【N.C. 999】
オレはグレイの一言に聞き返した。
「泣いた…………誰が?」
「お師匠ですけども」
「……いつ?」
「逆ギレみたく『お前なんか知らん』って言ったときに、そりゃもうダバーっと」
オレが?泣いた?全然気づかなかった。
今顔を触ってみても、特に濡れてはない。しかし、言われてみると頬が少し突っ張る感触がした。
「き、気づいてなかったんかい」
「緊張でまばたきの回数が少なかったからか?」
「……えー、はい、この話はまた今度ということで」
そう言い終わるや否や、グレイは急にオレに詰め寄ってきた。こっちは血で臭くなっているので、あまり近づかないでほしい。クソ寒くても、早くどっかで水浴びしてーな。こんなんじゃ、その辺の町にも入れやしない。……川の水が凍っていたらどうしよう。
「ところで!この箱、いつの間に入れてたんですか??」
「秘密」
「お猫さん!あなた鞄の中にいたりしましたよね!?ホントのところどうなんですか?」
「秘密である」
膝の上で丸くなっている猫は、ゆらゆらと尻尾を揺らした。
「うっ、嘘つき―っ!!!僕に持たせるわけにはいかないって言ったのに!騙された!!!!」
「うるせー!オレは嘘つきなのっ!」
「ずるーい!いっつもっ、僕を都合の良い人扱いしてー!ほら見てくださいよこの手のひら!別れた後できた火傷ですっ。めっちゃ痛いですっ。慣れてないとこんなになっちゃうんですからね!」
「オレと一緒にいたらいたで、ゲロ吐いた人の世話してから、国家魔術師に追い回されて、す巻きにされてたぜ」
もし透明になっても、執念深く追いかけてきそうなので、グレイがあの時一緒にいても同じ結果になっていただろう。そんな気がする。
「…………それに!なんでもかんでも騙したりごまかせたりできると思ったら、大間違いですから!」
「お前も今ごまかしたじゃねーか」
今日はやけに突っかかってくる。めんどくせー……。
「はあ……」
こいつとも、これからどうしようか。
すててしまおうか
今後のことを考えていると、グレイはさらに詰め寄ってきた。
「僕を見ては悩んでいるようなのはバレバレです!」
うげっ。
「こっちは言われなきゃ伝わらないんですよ!!!」
「……お前もか、めんどくせー」
「他の人にも指摘されたことあったんですか!?でしょうね!」
ずっとブーブー文句を言っているグレイに対して紙切れを差し出す。
「おい、これ」
「なんですか?……名前と住所?」
原本はすでに持ち主のポケットにねじ込んであるものだ。こっちは急いで写したから、そんなにきれいな文字じゃなくて悪かったな。
「一時期、ある共通点を持つ子供の誘拐が多発したらしい。その子供たちのだ」
「共通点って」
「光に関連した魔術を使う、または使える見込みがある」
「……」
「その中にあるんじゃねーの?お前の、本当の名前が」
グレイという名前はなかった。しかし、こいつに名前を聞いたとき、知らないだの覚えてないだの言われた挙句に、落ちていた新聞を見て、じゃあグレイでいいです、と適当に言われた気がする。だから、たぶん別にちゃんと名前があるんだろうと思っていた。……いつだっけ。拾ってきたときだと思うけど、もうはっきりとは思い出せねーや。
顔を俯いてジッと紙を見つめたまま、グレイは言う。
「つまり、僕に親元に帰れと?」
「落とし物は、持ち主のところに戻った方がいいだろ」
「さらっと人を落とし物扱いしないでください」
顔上げ、静かに首を振った。
「ごめんなさい、無理です。これを見てもやっぱりわかりません」
「わからない?」
「……僕は、僕自身の二年以上前のこと、何一つ覚えていないんです。だから、話しようがないんです」
「ああ、だからお前はわからないって言ってたのか」
「そうですよ。……どうして今さら」
「お前だって、話さなかっただろ」
「それは……なんか、妙で」
「ふーん」
グレイが押し黙ってしまったので、オレも特に話すことがなくなった。肩を回したりして動きの確認をする。特に問題はない。
「……いや、ここまで聞いたなら、もっと聞くんじゃないですか!?」
「言いたいことがあるなら言えばいいし、言いたくないなら言わなくていいじゃん」
「う、う、う……もー!あんたって人は!もぉぉおおお!」
さっきはブーブー言って、今はモーモーとは。忙しい奴だな。
「いいんですか!?聞いて後悔しませんか?」
「お前うるせーし、連れてきたことを後悔し始めてる」
ぴたっと急に静かになった。なんだと思って様子を窺っていると、大きくため息をつかれる。
「……僕には全然関係なさそうだったり、明らかに自分のものとはつじつまが合わない、別の誰かの知識や経験が頭の中にある感覚がたまにあるんです。気がついたらこの状態で、でも、自分自身のこと、全然思い出せなくて……」
目の前の、オレより小さな少年はうつむいた。
「……僕、誰なんでしょうか」
「はあ?お前はお前だろ」
例え、同じ顔でも、同じ体でも、過ごした時間が違ってくれば、それはもう別の人間だと聞いたことある。だったら、知らん『誰か』の記憶が頭の中にあったとしても、今体感している時間を考えれば、なおさらその『誰か』は別人だろう。うんうん頷いていると、グレイはふくれっ面をした。
「……もー、そういうこと言うと思ったー」
「その住所リスト片っ端から訪ねてけば、何かわかって今抱えてるモヤモヤも解消するんじゃねーの」
「なんというごり押し作戦……」
そして、ボソッと呟く。
「……あんなこと言って、いいんですか?」
「何が」
「……そーですか」
猫がむにゃむにゃする音と環境音以外はしなくなる。ようやく静かになったから一息つけるな。
「あああっ!」
だから静かにしろと。頭に響く。
グレイが細い枝で地面に絵を描き始めた。
「この人。どこかで以前お会いした気がします」
似顔絵だ。結構うまい。
「リーンか」
「…………あー!!!!前!首都であったお師匠のお友達!思い出した!その時はリーンさんとあのお兄さん、えーと」
「レド」
「あーなるほどなるほど!」
「今日、というか昨日、俺の身ぐるみはがした奴の片方だぜ」
「えええぇ……」
似顔絵の下に名前の文字を書いてみる。一回書いた後、二回、三回と繰り返し指でなぞる。特に意味ない行動だった。でもやってみたかったのでやった。
「そういえば、リーンさんとレドさんとは、いつからお知り合いに?」
「……軍魔術師学校のときから」
「どんな感じだったんですか?」
「なんで今までになく、ズカズカ聞いてくんだよ。……別に、そんなに思い出に残るようなこともなかった」
「本当ですか?あやしー」
「少ししゃべってたくらい」
「ほんとー?」
「リーンとは話してた期間は10か月くらい」
やたらベタベタされたのは何だったんだろう。ちょっとたまに変な言動だった。
前はそんなことなかったと思うんだが……。友達いっぱいって言ってたし、他に話す人なんていくらでもいるだろうに。
「そ、そこそこ長くないですか?じゃあレドさんは?」
「一年半?ちょこちょこ毎回十数分話してたくらい」
「それは少しではない……」
会話の内容は全く覚えていないから、時間も内容も大したことはない。
「あっ、レドはたまに突然大きな声出したりしてたな」
「……何やらかしたんですか?」
「何もやらかしてねーよ」
レドも、もう少し落ち着きがあるヤツだったはずなのだが、踏み台だの言っていたような気がする。何の話だったっけ。忘れてしまった。
「そんなこと言って!特に男のほう、わざわざ追いかけてくるってことは何かあったのでは?」
「んなわけあるか。向こうは仕事だろーが」
こいつ、妙なこと勘ぐってやがるな。……そもそもアイツきらいだ、嘘つきだから。
「それに、今はともかくオレは『前回』男だったんだ。男とどうこうするつもりはない」
かえりたい
女とも、うん、まあ、そういうのは恥ずかしいからちょっと……。そもそもそんなこと考える時間はない。
そんな中グレイはというと、口を開けて呆然としており、理解が追い付いていないようだった。仕方ないので、『前回』男だったはずなのに、なぜか『今回』女になっていたことを簡単に説明する。まあ、突然ちんこなくなった話は衝撃だよな。だって怖いもん。話し終えると、グレイはたっぷり三十秒固まってから再起動した。
「おと、とととととこおとととこ!?え!?は!?!?どういうことですか?え?え?聞いてないんですけども!!!!???!?」
「聞かれなかったし」
「そういう話じゃないんです!!!はっ!お猫さん!?」
「聞かれなかったからな」
急に前から抱きつかれる。そして、グレイはガバッと顔をあげると、
「そんなっ!?一応おっぱいあるじゃないですか!」
「殴られてーのか、てめー」
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわ」
「おい?……ちょっ!?おま、ひ、やめ、ズボン脱がせようとすんな!やめろぉぉぉおお!?!??」
……危うく下半身が寒くなるところだった。
「痛い、頭も手も痛い……」
「このクソ寒い中、アホな行動をとるお前が悪い」
「よくよく考えたら、この人、室内では人がいても半裸になることあるから殴られ損だぁ……」
「半裸じゃねーし。ズボンを脱いでいるだけだ」
「それを半裸と言うんですよぉ~」
寝るときにズボンを着ているのは変な感触がするから、脱いでいるだけなのに。パンツかズボンどっちか身につけていれば問題ないだろ。
頭にできたたんこぶを押さえているグレイを放置して、地面に残された絵を見る。
「……む」
細い枝を手に取り、丸くなっている猫を見ながら手を動かす。……うむ、中々頑張ってかけたんじゃないか?
「地図ですか?意外と描くのお上手ですね」
「……」
「ああ!?なぜか眉間のしわが一本から三本に!」
けっ。……どーせオレなんて、暴力以外に取り柄なんてないことはわかってる。
しぶしぶこの絵を地図として、次の目的地を決めることにした。もともと東には行こうと思っていたが、ルート変更だ。駅は見張られているっぽいし、こんな格好だから徒歩だな。
「ここってどこだっけ」
「この辺ですよ」
「へー。……ん?」
「どうしたんですか?」
「あ、いや……、なんだっけ。まあいいか……うぇっ!?」
視界の隅で奇妙なものを見つけて、声をあげてしまった。
-・-- --- ・・-
猫の眼が真っ昼間の中、光っていた。
・- ・-・ ・
……あ、マジで光っている。ピカッ、ピカーッと点滅している。
・-- ・- - -・-・ ・・・・ ・・ -・ --・
「見た目がやかましいわ」
・・- ・・・
文句を言うものの、この猫が言うことを聞くはずもない。
・・ -・- -・ --- ・--
「うむ、これで良いであろう」
「何がだ」
しばらくすると納得するようにそう言って、鞄の中に潜り込んで寝てしまった。こいつ本当になんなんだ。
「なんで眼が光るんですか……?」
「お前にわからんのなら、オレにもわからん」
段階的に戻ってきていた気持ち悪さについに我慢できなくなり、ふらっと立ち上がる。
「何しに?」
「トイレだよ、ト・イ・レ!ついてくんなっ」
少し離れた森の奥で、口の奥に指を突っ込み、ずっと我慢していた嘔吐感を解放した。喉の奥が酸っぱくなる。走ったことで紛れていた、全身痛みがあるはずなのに頭がふわふわする感覚がぶり返す。
「あーあ……気持ち悪」
うつむいたせいだろうか。ポケットから何か落ちた。
あの時とっさに拾った、小さな穴がたくさんあるカードだった。
「これ、パンチカードか……?」
高そうな紙でできたそれは、なんとか機関という機械に入れると、穴の空いた位置から情報を読み出してくれる代物だったはずだ。第三課はなぜか手書きの資料が多くて、ほとんど使う機会はなかった。
おまえはだれだ
拾いあげ、上に向けて掲げる。なんらかの法則に基づいて空いた穴の向こうには、空が見えた。こんなふうに、見たくないものだけ見えなければいいのに。
あのひとはだれだ
曇った頭の中に声が響く。
がんばればきっとわかる
「うん。オレ、もっともっと頑張らなきゃ……。そうだな、アイリス」
いつも通りの左肩を、いつも通りの手で触れた。
TS以外は全部おまけだから何してもいいってばっちゃも言ってましたし、何より読んでくださる皆様のことを考えるとタイトル詐欺は良くないので、中盤からインフレに追いつけなくなる不器用脳筋再生能力持ち中ボス系自分のことをリアリストだと思っている現実逃避ダブスタメンタルボロボロ太郎主人公にしておきました。