最初はこんな風にするつもりはなかったんですが、気がついたらこうなっていました。
胸糞注意です。
私に逃げる場所なんてなかった。
小さいころ、母に連れられて訪れた大きいお屋敷。
そこで、母から「新しいお父さんだよ」と男の人と会わせられた。
その日から私はその大きいお屋敷で住むことになった。
お稽古やお勉強で毎日が忙しかった。
母は私を見てくれなくなった。いや、以前から私のことなんて見ていなかったのかもしれない。
毎日毎日、誰かと話すことは事務的なことだけ。
使用人が噂しているのを聞いた。
私は連れ子だから跡継ぎのことを考えると、旦那様も対応に困るでしょうね、と。
ある日、名前を呼ばれた。
『新しいお父さん』に部屋に呼ばれた。
母は私を見ていない。私が父を避けても、
「あなたとお父さんはもう親子なんですよ?いつまでもわがままを言わないで、家族として接してあげなさい」
家族って何?
それ以外、母は私とほとんど話すことはなかった。
はやくここから逃げたかった。
でも、ここは広いはずなのに狭かった。
息ができない。
逃げる場所なんてなかった。
誰も私を見ていない。
『新しいお父さん』は私の名前を言って、時々部屋に呼んだ。
私のことを見ているわけではなかった。
お稽古の中で、私は魔術の素養があると言われた。
軍で働く魔術師にもなれるだろうと。
それを聞いた『新しいお父さん』は私を軍の魔術師を育成する学校に入れた。
体よく追い払うための口実だとわかっていたけれど、ここからいなくなれるならどうでもよかったから、私は受け入れた。
でも、離れたはずなのに。
ずっと息苦しかった。
学校では良く話しかけてくる女の子がいた。
いつもいつも幸せそうにしている。楽しそうにしている。
どうして?
私はこんなに苦しいのに、なんでこの子は幸せそうにしているの。
私と何が違うの。
私をその名前で呼ばないで。
ある日、たまたまつまずいて転んだ。
誰かから「これがここに置いてあったなんて、運が悪かったですね」と言われた。
悪いことに遭ってしまうのは、運が悪かっただけなの?
幸福なのか、不幸なのか、いったい誰が決めるの?
誰がその運を定めるの?
実家からの便りで、今度弟が生まれるらしい。
長期休みに帰って来なさい、ともあった。
久しぶりのあの場所にいくと、知らない小さな男の子がいた。
『新しいお父さん』の知人の息子だから、相手にしてあげなさいと言われた。
私にはもうすぐ弟が生まれる。
『家族なんだから』という言葉が重くのしかかる。
息ができない。
うまく接するための練習だと思って会話をした。
彼は先妻の子で、複雑な立場だった。父とうまくいかずにいるらしい。とても不幸そうにしている。
私と似ていた。
よかった、私は一人じゃない。
長期休みの間内心退屈だったが、彼のお遊びに付き合ってあげた。
お友達と仲良くね。
心にもないことも言った。
学校の、あの女の子は相変わらず私に話しかけてくる。笑顔で私に接してくる。私の名前を呼ぶ。
幸せそうだ。憎い。
でも私を見ている。
次の長期休み。
あの場所に再び戻ると弟が生まれていた。
母に『新しいお父さん』、弟で幸せそうにしている。
その中に私はいなかった。部屋に呼ばれることもなかった。話すこともなかった。
それでもこの家に私の逃げる場所はない。
息ができない。
苦しい。
その次の休み。
家同士の付き合いのためのパーティーがあった。
「君は軍魔術師学校に行っているそうだね。それでも時々お父上やお母上に顔を見せてあげるんだよ。家族なんだから」
知らない人間からそう言われた。
家族を愛せない私は普通じゃないの?
どうして普通を私に押し付けるの?
苦しいよ。
どこにも逃げられない。
もういっそ、私が逃げることができないなら、その代わりに皆、いなくなってしまえばいいのに。
あの小さな男の子は毎年私に会いに来た。
気がつくと、彼は明るくなっていた。家族の一人とうまくいくようになったと喜んで報告してくれた。
なんだ、私とは違って幸せだったんじゃないか。
ウソつき。
「あねうえー」
弟は歩いて喋るようになっていた。
「あなたはこの子のお姉さまなのですから。優しくしてあげてね」
穏やかな目で弟を見ている母。
「仲が良いのはいいことだ」
朗らかに笑う『新しいお父さん』。
この頃から、“…えせ、……せ”と何か聞こえるようになっていた。
学校を出て、国家魔術師になって、しばらく経った。
彼女はここでも一緒だった。少し幸せそうじゃなくなった。
最近、誰かを、あの男を見つめていることが多くなった。
今までずっと私のこと見ててくれたのに。
許せない。
憎い。
あの子は第二課からいなくなった。
第一課の誰かが殉職してその責任を取るため、と言っていた。
長らく見つめていたあの男から、目を逸らして逃げるようになった。
私は私と同じ幸せじゃない彼女を励ました。
彼女は私には会いに来てくれる。私を見てくれる。
それでいい。
この気持ちはなんだろう。
いつまでも見ていてほしい。
私と一緒にいてほしい。
そうか、これが愛なんだ。
私は彼女を愛してるんだ。
私も誰かを愛せるんだ。
久しぶりにあの場所に戻った。
弟はまだまだ子供だが随分成長していた。
母も『新しいお父さん』も、みんなみんな幸せそう。
弟から言われた。
「なんで、姉上は父上や母上と距離をとっているんですか?家族なんですから、仲良くしましょう?」
どうして?
なんで家族だからって理由で強制されるの?
私の場所はどこにもないのに。
弟が庭の池に足を滑らした。
水の中でもがいている。空気を求める魚みたいに口をパクパクさせている。
次第に動かなくなって沈んでいった。
このとき“かえせ、ほろぼせ”とはっきり聞こえるようになっていた。
母も『新しいお父さん』も弟がいなくなって悲しんだ。
でも私を見てはいない。
いなくなった弟の部屋にすがりついている。
どうして?
母が私を見た。
「あの子が……、あなたの弟が亡くなったのですよ!?あなたはなんでそんなに冷たいのですか!??!?こんな子に育てたつもりはなかったのに」
息が止まった。
無意識のうちに知らない場所に私は足を向けていた。
「新しい同志ですね」
「どうか『主』に祈りましょう。そして還りましょう」
私と同じ人がたくさんいた。みんなあの声が聞こえていた。
私に幸運をくれるのかな。
久しぶりに部屋に呼ばれた。
『新しいお父さん』が死んだ。
母も死んだ。
とても苦しんでいた。
かわいそう。
私はこの場所で初めて息ができた。
ああ、もっと幸せになりたい。
彼女の近くに変な女の子がいるようになっていた。
彼女は昔みたいに明るくなって、また、あの男を見るようになっていた。
今度はあの男がいなくなればいい。
あの男がいなくなって彼女は落ち込んでいた。
だからなるべく彼女のそばにいてあげた。
どうか私だけを見ていてほしい。
私が同志たちの仲間であることがバレないように、同志の一人に私たちを襲わせた。
彼女はやっぱり私をかばってくれた。嬉しくて涙が出る。
彼女は私を見てくれている。私だけを見ていてほしい。
他の人間なんて誰もいらない。
愛してる。私は彼女を誰よりも、殺したいほど愛してる。
愛しているけれど憎い。
憎いけれど、愛している。