久しぶりに便器抱えました。
【N.C. 998】
国立博物館。首都第5地区に存在する、自然史や歴史を中心とした資料が集められた施設だ。足を踏み入れると様々な展示物があった。今まで全く興味もなく、足を踏み入れることはなかったが……。
受付にローザ課長からの届け物を渡す。
「おおっ!お待ちしておりました!!!いや~、感激です。これが国立博物館に収められることになるとは」
受付の男性はにわかに興奮したようにしゃべる。それを聞きつけたのか、学芸員も集まってきた。
「これが隕石の……」
「貴重な逸品だ」
あっという間にオレの持ってきた黒い箱は職員しか入れない奥のスペースへ持っていかれた。皆やたらウキウキだったが、あれガラス細工なんじゃ……。
微妙な気持ちになっていたオレに、集まってきた学芸員の一人が話しかけてきた。
「ここの博物館はご覧になられたことはありますか?」
「いや、ないですが……」
「それなら、ぜひ自慢の展示物を見ていかれませんか?私、案内します!」
次の『お使い』に関しても急げとは言われていない。多少ここで見ていってもいいだろう。……別に、北東の砦でオリバーに歴史をもっと勉強しろと言われて、イラっときていた訳じゃない。
学芸員の女性は最初の区画にある、大きな街の模型図の前で話し始めた。
「うわっ、細か」
「これは、今私たちのいる首都のミニチュアになります。現在ではこのように、中心を第1地区として時計回りに全20地区に分けられていますが、これは地区が増設されていった結果ですね」
見覚えのある建物があったりと、高いところからこの首都を見渡せば、こう見えるんだろうといった感じだった。どれもこれも現実よりもずっと小さい橋や車、建築物その他もろもろは、どうやってこれを作ったのか全く想像できない。
ただ、軍の敷地内だけは模型がなかった。それもそうか。
オレが模型を眺めていると、
「こうミニチュアは初めて見られたんですか?」
「ええ、まあ」
「そうでしたか。お楽しみいただけているようで何よりです」
次の展示スペースに案内されると、そこには先ほどの模型と似ているが、少し様子の異なる街のミニチュアがあった。横には、桶の中の物を道端に捨てる絵や、その実物らしき桶、かかとの高い靴、用途不明の瓶などが飾られている。
「これは?」
「今使用されている下水道網が整備される前の首都の様子ですね。この絵は、ゴミなども道端に捨てていた様子を表していて、当時の不衛生さを物語っています」
へぇ。下水道が大昔に造られたって話は知っていたが、その前はこんな風だったのか。
街のミニチュアも全体的に汚い。こだわりを感じる。
他に飾られている物に視線を移していると、背後から声がした。
「あ、アコだ」
振り返ると、眠そうな顔のネロがいた。斜め後ろにはヴァイスもいる。
昨日のブレウといい、こいつらとの遭遇率はどうなってるんだよ。
「偶然だね。僕らもちょっと用事があったんだ」
ヴァイスがニコニコと手を振る。彼らは二人とも私服だった。……そういえば休暇とか言ってたな。
「この博物館色々あってすごいよね」
「私、早く農業コーナー見たい」
ネロはこの先の展示が見たいらしい。さっさと行け。
まあまあと宥めて、ヴァイスが学芸員に聞く。
「あ、もしかしてこの瓶って、もしかして香水の瓶ですか?」
「はい。下水道網整備前は街中でも下水の悪臭があったので、対策のためにつけられている方が多かったんです。当時の香水の匂いも嗅ぐことができますよ」
おお、ふわっと香るいい匂い。
しかし、下水の臭いか……。あの臭いが街中にもあるのはとても嫌だ。大昔下水道を造った人たちはいい仕事をしたな。
「そのころの地方の様子は次のコーナーになります」
学芸員の人が草刈り鎌とかかれた札の置いてあるところを指差す。他にも以前の農地の様子の資料や過去使われていた農具が展示されていた。植物って種まくと育つのか……。ずっと、勝手に地面から生えて増えるのかと思ってた。
どさくさに紛れてネロとヴァイスもついてきている中、唐突にネロが言った。
「私の家、農家なの」
誰に対してそれを言っているんだ。
ヴァイスは学芸員とずっと話している。あれこれ質問攻めしているようだ。
「農家なの」
もう一度ネロは言った。
オレか?オレに対してなのか?
「……だから?」
「農業のことは任せて」
かつてなくキリッとした顔だ。
「そ、そうか」
「そう」
その時にヴァイスに解説していた学芸員から聞こえてきた言葉がやけに印象的だった。
「こうして過去を学ぶことで、今に生かせるものは多々あります」
オレそっちのけで解説しているようだった。
§ § §
博物館を回って、有無を言わさずネロたちと別れてから、次にローザ課長から指定された内務省傘下の施設へ向かう。先ほどと同様に課長の名前を出して、職員に白の箱を渡した。そして、特に何事もなく受け取られ、オレはその場から退散する。無闇に居座ると良くない者と出会ってしまいそうな気がしたからだ。
しかし、出入口を出たところで、
「アコちゃんだ!」
無闇に居座ればよかった。
珍しく私服姿のリーンがズサササササッと近寄ってくる。
「こんなところでどうしたの?もしかしてお仕事?」
「そうだよ。だから……」
「すみません、こちらの不手際でこれを渡すのを忘れていました!……はい、以上で本日の業務は完了となります。お疲れさまでした」
なんというタイミングか。
内務省の職員が走りよってきて、紙束をこちらに渡してきた。
本日の業務完了って、お前余計なことを。
「あ、終わり!?終わりですね!よし、じゃあこれから一緒に街に繰り出しちゃおう!」
リーンは返事を聞く前に手を取って、どこかへオレを連行していく。
内務省傘下の施設は首都の中心部から離れた第12地区にある。ここはあまり記憶にはない地区だ。
「第12地区といえば、家具屋さんですよ!」
つれてこられた先は商店街だった。家具を売っている店が多いのが特徴的だ。
「買うのか?」
「宿舎住まいだから、家具は増やせないんですよね……。でも、見るだけでも楽しいかなって!」
そして、リーンはあっちへこっちへオレをつれ回した。
一人で寝るには大きすぎるベッドを見ては、
「アコちゃん!大きいベッドですよ!」
「そんなにデカくてどうするんだ。邪魔だろうが」
ひじ掛けのところに複雑な意匠をこらしてある一人用の椅子を見ては、
「ちょっとあの椅子に座りましょう。どうぞ膝へ」
「乗らねえよ」
頑丈そうな机を見ては、
「あの机の天板、いい盾になりそうですね!」
「そうだな」
やたらときらきらしている照明を見ては、
「……!お高いっ!!!貧乏な家ではとても無理です」
「降ってきたら痛そう」
引き出しがたくさんついている鏡台を見ては、
「あれ?鏡台はそんなに興味ありませんか?」
「……別に」
家具屋以外では、
「ここは最近できた劇場!劇に興味はないですけど、建物がすごい!」
「興味ないのかよ。まあ、確かに凝った外装だけど」
「ここはちょっとした美術館も併設されてる高級ホテル!これにはアコちゃんもそわそわしてる?」
「してない」
などなどとバカなことをしていて、気がつくと日は傾きつつあった。
第12地区でも端のほうに位置する広場に連れていかれた。そこは少し小高いところにあった。街の外側には森が広がっている。
「そういえば、いつかの任務で東の海辺に行ったとき、水平線から朝焼けが見えたんです。すごくキレイだったんだよ!」
「ふーん」
広場につくと、リーンが立ち止まりある方向を見ていた。
「あれ?もしかして……レドくーん!どうしたのー?」
「うおっ!?リーン、お前、なんでここに……」
「レドくんこそ。今日はゆっくり休むつもりだって言ってたじゃないですか」
「やることないと逆に休めなくてさ」
今日はなんでこんなにどいつもこいつも遭遇率が高いんだよ!
レドが第三課を訪れてきた日から、まともにこいつとは話していない。
「何か見てたみたいですけど……?」
「まあ、なんというか。初心に戻ろうと思って」
あの時言っていた、こいつが国家魔術師になるきっかけ。それと関連があるのか。
……知ったところで、意味はない。
「昔ネイブさんに助けられたとかそういう話か」
「え?何で知って……」
「第二課の人からネイブさんが下水道に落ちた子供を助けたって話を聞いて、もしかしたらって思っただけだ」
ここからは首都のはずれも見渡すことができる。それと以前ヘリオさんから聞いた話を組み合わせた、ただの予想だった。しかし偶然にもあっていたようで、レドは肩をすくめる。
「たぶんそれ、俺の話だな。……昔のこと振り返るのもなんだか恥ずかしいけど。七年位前かな、家族と首都に来た時、俺はぐれちゃってさ。迷子で歩き回ってるうちにこの辺に来たんだ。しかも大雨が降ってたから地盤が緩んでたかなんかで、地面が陥没して下に落ちちゃって。実は大昔作った下水道で、廃止されて設計図にも残ってなかった区間がわずかに残ってたらしい」
「その時助けてくれたのがネイブ先輩だったんですか?」
「そうそう。あの頃はまだ魔術なんて使いこなせなかったから、暗くて、息苦しくて怖かった……。でも、ネイブさんが助けてくれて、本当にかっこよかったなぁ」
「だから、初めてネイブ先輩と顔合わせしたとき、あんなに喜んでたんですね」
今の会話の中で引っ掛かった部分があった。
思わずレドに詰め寄ってしまう。
「設計図に残ってない区間?」
「あ、ああ。国の方も実態を把握できてないとかで、ちゃんと整備されてなかったと聞いたけど」
「それってまだ他にもあるのか?」
「さすがにそこまでは……」
忘れ去られた下水道網。
もしそれが他の場所、例えば軍の敷地内またはその近くに存在していたとしたら。
それが外につながっている通路だとしたら。
レドが休もうとしたがやることがないからと逆に外出する、ということがなければ知ることができなかった。こればかりは感謝だ。
……逆?
ちょうどその時、話しかけてくる者がいた。
「お師匠!そんなところで何を?」
両手に大きい袋を抱えたグレイが現れて近寄ってくる。
「お師匠って変な呼び方されてるけど弟?ちっこいなー」
「ちげぇよ」
そこでレドはハッとして、なぜかリーンからオレたちが見えなくなるような位置に移動した。
「フッ、いいですか、レドくん。私は『待て』ができる女なんです」
「『待て』ができる……?いや別に何か意図があってこんな感じで立ってる訳じゃなくてね?俺、弟と妹がいたから、なんかこう、つい心配になって不審者対策的な」
「どこかに不審者がいると?」
「いいえ、全くそういうことを言いたいわけではないです、はい」
よくわからないやり取りをしているレドとリーンを見て、グレイが不思議そうな表情を浮かべている。
「このお兄さんとお姉さんはどなたですか?」
リーンは「お姉さん」という単語のところで、スゥっと魂が空に上っていくような顔をしたあと、グレイに言った。
「こんにちは。私はリーンです。アコちゃんとは仲良くさせてもらってます」
「なんか浄化されてるよ……。俺はレド。よろしく」
「どうも。グレイです。お師匠とは親戚的な感じで一緒に住んでいる仲です。……お師匠友達いたんですね!」
最後の方だけヒソヒソと言われた。
「ちげぇわ。いいからさっさと帰るぞ」
ちょうどいい。いつまでもこいつらといるわけにはいかないから、引き上げることにしよう。
「アコちゃんまたね!」
「いいんですか?お友達にそんな態度で」
「うるせー。またねとか、そういうの嫌いなんだよ」
それよりも考えるべきことがあった。
『……昔のこと振り返るのもなんだか恥ずかしいけど』
『こうして過去を学ぶことで、今に生かせるものは多々あります』
『もしもなんて、ありませんから』
『もしオレがこんな窓際は嫌だって第三課配属拒否して、ここに来てなかったら、このお使いどうしてました?』
今まで未来を変えようとして、ずっと未来のことを考えてきた。
でも
過去のことはすでに体験してきたことだ。だが、その全てを把握しているわけじゃない。
これがわかれば、何か手がかりになるんじゃないだろうか。
『前回』と『今回』での違い。
それはオレがこの場にいるか、いないかだ。
じゃあ、オレが新たに体験し、関わったことで変わったであろう出来事は『前回』どうなっていた?
春先の魔力子活性剤を使用した強盗。
北東の砦へのお使い。
最初の死体の発見者。
そして、今回の偽物の隕石の欠片の運搬。
『今回』も、もしもオレがいなかったら……。
まず一つ目。春先の強盗はオレがいたから、ウィステ先輩は外に食事に出た。つまり、『前回』は強盗犯とも出会うことがなかった可能性がある。
二つ目。北東の砦へはウィステ先輩か、ローザ課長が行っていたかもしれない。しかし、アプシントスとアバドーンの抗争には、時期がずれていて遭遇していないのか、俺が覚えていないだけで、『前回』あの村にいたのか。
三つ目。最初の死体の発見はそもそもウィステ先輩は気がつかない。誰か、別の人物が見つけた可能性が高い。
最後の四つ目。これもウィステ先輩かローズ課長が行っていたか。
ローザ課長は『前回』も内通者を疑って、対策を講じていたかもしれない。しかし、見つけることはかなわないばかりか、会議に集まった上層部は襲撃された。
そして【N.C.1000】の出来事からすると、どこかのタイミングで本物の隕石の欠片を奪われてしまった。
隕石の欠片はきっとアバドーンやアプシントスにとって重要なものだ。
あると知れば奪いに来る。
そして、『今回』の二つの偽物。これはどちらも囮なんだ。……ローザ課長が内通者をあぶり出すための。
博物館に明らかな偽物を置くことで、内務省のところにある精巧な偽物を、より本物らしくしようとした。
本物は、……あそこ、別のところにある。
どうしようもないほどの直感だ。ただ、今日近くに来た時、はっきりとわかった。
なぜ偽物があるのに本物を取り寄せたのか。
考えられることとして、精巧な偽物を作るために本物が必要だっただけかもしれない。
それはともかく、内務省の方の偽物の情報があえて特定の人間に漏れることで、狙ってくることを課長は期待しているのか。
しかし、『前回』は本物の位置もバレてしまった可能性が高い。
オリバーの絵本通りなら、アバドーンあるいはアプシントスは隕石の欠片を集めて『天使』を目覚めさせたことになるからだ。
でもなんでバレたんだ?『今回』の課長はオレにも本物が別にあることを隠している。
「わっかんねぇ……」
「家に戻ってもずっと黙っていると思ったら、どうしたんですか?」
「運んだ人間にも本物が別にあることを隠してるのに、その本物の場所が知られたくない奴らにバレてしまうのはどんな時なんだ……」
『前回』偽物があるとわかった上で、本物の位置を推察できる情報を手に入れられた人間は誰だ。
「えーと?色々行間を補完させてもらいますけど、今日運んだ隕石の欠片はどちらも偽物だったんですよね?それでローザ課長は本物の場所をお師匠含めて隠している」
「オレはなんとなくどこにあるか直感で知ってる」
「えええ……、直感で?隕石の欠片特有の魔力子を感知する機能でも備わってるんですか、あなた」
「オレは魔力子なんて持ってねぇからそんなの知らねーよ」
「その話はいったん置いておきましょう。第三課ってすごく窓際で知名度低いんでしたっけ。そうするとローザ課長って人がいること自体、知ってる人少なさそうですよね」
「そうだな」
昨日ブレウも言っていた。紛れもなく閑職扱いで、知名度も低いと。
「本物を運んだのはローザ課長なんでしょうか。そうするとローザ課長をマークしていれば辿り着けそうですけど」
「その前に、隕石の欠片が首都に来ていること、それがローザに渡ったこと、これらを知らなければマークしないのではないか?」
グレイと猫が話している。
『前回』隕石の欠片を運んだのがウィステ先輩だとしたら、それに気がつけるのは誰だ。
ウィステ先輩だって、意味ありげに頼まれた仕事をそう簡単に話すような人じゃない。あの人、責任感が強くて根は真面目だ。
そうすると、ウィステ先輩の行動に違和感を持つことができる者がいたのか?
それで、隕石の欠片の存在に気がついて。
ローザ課長の動きを見張って。
本物に辿り着いた……?
もしかして。
今気がついてしまったこと。
そして今日知った、たくさんのこと。
これらを合わせると、それはきっと―――。
空気中の酸素は約21%ですけど、人間って酸素濃度18%下回るとやばいらしいですね。だからマンホールの中、つまりは下水道とか酸素濃度低くてあかんらしいです。
身近なところに危険はいっぱいおっぱい。