属性マシマシ悪役TSっ子が頑張る話。   作:働かない段ボール

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寄り道回です。


■■i

【■.C. 9■9】

 

とある秋のこと。

 

眉間にしわを寄せて本とにらみ合う少年に声をかける者がいた。

 

「よぉ」

「あ、レド」

 

本を読んでいた少年───アコラスは嬉しそうに顔を上げる。

 

「何を読んでいるんだ?」

 

文字を習いたての状態では少々ハードルが高そうに思われる、そこそこの厚さの書物をアコラスは開いて見せつけた。ちゃっかりいたブレウが「おや、それは……」とつぶやく。

 

「『あなたの町の幽霊生体図鑑』っ!付録は呪いのカレンダーだぜ!」

「ちょっと待って」

 

レドはぎこちなく振り返る。

 

「……ブレウ?」

「僕は知りませんよ」

 

ふーやれやれ心当たりがないといった様子でブレウはジェスチャーをした。オカルト好きな友人をいぶかしげに思いながらも、レドはアコラスへと視線を戻す。

 

「誰から貰ったんだ?」

「リーンっ!」

 

(……そういえば、いつかにブレウがあれ、リーンに押し付けていたのを見た覚えがあるな???)

 

怪しげな本がいたいけな少年にたらいまわしにされていたことに、若干の危機感をレドは感じた。良くも悪くも素直な子だ。変な影響を受けなければ良いのだが、と心配してしまう。だが、眉間にシワがよりつつも、楽しそうに読んでいる姿を見ると、止めることはできなかった。

 

話題は昨日あった出来事に移る。

 

「昨日はなー、アイリスとジャンケンしてた」

「そうか。他には?」

「ふっ、もちろんジャンケンだ」

「そ、そうか。えーと……、対戦成績は……」

「33勝33敗33引き分けだった」

「思ったよりも頂上決戦だな!?」

「だってアイリス、こっちが次考えてる手を予想してくんだよ」

 

そんな馬鹿なと言いたくなると同時に、彼女ならやりかねない気もする。レドは、なぜ99回もジャンケンしたのだとか、よく負けが三分の一ですんだものだとか、そんな考えが胸をよぎった。

 

「アコラスはどう対抗したんだ?」

「目で見て頑張ったぜ!」

「なあ、ブレウ。俺の知っているジャンケンとはかけ離れた、動体視力と精神分析の戦いになってるんだけど」

「まあ、結果は期待値なので、良いんじゃないですか」

「良いのか。……良いのか?次やったら十年二十年も続きそうな勢いだな」

 

アコラスはムッとした。何か言い返してぎゃふんと言わせてやろう、どうしようかな。そう考えているうちに、思考は遥か彼方へ脱線する。

 

「十年ってどれくらい?」

「どれくらいとは、また曖昧な質問を……。アコラスの感覚的には、物心ついてから今までの間よりも、少し長いくらい、かな?」

「へー、なっが」

 

口を開けてポカーンとする顔を見て、レドはつい笑ってしまった。 

そこにブレウが割り込んできた。

 

「年齢によって、体感時間は違うらしいですが」

「こらこら、話をややこしくするな」

「人間は幼年期を乗り越えれば、あと何十年も生きますから。これまでの十年と、これからの十年二十年は別物、と考えておいた方がいいですよ」

「ふーん」

 

とたんに興味を失くしたアコラスは、本へと向き直り───、

 

「なので、十年前から比べると身長が伸びていても、十年後伸びているかどうかはわからないわけです」

「んだと!伸びるわっ!今だって身長あんだからな!」

 

本を勢いよく閉じて立ち上がった。抗議とともに地団駄を踏む。ブレウは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「その部分は地面に埋まってそうですね。地下何メートルですか?」

「ウギャー!!!うるせーバーカ!!!!!」

 

言い争い、というよりは一方的に言い負かされる様子をレドは見守る。

 

「……今日はギャン泣きせずに勝て「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁんっ!!!!!」……早かったな」

 

鼻水をすすりながらレドの後ろに回り込んで、アコラスは怨敵を威嚇する。

 

それを見て満足した表情のブレウは、ふむと頷いてから時計を確認した。

 

「いじめるためだけにわざわざ来るなんて、物好きだなぁ」

「君は君で、本当に世話好きで、物好きですね」

「そうかもな」

「そうですよ。……あまり思い入れは強くしない方がいい。では失礼、自分はこれで」

「ああ、了解。俺からもよろしく伝えておいてくれ」

 

 

 

二人きりになった後で、アコラスはレドの袖を引っ張った。

 

「レドは今日なんもしないの?」

「そう、何もしない日。なぜなら今日は、何もしないのが仕事だから」

「朝、扉修理の手伝いしてたじゃん」

「その扉を壊して逃げようとしたのは、どこのクソガキでしたかねぇ……っ」

 

ゆっくりと過ぎる時間の中、レドに促される形で、アコラスはとりとめのないことを話し出す。いつからか、そんな習慣ができていた。

 

「アイリスはさあ、いつもすぐ走り出しちゃうんだ。『歩くスピードに飽きちゃうんだもん』だって」

「お前だってすぐ走るだろう。今日だって突然走り出したの見たぞ」

「うるせー、気がついたら走ってんの。それこそ仕方ないだろ。……理由思いついた!最近寒くなってきたから、走ればあったかい!どうだ!」

「夏は夏で、日向みたいな暑い場所を短い時間で移動すれば暑くない理論を主張していたような……。それで、走っていって止まったところで、汗だくになってたような……」

「うがあああああああ!あれは単に失敗しただけ!もうそれは意味ないってわかった!」

「失敗ねぇ」

「悪いか」

「悪くないよ。失敗した意味、あったんだろう?」

「まーな。ふっ、あの理論は間違いだった。結局日向は走り抜けても暑かった」

「賢い賢い」

「ふっふーん」

 

なぜこんなふうに彼と話しているのか、レドは自分自身を不思議に思った。本当は会話などはしなくてもよい。

 

(今はただ、見張っていればいいだけ。そして、いざというときは俺が、この子を……)

 

「アイリスは空を見るのが好きなんだって、どこまでも続いてて、それがいーんだと」

「アコラスは違うのか?」

「えー?考えたことねーや」

 

腕を組み、うーんうーんと唸るアコラスを、レドは静かに待ち続けた。

 

「……きれいだとは思うけど、空とか星とか、底なし沼みたいに終わりが見えなくて怖くね?」

「なんかそれわかるなぁ。十年後も百年後もたぶん同じように、昇って明るくなって、沈んで暗くなってを繰り返すわけだし」

「それほんと?」

「ああ、ほんとほんと」

「そぉっかぁ」

 

アコラスは椅子の上で仁王立ちをする。

 

「ひゃくねん。十年が急に短く感じ始めたぜ」

 

先日、椅子の上に立ったらアイリスから下から椅子を揺らされた、と文句を言っていたのに懲りていない様子だった。

 

レドはからかい半分に言う。

 

「本当にアイリスの話ばかりから始めるよなぁ」

 

最近は以前に比べてそうでもなくなったが、二人はずっと一緒だった。それは、いくら双子でまだ12歳とはいえ、異性の姉弟としては距離が近すぎないかとも思わせるほどだ。

 

レドがいつかに遠目で見た光景。アコラスに後ろから抱きついたアイリスが、語りかけていた。

 

『あなたは……たった一つの、私の───』

 

他の存在に気がつくと、彼女はパッと離れてしまった。いったい何を話そうとしていたのか聞いても、のらりくらりとかわされたのは今でも引っ掛かっている。

 

「何か他にないのか?ほら、例えば、自分自身のこととか」

「えー……。うーん……、じゃあ!レドが『首狩り』ってひそひそされたの見た!切り落とした?」

「首は切り落としてないかな……。そもそもさ、俺に俺の話をしてどうする」

 

仕方がない。レドはため息をついてから、最近、誰と何を話してどんな行動をしたのかを聞いた。すると、テンポ良く返答がくる。

 

リーンが難しい文章を読めたのを褒めてくれたこと。

 

ブレウがいちいち喧嘩を売ってくること。

 

ネロが一緒に落とし物を探してくれて、そのまま迷子になったこと。

 

ヴァイスがブレウの弱点を教えてくれたこと。

 

いつも扉を直してくれる人と少し話せたこと。

 

楽しそうに話しているその姿に、チクリと胸が痛んだ。

 

「アコラスは何かやりたいこと、ないのか?」

「んー、わかんない。……あ、気に入らねーやつをぶっとばす?」

「物騒だなぁ。殴られる側はたまったもんじゃないよ、あはは」

 

何気なく言った一言に少年の瞳が揺れた。

 

「アコラス?」

「……めんなさい」

 

一度うつむいてから、再び顔を上げて視線を合わせる。

 

「……前に、レドのこと……後ろから頭、思いっきり、岩で殴っちゃって、……ご、ごめんなさい」

 

泣きそうな顔は、本人の自己申告である12歳よりも、さらに幼く感じられた。

 

ああ、そっちか、そんなこともあったっけ、とレドは何か月も前の冬を振り返った。あの日から一気に情勢が不安定になった。あちこちで内乱が起きて、行政が機能していない地域も出ている。最近は落ち着いているが、この先どう転ぶかわからないと伝えられている。

 

亜麻色の髪をぐしゃぐしゃになで回す。

 

「何すんだ!」

「……ったく。アコラスが俺を殴ったのなんて、今さらな話だろう?そう、両手じゃ数えきれないくらい、殴られたり蹴られたり。……だから、そんな悪い子にはこうだー!」

 

アコラスをくすぐる。キャッキャと身をよじっている様子は、大型犬と遊んでいたら、こんな感じなんだろうな、とレドに思わせた。

 

(アコラスが俺を殴ったのは、何も知らなかったから。『知らない』という状態すら、把握できない。重要なことを何一つ教えてもらえず、ずっと狭い世界で生きてきて……、今だってこの子は、まともな外出をしたことがないんだ)

 

暗くなった空気を払拭するため、レドは言った。

 

「今度の年の終わりの祭、行こうな。お前とアイリス、連れていけると思うから」

「……あっ!出たな!お祭り!」

「お。誰からか、もう聞いたのか?」

「リーンから聞いたぜ!!」

「どんな祭りかは?」

「全く全然知らん」

 

冬至祭に何をするのか、知っている範囲で教えていく。当たり前のことを目を輝かせて聞き終わった後、アコラスは首をかしげた。

 

「冬の次は春だろ?春は何があるんだ?」

「春……」

 

あの日以来、誰にも話さなかったことが、ふいに思い出された。

 

「どした?」

「……俺の故郷にさ、花畑があったんだ」

「こきょー」

「生まれ育った土地のことだよ。で、そこはさ、俺と───いや、俺だけが知っている秘密の場所で、春になると……」

「春になると?」

「それはな…………秘密だ」

「えーっ!?教えてくれないなんてズルイズルイっ!」

 

怒り始めた少年をなだめる。中途半端に話を切り上げたことを後悔し始めた頃、

 

「もったいぶるくらいすごいなら連れてけや!」

 

と、アコラスが抗議の声をあげた。なんだ、やりたいことあるじゃないかと安心をして、

 

「……それも、良いかもなぁ」

 

言葉がこぼれ落ちていく。

 

「今度の春は、帰ろうかな。帰っても、許されるかな」

「良いぞ良いぞ」

「あはは、なんでお前がそう言うんだよ。……でも、そうだな。次の春が来たら行こうか。俺も、お前も、皆も一緒に」

「うん!」

 

(そうしたら、友人たちにも打ち明けられるだろうか。自分は、何か変わることができるだろうか)

 

そして、頭の片隅であり得ない可能性を考える。

もう少し早く彼と出会えていれば───、

 

いたずらっぽい笑顔が視界に入った。

 

「おっ、何を企んでいるんだ?」

「ふっふっふっ。レドをぎゃふんと言わせられる、とっておきの方法をリーンとヴァイスとネロが考えてくれたからやってやるぜ」

 

そう言って、アコラスはレドの手を握る。

 

ゾワッと鳥肌が立ち、

 

 

 

「『お兄ちゃん』」

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間に、手を振り払っていた。

 

「──────あ」

 

何が起きたかわからず、驚いている少年の姿が目に映る。

 

「ごめ……っ。違う、違うんだ、目のすぐ近くに虫が。驚いて、つい」

「え、虫苦手なのか?」

「あ、ああ。実はそうなんだ。内緒だぞ?」

 

とっさにまた、嘘をつく。

 

「ほー、へー、いいこと聞いちゃったぜっ」

 

なんとか、ごまかせたようだった。

ほっと息を吐いたレドは、アコラスが読んでいた本のページを何気なくめくろうとした。

 

「うわっ!?何やってんだよ、レド!」

 

触れる直前で、紙が瞬く間に燃えていく。

 

「……ちょっと、まだ動揺していたみたいだ」

 

意図せずして本が発火した現象。

これは魔術の暴発だった。

 

(前に処方された分、あとどのくらい残ってたっけ……。あー、これ、また火傷で服と皮膚がくっついてるなぁ)

 

以前の怪我で受けた()()()を補うために、常に繊細な魔術制御が要求されていたレドは、心を落ち着かせる類の薬を飲むことで、その技能を安定させていた。逆に言えば、精神的に不安定になれば制御は不安定になり、魔術が暴発する綱渡りの状況でもあった。

 

「虫でそこまで?そんなに嫌いだったのかー」

 

そんなこともつゆ知らず、情けないやつだなーとアコラスは笑う。

 

その横で、炭になった本は原型を保てず崩れていった。

 




あやまれてえらいね!
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