【N.C. 999】
ブレウがヴァイスとリーンのところへ向かうと、ヴァイスがニコニコと手を振った。
「やあ。顔が疲れているけど、何かあったのかい?」
「今回は全然狙っていなかったものが、今回に限って偶然引っ掛かりました。他にも色々と……」
そこでいったん話すのをやめたブレウは、ちらっとヴァイスの斜め後ろを見る。
「なんですかあれ」
「あああああぁぁ……」
リーンは天に向けて拝んでいた。
「ネロが見知らぬ少年を抱えていてね。その影響さ」
「なるほど。……ネロの姿は見えませんが」
「迷子になってからようやく合流したと思ったら、人に怪我を治させてすぐ焦ってどこかに行っちゃった。伝言で、時計台壊したから言いくるめよろしく、だって」
「治癒魔術なんて、できればお世話になりたくないほど痛いのに……。ネロちゃん良く動く気になったよね」
先ほど崩落した時計台で、人々は一時的にパニックになっていた。祭りの空気から一転、町は不安に覆われている。
「瓦礫に巻き込まれた人がいたらどうするのって聞いたんだけどねー。巻き込まれた人の運が悪かっただけ、というやさしさの欠片もない発言が飛び出してさ。あれは全く反省していないみたいだ」
「……なるほど、わかりました。なんとか上の言いくるめをしましょう。……見たところ、瓦礫が拡散して周りの建物を巻き込んだ様子ではないですし、ちょうどよく押し付ける相手もいることですし。全員で口裏を合わせればいけます」
「いやー。僕ら、驚くほどの協調性上がったよね。主に悪い意味で」
「ううう、なんだかんだでバレて、また後で怒られるパターンだぁ……」
「ははは。次は皆で仲良くクビだ」
「大丈夫です。まだ受けられる罰則があります」
「でも、行き着く果てはクビでしょ?うち貧乏なんだから勘弁してよぉ」
「今までの叱られ案件の原因の半分を占めている人間が何を言っているんですか」
「この、実家金持ち男め……」
しかし、ハッとしてブレウの両肩をガシッと掴み、服に一本ついていた髪の毛を凝視した。
「まさかこの髪の毛は」
「いつもの通りで何よりです」
§ § §
「ぶしっ」
なぜかくしゃみが出た。胸の辺りがざわざわしてきたからだろうか。それに、地面に叩きつけられたせいで顔と頭が痛い。……目とか鼻とか大丈夫だろうな。
それにしてもオレよりも先にエポック社に侵入したのは誰なんだ。そう思いながら町中まで戻ってくると、混乱の中にあるようだった。時計台は崩れたことが原因だろう。とはいえ、それ以外はトラブルもなく、相変わらず北側は静かだった。
街灯の下に三人分の人影ができている。一人はうずくまっていた。立っている二人のうち、片方はごく普通の男で、もう片方は背が高めの女だった。どちらも若い。気休めに途中で拾った、こぶし大の石を片手に様子を窺う。
……こいつらが何を目的にここにいるのか考えろ。考えるのをやめてはいけない。
「さて、どうなることやら」
「あたし的はどっちに転んでも嬉しいですよ。傷ついた箇所は修復後、今まで以上に強くなれるか、確かめられますから。どうしたって運用期間が短くなっちゃうのはやむなしっす。ほらほら立って」
うずくまっていた者がフラフラと立ち上がる。……さっき逃げた奴じゃねぇか。
「今、それは思いつきでやる必要はあるのかい?」
「こういうのはあたしのノリが大事なんです。今すべきと本能が囁いてるっす」
「やれやれ。あとは待つだけとはいえ……」
女に手渡されようとした小さな石。それを視認した瞬間、オレは奴らの頭上、街灯めがけて石を投げた。当たらなくても当たってもよかったが、うまく命中。降り注ぐ破片の中、一気に距離を詰めて拳を振るう。
「げっ」
しかし、拳は目標に当たらなかった。割って入った者がいたのだ。フラフラと立ち上がったばかりの奴だ。まとめて殴り飛ばそうとしたが、なぜかずれて横の女を巻き込み、吹っ飛んでいく。直接殴った方はたぶん顔の骨折れた。
「うぎゃあああぁぁぁぁああああ!?!!?」
耳がキンキンする女の悲鳴に、思わず舌打ちをする。狙いは別だったのだが……。
「どういうことだ……」
いない。どこに行った。ちゃんと見ていたはずなのに。
次の手を考えた時、
「君と争いたいわけじゃないんだ。拳を収めてくると嬉しい」
「なっ」
背後からの声にオレは飛びのいた。
「こんばんは。今夜は実にいい天気だと思わないかい」
「はあ?」
突然殴りかかってきたオレに、のんきに挨拶?いや、それよりもどうやってこの男はオレの後ろへ移動した?いつも以上に警戒していると、男は人のよさそうな笑みを浮かべた。
「少々冷え込むが、太陽の復活する日として盛大に祝われるのも頷ける。……ああ、そう警戒しないでくれ。実は、今日の目的の一つは君に会うことだったんだから」
「オレに……?」
誰だこいつ。どれだけ記憶を掘り返しても、会ったことなんて一度もない、全く知らない人間だ。
「何言ってんだお前」
「私はね、君が殴りかかってきたことに、一つ心当たりがあるんだ。これだろう?」
持っていた光を放つ小さな石を見せてくる。
「ああそうだよ。光る石なんて聞いたことも見たこともねえからな。売ったら金になりそうだ。痛い目に遭いたくないのなら、それ含めて金目の物、全部置いていけ」
とりあえず、強盗を装って出まかせを言っておく。なぜオレに会うことが目的とこの男は言っているのか。オレのことを知っているのか。わからない以上、相手の出方を探らなくてはいけない。
「半年ほど前」
「あん?」
見たところ、男は武器の類いは所持していなかった。
「首都でオーキッドたちのやることを手伝ったんだ。しかし、どうもうまくいかなくてね。聞くところによると、邪魔が入ったらしい」
「……」
「最初は軍か、クリュティエの一派か、はたまたオーキッドが裏切ったとも思ったんだが、どうもおかしい。クリュティエらは
確信をもった口ぶり。
あまり戦闘に向いた体格ではない。そうすると、こいつ自身は言葉で相手を翻弄し、その間に実力行使を別の人間が行うのだろうか。
「オーキッドたちの行動を知っていたかのような動き。情報が筒抜けか、見事な推測……まるで未来でも知っているようだ。どんな人間か、ぜひ一度会ってみたかった。会えてうれしいよ」
「……誰だ、てめえ」
「そうそう。自己紹介がまだだったね」
まとめて殴り飛ばした女が、上半身を起こし、手を伸ばしていた。
「あ、ちょっ」
「私はユフラ。きっと君は聞いたことがあるだろう?」
名乗るのを止めたかったらしい女は、「あーあ」と溜め息をつく。
こいつがユフラ。
『ユフラねぇ。少し調べただけでも性格が悪そうだわぁ』
『クソババアの方が……、ぎゃんっ』
『どうも、直接手を汚さないみたいなのよねぇ。集団に対して、不満を吸い上げ、不和をつくり、対立させる。相手を揺さぶり、自分だけは耳障りの良いことを言って、信頼させる。そうして自滅を促す。来られる方はいい迷惑ね』
『クソババアは会ったことあるの、ぎゃんっ』
『ないわよぉ。もし会ったなら、さっさと殺しているわ。あなたもよくわかっているわよね?怠惰な人間は嫌いだもの。……私は絶対に認めないわ』
オレ自身、会ったことは一度もなかった。どういう人間なのかも、『前回』少し聞いたことがあるだけ。こんなにひょいひょい出てくるとは思わなかった。
「……会ってみての感想はどうだ?」
一度背後を取られている。力量がまだ計り切れない以上、相手の隙を作るために、会話を続ける。向こうも乗ってくるだろう。
「君は嘘つきだね」
「そうだそうだ!大事に大事に育てたうちの子を殴り飛ばすとか、そんな物騒な強盗がホイホイいてたまるかっ!超とんでもない奴っす!いたたた……」
女の方がフラフラと起き上がる。あいつ意外と頑丈そうだな。受け身メチャクチャ下手だったけど。
あと他に、オレがユフラについて知っていること。思い出せること。
まるで悪夢のようだった、長い長い一日。これまでの年の終わりにして、新しい年の始まり。最初に倒れたのは老人。そこから、弱った者、体力のない者、最後には普通の健康な大人も倒れていった。まともに動けるのは、ほとんどが魔力子の操作に長けた者だけ。そんな状況での尋問。
『あの方がやってくれた……!これで、全部終わりだ!』
『まさか、ユフラのことか?もう死んだはずだぞ。お前はいったい何を……』
そうだ、コイツがいたから、生きてたから……。
「何を言い出すかと思えば……。嘘ついたり、ごまかしたりなんて、誰でもやるだろ」
「そうやって、次どうするべきか、多少の動揺なら無視して思考し続ける。考えるのをやめられない。……そうやって集中することで、見たくない物から目を逸らしていないかい?」
「はあ?いちいち回りくどいんだよ。何が言いたいのか、わかりやすく一言でまとめろや。お前はオレに会って、精神分析することだけが目的なのか?」
直接殴った奴は未だ地面に突っ伏したまま。ピクリともしない。当たりどころが悪くて死んだか?
「いやいや。他にも一つ細々としたものが、あったんだけれど。ちょっとトラブルで発生してうまくいかなかったんだ」
挑発には乗ってこなかった。始終穏やかな声色だ。
「ふーん。トラブルね」
「私達を嗅ぎまわる、少々厄介な人たちがいてね。軽めの偵察を仲間にしてもらった」
「嗅ぎまわられるようなことしてる、お前らが悪いんじゃねーの。千年前の隕石で人類は滅びるべきだった、とかなんとか言って暴れて、日頃の行いも悪そうだし。今日だって高台で何か企んでたり、時計台が崩れたりしてるじゃねーか」
「高台?ああ、あれは仲間が勝手にやったことだ。私は関わっていないし、詳しくは知らないよ。随分と粗の多かったみたいだが、きっと彼らなりに頑張ったんじゃないかな」
ずいぶん無責任な奴だな。嫌な感じ。
「時計台に関してはこっちはむしろ困惑してるっす。せっかく待ち合わせが……」
「イル」
女が途中でユフラに言葉をさえぎられた。
「うっす、ごめんなさい」
時計台で待ち合わせ?……こいつらとあのやたら頑丈でやたら強いおっさんは、これから合流する予定だった?だから時計台が崩れた時、あのおっさんはいなくなったのか。
「それに嗅ぎまわられる、など……、私達はただ、仲間になってもらえる人たちを集めていただけさ。少し幼いくらいの子供というのはちょうどいいから」
何がちょうどいいんだよ。やべー奴の発言じゃねーか。
……幼い子供に関する出来事。集団の崩壊。このことで一つ心当たりがあった。
「だが困ったことに、彼らに直接挨拶に行こうとしたら、さらに厄介な国家魔術師が思ったよりも張り付いていて、まだできていないんだ。あんなに小さな新聞社にわざわざ何人も人数を割くなんて、なぜだろうね」
挨拶、ねぇ。
「今は別の仲間のおかげで、そっちには皆目を向けていない」
「とりあえず景気よく燃やしとけばいいじゃない、ってアドバイスしておいて良かったっす」
知人と呼ぶにはずっと遠い人、例えば、道ですれ違った人がそのあとすぐ事故に遭って亡くなったと聞いても、少し背筋が寒くなるだけだ。その個人に思い入れなんてものはない。
「次はうまく……。おや?知り合いだったかな?」
顔も名前も知ってしまった、ほんの少し話したことのあるだけの人たち。
「今急いで頑張れば、どうにかなるかもしれないね」
ユフラは人のよさそうな笑みを浮かべていた。
「何が言いたい」
「わかっているんだろう?」
あの人たちのことを、よく知った訳じゃない。でも、悪い人じゃないと思う。そして、こいつのことは信用できない。言っていることが全て本当だとは限らない。
「そうだな」
しかし、この決断には嘘か本当かは関係ない。
「オレは、オレ一人で今できることをするよ」
見えている位置とは人一人分のズレたところにつかみかかり、しっかりとこの手で捕らえた男の首を地面に押さえつける。そして、その首に街灯のガラス片を突きつけた。
「全員動くな。おっと、そこの女。今取り出そうとした銃を捨てろ。そんで、こっちによこせ。少しでも妙な動きをしてたら、こいつの首を掻き切ったあと頭を潰す。さっき殴り飛ばした以上の力でな」
そうだ、こうするしかない。オレは、オレのためにずっとやってきたんだ。
からくりはわからないが、最初に立っていた二人の距離くらいを狙ったところ当たった。うまくいかなかったら、うっかり口を滑らせてくれそうな、イルと呼ばれた女をそのまま別の場所に引きずって行こうと思っていた。
当の本人は頭を抱え、
「うっそーん。今の流れ、助けに行く感じじゃなかった?絶対そうですよ。えー?あなた、目的のためならどんなこともやっちゃう系、手段選ばない人っすか?」
「……は」
一回小さく、息が漏れた。
「はははははははははははははははははははっ!!!」
声をあげて笑ったのなんていつ以来だろう。
「笑いすぎて涙出てきた。あーあ。……目的のために、こっちは手段を選んで、決めてんだよ」
でも、いまさら都合よく考えを変えようとしてしまう自分がどこかにいることに、馬鹿らしくて仕方なかったのだ。
Q.序盤は強いけどだんだんインフレについていけなくなる中ボス系主人公が、終盤も型落ちしないためにはどうすればいいですか?
A.まずケツに火をつけて走らせます。