属性マシマシ悪役TSっ子が頑張る話。   作:働かない段ボール

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誤字報告してくださった皆様、ありがとうございます。まだ対応できておらず、申し訳ありません…。


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【N.C.999】

 

窓のない部屋にオレは転がされていた。もがこうにも関節技をキメられているような感じで全然動けないし、口に布を噛まされてウーウーとしか声が出せない。なぜこんなものを引きちぎれないんだ。クソッ、なんでまたこんなことに。

 

「なかなか生きの良いモノを拾ってきましたね?」

「……全然気絶しなくて、最終的にこうなったのよ」

 

時刻はまだ昼だが、室内は暗い。微かな明かりに照らされ、二人の人物が話している。

 

「どこかで見覚えが……おや、湖のときのお嬢さんではありませんか」

「そうなのよねぇ。よくよくよーく見たら……あの時邪魔してきたガキよぉ」

 

ヒューとクリュティエだ。片方はあきれ返ったような、もう片方はやや苛立っているような雰囲気をしていた。

 

「聞きたいことはたくさんあるのだけれど、まずは」

 

しゃがんだクリュティエに口の布をとられると同時に、オレは叫んだ。

 

「このクソババア!」

 

横面を殴られる。こいつ変わんねーな。

 

「お名前は?」

 

無視したら顔に水をかけられた。そんな……、水攻めした後で胃の中無理やり全部ひっくり返されると思っていたのに……、優しい!?

 

「お・な・ま・え・は?」

 

それでも黙っていると、しゃがんだクリュティエはオレの前髪をつかみ、顔を無理やりあげさせた。目を合わせられる。

 

「何回も同じ質問を繰り返させないでちょうだい」

「……あぅっ、ア……アコラスだよ!名前なんて、どうでもいいだろ!」

 

話すつもりはなかったのに、つい答えてしまった。

 

名前を聞いたクリュティエは前髪から離した手で拳を握りしめたあと、すぅ……と細目になる。口の利き方がなってないとか怒ってそう。

 

「……一応聞くけれど、女の子?」

「うううるせー!」

「本当は、ずいぶんと言葉遣いが悪いこと。よく繕えたわねぇ」

 

再び伸ばされた手に、また殴られるのかと身構えると、

 

「んなぁ!?」

 

突然スカートを捲られた。

 

「……なんでこんなパンツはいてるの?」

「パンツなんて何はいても変わんねーだろ!」

「……まあ、いいわぁ。そうよねぇ、女の子、でも……名前は……」

 

体がうまく動かないから、捲られたスカートを元に戻すこともできない。

 

「こ、この野郎っ」

「あらあら、恥ずかしいのかしらぁ?……さすがにそのパンツ、どうかと思うけれど」

「恥ずかしいのは当たり前だろ!こんな、その、その……膝出すなんてっ!!!」

「……?」

「早く捲ったスカート元に戻せ!」

 

膝が出るくらいの丈にまで下ろされる。

 

「ちょっとまだ出てるだろ!ヘタクソ!」

「……」

 

クリュティエは無表情で、自身のスカートを膝が少々見える程度にたくし上げた。

 

「うわぁぁぁあああ!?何やってんだよ変態クソババア!!!痴女!」

「ねぇ」

 

痴女の一声に、ヒューは困惑した顔でズボンの裾をまくりあげて膝を出した。意味不明な行動だ。

 

「……何やってんの?」

「ズボンは良くて、スカートはダメなのですね、はい」

「あなたこそ、何その反応?そんなパンツに比べたら、スカート捲り上げられるのなんて、対したことないわよぉ」

 

クリュティエの言い分にオレは憤慨した。

 

「だって、だって……!膝より上のスカートはえっちじゃん!膝出てたら、えっちじゃん!」

「……ヒュー。誰のでもいいから、短いスカート借りてきてくれるかしらぁ?」

「おい。おい?…………っ!?わー!わー!何すんだ!やめろぉぉぉおおおお!嫌だ!嫌だ!!!ああああああああぁぁぁぁあああっ!?」

 

 

 

「うっ……、うっ……。屈辱だっ、こんな姿……!こんなの着るくらいなら、元から着てないほうがマシだ……っ!」

 

必死の抵抗もむなしく、太ももが半分以上露出するスカートに着替えさせられてしまった。こんな短いの誰の趣味だ。とんでもない変態だ。ついでにスカートの下に隠し持っていたものは全て取られた。無念。

 

「……伝統的な民族衣装でスカートはいている男性で膝が少し出ていたら、どんな反応になるのかしらねぇ」

「男だろうが女だろうが、スカートで膝が出てたらダメに決まってんだろ」

「そ、そう……あら、何かしらぁ」

 

外から扉がノックされる。そのまま誰かに呼ばれたらしいクリュティエはヒューを連れて、部屋から出ていった。気配が遠ざかっていく。なぜか見張り番は部屋の外だった。

 

静かになった空間で、つつかれる感覚がする。

 

「お師匠」

「グレイか」

 

喫茶店行ったかチェックすると言っていたから、店出たあたりからついてきていたのだろう。

 

「なんというあられのない姿に……」

「う、うるせー……っ。手、どうにかできないか」

 

手が自由になれば、足の拘束も手で壊せる。だが、そもそも腕は何ヵ所も固定されており、うまく力がこめられない。オレから怪力を取ったら何も残らないのに、なんてことをしやがる。

 

「取れますかね?まるで猛獣を捕まえるために、元から準備していたみたいな拘束具……」

「鍵が見つけられたら良いが……。ここはどこかわかるか」

「町はずれの倉庫が併設された家屋、そこの隠し部屋みたいです」

 

なるほど。町からは出ていないらしい。

 

大きな声で叫んでも、周囲が異常に気がつく気配はなかった。防音がしっかりしているか、周りが叫び声を異常と思っていないか……。商会でまるごと所有している家屋なのか?

 

「脱出経路はあの扉だけだな。グレイ、お前は一旦外に出て───」

「うわぁ!?冷た!」

 

グレイのいるであろう位置に水がかけられて、姿が露になる。そして、ゆっくりと扉が開いた。……戻ってきたことに全く気づけなかった。

 

「やっぱりネズミがもう一匹」

 

にこやかな笑みを浮かべたクリュティエが立っていた。

 

 

 

グレイも横で転がる。拘束はオレよりも緩く、ロープだ。手のひらの火傷を無視すれば、魔術で焼き切れそうではあるが、見張られている状態では無理だろう。

 

クリュティエはオレたちの目の前で、グレイの鞄の中身をひっくり返した。中から猫がごろっと出てくる。

 

「……どうして、猫が鞄の中に?」

 

なんでだろうな。

 

猫はのんきに背を伸ばし、ひらりとグレイの上に飛び乗った。

 

「おい!そんなことより、スカートどうにかしろ!」

「短いスカートより、そんなパンツはいてるほうがよっぽど恥ずかしいわよ」

 

変に間延びしない、普通の喋りで返された。しかも笑うのをやめて真顔である。

 

「ほんとですよ。あんまりにも人に買わせるもんだから、すんごいのにすればさすがに怒って、自分で選ぶようになるだろうと思ったのに……っ。なんで躊躇いなく着用するんですか!」

「黒の何が悪いんだ!黒かっこいいだろ!」

 

なぜかグレイはクリュティエ側に回った。どうして……。

 

「え……年下の男の子になんてもの買わせているの?それと、その発想は数年後苦しむことになるわよぉ?」

「っ、バーカ!バーカ!クソババア!バカバカバーカ!」

「貧相なボキャブラリーねぇ」

 

信じられない、といった感じで見られたので罵倒したが、逆に煽られてしまう。

 

「ぐっ、ア、アホ!アホ!バーカ!アホアホアホ!バカ!」

「お師匠……」

 

かわいそうなものをみる目が痛い。

 

「悪口言いたいなら、例えば、……え?なんでそんなパンツはいてるんですか痴女なんですか?え?スカートはいてない方がまし、あっ?あーあ、そうですよね、そのくらいの痴女さんなら、人に見せるのなんか余裕ですよね……くらい言わないと、あっ、そんなつもりじゃ、ぁぁぁああああ!?」

 

グレイは逆さに吊られた。猫はゴロゴロ転がる。

ぐすっ……前から思ってたけど、グレイってわりと過激だよな。

 

「ダメよぉ?これをいじめていいのは、私だけ」

 

クリュティエがニコニコとしている。人を『これ』扱いしやがって……、オレはお前の何なんだよ。

 

「頭に血がぁ……!?」

「お、おい……っ」

 

逆さに吊られて苦しそうな声に、オレは焦って吊るした本人を見てしまう。すると、とたんに不機嫌な顔になったので、さらにひどい目に遭わすんじゃないかと戦々恐々としていたら、グレイは降ろされた。……よくわからない。

 

ヒューがクリュティエに言った。

 

「お気に召したようですね」

「これは使えるかも思っただけ。前から私はずぅっとそういう人間よぉ?」

「そういうことにしておきます、はい」

「……含みのある言い方ね」

「いえいえ、そんなことはありません、はい」

 

嫌だ嫌だとモゾモゾと逃げようとしていたが、

 

「下だけじゃなく、上も隠しているものはたくさんありそうねぇ。拘束したまま剥がすのが面倒くさいわぁ」

 

オレのスカートの中に入れていたナイフを使われ、上着のほうもがっつりガサ入れされた。

 

「ぎゃー!!やめろー!!!」

 

人前で露出する趣味はないので、抗議の声をあげる。

 

「うるさいわねぇ……。あら?何かしら、この箱」

「あっ……!」

 

ギャーギャー騒ぐことで気をそらさせるつもりだったが、ドーラをいれておく箱がついに見つかってしまった。

クリュティエは中身を見て笑みを浮かべる。

 

「……お前ら、それを何のために、どうやって使うつもりなんだ」

「知らずに集めたの?」

「お前ら皆欲しがってるから、邪魔してやろうと思ってたんだよっ」

「……ふぅん。ねぇ、あなたの飼い主は誰?」

「そんなもんいねーよ」

 

ここは正直に言った。様子をうかがうが、向こうに困惑する様子は見られない。

 

「恨まれているようですが、何かされたんですか?」

「さあ?過去に心当たりはないわねぇ」

 

そりゃ、今の過去にはねーだろうな。……だあああああっ!!また頭の中がフワフワしてきやがった。気分が優れない。

 

息を吐いてから、吸う。

……この話を引き合いに出すのは、気が引ける。

 

「フラウム、という人間は知っているか」

「ああ、なるほど。あなた、軍の子?」

 

話の理解がいやに早い。確認も含めて言ってみたが、やっぱりこいつが殺したんかい。

 

「でもそれだと年齢が合わないわねぇ。あの件は四年前だから、おそらくあなたの年齢が本当に十七前後なら、まだ正式に軍にはいない。もしかして、どこかで耳にした話を適当に言っていない?」

 

しかも非常に察しが良く、反応できず押し黙るはめになる。

 

「親戚や知人だとごまかせばいいのに」

 

うぐっ……、とっさにそういう発想が出なかった。

 

「春先の抗争で邪魔したときの様子を考えると、やっぱり軍の子なのねぇ。それにしては、やり方がメチャクチャすぎるし、お仲間も幼すぎる。不思議な子だわ。……アコラス。もう一度聞くわ。あなたの飼い主は誰?」

 

いきなり名前を呼ばれて、ビクッとしてしまう。猫以外に呼ばれたのなんて、長いことなかった。

 

「だからいねーって」

「みたいねぇ。良かったわ」

 

なにがよかった、だ。くすくす笑っている女を睨みつけるが、より一層嬉しそうにされる。くそっ。

 

小箱をオレの鼻先に突き付けてきたクリュティエは挑発をしてきた。

 

「ずいぶんたくさん集めたのねぇ。うふふふ、助かるわぁ」

「ふんっ、お前らから横取りしたのもあるからなっ」

「どうやって見つけたの?感覚でわかった?」

 

なんで、わかっているようなことをいちいち聞いてくるのだ。

 

「……そーだよ」

「どういう風にわかったの?」

「湖のも町中からあるってなんとなくわかったけど、お前だってそうだろうが!」

 

追及されていることが耐えられなくて、つい叫ぶと、

 

「……へぇ、そうなのね」

 

目の前の女は笑みを深めた。それを見て背筋に悪寒が走る。

 

「ねぇ、これのこと、教えてあげましょうか?」

「……なんだよ急に」

「もちろん、そちらにはそれ相応のこと…、私たちの『手伝い』をしてもらうわ」

「絶対に嫌だ」

 

反射的にオレは断った。今ここで懐柔されたフリをして、油断させることができるメリットがあったとしても、それはとても嫌なことだからだ。

 

「何か勘違いしてない?選択権はそちらにないのよぉ?」

「わっ!?」

 

グレイの顔に水がまとわりつく。

 

「やめろ!」

 

ごぼごぼと苦しそうな音が聞こえる。目の前がぐるぐるしてくる。なんでオレ、こんなに動揺しているんだろう。こいつがいなくたって別にいいのに。何を怖がる必要があるのだ。……息が苦しいのが、苦しんでいるのを見るのが、怖い?結局オレは、自分の事しか───。

 

「や、やめろよ……」

「言い方ってものがあるわよねぇ」

 

そうなのだ、オレの知っているクリュティエはそんな簡単にはやめてくれない。

 

「やめてください、お願いします……」

「それだけ?」

 

まだやめてくれない。

どうしてオレは、こんなことを今さら言っているのだろう。

 

「……わかり、ました。手伝う、手伝います。……手伝わせてください」

「ようやく自分の立場をわかってくれたようで、とっても嬉しいわぁ」

 

解放されたグレイはけほけほと咳き込んでいる。その姿を見ていると心が空っぽになってしまうような気がして、目をつぶった。

 

不意に足蹴にされ、ごろっと仰向けに転がされる。

 

「目立った傷は……ないみたいね」

「おや、そんなことを気にするとは珍しい」

「うふふふ、用済みになったら適当に売り払って、お金にしてもいいかと思っただけよぉ?……あら」

 

くすぐったくて目を開けると、胸の真ん中辺りになぞられていた。

 

「何の跡?」

 

おそらく、ほとんど目立たない傷の跡みたいなやつのことだろう。いつからついていたのかもわからないものだ。

 

「……知らねー」

「そう」

 

 

 

§ § §

 

 

 

毛布を頭から被せられ、オレだけどこかに引きずられていく。ある時ひょいっと投げ出されると、そこは机や棚のある、普通の部屋だった。おとなしくしていると拘束を外された。

 

「ほら、着なさい」

 

服と下着を投げ渡されたので、まず着ていたものを脱ぐ。まあ上半身は布切れと化しているし、下半身も短いスカートだ。脱ぐと言えるほどでもない。しかし、着替えを命令してきたクリュティエに、いきなり頭を軽く叩かれた。

 

「ちょっと。カーテンまだ開いてるじゃない」

「はあ?」

 

カーテンはいつも閉めっぱなしだから、閉める動作をあまりしないが……。別に開いてても問題ないと思う。

 

「少しは周りに気をつけて着替えなさいよ」

「外の通りのど真ん中で着替える訳じゃねーし、別に良いだろ」

「あのねぇ……」

 

着替えは膝下の丈のワンピースだった。なんか無駄にヒラヒラしてて落ち着かない。

 

「はい、じゃあここ座って。……その髪、目障りなのよねぇ」

 

前もその頭を見ているとぶち殺したくなってくる的なこと言っていたし、本当に嫌いらしい。

 

脱ぎ捨てたはずのカツラは、どういうわけか捨てられていなかった。それをオレに被せると、クリュティエは満足そうにして正面に座る。

 

彼女が持ったポットの中に、魔術で作られたお湯が入っていく。魔力子が通るということは、MARGOTと同じような材料でできてんのか。高そう。

 

カップに茶を注いで、オレの前に置いた。

 

「どうぞ」

「のんきに茶かよ。毒でも入ってんのか」

 

文句を言って飲むと、それは雑草は入っていない感じのお茶だった。

 

「そう、とっておきの毒入り」

「マジか……」

 

嫌だなぁと思いながら、再び口をつける。

 

「なんで飲み続けるのよ」

「オレのお腹は丈夫なんだ」

「時々謎理論で混乱させてくるのやめてくれないかしらぁ?」

 

今すぐにでも殺したいはずの嫌いな人間が目の前にいるのに、頭がぼうっとしてしまう。そのせいか、鬱々とした気持ちが一気に押し寄せてきた。……ハッ、いかんいかん。

 

「出身はわからない、と言っていたけど本当?」

「知らない」

「親は?」

「知らない」

「家族、兄弟親戚その他は?」

「……いない」

「じゃあ、幼い頃はどう過ごしてきたのよ」

「…………そんなの聞いてどうすんだよ」

 

質問攻めに面倒くさくなって反抗する。

 

「別に?意味なんてないわ。面白かったら笑ってあげる」

 

そうか、意味なんてないのか。

 

「……気づいたら変な施設にいた。でも、そこにいたやつが皆死んだから……、しばらくは適当に放浪してた」

「変な施設?何よそれ」

「もう、忘れた」

「場所や近くにあったものも覚えていないの?」

「近くには、川があって……、そこをずっと下っていったら町があった」

「……もういいわぁ。なら、あのおチビちゃんは?なぜ一緒にいるのかしらぁ?」

「グレイは……拾った」

 

ほとんど相打ちみたいな現場だった。そこに、たまたま一人いたから……あの頃の無力な自分と重ね合わせて、オレも皆みたいにできるかなって少し思った。

 

魔が差したのだ。できるわけなかったのに。

 

「単純な自己満足で、連れまわしているだけだ」

 

捨てるか持ったままにしておくかで、ずっと迷っている。

 

だから、オレは話の途中で机を蹴りあげた。割れた皿の破片で、クリュティエに襲い掛かる。だが、突然の攻撃も軽くいなされて、そのまま床に転がされた。追うように机が倒れる音やカップが割れる音が聞こえる。

 

やっぱりだめだった。ホッとする自分にみじめになる。

 

のろのろ起き上がったところで人が来た。

 

「何事ですか!?」

 

耳元で囁かれる。

 

「何も知らない人間よ」

 

入ってきたのは一般人のようだ。コーパル商会の従業員だろうか。

ポットを持ったままその人に寄っていったクリュティエは、平然と嘘をつく。

 

「ちょっと窓を開けたときに入ってきた虫に、この子が慌てふためて、つい、机をひっくり返してしまったの」

 

窓を見れば、確かに開いていた。最初は風の流れもなかったから、開いていなかったはずだ。

 

たかが虫でそんなに驚くようなやつがいるか、と思いながらうなずいておく。

 

「そうでしたか……って大変!怪我をされてますね!急いで手当てを!」

「……すぐ治るので大丈夫です」

 

割れた皿で切った手からは血が出ていた。大した怪我じゃない。服で血を拭おうとすると、手首を掴まれる。

 

「手当はこっちでやっておくから、とりあえず……悪いけど掃除道具、持ってきてもらえる?」

「は、はい、いますぐ!」

 

足音が遠ざかっていく。その間に血のついた手のひらはハンカチで拭かれた。

 

「動きが直線過ぎるわぁ。今までは相手が反応するより、速く動けたからうまくいっていたんでしょうけど。このままじゃ、限界があるわよ」

「うるせー……」

「服に紅茶は……ついてないみたいね」

 

自分が襲われたことより、オレの着ているワンピースのほうが心配なのか?

 

「あら、本当に治っているわねぇ。どうして?」

 

手のひらの傷がきれいさっぱりなくなっている理由を聞かれる。ぷいっと顔を背けて無視すると、

 

「どうして?」

 

手をつねられた。

 

「知らねーよ。もともと治るのが早いだけだ」

 

前はもう少し遅かった気がするのに、どうしてだろう。

 

 

 

夕方には泊まっていた宿を突き止められていて、またもやクリュティエに引きずられていった。宿屋の人と話していたかと思えば、

 

「さあ、荷物をまとめなさい。言っておくけれど、逃げようとしても、絶対に逃がさないわよ」

 

と言われた。用済みになったら捨てるのか、それとも、ずっと逃がさないのか、ハッキリしろや。

 

しぶしぶ二人分の荷物を片付け始める。自分の荷物の中で、がさりとしたものに触れる。拾ったパンチカードや例の住所リストだ。なんとなくパンチカードを上げ底ブーツの中にこっそり隠す。住所リストはどこに───、クリュティエが近づいてきたので、急いで腹に隠そうとしたがワンピースなので無理だった。

 

「何を持っているのかしらぁ?……住所?」

「それは……」

「誰の?何のための?」

 

じっと見つめられる。顔をガッチリ掴まれて、目をそらすことができない。

 

「グ、グレイの、本当の家の可能性がある、住所」

 

問い詰められて答えてしまう。

 

「ふぅん、そう。……ねぇ、あのおチビちゃんのこと、調べてあげてもいいわよぉ?」

「え……」

「ちゃんと『手伝い』をして、下手に暴れたりせず、私の言うことを聞いてくれるのなら、それ相応に対価を支払いましょう」

 

相手の瞳に、揺れる自分の瞳が写っている。相変わらず、目をそらさせてくれない。

 

「調べるって、どうやって」

「私にだって伝手はたくさんあるのよ?あなた一人でやるより早く、その住所リストも探せる」

 

こんなときなのに、頭の奥がふわふわして、視界がぐるぐるする。

 

「ねぇ、あなたなら、利用しない手はないんじゃない?どうするの……アコラス」

 

 

 

回収した荷物は返してもらえず、そのままオレは、クリュティエ、というよりコーパル商会の建物というべきか、そこの部屋の一つに通された。使っていない部屋だとか言っていたが、一通りのものは揃っている。

 

オレ以外誰もいない。

 

特に意味もなく枕を抱きしめて、ベッドの上で丸くなる。寝るときに猫すらいない、一人ぼっちの状態は久しぶりだ。

 

部屋には少し甘い感じの匂いが漂っていた。どこかで嗅いだことのあるような……。

 

「ちゃんと、見つかるのかな……」

 

匂いか、疲労か、痛みか。どれのせいか、わからない。思考が鈍化して眠くなっていく。

 

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