つかれたときは、無理せずいっ
ぱい休みましょうね。
いんどかれーたべたい。
【N.C. 999】
ガラス片を捨て、こちらに寄越された拳銃を拾う。オレは下に押さえ込んでいるユフラの頭に銃口を突き付けた。こっちのほうが威嚇になるだろう。
街灯カチ割って、人を殴り飛ばしたくらいなので、そこまで大きな音は立てていない。しかし、人に気がつかれる前に済ませるのに越したことはない。急ごう。
「おい、まず、その石を渡せ」
首から手を放し、これが本物であるという確かな確信のもと、
今手に握っているもののことで知っている情報は少ない。魔力子を帯びている、とか、皆欲しがっている、くらいなものだ。あと勝手に光ってたり、変なじいさんに絵本化された。
「お前、これは何だ?」
「とある隕石に含まれていた、それはもう、不思議な不思議な石だね」
「ふざけてんのか?」
「本当のことを言ったまでだよ。こんな真球は人工物でも無理だ。それが宇宙から来た隕石の中に、六つもあったわけだから」
話していると、正直イライラしてきてしまう。一方で、理性は疑問を持っていた。何を根拠にこれが複数個、しかも正確な数が六だと断言できるんだ。
他に持っていないか尋ねると、その返答は、
「元々は二つだった。もう一つは、七、八年ほど前に持ち去られてしまったんだ」
「管理体制ガバガバじゃねーか」
嘘を見抜くのに特別才能があるわけではないので、本当かどうかわからん。……が、いつまでも手に持ったままなのは不安になったので、コートのポケットにしまう。
「全く困っちゃいますよね~。勝手に持ち出して、元の場所に戻さない人」
人質を取られて脅されている側であるはずの女、イルはうんうんと頷いている。なんだこいつ。
「……この状況で好き勝手喋るとは、ずいぶん良い度胸だな。そんなに話したいなら、こっちから聞いてやるよ。お前らは何の目的で、これを持っている?」
「集めなくてはいけないから、集め、持っている」
「………はあ?」
質問に対する答えが、答えじゃない。時間稼ぎのつもりか?急かすために後頭部に対して、強めに銃口を押し付ける。
「やれやれ、最近の子は物騒だ。……仕方がない。話そうじゃないか。私の発言は、全て嘘偽りない真実であることを先に言っておこう」
「早くしろ」
相変わらず、脅されているとは思えない口調だ。この調子じゃ、痛めつけてもあまり意味がないかもしれない。それなら、とオレが思ったところで、正気を疑う発言をした。
「究極的には、皆で幸せになるため、かな」
人間皆死ねって発想をぶちまけて、行動に移そうとしている奴らの発言とは思えねー……。下っ端をボコるとよく聞く、『主』だの、声が聞こえるだのと、全然関係ねーし。アプシントスって、上まで頭パッパラパーなのかよ。
「具体的に、どうやって幸せになるつもりなんだよ」
「生き残らせること、そして私達は潔く退くこと、さ」
「具体的に、と言ったんだが?」
理解が困難なので、とりあえず喋らせることにした。この会話に区切りがついて、あと一つほど確認事項が済んだら潮時か。
「人間は魔力子を運用できるように急激に変質し、なぜかそれなしでは生きられなくなった。もしも魔力子が体内から無くなってしまえば……」
「……体調不良やめまい、吐き気。だんだん意識を失って、最終的には死ぬ」
「その通り。そうそうみられる現象ではないのに、よく知っているね。さて、実は普段私達が魔力子と呼んでいるものは、すでにある程度大きな塊になった状態なんだ。大気中に存在する、魔術のエネルギー源にならないくらい小さな状態の魔力子を体内に取り入れ、心臓付近である程度の大きさまで復元し、体の各部へと運ばれて使われる」
魔力子がどこでできる、とかは知らない。……す、少なくとも一般的ではない、と思う。ただ、魔力子が体内を移動するための通路のような物が存在しているのは、聞いたことがある。……本来なら、例え手足が千切れるような大怪我でも、この通路に穴が開いて体外に魔力子が流失してしまうことはない、らしい。
「消費された魔力子は体外に拡散して消える。前の小さい状態に戻ることはない。世界のどこにも供給されることはないんだ。するとどうなるか。数十年後、数百年後……、それほど遠くない将来、この世界から魔力子は無くなる。その時が訪れたら、また都合よく元に戻るなんてできないかもしれない」
きょーきゅー?キョ―キュー…………。あっ。
「回りくどい。いつかは誰も生きていけなくなる、って言いたいだけだろ。だからどうした」
永遠なんてものはないのだ。ビシッと指差し……てやろうかと思ったが物理的に不可能だった。
「そうだね、でも、いなくなるのは人間だけじゃない。多くの者は気がつかないだけで、魔力子にも存在している意思だって、消えてしまう」
「意思?魔力子に?そんなもんどこにあるんだ。何を根拠に」
「人間の意思や感情だって、どこにあるんだい?」
オレが答える前に矢継ぎ早にユフラは言う。
「頭か?心臓か?」「もし、なかったとしても、あるように完璧に振舞っていれば、周りからは存在しているように見える」「私達は相手の意思や感情が、心が本当にあるのかどうか、証明しようがない」
「彼らは強い共感能力により、互いの意思を認識できた」「長い時をかけて彼らは希薄になった」「ありとあらゆるものが散らばった」「いずれは元に戻ろうとする」「そのための核が、
目が合うような位置にはいないのに、何人もの人間から瞬きもせずジッと見られている錯覚に陥った。気味が悪い。
『……りたい』
「君だって、明確な根拠もなく、あやふやな理由で、半ばこじつけて、ただそうしなくてはならないと、強く、強く、思っているんじゃないか?」
『……えりたい』
「これまで考えたことは、本当に全て君自身の中に存在する意思かい?」
「そんなの、当たり前に決まって……」
「なぜ言い切れる?自分の意思による選択が、絶対に他の要素に影響されていない、なんてことがあろうか」
相手の言葉に意味などない。こちらを動揺させるためだけに話している。
「私達には聞こえるんだ。『滅ぼせ』という強い感情が」
「ん?」
なんか、違くね?
「もういいや」
オレはユフラの頭を殴り付けた。
「おい。イル、とかいうそこの女」
殴りつけて静かになった男は、しばらくたっても変化は見られない。一応引き続き銃口を当てつつ、今まで蚊帳の外だった女に声をかける。しかし、気の抜けた様子で、
「んえ!?あっ、すみません。ボーっとしてて話聞いてませんでした」
「お前頭おかしいのか?……何か試すとか怪しげに話してたよな?」
あと一つだけ確認したいこと。それは、先ほど盗み聞きした会話のさらに詳しい内容だ。
「聞こえてたんっすか!?ひゃ~」
「ふざけんな。こいつの耳を削ぐぞ」
「そ、そんな。削ぐより穴をあける方が……」
「じゃあ手でむしる」
「あなた頭おかしいんじゃないっすか?」
「お前には言われたくねぇわ」
人質がぶん殴られたのに、馬鹿みたいにマイペースな女である。あとしゃべり方がなんか変だ。こいつは放っておいても大丈夫かもしれない。
イルはもじもじした後に言った。
「ちょっとした実験をしたかっただけなんっす~。その、ネフィリムちゃんの改良をですね」
前言撤回。さっさと始末したほうがいいかもしれない。
「ずっとそこに転がって、ピクリともしない奴でも使うつもりだったのか」
「そうですそうですそうなんっす!これからぴゅっとする予定だったんですよ!今気絶してるからな~、駄目かな~、駄目だな~」
話したくてたまらない、といった様子で続ける。
「魔力子の生成量や容量で、その人の保有量が決まるんっすよね。どれだけ勢いよく息を吸おうとしても、これ以上無理!限界!になるように、どれだけ頑張っても、人間の魔力子の保有量は中々増やせるもんでもないっす。じゃあ人間やめようか!ってことっすよね!」
『人間が持てる魔力子増やせねーかな』から『人間やめようぜ!』の間に、もう何個か段階挟めよ。
「わずかなヒントを頼りに、魔力子活性剤を作ってみても、なんか微妙……!何かが足りない!そうだ!入れ物自体も強くしてみよう!同時にやったら副作用として再生能力がついてきた!はい!ここでどーん!ネフィリムちゃんです!しかしこのネフィリムちゃん完成への道のりも、資料の原本はほぼ全て焼失してましたし、責任者も関係者も皆いなくなっちゃってましたし、最後を仕上げただけとはいえ、本当に大変だったっす……」
……先にこの女を始末しよう。縛り上げる物もないので、抑え込んでいる男の手足の骨を折ることにした。
「でもやるからには上を目指したい!もっと増やしたい!向上心のない者は馬鹿だ!ゴーサインは出た!ヨシッ!!そこで、この、農村出身ド根性なあたしがっ、『以前は人間にお注射していまいちだったみたいだけど、食いしん坊なネフィリムちゃんに魔力子保有できる物質食わせたらどうなるの』実験を立案したわけっす。そして!その最後の実験として!割れない!欠けない!削れない!宇宙生物産化石燃料の核こと、
どこかにデカい岩があれば、それで殴って潰せるんだが。ここは町中なので見当たらなかった。
「はあ……、はあ……、ちょっと一気にしゃべったんで、息が……。久しぶりに長々と話聞いてくれたから嬉しくて喋っちゃったっす……。ごほっ、むせた……」
「オレはお前をぶっ殺す理由が一つ増えた」
「ひえっ。あれ~?どういうわけかびっくりするほど青筋立てちゃって、激怒な感じに!?律儀なんだか残酷なんだかわかんないっす!それか、またあたし地雷踏んじゃいました?」
身のこなしから見るに、この女は戦闘能力は低くく、他二人は沈黙している。
素手でやるかと思って、イルの方に近づこうとしたとき、
「ところで、あなた。なんで皆、ネフィリムちゃんになるとき、首かき切ったり、心臓に刃物突き立てたりするか知ってます?」
「――っ!?」
声を耳にした直前か直後か。後ろからの気配に振り返りかけたところで、オレは肩に強い衝撃を感じ、地面に倒れていた。
起き上がろうとして激痛が走る。肩を見ると、大きな針のような物が刺さり、地面まで貫通していた。
「そのほうが、イメージしやすいんっすよ。一番必要な……、『自分が死ぬ』ってイメージを。逆を言えば、もっちろん、致命傷もトリガーとして大事っすけど、そのイメージが本物と違わずにできれば、簡単になれるんです。強制的になる方法もありますけどね~」
そして、ユフラだと思っていた者は、その体をおおきく肥大化させ、異形の姿になっていた。体表面は魚の鱗のような物に覆われており、そのうろこ同士の間から針があちこち出ている。今日会ったシンプルにデカくなっただけのネフィリムよりも、面倒くさい。
肩に刺さった物を抜こうとすると、再び針が飛んできて四肢を貫く。
「ぐぅう……っ!」
判断ミスだった。先にしっかり止めを刺しておくべきだった。……でも、ユフラってのは、アプシントスで一番偉い奴のはずだ。そんな人間が、意思疎通不能な状態になるのは変じゃねーか?
不可解に思いながらも動けない。そうしているうちに、影が落ちた。正面に立たれているのだ。構造だけは人間と同じである手を伸ばし、オレがポケットに入れていたドーラを、コートごと破いて奪い取る。
「おかしいな……?他にあるのかないのか、よくわからない」
この厄介なネフィリムは顔だけはまだ普通の人間だった。それどころか、普通に話したのである。
「あれ~?あるのかないのかがわからない?どゆこと……?」
刺さった針のせいで、いつもより手足が動かないどころか、地面にぬいつけられた状態だった。右腕は上腕部分に刺さっており、肘から下はまだ自由だったため、無理やり動かそうともがく。
「うわあ~、馬鹿力ヤバいっすね。これじゃあどっちが化物かわかんないですよ~」
気の抜けた声が耳に触った。こいつ絶対ぶん殴る……!
しかし、右の前腕にも針が撃ち込まれてしまった。するとにユフラの顔が残ったままのネフィリムは、
「そろそろ私は時間切れだ。じゃあイル、後はよろしく」
「そっちがですか!?こっちの個体で試そうとしてたのに!」
そう言って、オレから奪い返したドーラを丸呑みしたのである。
顔がずぶずぶと肉に埋もれて、新しい顔が現れる。山羊と魚が合体事故を起こしたような顔になった。ベースは山羊だが、口は魚で、えらがぴくぴく動いている。
その気持ち悪さもさることながら、
「く、食った……?」
石は食い物じゃない。
呆然としたオレに対して、イルはニヤニヤしながら、
「この人も、さっきまで助けてだの殺されるだの、うだうだ言ってましたけど、ようやく黙らせたところで、あなたが邪魔に入ってくれちゃいましたからね~。腹いせっす!」
そう言って、気絶していた男の首元に、懐から取り出した何かを注射した。すると、こっちも体が肥大化し、気持ち悪い人型の
「あなたが持ってるらしい他の
もう一体はオレではなく、別の方角へ向かおうとしていた。いつもの無視だが、危機を脱したわけじゃない。まだ動けないのだ。無視してこない最初の一体が覆い被さってくる。
「このっ!」
魚のような口が開き、ギザギザした歯が見えた。
こいつは、食べようとしているのだ。
誰を?
決まっているじゃないか。
「やっ……」
左肩からぐちゃりと聞こえた。肩に刺さる針ごと噛み千切ろうとしている。
「あ゛ぐぅう!!!」
いつかに見た、食べられていく人の光景が脳裏をよぎる。あんな風に、オレも。
「嫌だ、やだやだやだやだ……っ」
それはそれとして、左腕が千切れてしまったら、戦うとき不便で困る。利き手は右だから、左腕を諦めて千切って投げたら、そっち……には行きそうにねぇな。
「クソっ!」
針が刺さった四肢が痛いのか、肩が痛いのか分からない。苦し紛れに叫んだとき、肉が10cm大くらい食い千切られた。浅いのが唯一の救い――、
ふいに、ピタリと動きが止まった。
ブチブチとする音は無視した。下から無理やり蹴り上げ、そのまま後転の勢いで投げ飛ばす。
ようやく痛みに慣れて最低限動くようになった手足に何本も刺さった針を抜く。すぐに立ち上がろうとしたが、膝から崩れ落ちてしまった。
「ヤバ……」
冬なのに、嫌な汗が流れる。また同じように針が今すぐにでも飛んでくるかもしれないのに、この状態じゃ不味い。
だが、ユフラだったものは奇妙な動きをしていた。それは、まるで何を吐き戻そうとする体勢で、聞くに耐えない汚い音と共に、口からドロドロとしたものが吐き出される。その量はまるで、大きくなった体積分、いやそれ以上かもしれない。その中には、キラリと輝く小さな光も混じっている。そうして嘔吐が止まる頃には、通常の人間サイズになっていた。それどころか表皮も崩れ落ち、もとに戻っている。
しかし、その雰囲気は先ほどと、まるで別人だった。
「お前は」
誰だ、と言おうとした時、
「あ……、なんで僕は、どうして、こんなっ、ぁぁぁあああああ!!!!!」
耳をつんざくような悲鳴が上がった。そうして、悲鳴の主は口からだらだらと血を流したかと思うと、そのまま倒れる。
「嘘、戻った……。どうやって……」
そう呟いたイルが、オレの姿を視界に入れるや否や、穴が開くんじゃないかってくらい凝視してきた。地べたに座り込んだまま、肩をかばって少し下がってしまう。背中に街灯の柱が当たった。
「な、なんだよ」
壊した街灯の下にいるのではない。灯りがしっかりとついているから、向こうからオレの姿は見えている。……暗闇の方に逃げればよかった。
「……ちょぉーと、あなた。少しでいいので、是非、内臓を見せていただけると」
「見つけた」
とんでもなく恐ろしいことを言われた瞬間、背中の街灯のさらに後ろから声が聞こえた。その姿を目にしたイルは、目を丸くしている。
「もしかして……ネロ?うわっ、ひさしぶ」
「死ね」
振り返ると、ネロと、
「あっ、お師匠」
脇に抱えられたグレイがいた。
ぱっと思いついた「い」で始まる言葉が、犬とインドカレーといんきんたむし、そしてイカスミスパゲッティでした。