【N.C. 998】
「美味しいもの食べると生きてるっ、幸せって感じするよね!」
「太るぞ」
「デ・リ・カ・シーっ!もうっ、人にやったことは、いつか自分に返ってくるんだから。悪いことしちゃったら地獄行きだぞー?」
「地獄って死んだら行くかもって場所だろ。それに実際人間死んだら『はいおしまい』って感じで、そのあと何もないんじゃねーの」
「ガーン!おばあちゃんの受け売りだったのに!」
いつも通りの第三課。調子が戻りつつあるのか、カラ元気なのか、ウィステ先輩はマシンガントークだ。あとなぜか机の上にいろんな店の菓子を並べて、腕を組んでいる。
「……その菓子は?」
彼女はよくぞ聞いてくれました、とばかりに大きくうなずいた。
「これは重要な選定作業なのです」
「そうか、よかったな」
きっと誰か、ビオレッタさんとかにあげる用を選んでいるんだろう。
ウィステ先輩は明るくふるまっているが、内心はまだ複雑であることは想像に難くないし、菓子食べてそれで元気が出るなら、別に文句もないが。
「幸せ、ねぇ……」
なんとなく発したオレの呟きに、相変わらず腕を組んだままの先輩が偉そうに言う。
「幸せは絶対評価、仕事は相対評価なんだよ、アコ後輩」
「つまり?」
「幸せだって自分で感じることができればそれで十分なのです」
「仕事は」
「仕事はまあ……、それとなく。私が働いてそれで迷惑かけるなら、何もやらない方がいいし」
「別にオレはそうは思わないけど」
「え?」
「なんだかんだオレ、先輩に助けられてるし。それに、あんたに対して迷惑だなんて言ったり思ってたりするような奴、みたことねーし。もしいたらぶん殴ってやるよ」
なぜかウィステ先輩は顔を赤くした後、無理やり話を変えた。
「ひゃ、へ、え、えっと。あ!そういえば!?この前お友達見かけたよ!よく五人でいる子達だけど、ちょっと不思議だよね」
「不思議?何が」
「どうして新人同士で固められて組まされてるのかなーって。もしかして問題児?まあ、アコ後輩もなかなかだけど」
彼女は楽しそうにしゃべっている。
「ウィステ先輩は……、いやなんでもない」
「え?なになに?気になる」
「オレ、ちょっと第二課に行ってくる、もうこれ持って行っていいだろ」
ちょうどキリがいいので、オレは作業分の書類を持って立ち上がった。
そして、第三課を出るときに呼び止められる。
「アコ後輩!」
なんだろうと振り返ると、ちょっと困った顔をした先輩が言った。
「さっきの話だけど、殴っちゃダメだからね?」
いつも通りの仕事をする。
「ビオレッタさん、これ、お願いします」
「はい、確かに受け取りました。……どうかしましたか?」
これは、時々受けるようになった報告。
「少し、いいですか」
「またあの話か」
「はい、例の事件、被害者の市民らについてなのですが……。行動に似通ったことがありました。彼らは同じ時間帯に姿を消す時がある、ということが」
加えて、出現する上司への伝言。
「なるほど。……さて、君には伝えておこう。この日付で、例の事件のために極秘で会議を行うことになった」
そして―――。
「あれ、猫ちゃん?どこから入ってきたのかな?」
「先輩」
「うん?」
「じゃあな」
§ § §
手筈は全て整えてある。
例の事件のための会議を、今日の日付で極秘に行うよう提言した。根回しもした。
そして予想外のところから手に入った情報。
これがあれば、欲しいものが手に入る。余計なものも排除できる。
下水道を抜けて向かう先には、第12地区の高級ホテルがある。そこには宿泊客のために小規模な美術館が併設されていた。
今日ここは警備が手薄になっている。これからもっと手薄になる。
そうしているうちに、そう遠くない場所から轟音が聞こえた。
小規模な美術館の裏方に、五人の仲間とともに侵入する。彼らには憲兵の格好をさせてある。万が一、警備の者に鉢合わせた時に備えてだ。
薄暗いこの場所には一人先に待っている者がいるはず。
「……あなたが先行していた人?」
顔を仮面で隠し、コートを来た人間が端におかれた椅子に座っていた。
個人の判別がつきにくいこの組織の秘密主義はこういうところだけは困る。
「ああ」
思ったよりも声が高い。立ち上がってこちらに近づいてくる。コートで体格はわかりにくかったが小柄だった。
そのとき、ふと足元のほうに視線がいった。
物陰には誰かの手が見えた。
「残念だよ、本当に」
私だけはとっさに避けた。顔の横を刃物がかすめる。しかし対応の遅れた仲間の一人は瞬く間に首をかき切られた。
「貴様!」
誰かが叫んで切りかかる。しかし素手で目を潰された。
「あああああああっ!???!??」
そして首がへし折られる。
「ひっ……」
私は後退った。
こいつは一体なんなんだ。
突然二人、いや、本来待っていたはずの一人を含めて、三人が殺された。
「……お前がイオンだな」
「なんで、それを」
私は新しい名前で呼ばれた。しかし、今は表向きの恰好だ。
なぜそれを知っている。
「私は先に例の物を確保する!三対一で敵を排除しろ!」
優先すべきは例の、隕石の欠片。まだこちらには私以外に三人いる。私だけでも目的の物を早急に手に入れて離脱すべきだ。
三人にその場を任せて、私は走り出した。
「はあ……はあ……」
走った末に二階の保管庫に辿り着いた。身体強化を使っているはずなのに、緊張のためか息が上がった。入って鍵を閉めてから、中を探す。
あちらこちらの棚や箱を見た。
「あった……」
見つけた。それは小さな箱の中に収められていた。
私たちが探している、集めるべきもの。これがあれば、邪魔者は皆いなくなる。
本来なら私が動くべきことではないが、どうしても自分の手で確保したかった。
扉に背をつけて外の様子を窺う。
音はしない。
あの謎の敵は排除できたのだろうか。
今なら、脱出できるか……?
そう思ったとき、
後頭部に衝撃が走り、首が掴まれていた。
「う、あ……?」
「やっと見つけた」
何が起きている。
首を強く掴まれて苦しい。
扉は開いていない。敵の姿も見えない。なんでなんでなんで―――。
違う。扉を手が突き破って、後ろから首を掴まれている。
後頭部に扉の細かい破片が刺さっている。
自分の状態を把握した次の瞬間、突然首を離されて、扉ごと吹き飛ばされた。
私はそのまま倒れて扉の下敷きになる。
「かはっ……、はあ……はあ……」
とにかく逃げなくては。
隕石の欠片、あれさえあれば。
ない。
ない、さっきまで持っていたのに。
扉の下からはいずり出しても見当たらない。一体どこに。あれがないと私は。
早く、早く見つけないと。
「おい、お探し物はこれか?」
私たちを襲ってきた者が近くに立っていた。ヤツの手には、先ほど私が持っていたはずの箱がある。これ見よがしに見せた後、懐にしまわれた。
「か、えせぇぇぇぇええ!」
魔術を使う余裕もなく掴みかかろうとしてしまう。
「そんなにこれが欲しいのなら、代わりに全部オレが集めてやる。それで、全部壊してやるよ」
足に激痛が走った。
相手も拳銃を持っていたのだ。
痛みからその場に崩れ落ちる。
そのまま頭に拳銃を突き付けられた。
「撃つのは得意じゃないけど、この至近距離なら外さない、外せないんだ……」
足が痛い。体が痛い。でも動けない。
さらに聞こえてきた声で私は動揺してしまう。
「アバドーンに国家魔術師の情報を流して襲わせたのはお前だな、イオン」
そして、呼んでほしくない、忌々しい名前を口にされた。
「いや……、ビオレッタ」
§ § §
オレはビオレッタに銃を突き付けていた。
最初はウィステ先輩を疑っていた。
しかし彼女が一か月病室にいる間にも、国家魔術師の殺害は起きていた。
ひとまずウィステ先輩ではないとする。
上の立場、またはその近くにいることができる地位。
ウィステ先輩が秘密裏に動いたとき、例えば隕石の欠片の運搬をしたときに、その行動に違和感が持つことができる者。つまりウィステ先輩に近い人物。
そこからローザ課長の存在に辿り着くことができるのは。
全部推測で明確な証拠なんて何もなかった。
ウィステ先輩が休んでいた時、ビオレッタさんは忙しいながらもそれなりの頻度で彼女のもとへ行っていた。その移動のときは自由になれる時間があっただろう。
襲撃された後も、いち早く復帰していた。仕事しているということは情報にも触れられるはずだ。
そして、これは単なる疑いへのきっかけに過ぎないが、彼女からは下水の臭いを消すための香水の香りがした。
オレは仕事の中で、ビオレッタに相談だと話をもちかけ、その中で本当の隕石の欠片のありかの情報を、あえて潜り込ませた。
それからグレイと猫を使い、ひたすら第12地区を見張らせたり、空き家の状況を調べさせた。猫や子供は警戒されにくいのに加えて、グレイは逃げ足が早かった。
今日、怪しげな男が高級ホテル併設の美術館へ侵入したと連絡が来たので、急行し問い詰めたところ、大当たり。奴らは隕石の欠片が目当てだった。
もちろん、隕石の欠片の話をしたのはビオレッタだけだ。
奇しくも会議が行われるのも今日だった。状況全てが前倒しになっている。
……いや、偶然なんかじゃなかったんだ。会議襲撃の最大の目的は要人暗殺じゃない。
隕石の欠片を確実に手に入れるため、こちらに目がいかないようにするためだったんだ。
きっと今頃、会議場は襲われているだろう。
だが、ここに来る前にオレは布石を残しておいた。
うまくいくかはわからないが、襲われる前に警戒が高まって、多少は急な襲撃にも対応しやすくなることを期待している。
……正直、ビオレッタ、いや、イオンが直接奪取に来るとは思っていなかった。
ただの予想が完全に事実として突きつけられてしまった。
ウィステ先輩やブレウ、ネイブさんにレドの顔が脳裏に浮かんでは消えていく。
「なんで、こんなことしたんだ……。こんな裏切るような、酷いこと……」
あれだけウィステ先輩と仲良さそうにしていたじゃないか。
それなのに、被害者として疑惑から逃れるために仲間に襲わせて、ウィステ先輩にも怪我をさせて。
あの時の涙はウソだったのか。
「ひどい……?」
イオンが目を見開く。
「違うっ!!!いつだって酷いのは皆だった!私を見てくれたのはあの子だけだった!」
彼女の眼はどこまでもよどんでいた。見えているのに見えていないような、そんな眼だった。
「皆、皆、私を追い詰める……。そんなやつらいなくなればいい、死んでしまえばいい。あの子が私だけを見てくれていればそれでいい。だって私は、あの子を愛してる。私は幸せになりたい」
「愛してる……?」
銃を突きつけられているため、動きはしないがぶつぶつと呟いている。
『あの子』が誰を指すのかはわからない。誰に対して、どういう感情を向けているのかもわからない。
だが、誰の言葉も、もう彼女には届かないことはわかった。どうしようもなく一方通行なんだ。
早く、イオンを殺さなければ。
こいつのせいで、皆苦しむことになったんだ。
こいつさえいなければ。
第一課だけじゃない、魔術師自体の人数が減っていって、あいつらはそれまで以上に頑張らなきゃいけなかった。
ボロボロになっていくあいつらを見ていることしかできなかった。
『アイリスちゃんはイイ性格してるね。……あれ?アコラスくんはなんでそんな怒っているんだい?』
『せっかくだから私とお散歩しよう……。私今どこにいるかわからないけど。……あ。あそこの草は食べられる』
『おや、おチビさん。また君は人に対して失礼な。うわっ、やめ、眼鏡を奪おうとするな!!!』
『アコラスくん、アイリスちゃん。せっかくですし、お姉さんとお手紙交換で文字のお勉強しましょうか』
『俺たちが皆を守るから、今度はお前がアイリスのこと守ってやれよ。だからな、ここで待ってるんだぞ?』
『あなたがもう頑張らなくてもいいように、皆頑張ってるの。私だってそうだよ。いい?後から追いかけてくるなんて、ダメなんだからね?』
「………ょう、畜生畜生畜生……っ!!!」
イオンの横面を殴り飛ばした。
そして、首をつかんで無理やり立たせた後、壁に押さえつけながら首をゆっくりと絞める。
もう遠い記憶になってしまった皆の顔。
「うぅ…………」
頭の中がごちゃごちゃになっていく。
ビオレッタのことを、真剣に見つめているブレウ。
ビオレッタと楽しそうに、嬉しそうに話すウィステ先輩。
昨日だってウィステ先輩は。
その時、オレは一瞬力を緩めてしまった。
大きな音と共に、腹がカッと熱くなる。
見ると赤が広がっていく。
イオンを見る。
苦しそうな顔だ。片手から、いつの間にか持っていた拳銃を落とす。
「このくらいじゃ、オレは手を離さないよ……」
ああ馬鹿だ、オレ。
やっぱりこいつは誰にも真実を知られずに、殺さないといけない。
たまたまここで殺された、ただの哀れな人間として、始末しないと。
そのまま、力をかける。
いつかの瞬間、抵抗していた身体強化も消えて、イオンの体から力が抜けた。
「知ってるか?悪いことしたら、地獄行きらしいぞ。……だから、ビオレッタさん、またね」
今日投稿予定だった話が5日前に投稿されていた上に、水洗トイレありますからの便器抱え事件で今便器じゃなくて頭抱えたり、ホラー描写したいけど幽霊苦手なのでホラーゲームの明るい実況を見て学習しようとしたり、「働くことが罪なら、(仕事を)俺が背負ってやる!」と言われたい今日この頃ですが、私は元気です。