【N.C. 998】
「聞いた?また、心臓がえぐられて、頭が引きちぎられた死体が出たって……」
「しかも、それ、あの店の旦那さんの弟だってよ」
「え?どこからどうみても普通の人だったでしょ。そんな事件に巻き込まれるだなんて信じられないわ」
「最初は国家魔術師狙いかと思ったけど、一般人も同じように殺されるなんて物騒だねぇ」
街ではこういった話を聞くようになった。
憲兵による見回りが強化され、夜の人々の出歩きは少なくなった。
「次々と我らの同志が、下賤な者によって打ち取られてしまっている」
「まさか、お前アプシントスに情報を売っているわけではないだろうな!?」
「違う!お前こそ……!」
国家魔術師が頭部と心臓を持ち去られ、殺されるという事件は10件、重傷・重体は3件。最近は止まっている。
こうして、最初の事件から三か月が経とうとしていた。
「いや~、アコ後輩、悪いね。荷物持ってもらっちゃって」
「別に。で、怪我の具合はどうなんだよ」
「うーん。もう大丈夫だと思うんだけどね」
一週間昏睡状態だったウィステ先輩は一か月くらい病室に閉じ込められていたが、今では第三課に復帰している。ただ、一度襲われたことから、自宅を引き払って基地内の宿舎で過ごしている。
ビオレッタさんの方はウィステ先輩よりも怪我の程度は軽かった。だが、まだ医者から休んでいるべきだと言われても、ウィステ先輩にかばわれたことを負い目に感じているのか早々に復帰していた。自宅に関してはもともと宿舎住まいだったそうだ。
「でももう夏かぁ……。アコ後輩が来てから、時間があっという間に過ぎていく気がするよ」
「はいはい」
今日は情報課まで書類を受け取りに言っていたのだが、かなりの量だったのでオレはウィステ先輩の分もひったくって第三課まで運んでいる。彼女はふんふん鼻歌を歌っていた。最近よく歌うようになって、今日は怒りのメロディーだ。
「まだ情報課の人に怒ってんのか?」
「そうだよ!人と顔を合わせるたびにぶつくさ文句言ってきて!あー、腹立つっ」
情報課にはライラックというウィステ先輩の同期の男がいる。彼は以前からウィステ先輩と顔を合わせるたびに何かと言い合いになっていた。正確には、ウィステ先輩がものすごく突っかかっていく感じだった。
今回もうっかり鉢合わせてしまい、未だにウィステ先輩はご立腹のようである。
第三課の建物につくとウィステ先輩が扉を開けてくれたので、オレはそのまま中へ入り、机の上に書類をドサドサ置いた。そしていつも通り二人での作業を続ける。
「アコ後輩、最近雰囲気変わった?」
「知るか」
「えー?ひどいなーもう。…………色々心配かけてごめ」
「やあ、ウィステくんにアコくん」
「うわぁあああ!?ろ、ローザ課長!?お久しぶりです!アコ後輩、この人は……」
珍しくローザ課長が現れた。何か言いかけていたウィステ先輩は、ものすごく慌てている。
「ああ、彼女とは一回会ったことがあるから大丈夫だよ」
「そうでしたか!」
課長はオレたちの仕事をチェックするためか、パラパラと資料をめくる。
「時にウィステくん、ここの書類がないみたいだが。さきほど情報課に行ったとき、また喧嘩して一つ忘れたね?」
見ると確かに足りない。もらうときにいつもの喧嘩が始まって、早くこの場から去ろうと確認を怠ってしまった。
「うそ!?ああああああああっ?!!!??あ、アコ後輩!」
情報課に行きたくないウィステ先輩は、オレにすがりついてくる。
しかし、ニコニコと笑うローザ課長はそんな彼女に告げた。
「これは君のミスだから、君がいってらっしゃい」
「畜生ぉぉぉおおっ!」
「あのくらい走ることができるなら、もう元気だね」
「そうですね」
「さてアコくん、君にまた頼みたいことがあってきたんだ」
ウィステ先輩が走っていった後、課長は机の上に二つの箱をおく。一つは黒、もう一方は白だ。大きさは同じくらいで、以前北東の砦に行くときに渡された物と形もサイズも似ていた。特に黒の方はそっくりだ。
「この二つの荷物を運んでほしい。つまりまたお使いだね」
「今から馬車に乗って遠出ですか」
「いいや、明日に両方とも首都だ。黒の方は第5地区にある国立博物館へ持っていってほしい。そして白の方は第12地区の内務省傘下の施設までだ」
「中身は」
「見てもいいよ」
開けるとどちらも寸分たがわぬ丸い石が入っていた。ただし白の箱の方だけ、ほのかに青紫色に光っている。
「黒の箱の中身はキレイだろう?ガラス細工なんだ」
言外に白は本物、黒は偽物だと言っている。
……違う、白い箱の中身は本物に近づけた偽物だ。
本物は近くにあるけど、ここじゃない。
理由はわからないが、強くそう直感した。
オレが黙って二つの箱の中身を眺めていると、
「どちらも軍服のままで大丈夫だ。受付で私の名前を出せばいいから」
「わかりました。……ところでネズミの駆除はうまくいきそうですか?」
「はっきり言ってわからない。いや、わからなくなったといった方がいいかな」
「それはどういう……」
「長年の勘だね」
オレの行動によって事件は抑制されつつあるが、同時に混乱を招いてしまっている、というわけか。
しかし、ローザ課長はいつもニコニコしているのでその真意はわからない。
だが、明らかに何らかの動きを察知して、対策に乗り出している。きっと第三課はローザ課長の隠れ蓑なんだろう。
「ところで、第三課って暇ですよね」
「そうだね。暇が多い、実にいい職場だ」
「……もしオレがこんな窓際は嫌だって第三課配属拒否して、ここに来てなかったら、このお使いどうしてました?」
「そんな悲しいこと言わないでおくれよ。……まあ、おそらく私が出向くか、ウィステくんに頼んでいたんじゃないかな」
§ § §
ローザ課長が帰り、ウィステ先輩が情報課から帰ってきてしばらく経った後、珍しい客が第三課を訪れた。
「突然すみま、なぜ閉めようとするんです」
「アコ後輩、どなたー?」
ちっ。
仕方がなくオレはドアに紙を挟み込んできた、メガネをかけた男を通した。
彼はおずおずとウィステ先輩に話しかける。
「あの、ウィステさんですよね」
「あれ?そういうあなたはビオレッタの幼馴染みのメガネくん?」
ブレウが接点のあまりないはずのウィステ先輩を訪ねてきた。一体何の用なんだ。
先輩はキョトンとした顔でブレウを見ている。
「ブレウです。……お怪我はもう大丈夫なんですか?」
「え?ああうん。平気だけど」
ブレウはしばらく何か言いかけては止める、といったことを繰り返してから、ためらいがちに言った。
「その……、このようなことを言うのも、怪我をされたあなたに言うのは申し訳ないのですが……、ビオレッタさんを助けてくれたこと、ありがとうございました」
深々と頭を下げたブレウに対して、ウィステ先輩がわたわたする。
「へっ?いやあれはとっさに体が動いたというか、そもそも、もしも私が塞ぎ混んでなければ……」
「もしもなんて、ありませんから。……その、ビオレッタさんのご家族のこと、聞かれましたか?」
「家族?年の離れた弟がいるっていうのは聞いたことあるけど……」
「半年以上前ですが…実は亡くなられていたんです」
「そんなの聞いてなかったよ!?」
「たぶん心配かけまいと伝えていなかったんでしょう。それで僕、ずっと彼女のことが気がかりだったんですが……、そうでしたか。押しかけてしまって、すみませんでした」
ブレウが帰った後、オレは席を立った。
「あれ、アコ後輩どこいくの?」
「トイレだ」
ウィステ先輩に用件を伝えて、第三課を出る。
ここの建物はトイレもない、おんぼろ建築物なのだ。
そして、トイレへ……ではなく、ある別の建物の裏にいく。
「話ってなんだよ」
そこにはブレウが待っていた。さっきぶりである。
先ほどドアに挟まれた紙に、話があるから後でここに来いと書かれていたのだ。偉そうな上から目線メッセージで、正直放置してやろうかと思った。
「ビオレッタさんやウィステさん、そしてネイブ先輩が巻き込まれた例の事件のことです。どうもここのところ気がかりなんですよ」
「……そんな重要そうな話、オレにしていいのか?お前、以前オレのこと疑いの目で見て、いかにも信頼してません、って感じだったじゃねーか」
オレの言葉に気まずそうに視線をさ迷わせた後、驚きの言葉が出てきた。
「それは……、謝ります」
「なんだよ、気持ちわりーな」
「相変わらず失礼ですね。……調べてみたんです、第三課のこと。紛れもなく閑職扱いで、知名度も低く、人員はごく少数。それなのに統廃合の話が上がるたびに、緊急で議論しなければならない別の議題が上がって、細々と存続している。まるで……、いえ、僕が首を突っ込んでいい話ではないんでしょうね」
それを聞いて、ニコニコと笑うおっさんの顔が浮かんだ。……絶対裏で糸引いているだろ。
「で、気がかりってのは?」
「一連の例の事件、全て同一犯と考えられていますが、実際は別の思惑を持った2グループの別個の犯行ではないかと思ってるんです」
「お前が何考えているかは勝手だが、なんでそれをわざわざオレに言う」
レドといい、他の奴らといい、いちいちオレに言いたいこと言ってきやがって……。
「僕の知人友人たちに話すような内容ではないかと思いまして」
「お前失礼だな」
こいつ、さらっと知人未満って言ったぞ。確かにまともに話したことがあるのは三回くらいだが、話す内容はその距離間の人間に話すようなことではないと思う。
「国家魔術師狙いと市民狙い……、手口は似ています。どちらも心臓と頭がなくなっている。しかし、市民が被害者のケースでは頭部が見つかることがある。上は猟奇的な犯行、あるいは魔術師の頭部を狙っている犯行と見ているようですが……。首の切り方がどうもおかしい。国家魔術師の場合はキレイに切り取られているのに対して、市民は力づくで引きちぎられたのからキレイに切断されたものまで、よく見ると少々ばらつきがあります」
「…………」
「少なくとも国家魔術師狙いの方は計画的にやっているのではないか。そしてここからはただの推測です。……誰かが我々の任務の情報を流していて、こちらの動きを知っているのでは、と」
……驚いた。『前回』も早い段階で何か気がついていたんだろうか。
しかしこれは、ブレウがあくまで筋道立てて冷静に考えた推論だ。レドとは違う。あの時、あいつは明らかにオレが核心的なことを知っているのではないかと直感していた。
なるべく平静を装って話を続ける。
「身内に裏切り者がいるかもしれないから、おいそれと人に話せないってことかよ」
「こんなこと、ビオレッタさんには特に言いづらいですよ、全く」
こいつにとってビオレッタさんはよほど大切らしい。
「……ふん。じゃあ市民狙いの方はなんだ」
考えを探ろうと聞くと、ブレウはきっぱりと答えた。
「わかりません」
「ここまで推理披露しておいてか!?」
彼は腕を組みながら、淡々と続ける。
「なんというか、場当たり的というか……。もう少し調べればターゲットに共通項が見いだせそうな気がするんですが……。現場の情報だけから考えると、やれるところからやっている、という感じですかね」
「随分物騒なこと言うな、おい」
「ですが、君あまり驚きませんでしたよね」
いや、内心暑さからではない汗が流れた。
「突拍子無さ過ぎたからだ」
「ここはそういうことにしておきます。まあ、誰に報告すべきか悩んでいまして、是非君の上司にこの話のこと、お願いします」
「……課長ならたぶんある程度勘づいてる。それと中々会える人じゃねぇから、伝えられるかはわからねーぞ」
「そうですか、それならいいのですが……」
ブレウはフッと鼻で笑う。
「では、また。僕たち明日は久しぶりの休暇なので、レドたちを連れて来ましょうか?」
「もう来んな」
やっぱこいつ嫌いだ。
ちゃんと水洗トイレあります。