たのは第二課のヘリオさんだった。恰幅のある、穏やかそうな男性である。
書類を受け取るとヒソヒソと話される。
「あの、ウィステさんは……?」
「いえ、今日も」
「そうですか。彼女、ネイブさんのことを本当に尊敬していましたからね……。うちのビオレッタさんもずっと心配しているみたいで心ここにあらずといった感じです。……しかし、第一課の人が三人も同じ手口で殺されるとは。特にネイブさんがあんなことになるなんて信じられませんよ」
「ネイブさんってそんなにすごかったんですか?」
「そりゃもう。第一課のベテラン魔術師です。単独任務も任されることも多くて、私の方が歳は上なんですが、良く世話になりました」
「そうでしたか……」
ヘリオさんは色々思い出すことがあったのか、いくつかネイブさんのエピソードの話してくれる。
その中で一つ気になることがあった。
「下水道で子供を……?」
「はい。大昔あちこち地面を掘って首都に下水道網を整備した時、作ったはいいものの、使えない区間があったらしくて。ある大雨の日の首都のはずれで、その区間上が陥没して落ちてしまった子供を、ネイブさんは助けたんですよ」
ヘリオさんは涙ぐみながら言った。
「あの人は、本当に素晴らしい人でした」
ヘリオさんは仕事で第三課に来ただけだったが、レドと同じように発見者であるオレから何か情報はないかと何人かここを訪ねてくる人がいた。彼らは皆口々にネイブさんの話をして去っていく。よほど慕われていたのだろう。
機械的に話せることは全部話したと伝え、彼らの話に相槌を打つ。
そんな時、第二課のスプルースさんが第三課まで息を切らせてやってきた。
彼は第二課に書類を持っていくときによく引き取りを行ってくれる人物である。そのため、オレとは顔見知りだったが、第三課に来るなんて珍しい。いつも不健康そうにやつれているが、今日はさらに顔色が悪い。
しかし、そんな感想を抱いたのもつかの間。
はあはあと息を整えたスプルースさんから飛び出したのは信じられない言葉だった。
「ウィステ先輩とビオレッタさんが大怪我……!?」
急いで病室まで案内されたオレを待ち受けていたのは、眠るウィステ先輩と、そのベッドの横に座るビオレッタさんだった。
「あ……、アコさん。来てくれたのね」
「……容体は」
「私はたった今起きたわ。何カ所か骨折してた程度だったけど、ウィステは……」
そう言って、ウィステ先輩のベッドにすがりつく。
ビオレッタさんの表情は見えないが、肩が震えていた。ごめんなさいという小さな声が聞こえ、その姿は以前墓の前で泣いていたウィステ先輩の姿と被って見えた。
病室を出て、ここまで連れてきてもらったスプルースさんに話しかける。
「なんで、そんなことに」
彼も戸惑いながら答えてくれた。
昨日ビオレッタさんはウィステ先輩を気分転換に少し散歩をしようと連れ出したらしい。そして、途中偶然人気のないところを通ったときに、仮面で顔を隠した謎の男に襲われた、と。
謎の男はビオレッタさんを狙っていたようであり、ウィステ先輩がかばって重体。その衝撃でビオレッタさんも重症になったところで、たまたま憲兵たちが通りかかって男は逃げた。男は心臓や頭を狙う素振りを見せていたらしい。
憲兵に助け出されたときにわずかに意識のあったビオレッタさんからの証言なので、今彼女が再び目覚めたことから、もう少しわかることも増えるだろうとも。
ウィステ先輩は未だに意識が戻っていない。
これで四件目。まだまだ序盤だ。
ここから、どんどん事態が悪い方向に転がっていく。
早くどうにかするんだ。
イオンを見つければいいのはわかっている。
でも、オレは身近な人がそんな目に合うなんて想像していなかった。
また考えていなかった。
§ § §
「お師匠!聞いてますか!お猫さんも止めるの手伝ってくださいっ」
「余は猫だから無理だの」
首都にあるアバドーンの集会所、あのコーヒーハウスに集まった奴らを全員殺そう。
そうすれば、多少は奴らの戦力も削げるだろう。
「ああもう!少し落ち着いて下さいっ!!!」
「オレは冷静だ」
家で襲撃の準備をしていると、グレイが後ろで騒ぎ立てる。
「冷静な人は突然襲撃企てませんからっ。今のあなたは少し異常です!」
外に出ようとすると、扉の前に立ち塞がれた。
「クソガキ、そこどけ」
「お師匠だってまだまだガキですし、僕は退きません」
こちらが睨むと、キッと睨み返してくる。
「いいからどけ」
「今日何があったかは知りませんが、もう少し冷静になって考えましょう?」
「考えてなくて何度も後悔したから、今度はもうたくさん考えたんだよ。邪魔だっつってんだろ」
「嫌です」
「ぶっ殺すぞ」
「殺すもんなら殺してみてください。お師匠がいなかったら僕死んでるんですから」
「何言ってんだ、てめえ!」
訳の分からないことを言うグレイの胸ぐらをつかむ。それでもなお、こいつはオレを睨み続ける。
「言葉のとおりです!」
「滅茶苦茶なこと言ってんじゃねぇ!」
「滅茶苦茶なのはあんたの方ですよ!言わせてもらいますけどねっ、施設を変な奴らが襲撃して、研究員の大人も被験者の子供も殺されていくと思ったら、突然あなたが襲撃犯もわずかに生き残っていた研究員も皆殺しにして!偶然一人だけ生き残ってた僕を見つけたと思ったら、人のこと拉致して!なんであの時殺さなかったんですか!?他に行くところがないからあそこにいたのに!心底恨みました!!!かと思えば私生活はボロボロだし!飯はまずいし!挙句の果てには未来人!?ほんと、やること成すこと滅茶苦茶なんですよ!!!」
グレイの勢いに、つい胸倉から手を放す。
「ここでまた考えなしに行動するんですか?ここで無闇に殺しても意味ないんじゃないですか?」
「っじゃあどうしろって言うんだよ!……もう、考えてもわかんないんだよ。考えてなかったことが次から次へと来て……。わからないのも、当たり前だ。とっくにオレは狂っててまともじゃなかったんだから」
「まともじゃないなら、まともじゃないなりに、もっと考えて決めてください。あなたの目的のための手段を。僕も考えます。それで手伝って、いつまでもついていきます」
そして数秒後、グレイは再び口を開いた。
「お師匠は、これから起こる国家魔術師の連続殺人事件で死ぬ人を減らしたいんですよね。そして上層部が開くかもしれない会議に襲撃があるのも防ぎたい。だから確実に内通者を見つけ出すために、一件目が起きるのを待つ決定をした」
「だから今のうちにアバドーンをできるだけ殺して…っ!」
そうすれば、この手でイオンも、ウィステ先輩やビオレッタさんを襲った男も殺せるかもしれない。
「別に殺すなとは言ってません。例えば、連続殺人事件と同じ殺され方をする人間がたくさん出たらどうですか?」
「は……?」
突然何を言っているんだ、こいつは。
「アバドーンのメンバーの多くは一般人にとけこんでいるんですよね。そういう一般人が同じ手口で死んでいったら、皆焦りますよね?アバドーンも軍も」
グレイの言葉に頭がスーッと冷えていく。
「……アバドーンの奴らを同じ手口で殺せってことか」
「僕なりにどうすればいいか考えただけです。内通者探しに関してはまだ考え中ですが」
確かに理にかなっている。
軍からすれば、同一手口の殺人が横行するのだから、警戒しないわけがない。対策のための会議も早く行われて、アプシントスによるネフィリムの準備が中途半端になるかもしれない。
アバドーンからすれば、味方が自分たちの手口で死んでいく。仲間割れを疑う可能性だってある。内通者なんて裏切り行為を別のところでしているわけだから、疑心暗鬼になるかもしれない。
思わず、目の前にいる自分より頭一つ分小さい少年に言う。
「お前、狂ってんな」
「そんな僕のことを生かしたんだから、責任取って下さいね」
「……やなこった」
§ § §
オレはネイブの墓まで来ていた。場所は以前訪れたフラウムという元第一課の女性の墓の隣だった。たくさんの花が手向けられており、大勢の人が来ていたことが伺える。
「墓なんていらないって思ってたが……、確かに必要かも知れねぇな」
周りには誰もいない。オレは一人、ネイブの墓に向かって話しかけていた。
「オレはお前のことは全然知らなかった」
ネイブはオレが最初の一件を防ぐと決めて、強い意志を持って行動していれば死ななかったかもしれない。
だが、実際はオレの目的のために、一件目は起こるのを待つと決めた。誰かが死ぬことを許容していた。
「だけど、もう知ってる。お前が死んでからお前のことを話す奴らが大勢いたから」
ウィステ先輩はオレと一緒にいなければ、オレを追いかけてきてネイブの死体を直接見ることもなかったかもしれない。あそこまで大きなショックを受けることもなかったかもしれない。
「オレが、今さら誰かが死んだり傷ついたりして悲しめるような人間じゃないのは、わかってる」
ショックを受けたウィステ先輩をビオレッタさんが気遣って外に連れ出して、それで彼女らが襲われる、なんてこともなかったかもしれない。
「その『誰か』が身近な人間だったとたん、こうも取り乱すなんて、虫がいいよな。ほんと」
ネイブが死んで、多くの人が悲しんで、さらに二人死んで、ウィステ先輩とビオレッタさんが重症になって、それと引き換えにオレが手に入れられたのは『イオン』という名前だけ。
「良く知らない誰か、たかが一人、って思ってた。でも、そういうことじゃなかったんだ。今までオレが手をかけてきた人たちも、誰かにとっては、よく知ってる『誰か』だったんだ」
これからまた何人かが殺されるだろう。何者かに襲われて重体になった者も出るだろう。
「オレは『今回』ずっと自分のためだけに動いてきたし、これからもそうするって決めた」
そして、今まで通り自分勝手に、これからたくさん殺して、たくさん悲しませるだろう。いくら実態はアバドーンのメンバーでも、周りで普通に暮らす人から見れば一般人だ。恨まれもするだろう。
「最初にお前に言っておく。いいか?よーく、聞いておけよ。……全部が終わるまで、オレは絶対に誰にも謝らないからな」
主人公陣営
アコラス(実年齢11歳、外見年齢16歳、精神年齢13+6歳)…今週の止まるんじゃねえぞ大賞佳作。
猫(4~5歳)…声帯がなぞ。人や犬が持つようなものはないらしいのですが。
グレイ(9~10歳)…こんな10歳児は嫌だ。なんか管理局にいそう。
低年齢な上、ブレーキ役がおらず全員アクセル踏みまくりです。一般道走らないでアウトバーンへどうぞ。
上記で精神年齢に触れましたが、明確な物差しがない物は難しいですね。その人の環境や性格、価値観など様々な要素が影響しますから、子供でも大人っぽい子はいますし、反対に大人でも子供みたいな人がいる。登場人物の精神年齢をどう表現するかは課題の一つです。