【N.C. 998】
湖のある町を離れて三日。オレたちは街道を歩いていた。一刻も早く遠くに行きたいのは山々だったが、乗り物を使うと足がつく可能性もある。そのため、街道や森の中の小道を歩いているのであった。目的地は少し離れた、人の出入りも激しそうな大きな町。あと二日もすれば着くだろう。
近くに川が流れていたため、そこで休憩をとることにした。
オレは一日中歩き続けても問題ないが、グレイと猫はそうはいかない。猫は鞄の中だが。
「ふう、アコラス。もう少し快適になるように鞄を運ぶのだ」
自分の足で歩けよ、この四足歩行動物。
猫とオレが睨みあっていると、グレイが手持ちの袋を漁るのをやめて話しかけてきた。
「叩きつけられたとき、結構な音してましたけど背中大丈夫ですか」
「今は別に痛くないかな」
何かと思えばそのことか。
先日クリュティエとの戦闘ぶん投げられた時、確かに背中が木に強く当たった。若干ビリビリしたけど、すぐに動けたし、今も問題なさそうだ。
しかし、グレイは気になったのか、オレの服をまくって背中を見る。
「特に打撲跡もないですね。……最近、怪我の治りが早くありません?」
「そうか?」
「前のお腹もろもろ含めた傷は、完治したのなんだかんだで一週間くらいでしたよね」
傷があろうがなかろうが、動かなきゃいけないときは動くしかないのだ。大抵はそのうち怪我もなくなっているので、治りの速さなんて気にしたことはなかった。
「異常がなければ、それで良いんですけど……」
再びグレイは袋の中を漁り出す。何が入っているのかと見てみれば、新聞の束だった。道理で抱えたときに重たいと思ったら……。
「これ、あの町で捨てられたんです。あとで読もうと思って、とりあえず拝借してきちゃいました」
その時、風が吹いた。一枚の新聞紙がグレイの手を離れる。
「あ!」
「ぶべっ」
その紙は見事オレの顔にぶち当たった。
「ナイス顔面キャッチです、お師匠」
「なめてんのかお前」
イラッとしたので丸めて捨てようとしたが、紙面が目に入る。
『スクープ!大神殿で奉られる物の正体!!実は千年前の隕石だった!?』
「うお!?」
「どうしたんですか?」
突然飛び込んできた情報を良く見てみると、聞いたことのない、小さな新聞社の記事だった。
内容としては、この国のメジャーな宗教の本拠地である大神殿にはお宝があり、新年を迎える際に行われる儀式のみに持ち出される。今までその正体は秘密のベールに包まれていたが、実は……!という感じだ。
なお、記事の根拠になる部分は、記者の独自調査の一点張りである。
「……怪しさ満点三流記事な空気がします」
この新聞はエポック紙という名前で、出版元のエポック社は大神殿と同じ町にあるみたいだ。年末も近づいているので、今からその町にいってみれば、ちょうど年越しの儀式に居合わせることができるだろうが……。
「いいかげんだし、あんまり信憑性は高くなさそうだな……」
「そうですねぇ」
『行かない』に天秤が傾きかけていると、
「いや待て」
一匹、異論をあげる猫がいた。
「例え、その情報が嘘だとしても、確かめに来る者がいるのではないか?どこで誰が何を見てるか、案外わからぬものだ」
……なるほど。先日のクリュティエみたいなパターンもありうるってことか。
「次はこの新聞社と大神殿のところにいくぞ」
現在地から目的地までの道を地図で調べる。パッとみた感じ、当初の予定よりも歩く時間が長くなりそうだ。
「この間は後手に回ったが、今度は誰であろうと、こっちから先手を打って仕留めてやる」
「うわー、悪い顔してる」
§ § §
「人が多いな……」
「人が多いですね……」
人口を考えると首都ほどではないはずだが、密集している。
途中道に迷うトラブルもあったが、無事目的地についたオレたちは、まず大神殿を見に行くことにした。入ることはできなかったものの、神殿前にある広場は、大勢の人々が楽しそうに談笑したり、露店が広げられたりと、活気づいていた。
「この辺りは有数の農業地域です。『この冬を乗り越え、次の春が早く来てほしい』という気持ちが信仰心とうまく合致して、熱心な信者の方がたくさんいるのかもしれませんね」
露店に売られている怪しげな雑貨を楽しそうに眺めながら、グレイが言う。
年の終わりは、どこの町でも人々が集まり、新しい年を迎えられることを感謝する。毎年この時期は騒がしくなるので、一般常識としてそういう行事があることは認識していた。眺めるだけで参加したことはなかったけど。
肝心の大神殿自体は高い塀で囲まれ、そのまわりも定期的に巡回する警備隊がいるなど、厳重に守られていた。簡単に侵入はできなさそうだ。
そのおかげか、町中はにぎやかながらもかなり治安が良い。ここでひと騒ぎ起こそうものなら、大神殿の直下の警備隊や国の憲兵に駆け付けられるだろうし、国家魔術師の地方支部もある。すぐに鎮圧させられるだろう。
大神殿の様子を外から見終わったところで、町中にある噴水の縁に腰掛ける。次にいくのは例の新聞社だったが、懸念事項があった。
「仮にこの記事を信じるなら『隕石』の話は記者が握ってるんだよな……。そうすると記者たちを訪ねにエポック社に行くとして、何で知りたいのかの理由を深追いされたりするのは困る」
「わざわざ直接訪ねるなんて、基本、自分の情報を売り込みたいとかタレコミとかでしょうしねー。うーん、僕の頭の中の冷静かつ冷徹な部分が、記者をサクッと暗がりに引きずり込んで拷問が手っ取り早いと告げていますが、それはちょっとアレですし……」
「タレコミの名目で社内に入って、資料を盗み見るのも良さそうだな」
オレとグレイで話していると、鞄の中から声がした。
「エポック社はかなり小さな新聞社である。住所を見た限りでも、どこかの建物の一室を間借りしている、といったところであろう。人数も少ないから、資料を見たいのであれば無人になったところを侵入したほうが良いと思われるぞ」
猫の言う通りなら、深夜にでも忍び込んでしまえばいいか。
オレがそう考えている間も、猫はやたら饒舌だった。
「扱っているのはもっぱらゴシップ記事。先日劇場の人気女優クリスティーヌについて書いていたりしたな。ただ、他のゴシップを扱う新聞と比べると、それほど過激ではない。内容も礼拝にこの町を訪れたことや、どこのホテルに泊まったか、どこのレストランに入ったかのような話が書いてあった。余は後でそのホテルとレストランを見に行きたいぞ」
「……なんかお前、詳しくない?」
「お猫さんは首都にいた時、よく劇場に行ってましたもんね。クリスティーヌさんのファンなんですよ」
「クリスティーヌはいいぞ」
オレの知らないうちに、何やってたんだこいつ。
「というか……、おい、猫。お前がこの町に来ることを提案したのって……」
「ニャーオ」
「ごまかすな」
エポック社は古い町並みの一角にあった。
他の新聞記事もできる範囲で確認したが、隕石について話題にしていたのはここのみだった。
隕石の欠片……、クリュティエはドーラとかなんとか呼んでいたが。先日の件で、奴らも何らかの方法で探し当ててきているようだ。
オレ達と同じように、ここに目をつけている者がいないか新聞社前でしばらく張り込んでみたが、今のところはいない。いよいよ乗り込もうとしたところで、建物から大きな荷物を背負った人がでてきた。ぶつかりそうになったのをオレは避けたが、男性の方は避けようとしてバランスを崩して転倒した。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。……は!すまないけど、これから取材なんだ!この間の隕石の……、ああいや、なんでもない。いけないいけない、急がないと。では!」
手を差し伸ばして、引き起こしたその人物は起き上がるや否や、どこかへ去っていく。
「隕石って今言ったよな」
「言いましたね」
「……よし、後つけるか」
「いえ、尾行は僕とお猫さん、新聞社の様子を見るのはお師匠で手分けしましょう。お猫さんなら堂々と近づいても誰も怪しむ人はいませんよ」
確かに一緒に行動する必要もない。グレイたちは記者を追いかけていき、オレは建付けの悪い扉に手をかけた。
中に入ると狭い廊下が続いており、木箱が積み上げられている。いくつかの物件が入っているようで、そのうちの一室にエポック社の表札が出ていた。
部屋の外から様子を窺っているとドアが開いた。両手に大きな箱を抱えた女性が足を使って、器用にドアを開けているのだ。ただ、抑えていないと閉まってしまうようで、両手が塞がった彼女はどうにか、外に出ようとしていた。
「……ん?ドアが軽く?あら、そこのあなた、ありがとう」
代わりにドアを開けると、女性はサッと出てきて廊下に箱を置いた。こんな風に接触できるとは珍しく運がいい。
「ここって、もしかしてエポック紙を出しているところですか?」
偶然通りかかったのを装って話しかけると、
「まあ!うちを知っているの!?そうよ、ここはエポック社。あなたの言った通り、エポック紙を出版してるわ。……は!もしやうちに興味があって!?入って入って」
オレが返答する前に、やや強引に部屋の中へ通される。そのまま女性に来客用と思わしきソファーに案内された。
「ちょうど今お茶を入れたところだったの。はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます?」
室内にはオレ以外に二人いた。一人は男性で、机に向かってずっと顔を上げずに何かを書いている。もう一人はお茶を持ってきて、オレの正面に座ったこの女性だ。
ここにはたまたま来ただけだと話すと、女性は少し気落ちした様子だったが、すぐに溌剌と喋った。
「ここは滅多に人なんて訪ねてこないから少し舞い上がってしまったわ。でも偶然とはいえウチのことを知っている人がたまたまここを通るなんてこれはもう運命ね!」
一呼吸のうちに一気にまくしたてられる。この人はなんか、すごくマシンガントークしそうな感じだ。どことなくウィステ先輩を彷彿とさせる。
「私は編集長のイヴァナです。そこに座っているのがサンクレール。あなたは?」
「アコ、アイリスです」
名乗らないようにしていたせいで、逆に名前を聞かれるのが久しぶりだった。そのため、軍に把握されている名前を言いかけてしまい、とっさに浮かんだ名前を口にする。
「そう、我がエポック紙で、アイリスさんはどんな記事を読んだことがあるの?」
「えーと、先日の大神殿のお宝についての記事とか」
「あらまあ、そうなの?それは担当記者の力作なのよ。きっと彼も読んでくれたことを聞いたら喜ぶわ」
「今その人はどこかに出かけているんですか?」
「そうなのよ。ただ彼、ジョセフっていうんだけどね、さっき出かけたばかりなの。少し待っててもらえれば、帰ってくると思うのだけれど」
ということは、グレイたちが尾行している奴がアタリだったのか。ジョセフというらしい。
「私は仕事に戻るわね。お話に付き合ってくれてありがとう」
イヴァナと名乗った女性は紙の積みあがった机に向かっていったが、彼女が席に着いた衝撃でその山は崩れた。サンクレールと紹介された男性は、その様子をちらっと横目で見て、自身のしていた作業に戻る。
「しまった!クリスティーヌの特ダネが埋もれてしまったわっ!!!」
イヴァナは散乱した紙の前で慌てていた。あちこちに落ちた紙を拾ってまとめては、何が書いているか見るためにぐちゃぐちゃに置いて、かなり混沌とした状況になっている。
「……手伝いましょうか?」
オレはソファーから立ち上がったのだった。
先週投稿しなかった罰が当たったのか、なぜか正座で1~2時間ほどお昼寝をして、起きたらとても足がしびれるというセルフ拷問をしてしまいました。