【N.C. 999】
走る。
胸騒ぎがするのだ。
安全面から、打ち上げ場所の周囲に民家はないだろう。異常があっても、すぐに感知されない。そして、そこは高台になっている。昼間と比べて視界に限界はあるが、きっと町が一望できるだろう。
花火の打ち上げ現場で異常があったとして、何が起きた?
火薬でも盗みにいった奴がいる?爆発物目的か?……それなら、倉庫を狙うか。花火に使われている火薬は使い勝手が悪い気もするし。盗みをするのであれば、この辺り一帯だと花火の火薬よりも肥料の方がいいと思う。
握りしめた手のひらの湿った感触で、思考が遮られる。見ると腕から流れた血だ。汚ねっ。
腕に刺さった小さなナイフを引っこ抜いて持つ。武器はかなり没収された。あと残っているのは服の下にある物くらいだ。それと、ちぎれた枷の輪が手首足首にあるので、使い道がないだろうか。
目的地に近づくと、色々な臭いがする。火薬の臭いや何か焦げた臭いもあった。吸った空気は冷たく、気管を鋭敏にさせる。灯りが点っているので、遠くからでも何かいることがわかった。町のはずれの小高い場所は、花火の打ち上げのために除草されたり、平らにならされたりと、地盤が整備されていた。暗がりの中、十人ほどが花火の打ち上げ台の周りで作業している。大きなものが布を掛けられているのが見えた。
オレは気配を消すことなく、焦って走ってきてしまった。向こうはこちらに気がついて、灯りを向けてくる。
「どうしたんだい?もう花火は終わって、片付け中だよ」
「何してる」
「何って、言っただろう?花火の片付けだよ。火薬を扱っていたから、お嬢ちゃん、あんまり近づかれるのは危ないな」
「なあ、臭いがするんだ」
「ああ、火薬のかい?」
「隠しきれてねぇぞ、血の臭い」
投げたナイフは眼球にしっかり刺さった。動揺したところを、一際大きい灯りに向かって蹴飛ばす。辺りは暗くなり、視界の状況は格段に悪くなる。
「あ、ひ……っ!!!?」
「それと独特な雰囲気も」
魔術師相手なら、身体強化系の魔術で防御力を挙げられていることが多い。しかし、目は皆、視力を上げることは良くあるが、目の防御力を上げることまで意識を向けるものは少ない。よって、経験則だが、目潰しは対魔術師戦においても効果的だった。
こいつが魔術師かはわからないが、たぶんアプシントスの人間だ。うまく隠せる者もいるが、イカれてる奴はそれ相応の『臭い』を纏っているものである。カタギではないってやつだ。
「一体何が起きた!?」
「くそっ、暗くてよく見えない!」
まず倒れた一人に馬乗りになり、めった刺しにして、頭部を破壊する。それで小さなナイフは切れ味を失ってしまった。オレは人と比べて夜目がかなり効く方らしく、暗闇の襲撃に混乱する相手も見て確認できた。どいつもこいつも武装してやがる。
混乱状態で銃を無駄撃ちする者がいた。運悪く一発当たりそうだったので、手首の枷で防ぐと、あらぬ方向へ跳弾する。まともに受けると手首が痛くなるな、これ。
「くそ!くそ!……弾がでない!?」
そうしているうちに、弾切れみたいだ。下から蹴り上げると、顎の骨を砕いた感触がする。ついでに舌を噛みちぎってしまったようだ。魔術師じゃなさそうなので、こいつはもういいや。
「げっ」
こめかみを回し蹴りしたところで、一人、今まさに自分自身の胸に向け、短剣を突き立てようとしていた。介入する間もなく、短剣は心臓部を貫き、そして引き抜かれる。地面は硬い床のような材質ではない。しかし、短剣の落ちた音が響いた気がした。暗闇を微かに照らす灯りの中、人影は異形へと変化していく。
見慣れたくないが、見慣れた化け物、ネフィリムの登場である。
予想はついていた。変化するための直接の引き金は、薬物などの処置を受けた者が致命傷を負うことのようだな。
実は、人間が
こちらに向かって迫ってきたと思ったが、オレを通り越し、その後ろへ行った。
「例の生物兵器……!」
レドが追い付いたのだ。そちらへネフィリムが飛びかかっていった。相変わらずオレは無視か。よし。よしじゃないが。
仲間の一人がネフィリムになったことに、余裕が出たのか、
「今のうちに急いで作業を」
などと聞こえてきた。
何企んでるかは知らねぇけど、させるかクソ野郎。
後ろに回り込んで、首をへし折る。思ったよりも力が出て、勢いよくやってしまった。ネフィリム化されると困るので、頭の処理も忘れない。
誰かが別の灯りをつけた。
「ここにもいたぞ!」
状況は一対三で、向こうは布を被せた大きな何かを守ろうとしている。つまり、あれを壊してしまえば邪魔できる。他、二人はレドの方へ、一人は遠ざかっていく。逃げられたか。
レドはネフィリムの攻撃をさばきつつ、運動に必要な部位を狙っていた。しかし、炎で焦がし、削ぎ落としても、一時的に動かなくなるだけで回復する。
暗闇を明るく照らす炎。それはレドの居場所を敵にバラしてしまっていた。
いや、ちがう。あれは誘導だ。
わざと居場所をバラし、攻撃させることで、逆に相手の位置を特定していた。なんなく交わして、二人とも即座に意識を奪う。なんであんなに器用なんだ?
さあオレも一人仕留めるぞ、と動いたとき視線を感じた。そちらに意識を向けると、レドと目があった気がする。
あ、やな感じ。
ネフィリムを炎の斬撃でこっちに吹っ飛ばしてきた。俺はギリギリ避けたものの、他はネフィリムの下敷きになった。あの野郎。
その衝撃で、布が吹き飛ぶ。下に隠されていたものが露になる。
「これは……」
吹き飛ばされてきたネフィリムは肉体を適度に損傷していたが、それでもまだ動きがある。追撃に来たレドが吐き捨てる。
「やっぱり、ダメか……!」
不可解だ。
妙にレドの攻撃が回りくどい。仮に人間が食らったとしても死なないように、位置や威力をコントロールしているのだ。
あと、客観的に見て気づいたのだが、最初よりもネフィリムの動きが早くなっている。
……オレが壊す方が早そう。
無闇に振り下ろされた腕を踏み台にして、肩に取りつく。それを見たレドはギョッとしていた。頭をつかんで損傷させるつもりが、ちょっと引き抜いてしまった。
勢いがつきすぎたので、頭を持ったまま、ズルっと抜いて倒れる胴体から飛び降りる。引き抜いた頭からは、ぷらーんと細いものがぶら下がっていた。花火を打ち上げるために整備された地面に放り捨て、踏み潰す。
レドが安堵の表情になっていた気がした。
「お前……」
「はいこれで終わり」
一人逃がしてしまったが、大砲を壊してしまえば、奴らの目論みを邪魔できる。暗闇の中に隠されていた武器を、剣を松明代わりにして、ようやく視認したレドが言った。
「大砲っ!?そうか、ここは町を見渡せる高台だから……っ!」
「しかも花火に備えて、地盤の整備もしてある。……ふん、確かに町の外から攻撃できるなら、それに越したことはねーな」
移動式の大砲が何門かと、その砲弾だった。砲弾の形はあまり見慣れない物だ。細長くて、しかも断面が六角形だった。奇妙な臭いもする。
しかし、大砲くらいなら、地方支部の魔術師でも十分に迎撃できるはずだ。基本的には大砲は、対象を質量や速度によって破壊するものだ。たまに火薬が詰められて爆弾のように炸裂するものもあるが、炸裂までの時間調整がうまくいかないから、あまり使われない、とか習った。……ヒューの技術があれば、その辺りが解決してしまう気もするが。
まあ現段階では、銃や大砲を使うよりは、魔術師が近づいて攻撃する方が確実。だから銃の改良は進まず、オレの狙撃は当たらないわけで。
「とにかく、壊しちまったほうがいい。土詰めとくか」
大砲を壊しておけば、砲弾だけ残っていたとしても、すぐには役に立たないだろう。
砲身に土を詰めていると、レドが呟いた。
「お前、……本当に何がしたいんだ?なんで、ここでの異常がわかったんだ?」
「違和感と臭い」
「鼻が犬のか何かなの?」
あ、そうだ。
「おい、どこに行く!?」
血の臭いをたどると、少し離れた茂みに人が折り重なっていた。
「殺されたばっかりの死体だ」
「この人たちは……」
「ここで花火の打ち上げをしていた人だろ」
一人一人確認したが、全員死亡済みだった。鎮魂の花火を打ち上げる側から打ち上げられる側になったとは、皮肉なものである。
今の時間帯なら、まだ町で人が集まって騒いでいる。そこを狙いたかったが、花火の打ち上げ作業をしている人たちは邪魔だったから殺された。……それなら、彼らがいなくなり、かつ、まだ人が町にたくさんいるような、もう少し後の時間に行動すればよかったのでは?
どうして、この人たちは死ぬ必要があったんだろう。
腕をつかまれて、現実に引き戻される。
「考え中悪いけど、さっきも言った通り、お前に聞きたいことは山ほどあるんだ。それに腕の刺し傷も……、え、治ってる?」
失敗した。魔術師相手にここまで無防備になっていたなんて。こいつも邪魔だから殺してしまおうか。
違う経験を歩んだ人間。それはもう■■だ。
だが、なぜかレドは腕を離した。そして、顔を指差される。
「酷い顔」
「……誰が」
「お前」
手で顔を拭ってみると、べっとりと液体がついていた。もともと汚れていた手がもっと汚れた。それをぼんやりと眺めていると、レドが喋った。
「俺には、お前の考えていることはわからない。だって、人の心を読む能力なんて持ち合わせていないし。軍の学校時代、雑談するくらいの仲良くはなったけど、それでもお前のこと、よくは知らないからさ」
「別に仲良くなった覚えないが」
「確かにそうかもな」
苦笑いされる。
「他人の考えてることがわからないのは、当たり前だろ」
「だから、話してもらわないとわからないんだ」
話す?
「その話すことだって、失敗したら、全てを台無しになるかもしれないのに?……皆が皆、お前みたいにできると思うな」
オレは口走ってしまった。自分には、強靭な肉体といびつな記憶しかない。この身一つでできることには限りがある。便利な魔術だって使えない。力の加減だって、コントロールできない時もある。
どう反論されるのかと身構えていると、
「俺だって」
絞り出すような声だった。
「俺だって、失敗するのは怖い。自分の行動の結果、失敗して、自分で決めることが信じられなくなる……。お前が殺してくれて、心のどこかで安心しちゃったんだ。自分が殺さなくて、決めなくてすむって。俺は、怖いんだ」
恐怖。記憶の中の人々は誰もが、自分の低い目線からは、それと無縁に見えていた。
「俺は皆みたいには割り切れない。怖いんだ。例え化け物みたいな見た目でも、誰かの生き死にを決めるのが。それだけじゃない。……前、国家魔術師になりたいと思ったきっかけの話、覚えてる?」
「ネイブさんに助けられたから、目指したって話か?」
「ああ。……でも実際はそうじゃないんだ。なりたいと思ったことがあるのは本当だ。でもその後、何が正しくて何が悪いのか、もう何もかもわからなくなって、自分にできることは何もないと、ただ無気力になって、状況に流れて……。半ば強制的にあの学校に入らされて、国家魔術師になったんだ」
そんなこと。
「そんなこと、ずっと知らなかった。そんなこと、考えたのも。もっと前向きに生きてると思ってた」
「ほら言っただろう?話してもらわないとわからないって」
得意げに返される。その姿はちょっとだけムカついて、レドらしかった。
「ずっと周りに流されて、自分の意思で選択することから逃げてた。自分以外の価値基準に判断を委ねてた。……けど、こんなのは、もうやめようかな。今、お前に話したら、少しだけ整理がついた気がする」
「自分だけ話して気持ちスッキリかよ」
「それはごめん」
ここで、オレはふと疑問を抱いた。そして、ただ何となく聞いた。
「レド、なんで昔、オレに話しかけ続けたんだ?」
「え?ああ、それは……。なんでだろうな?うーん、そうだなあ。そうだった。お前と話してると、時々懐かしく感じることがあったんだ。なんでなのかは、わからなかったけど」
「それって」
聞き返し終わる前。
その場を大きなプレッシャーが支配した。世界から色彩と音が消え、その全てがゆっくりとした動きになる。なんだこれは。わからない。でも、ただ一つだけ理解した。
避けなければ死ぬ。
レドを突き飛ばし、自分もまた、その場から退く。世界が元に戻る。転がった痛みさえ忘れて、元いた場所を見ると、
「ふむ、これを避けたか。良い動きだ」
一人の男が立っていた。
何度書き直しても、主人公が頭と首しか狙ってくれなくて困りました。