【○月×日】
私の住んでいる村に一人の男の人がやってきた。何をしに来たのかは知らないけど、村のお姉さんたちはキャーキャー言っていた。
【○月×日】
男の人は■■■というらしい。この村に移住希望らしい。でも、農村にあんなにかっこいい人がいるのも似合わない気がする。
【○月×日】
■■■はすごく頭がよかった。私は普段からボーッとしがちで、居眠りなんかもしちゃうから、あまり勉強ができなかった。でも■■■は、そのつまずいていた勉強をわかりやすく教えてくれた。お陰でとてもよく理解できた。
【○月×日】
今日は■■■とたくさん話した。「君は優しい子だね」と言われて少し気恥ずかしい。
【○月×日】
■■■は村の先生をすることになった。嬉しい。勉強が楽しくなった。他の子達も同じ気持ちみたいだ。
【○月×日】
今日はお父さんとお母さんの命日。おばあちゃんと一緒にお墓参りをした。
【○月×日】
私にはお父さんもお母さんもいない。小さい頃死んじゃったからだ。それで身寄りのなくなった私をおばあちゃんは引き取ってくれた。おばあちゃんも子供や孫を亡くしてしまった人だ。私たちは無い者同士でくっついた仲。だから血の繋がりはないけれど、私にとっては大好きなおばあちゃんだ。
さっき家事や畑仕事を手伝おうとしたら、好きなこと勉強しなさいと言われた。頑張ろう。
【○月×日】
■■■に、私は魔術の才能があるって言われた。そんなこと考えたこともなかったけど、本当かな?
【○月×日】
■■■に魔術を教えてもらったら、メキメキと上達!すごい!
他の子供たちにも教えてたけど、■■■いわく、私が一番すごいらしい。
【○月×日】
私は、土みたいなものを作る魔術が得意らしい。やってみたら、魔術で作った土をおばあちゃんに褒めてもらった。すごくいい土だって。うれしい。
【○月×日】
コニーさんが■■■と何か話していた。そろそろ夏至祭だし、そのことかな。
【○月×日】
今日は書くことがないから、この日記のことを書く。村に来た行商の人が、素敵な表紙の日記を売っていた。あんまりにも素敵だから眺めていたら、おばあちゃんが買ってくれた。嬉しい。だから毎日書いている。
【○月×日】
夏至祭の話を書く。夏至祭は日の光に感謝するためのお祭りだ。農作物を育てるには日の光が大切だから、一生懸命お祈りする。それに晴れた日に木陰でお昼寝するのも好きだから、という理由もある。
【○月×日】
最近思う。■■■のことだ。お父さんとかお兄ちゃんがいたら、きっとこんな感じなのかなって。たくさん勉強を教えてくれて、皆に慕われる素敵なお兄ちゃん。ここのところ、相談を持ち掛けている人もいるみたい。
【○月×日】
仲良しで評判のコニーさんとシャンさんが、喧嘩しているところを見てしまった。びっくりした。……どんなに仲良くても喧嘩くらいはするよね?
【○月×日】
シャンさんにばったりで食わした。昨日のことを思い出してなんだか気まずかった。遠回しにコニーさんの話を振ったら、表情を歪めていた。あんな顔するなんて思わなかった。なんだか怖かった。
【○月×日】
シャンさん、コニーさんと仲直りできないかな?と思って、おばあちゃんに相談したら、「部外者が考えなしに、人様の問題に顔を突っ込んではいけません」と言われた。けれど、「そうやって人を思いやれるあなたは、私の誇りです。その優しい心を忘れないでね」とも言ってくれた。
【○月×日】
村の大人たちも「流石■■■」と口を揃えて言っている。村の子供たちも皆慕ってる。
【○月×日】
最近■■■は大人たちと良くしゃべっている。前よりも私と話す時間は短くなった。ちょっと寂しいな。
【○月×日】
今日は雨。日の光も大事だけど、雨も肥料も農作物には大事だ。肥料と言えば、最近になって新しい種類がでてきた。肥料だけじゃなく、育て方や農工具もだ。もっとよく勉強して、いい畑を作りたい。
それはさておき、寂しい時、悲しい時、辛い時、おばあちゃんに怒られた時。そんな時はいつも納屋に行く。あそこは一人に慣れる場所だ。暗いけど、気分が落ち着いて冷静に考えられる。
【○月×日】
そう言えば、コニーさんとシャンさんは喧嘩する前に二人それぞれ、■■■と話していたのを見た気がする。今度何の話をしたのか聞いてみよっと。
§ § §
とある農村。そこには簡素だが、学校が存在した。時代の流れと共に、町に普及した教育機関は、いつしか村にも建てられるようになったのである。
その学校で、一人の青年が少女に尋ねた。
「……よし、この国の成り立ちは理解できたかな?」
「うん。歴史上だと、この土地に人間が再進出したのは割りと最近ってことでしょ」
「その通り。一度は隕石によって死の大地となったこの場所に、様々な事情を持った人がやってきて、再び国ができたわけだ」
働き手として数えられる子供たちが多いことを考慮して、授業は午前午後のそれぞれ行われる。この日の午前、生徒はたまたま少女一人だった。
「ちなみにこんな話は知っているかい?南西から西にかけての山脈、そこには『赤蛇の民』という山岳民族が存在していてね。魔術に対して排他的な傾向があり、周囲の他の民族とは違って、特徴的な赤髪をしているという。それを見て何も思わない者がいるとすれば、高名な知識人か、よほどの世間知らずかのどちらかだろうね。話を戻すと、そんな『赤蛇の民』は、隕石衝突前からそこに住み続けている、という説があるんだ。……おっと、また話が長くなってしまったね。今日はここまでに……、おや?なんだい?」
少女は前から聞こうと思っていたことを、青年に投げ掛けた。きっと彼なら、わかりやすく教えてくれると思ったから。
「何もない、土すらないような、岩石だけの土地が森林になるまでにどのくらいの年月がかかるか、だって?」
青年は聞き返した。それに少女はコクリとうなずく。
「うん。畑の雑草、すぐ生えてくるから、ふと疑問に思った」
「君はどう思う?」
「何もなくても、土地によるけど50年経ってれば森になってそう」
彼女は畑を思い出す。大鎌を使いこなす祖母の姿。驚くべき速さで草を刈っていく。それでも、草はまたいつしか生えてくる。すごい生命力だ。もしも、誰もあそこを手入れしなくなったら、どうなるのだろう。100年、200年も経ったらどうなるのだろう。少なくとも、少女はそのころには生きてはいない。
「ああ。そのくらい経てば十分だろう。裸地に土壌が形成され、コケが覆う。やがて土壌が成熟して、草原となる。そして強い光を好み、成長の早い樹木が進出して森ができる。もちろん、君の言った通り、土地によるし、他にも色々な要因が関係してくるから、草原のままであったり、湿原や、時には砂漠になることもあるけどね」
「じゃあ、畑も放置したら、それよりももっと早く森になりそう。あ、待って。木でも、強い光を好むのと、そうじゃなくていいのがあるの?」
少女の問いに青年は微笑んだ。
「いいところに気がついたね。前者を陽樹、後者を陰樹というんだ。陰樹は光が少なくとも生育できる。さて、陽樹が育つと、枝や葉が茂ってくる。すると地面はどうなる?」
「……木陰ができる」
「そうだ。すると日の光は?」
「地面に当たりにくくなる。……あれ?」
「どうして引っ掛かりを覚えたのか、言ってごらん」
優しい声色で語りかけられた少女は、自分の中の不確定なイメージを、言葉にすることで明瞭化していく。
「せっかく陽樹は森を作ったのに、自分で暗くしたせいで地面は暗くなって……。そうすると育ちにくくなっちゃうよね?だって陽樹は強い光を好む木だから」
「そんな環境でも育つ種類の木がある。それが……」
「陰樹だ!」
「正解」
少女はクスクスと笑った。嬉しくなって大声を出した自分が、なんだかおかしかったのだ。同じように青年も笑っていた。幸せな時間だった。青年から教わることで世界が広がっていく、この時間が好きだった。
「陽樹の森に陰樹が混じり、やがて長い時間をかけて陽樹は減少し、陰樹だけの森になっていく」
「へえ。自分で作った環境に適応できずに、場所を奪われちゃうんだね。なんだか不思議だな。……そうだ!山火事とか伐採で陰樹がなくなったら、また地面に光が当たるから、陽樹が育つよ!そうすると、そうすると……実際はもっともっと複雑」
きっとこれが自然なんだろう。奪い奪われ、偶然や奇跡、時には必然によって、その存続が左右される。複雑なシステムをモデル化して得られた解は、人間がわかりやすくするために簡単化したことによるもの、あくまでも近似解だ。
「家の畑がどうなるか、未来は誰にもわからないんだ。なるほど」
自己解決してしまった少女に向けて、青年は話を続けた。
「今も過去も、わからないことだらけさ」
「どういうこと?」
「かつて隕石の衝突とそれによって訪れた数十年の冬で、多くの生物が絶滅し、また、多くの生物が適応して生き延びた。過去にどこかでボタンを少し掛け間違えるようなことがあれば、我々人類は絶滅して、今存在していないかもしれないね」
今まで当たり前に生きてきたこと自体に対する疑問。少女はしばらく考え込む。
「今私たちは生きてる……ということは適応できた。どうやって人類は適応したの?」
「まず君はどう考える?」
「うーん、寒くなったから……。森を切り開いて、家を作ったり、薪にしたり?あと、動物から毛皮を取って暖かくする……?火山が活発になったって言うのも、聞いたことあるから、火山のおかげ?」
「それも正解だ。でもね、隕石衝突前後で、決定的に違うものがあるんだ」
この約千年の間に変わってしまったこと。それは。
「……あっ!魔術!」
「そう。魔力子を素に、物質やエネルギーを生成したり、変化させる。この新たな技術を手に入れたことで、より自らを環境に適応させ、また、より環境を自らに適応させることができた……。こうして今の人類はある」
「私、今まであんまり考えてきたことなかった……」
新しい知識や思考に目を丸くし、手のひらを見つめる少女に、青年の呟きが届いた。
「ただ、その適応は本当に正しかったのか」
「私、難しいことはまだよくわからないけど……、そういうのに正しいとか間違ってるとかないんじゃない?あ、そうだ!あのね……」
§ § §
【○月×日】
■■■に聞いてみたら、コニーさんとシャンさんが、悩みがあるらしかったから聞いてあげただけだって。最近の二人が心配だと伝えたら、君は優しい子だねってまた言われちゃった。えへへ。
気がついたら、もう今年があと3週間もありません。こんなの嘘でしょ……。
年度内完結という勝手に立てた目標は果たすことができるのでしょうか。