【N.C 998】
グレイは猫と共に、記者の後をつけていた。
「どこに向かっているんでしょうか……?」
「大神殿を調査できる場所、あるいは情報を話してくれる人物、といったところだろうか」
「そう簡単に調べることなんてできるのかなぁ」
大神殿は町の中心にある。いや、大神殿のまわりに町ができたという表現が正しいだろう。この地における大神殿の存在というのは非常に大きく、詮索するのはあまり好ましくないという風潮があった。そのため、この記者も大々的に取材するのは難しいだろう。加えて、大神殿は高い塀で囲まれており、中を窺い知るのは簡単ではない。
「あの記者さん、酒屋に入っていきましたよ……、って出てきた?」
「荷物を持っておるな」
取材に行くはずの記者は大きな酒樽を抱えていた。そして、酒屋の従業員と思われる人物と少し会話した後、その酒樽をどこかへ運んでいく。追いかけていくと、次に訪れたのはレストランだった。酒屋で預かった物をレストランの裏口にて渡している。受け取ったコックは笑顔で記者に話しかけていた。
「こここここのレストランはっ!」
「そんなに尻尾を立ててどうしたんですか?何か問題があるところなんですか?」
「エポック紙で、クリスティーヌが訪れたと掲載されていたレストランだ。店内に彼女のサインがある」
「お猫さん、しれっとした顔で入ろうとしないでください。あなたは獣なので、レストランに入るとたぶん追い出されます」
「おぬしの魔術でそこをなんとか」
「そこはなんとかなりません。あ、またどこかに行っちゃいますよ」
その後も、記者は行く先行く先で、洗濯物を手伝ったり、掃除をしたり、はたまた家の塗装をしたりしていた。とてもじゃないが取材をしている様子ではない。
「手助け、してるんですかねぇ?」
「だが、一定の方角へ向かっているようだぞ」
「このまま行くと……、時計台?」
一見あっちへこっちへ歩き回っている記者は、町の中でも高い建造物である、時計台の方角へ進んでいるようだった。
そして、多大な寄り道の結果、時計台の入り口へたどり着いた彼は、誰かに咎められることなくそのまま中に入っていく。
グレイや猫も続いて追いかけると、記者は階段で登ることのできる、最も高い階で足を止めた。そして座り込んで双眼鏡を取り出すと、コソコソとどこかを覗き始めたのである。
「あの人が見てるのって、この向きだと……大神殿かな?もしそうなら、人によっては罰当たりだって言いそうですね」
「ふむ。ここは余にまかせろ」
猫は記者の方へ歩み寄っていき、ニャーニャーと声をあげる。
「おっ、何かと思ったら猫か。今まで見たことなかったが……。このあたりに住んでるのかな?」
男は近づいてきた猫に最初は驚いたものの、どこからどう見ても普通の猫だ。特に怪しまれることなく受け入れられると、猫はすり寄った。
「おーよしよし、何見てるのか気になるのかー?よし、特別に見せてやろう」
猫は簡単に記者の懐に入り込み、双眼鏡を覗くということまでやらせて貰えていた。
「なんと、猫であるのをいいことに」
あの猫の視力はどうなっているんだろうとグレイは素朴な疑問を抱いたが、直後の会話に気がひかれた。
「ほら、あそこに見えるのが大神殿だ。……例年よりも警備の人員が増えているな。なんでだ?あ、それよりも、儀式準備を見ないと……!」
(いつもよりも警備が多い?それって、何かに警戒をしている?)
考えている間にも、記者は双眼鏡を覗きこみながら、スケッチブックに様子を描いていく。グレイからはそれを見ることはできないが、近くにいる猫なら可能だろう。
すると猫は、スケッチブックの一部を前足で軽く叩く動作をした。
「おっと、足跡はつけないでおくれよ?それともここが気になるのか?……そうかそうか。木でできた山羊だな。よく模写できていると思わないか?え、なんだその目は……。ほら、ここの町の猫なら去年も見たことがあるだろう。それにしても毎年有名な職人を呼んで、ずいぶん大きい物を用意してくるけど、今年も立派なもんだ」
一年の終わりは、最も太陽が昇る時間が短い日と定められている。その日、太陽が沈んでから再び昇るまで、木で造られたヤギの模型に火をつけ、そのまわりで人々は踊るのがこの国での一般的な年越しであり、新年を迎える儀式であった。そして太陽が昇ると、集まった人々にむけて、模型が燃えたあと残った灰が撒かれたり配られたりする。その灰は、農民なら自分の畑に散布したり、商人なら店先に飾るなど、ご利益があると信じられているのであった。
(確か、ここの模型が大きすぎて、日が昇っても全部は燃えきらないんだっけ……。残りは、神殿敷地内で非公開で燃やされてるらしいけど)
グレイが頭の中の知識を掘り起こしていると、記者の男は猫に対してウキウキとした声で話した。
「ふっふっふっ……、これはお前だけに先に言っておくが、どうやら、このヤギの心臓部分に、なんと!千年前の隕石の一部が埋め込まれているようなんだ!いままで燃え尽きる最後の姿を公開されていなかったのは、それを隠すためだったかもしれない」
聞こえた言葉にグレイはさらに耳をそばだてる。一方で、この町を訪れてすぐ、お師匠と呼んでいる彼女の微妙な反応を思い出していた。
(記者さんはああ言ってるけど、町に来て開口一番にお師匠は『ここにはありそうな感じがしない』って言ってたし、やっぱりこれガセネタなのかな。でも、この人がどこから隕石の話を持って来たのかは気になるし……)
「このあたり、とりわけ、大神殿から配られた灰を撒いた畑は、他のところの灰を撒かれた畑と比べて豊作だったり、病院近くの井戸にこの灰が入れられていると、患者の回復が早かったり……。直接的な証拠はないんだが、統計的にははっきりと示されている。その原因がもしかしたら、中央部に埋め込められたもの、つまり千年前の
それを聞いた猫はゴロゴロ鳴いている。
その姿は実態を知っているものからすると嘘臭さを感じさせるものだったが、この場に直接物申す者はいなかった。
記者はずっと大神殿内部を観察し続けていたが、それは突然だった。
「あーっ!!!」
大声をあげて立ち上がったのである。
「おいおいおい、ヤギの模型内に何か入れようと……!?なんだあの箱!?!??これはもしや……!」
スケッチブックに描く手はしばらく止まることを知らず、ようやく止まったかと思えば、階段に向かって走り出す。
グレイは慌てて姿を隠した後、階段を駆け下りていく男の姿を猫と共に呆然と眺めていた。
§ § §
イヴァナの手伝いは大変だった。見た目以上に大量の紙があったのである。結局、雪崩となった紙を全部整理整頓するのに加えて、掃除までやってしまった。何やってんだオレ。
室内に埃が舞ったため窓を開ける。寒い空気が室内に吹き込んできた。思わず身が縮こまる。ついでにそこから外を観察すると、窓は隣の建物との間の路地に面しており、夜であればここから目立たず侵入できそうだった。
「本当にありがとう。ここまでやってくれるなんて……助かったわ」
一仕事を終えたオレに、イヴァナが声をかけてくる。
とにかく物量が酷かった一方で、取材してきた資料をさっとだが目を通すことができた。第三課でやってきたことが意外なところで生きたのである。
赤い蛇の子孫を名乗る山岳民族の謎、MARGOTの材料である魔鉱石の産地で起きた行方不明事件、村人同士が争って壊滅した村……。なんというかなんでも扱っているというか。
「これ、部外者は見ても大丈夫だったんですか?」
「んー?流石に大事な情報はしっかり管理してるから、その辺は問題ないわ。もう記事にしたのが大半だし。あ、でもさっき埋もれたクリスティーヌの記事だけは内緒にしてね?」
ああ。あの、猫が見たらキレそうな話が載ってたやつか。
「はい」
「それにしても、あなた、手際もいいしウチで事務の仕事しない?いつでも人手不足だから歓迎よ?」
「新年の儀式を見にここの町に来ただけなので、それはちょっと」
「あら残念。それはそれとして、今回の年越しも町中で力を入れているわ。楽しんでいってね」
「へえ、そうなんですか」
「ええ!この前私が取り上げた、職人デイビーも今年のヤギの模型造りに携わってるの。彼自身はもう、拠点にしている町に帰っちゃったんだけどね」
どんなものでも加工できる職人、みたいなメモと一緒にその名前があった気がする。
加工ってことは、壊したりもできるんだろうか。
イヴァナが過去の記事を見せてくる。
『シリーズ~噂のあの人に直撃!~ どんなものでも自由自在!?知る人ぞ知る、天才職人』
これってシリーズなんだ、と最初に思ったものの、内容を読んでいるとこういうことにあまり興味のないオレでも、わかりやすく書いてあった。前半は人物紹介や主な実績、後半はインタビューとなっている。
「デイビーは火の魔術を使った加工技術が優れている職人よ。わざわざ海辺の方からこっちに来てくれるなんて、大神殿様様だわ。……あら、お茶が冷たいわね」
イヴァナはすっかり冷めたお茶を一気に飲み干し、温かいものを淹れ直すと言って立ち上がった。
正面に座る人がいなくなったため、見せられた紙面を眺めていると、デイビーという職人以外の記事は、『あの人気俳優に意外な趣味が!?』、『大臣、政策は大成功でも子育て大失敗か。家庭内地獄』、『限界に挑戦せよ!無限ケケヘヘペをやってみた』、『黄金を運ぶ鳥、その言い伝えに迫る』……。
……『ケケへへぺ』ってなんだ?
謎の単語に首をかしげていると、イヴァナが戻ってきた。お茶と焼き菓子をオレの前に置いてくれる。バターのいい香りがした。
「色々なことを取り扱ってるんですね」
「そうねぇ。基本的には記者がそれぞれ関心を持ったことを一人で取材しているわ。他の新聞社もこぞって取り上げるような出来事は、どうしても大手に負けちゃうから、ウチみたいな小さいところはネタ勝負よね。……あんまり売れてないけど」
「オレがこの間読んだ記事も、担当した人が一人で?」
「そうそう。ただ、私は編集長だから、ある程度は把握しているわよ。でも偶然ここに来たんだし、せっかくだから詳しいことは是非ジョセフから聞いてちょうだい」
ジョセフとやらはいつ帰ってくるのだろう。イヴァナは少し待っていれば帰ってくる、と言っていたが、片づけの手伝いで結構な時間が経過している。
「他にもバックナンバーがあるから読んでみてもらえると嬉しいわ。そして購読してくれるとなお嬉しいわ」
「あ、はい」
圧のある笑顔で言われて、つい返答してしまった。……とはいっても金に余裕はないしな。
こういう時は話題を変えよう。バックナンバーの新聞から適当に一部広げる。
「あー、……イヴァナさんが書いた記事ってどれなんですか?」
「私の?」
広げた紙面を眺めて、イヴァナは一つの記事に指差した。
「これは私が書いたものね。よりにもよってこれかー。……『数多く残る謎 壊滅してしまった村』。今から四、五年前になるのかしら……。とある農村でほとんどの村人が死亡して見つかった事件があったの。当時はあまりにも痛ましい事件だったから、報道規制がかかったのよね」
「アバドーンか、アプシントスか、それとも盗賊団の仕業……?」
どこぞの犯罪者集団なら、そういうこともやる。
そう思っての発言だったが、イヴァナは予想外のことを告げた。
「いいえ。調べて分かったことは、外部の人間に殺されたのではなく……、村人たちは互いに殺しあっていたのよ」
「内輪もめ?そんなバカな」
「そうね。私もそれを聞いたときは自分の耳を疑ったわ。あのあたりの土地は肥沃だから、どちらかといえば裕福な人が多かったし、外から襲われたという話なら納得いくんだけど。でも、周辺の村への聞き込みや現場の様子から、外部の人間が侵入した形跡が見当たらなかったの」
ほとんどの村人が死んでいた、と言ってたな。逆に言えば生きていた者もごくわずかだが、いたということだが……。
「生き残りは?その人からは何か聞けなかったんですか?」
「その人は見つかった直後は生きていたけど、『死神が……』という言葉を残してすぐに死んでしまったわ。それから何人かの行方不明者もそのほとんどが子供で……、未だに見つかっていない。だから一部では、死神が子供を連れ去るために、大人を操って殺してしまったんだ、なんて噂もあるのよ」
イヴァナはじっと記事を見つめている。
「ただね、こんな噂もあるの。たった一人だけ、村の片隅で隠れているところを保護された子供がいて、その子が死神だっていう……。これこそ、本当かどうかわからないけどね。子供がなんらかの魔術を暴走させて、結果、村一つ壊滅させてしまったってことの方がまだありうるわ」
オレは生まれてこの方魔術を使ったことはないので、これは全て伝聞なのだが、身体が成長する子供の時期に、まれに魔術を自身の意思とは関係なしに発動させて制御できなくなってしまう、いわば暴走を起こすことがあるらしい。そのため、軍で魔術による戦闘教育を行うのは13歳以降が原則なんだとか。軍の学校に入るとき、年齢を聞かれたり、簡単に身体検査をされた覚えがあるので、そういったことを調べているんだろう。
その時、第三者の声が割り込んできた。
「幼少期に制御下におくことのできない魔術が発動してしまうのは、ほとんどの場合、何の問題もない。実は五人に一人が子供の頃、魔術が勝手に発動してしまった経験があるという報告もある。事故となるほど高出力になるのは、その中でもほんの一握りだ」
いままで一言も話さなかった、サンクレールと紹介された男が、机から顔をあげて喋っていたのである。
「つまり、暴走事故を起こすということは、それだけ魔術が高出力ということだ。こういった子供は、魔力子の量が多かったりと、なんらかの魔術の才能が抜きん出ていることが多い」
「あなたが声を出しているところ、久しぶりに見たわ」
驚いているイヴァナを、サンクレールは無視してそのまま続ける。
「さらに付け加えるなら、高出力の魔術を使う才能があるから暴走事故を起こすのではない。事故のほとんどは、命の危機に瀕するなどの極限状態で起こっている」
「じゃあ、大人でもそういった状態に追い込まれたら、魔術を暴走させてしまう可能性があるんですか?」
「ゼロではない。が、子供よりは圧倒的にその確率は低いだろう。すでに身体が成熟しているからな」
「会話までしてる……」
このサンクレールって男は、普段そんなに喋らないのか?
困惑したオレを見たイヴァナは解説してくれる。
「彼、普段ほとんどしゃべらないのよ。ちなみによく書く記事は魔術関連。……あ、そっか、最近ちょうど魔術の暴走事故の取材をしたから、そんなに饒舌なのね」
サンクレールはイヴァナをぎろりとにらみつけた後、
「それからもう一つ。事故を起こした子供は、成長しても魔術が安定せず暴走を起こすという通説があるが、実のところ全く根拠はない。……ふん、軍には、まだこんな迷信を信じている者もいるのが嘆かわしい」
そう言って顔を下げ、また静かになった。
何秒か、何十秒か。沈黙がこの部屋を支配する。
イヴァナは沈黙を打ち破るべく、パンッと手を一度叩いて、
「……と、まあ、こんな風に我が社はそれぞれ独自の視点から記事を書いているわ。アイリスさん、是非これを機会に購読してね」
しまった。話が戻って来てしまった。
目の前に座る女性はきらきらとした目でこちらを見てくる。
何か、話題逸らしを……、そうだ。
オレはずっと気になっていたことを口にする。
「この」
「スクープだ!!!!!」
オレの疑問を遮るかのように、エポック社のドアが勢いよく開かれた。
「なんですって!?」
イヴァナは立ち上がって、新たに室内に入ってきた男性に詰め寄る。
いや、だから。
『ケケヘヘペ』って、何なんだよ……。
猫の名前は自称ルム・ソーリュー・ジュジュベ・ホフマンです。これまでもこれからも一切出てこないので、覚えなくていいです。