【N.C.999】
クリュティエの問いかけに対し、オレはシンプルな返答をした。
「いや、元からおかしかったんだろ。周りドン引きしてるし」
「バッサリぶった切るわね……」
目の前にお菓子を出される。
「……アバドーンやアプシントスの連中がよく言う『主の声』……、幻聴が聞こえたから気が狂ったんじゃねーの」
「うふふふ、そうかもしれないわねぇ」
「他人事みたいに話すんだな。お前らが大好きな『主』の話題だぞ」
笑ったままの女は、お菓子を食べながらの挑発には乗らなかった。なお、グレイは何かに対して口元を引きつらせていた。どうした。
「その『声』はどこから来るものなのか。考えたことはあって?」
「中の人がいる感じ……?」
「中の人って何よ。……発見者が周囲から完全に見放された後に出した論文、というよりはただの一方的な主張ねぇ。あまりに根拠が欠けて、突飛な内容だったから。それには、『声』の元のヒントとなる……魔力子の正体についての考察がなされていたわぁ」
なんだか難しい話が来る気配がする。
「『魔力子は大気中に存在している微小状態が
す、すぽ、すぽなんとか……?
「『この
実は頭が良いんだけど眠くなるとついウトウトしちゃうんだぜ、みたいなことを言っているのはわかった。
「『一定以上の休眠期間が続くと、
寒いから押しくら饅頭しようぜ、的な感じだな。オレも寒いのは嫌いだ。腕を組んでうんうんと頷く。
「『
すぽすぽが何回も出てくる……。
「……ついてこれているかしら?」
「おう」
「お師匠は名詞が苦手ですが、話はふんわりと理解できていると思われます」
「名詞が苦手……まあ、いいわ。『また、ポジティブな感情とネガティブな感情への共感性を比較すると、よりネガティブなもののほうが、伝達しやすく増幅もされる。それらを感受できる人間が、ある程度いると推察される』」
なんだか、やや、若干、バカにされている気がする。イラっとしたので少し挑発することにした。
「よーは、魔力子が生き物で、そのなんとかレベルの思考力、っつーのが魔力子の意思、お前らの言う『主』ってことだろ。で、誰かしらがそれを聞いて、『声』だなんだって騒いでる……何笑ってんだ」
「実際はもっとひどいかもしれないわよぉ?誰かの思考が巡り巡って、増幅され、戻ってくる……。神様でも何でもない、ただの人間の、あるいは自分の心の声。そうだったら哀れよねぇ」
「自虐かよ」
クリュティエは笑ったまま答えない。オレもこの女と用がなければ喋りたくないので黙った。沈黙に耐えきれなくなったのか、はたまた、話が気になるのか、グレイが小さく手を挙げて言う。
「あ、あのぉ……、結局
「そうねぇ、ようやく本題に入ろうかしらぁ。子実体《バシディオーマ》の核となるもの、それが、
オレから取り上げた箱を取り出して見せつけてくる。
「つまり、
「語彙力どうにかしなさい」
「うるせー」
クリュティエは、オレが確認のために聞いたことに否定も肯定もしない。
「この箱は
「ふーん、何でできてるんだか」
ただの小さな箱に見えるものを眺める。
今のオレが実行できる、解決方法の一つがなんとなくわかった。これをこの世界から魔力子が尽きるまで、誰の手にも届かないところに持っていけばいいのか。
「この箱ほどではないけれど、
「なんだそりゃ」
「人体よ。簡単に出入りできたら、魔力子を体内に保有できないでしょう」
「……言われてみるとそうだな」
体内にドーラ入れたら、多少隔離できるのか……?でもどうやってやるんだろう。あっ、そういえば、
「この間、アプシントスのやつがドーラ食べてたぞ」
保管するために食べた、とはちょっと違う感じだったが。なんかえらい化物になってしまったし。
「石は消化できないから拾い食いしちゃだめよ。……ドーラ自体にも魔力子が含有されているから、人間に移植させたかったんじゃないかしらぁ?とはいえ、普通の人間の体内にドーラを無理やりねじ込んでも、人間の身体の方が持たない。どうせ、あの気持ち悪いネフィリムとかいうのが、しばらく暴れた後で自壊したでしょう?」
「ゲロって元に戻った」
「そう、吐いて元に…………はあ!?元に戻ったぁ!?!!?どういうことよ!??!?」
クリュティエに掴みかかられ、揺さぶられる。何を聞かれてもオレにはさっぱりだぞ!
「わ、わかんねーよ!戦ってるうちに様子が変になったんだ!」
「他に何か変わったことはなかったの!?」
「あと少しヒビも入ってた」
「ヒビ!????!?なんで!!!??」
「んなもん知るかぁ!アプシントスのイルとかいう女が実験だなんだ言ってたんだよ!今持ってんのお前なんだから、パカパカ開けて確かめりゃいいだろ!」
それを聞くと、一気に不機嫌な顔になり、何か思案している様子だった。そして大きく溜息をつく。
「あの面倒な集団はほんと……、楽しめればいいみたいな感じでほんと……」
「でも何人か取っ捕まったじゃねーか。それに、無茶苦茶強かったクリムノンとかいう男も」
「クリムノンがあっけなく捕まるわけないじゃないの。何か裏があるんでしょうねぇ。別に私はどうでもいいけれど、……ちょっと待って。あなた、あの男と戦ったの?迷惑女とも会ったの?どういうことかしら?」
クリュティエが怖い顔で詰め寄ってくる。大神殿の町で会った出来事は話していない。なるべくこちらのことは教えずにいたいが、乗り切れるだろうか。
§ § §
「なるほど、そういうことねぇ……」
ムカつく女は腕を組んで、そう呟いた。
「お師匠……」
「うるせー……」
グレイの視線が痛い。つい、過去につられてビビってしまうのがダメなことくらい、わかっている。
クリュティエは珍しく感嘆して言う。
「あなた、良く生きて帰ってこれたわねぇ」
「そ、そんなに強いのかよ……。ちなみに、お前とクリムノン、戦ったらどっちが勝つ?」
「直接会ったことはないけれど、そうねぇ、先に殺したほうが勝つわ」
「そりゃそうだろーよ」
本当に自信があるんだったら、もっと強気な発言のはずだ。やはりあの男……クリムノンは相当の実力者のようだし、先ほどの『裏がある』っていうのも気になるな。ただあの時、オレ一人じゃ勝てなかったしできることはなかったが、逃げるにしても一目散ではなく、もっと様子を探りながらにするべきだったか?
他に引き出せることはないかと思い、口を開く。
「クリムノンが何か企んでいるっつっても、魔術を使ってくる犯罪者は取っ捕まったら、魔力子の体内の流れや魔術行使の命令を送るための神経を麻痺させる薬を定期的に打たれるんだろ。だったら」
「どうかしらねぇ」
「お前が裏があるっていうから、こっちは……っ」
「私はどうでもいい、って言ったでしょう?裏があるなら軍や憲兵に被害が出る。なければそのままオーキッドたちやアプシントスの力が削がれる。何?あなたお尋ね者なのに軍のこと心配してるの?」
「そういうのじゃねーよ」
オレはあの嫌な未来を回避して、それで……。
「前も言っただろ、嫌がらせがしたいだけだって」
「……なんだかよくわからない、変な子ね」
「オレだって、わかんねーよ。お前たちは、お前は何がしたいんだよ。……なんで、たくさん人が死ぬかもしれないことをしようとするんだ。アバドーンもアプシントスも、みんな馬鹿だ」
「あらぁ、アプシントスと一緒にされたくないわぁ」
「全部同じに見えるけどな。オーキッドたちとお前らの違いもわからねー」
クリュティエとオーキッドは同じアバドーンという組織なのに、内部で二つに分かれ、そこでも争っている。オーキッドが率いる一派は人数が多くて、こいつらは少数精鋭のバリバリ武闘派くらいしかわからん。
「オーキッド?あれはね、単に、苦しまないように、緩やかな自滅を目指しているだけ。表向き何をやっているのか誰も知らせないくらい、あんなビビりな男とも一緒にしないでくれるかしらぁ?この世で二番目に嫌いな男がユフラ、三番目に嫌いなのがオーキッドよ」
「一番目は誰───ぴぇっ」
その瞬間、クリュティエはすんごい形相になった。怖い。グレイは完全にその場の空気になろうと努めて黙り、ヒューはますます疲れた顔になった。二人から地雷を踏んだのはお前だからどうにかしろ、と視線を感じる。
「具体的に違う点はなんだよ」
「人間は退場して、魔力子の意思に全て明け渡してしまおうと考えているのがアプシントス。人間と魔力子で共存しようと考えていたのがアバドーン。そんなところかしらねぇ」
「共存?」
右隣の女の怖い顔が少し和らぐ、そのまま手首を掴まれた。
「お、おい」
「ねぇアコラス?いずれ、私たち人間という種が滅ぶ可能性があるのなら、それを回避して存続できたほうがいいと思わない?」
「変なこと、言うんだな。……お前はドーラを集めようとしてる。そうしたら、いつかは人から魔力子がなくなって」
「肉体は死ぬわねぇ」
「……なんだ、その言い方」
妙な言い回しだ。まるで、肉体以外のものは死なない、とでも言いたいのか。
「魂や記憶はどこにあるのかしら。人は死んだら、それらの情報はどこへいくのかしら」
「……死んだらハイ終わり、なんじゃねーの。全部消える。いつか忘れて、忘れられる」
掴まれた手はギュッと握り直される。手のひらから体温が伝わる。
「魔力子で情報伝達ができるのなら、一気に人体から出ていき、還っていく魔力子にも、その人間の意思が伝わっていてもいいんじゃない?もしかしたら、今まで死んでいった人たちの意思も、実は魔力子の中に少し残っていて、再会できるかもしれない。そうだったら……とても幸せだと思わない?」
「お前の言っていることこそ、なんの根拠もない、狂った言葉じゃないか……。それに、なんかそういうの、気持ち悪いから嫌だ」
「あら、わかってもらえると思っていたのだけれど。残念だわぁ」
わかるもんかと言おうとしたその時、こんこんと扉がノックされた。ヒューが応対をし、手紙らしきものを受け取る。オレから手を離したクリュティエは手紙を渡され、目を通した。読み進めていくうちに笑みを深めていく様子には嫌な予感しかしない。紛らわすために、ようやくティーカップに口をつける。
「良い知らせでしたか?」
ヒューの問いに頷き、
「さぁて……。ここまで話したのだから、しっかり手伝いなさい、アコラス」
すっかり冷めていたお茶の温度と同じくらい、オレの気分は下がった。
語彙力が偏っている系主人公。