【N.C.999】
ガタガタと揺れを感じる。
「ん……ぅ……」
いつの間にかオレは寝ていた。意識が覚醒し始めたばかりの頭はぼんやりとする。
また夢を見た。しかし、その内容はいつも『今』の世界になってからの出来事ばかりだ。『前回』のことは一度も夢で現れたことはない。もしかしたら見ているのかもしれないが、覚えていない以上、『前回』の夢を見たかどうかは起きているオレにはわからなかった。
……あのおっさん、今どうしてんだろうな。てか、あの時なんで客車じゃなくて貨物車近くにいたんだ。ちょっと怪しい。盗みでもしようとしていたのかもしれない。
オレが目覚めたのに気づいたクリュティエから声を掛けられる。
「あら、おはよう。のんきに寝ていたから起こさなかったわ」
「はあ?誰がのんきだ」
「よだれ、ついてるわよ」
「……そもそも『おはよう』の時間じゃねーだろ」
目立たないよう、夜に行われることとなった
闇夜に紛れた馬車は海岸沿いの道路を走っている。外を見ると道は傾斜のついた岩場、というか崖上にあり、下のほうにある海とはそこそこ高低差があるようだった。
「この辺りは沿岸部に洞窟が多く、洞窟内の地底湖と海が繋がっているものもあるようです」
御者以外に乗っているのは四人だけだ。文字が読める程度の灯りの下、ヒューが周辺の詳細な地図を指差す。
「洞窟内に
「しかし、かなり数ありますぜ」
他の三人が話している中、ごしごしと口元をぬぐい、自分の装備を確認していく。久しぶりに動きやすい恰好だ。ズボンにブーツ。鈍器や刃物を要求したが、少ししか渡されなかったのは大いに不満である。
「肝心の物を見つけるために働いてもらうのは、これよ」
突然クリュティエに指差された。視線が集まったため、そっぽを向く。
「このガキ、本当に連れて行くんですかい…?」
この馬車に乗っている、もう一人の男が困惑している。最近よく食い物をくれるので顔は覚えた。体格はかなり良く、いかつい風貌で、『前回』でも見覚えはあったような……?まあ、話す人間なんてクリュティエとヒュー、アイリスしかいなかったので記憶に強く残らなかったのだろう。
「そこそこ使えるわ」
「確かにその話は聞いてますがね……」
オレがついてくることに納得がいってない様子だ。オレも納得いってない。
クリュティエがのばしてくる手をべしべし叩き落としながら、どのくらい馬車に揺られただろうか。あるとき、ピンとくる。
「この辺」
「止めなさい」
馬車から降りて岩場の傾斜を確認する。降りられないわけではなさそうだ。ごつごつとした足元を下っていき、海に近づく。
どこかしらに入口があるはずだと思ってうろうろしていると、海に面した洞窟を発見した。どことなく、雰囲気が北東の砦と似ている。灯りを持ったヒューとともに、少し遅れてついてきたクリュティエは「ああ、なるほどねぇ」と呟いた。……なんかひっかかる言い方だ。
いい感じの鈍器を持った厳つい男も降りてくる。三人ともご丁寧に仮面装着済みだ(馬車内ではつけていなかった)。
「この調子じゃ、あっさり見つかりそうですな」
「どう?良い拾い物でしょう?じゃあ私とこの子の二人で中に入るわ。たまに私を殺しにかかろうとしてくるから、押さえ込めるとは思うけど、万が一私が死んだら人質は殺しておいてねぇ」
「……これまたすごい拾い物だ。連れ回してるから、愛人だなんて噂もたってましたぜ。様子を見ていると、そんなことはなかったですが」
「十近くも年下に、手を出すわけないでしょう」
あいじん……。
§ § §
個人的に洞窟はあまり好きではない。逃げ場がない感じがするからだ。そのようなところを灯りもなしに前を歩かされる。背後を取られるのが落ち着かなくて時々振り返ると、にこやかに手を振られた。分かれ道を適当に進んだり、速度を上げてもしっかりついてくるものだから、非常に腹が立つ。
ぴちょん、ぴちょんと水が垂れる音が響く中、恐らく身体強化の魔術で夜目がきくようにしているらしいクリュティエが突然声をかけてきた。
「体の具合はもういいの?」
「誰のだよ」
「あなたに決まっているでしょう」
「元から悪くねーし。むしろ寝すぎてなまった」
「あらあら、そうなのねぇ」
お前にとってどうでもいいだろ、そんなこと。なんで聞いてくるんだ。意図をつかめない問いに、半分くらい頭にはてなマークを浮かべながらも歩き続ける。
はああああ~……、狭いしジメジメするしクソババアはいるしで気分が下がった。帽子を深くかぶろうとして指を額にぶつける。
「……帽子が」
「帽子?どうしたのいきなり?帽子なんて被ってないじゃない」
「うるせー」
「ご機嫌斜めねぇ」
「オレがそんなにご機嫌だったことあるかっつーの……っと」
足を止める。先に誰かがいる気配がする。こちらの気配を殺して暗い洞窟の奥を窺うと、数人が灯りを頼りにごそごそとした動きをしているのが見えた。ただの迷子じゃない。その方向を顎で指し示す。
「おい」
「ええ、わかっているわぁ。片づけましょう」
単純作業のように数人を始末したあと、持ち物をあさる。……お、一人だけ違うのがいる。
「てか、なんでこんなタイミングが合っちゃうんだよ」
「向こうの動きに合わせているからよねぇ」
「ふーん……っておい、こいつらが見つけるってわかってんなら、オレに探させる意味なかったじゃん!」
「あらあらうふふ。私は面倒事をまとめて片付けたかっただけよぉ?」
拳銃やつるはし、剣型のMARGOTなどを持っていたが、
「アプシントスだけれど、ただの人間ばっかりねぇ。こんな洞窟みたいなところで下手に暴れて壁でも壊したら、生き埋めになるからかしらねぇ」
オレは返答をせず、アプシントスの人間に物理的に接触した、つまりはぶん殴ったときに発生した体の違和感を拭うため、ぶるぶる頭を振った。
「どうしたの?」
「さっきちょっとビリッときた」
「ああ、雷魔術の効果かしらねぇ。……ビリッときたって、ちょっと待ちなさい、身体強化と自分に対しての治癒が使えるはずよね。防御はどういうふうにやっているのかしら?」
「根性」
ちょっと痛かったけど耐えられる程度の出力だった。……うむ、感覚が元に戻ったな。さて先に進もうとした。が、後ろから襟首をつかまれる。
「ぐえっ」
「バカじゃないの!?雷魔術に対して根性なんて。身体強化は?いつもそんな対応してるの?だからコロッと体調不良になるのよ」
「別に体調不良になんてなってない。だって動けるじゃんか」
「あなたって、自分の痛みにも気がつけない大馬鹿者なのね。……ただの頭が残念な十七歳なのか、それとも、発育の良いガキなのか」
このまま前進すると服がちぎれそうだったので、非常に腹立たしいがおとなしくする。
クリュティエはオレが先に進まないとわかると、ため息とともに襟首から手を離した。
「格闘術は習ったことはないのかしら?もしくは自分から身につけようと思ったことは?」
なんだいきなり。
……ぐぐぐ。すごい背中に視線が向けていられるのがわかる。変な質問だと思いつつも律儀に答えてしまった。
「身につける?いや……学校で習ったっちゃ習ったけど、テキトーに殴ったほうがはえーし……」
当時は覚えることが他にたくさんあったので、腕力でどうにでもなる格闘術は優先度が低かった。そのため、授業でもやったはやったが忘れた。
「何で聞くんだ、そんなこと」
「はあ、そういうことねぇ」
「文句あんのか」
「成長しようとしないのねぇ」
「ああ?身長はこれから伸びるんだよ!」
「身長のことは何も言ってないわよ。……アコラス。あなた、わざと話をごまかそうとしていないかしら?」
「そんなこと……ない」
「あなたは馬鹿だけど、頭が回らないわけじゃない」
「まあな」
「まあな、じゃないわよ。なんで偉そうなのよ。……もういいわ。気がつかないふりをしているようだから、言ってあげる。成長していないのは、あなたの戦い方。前戦ったときと、ちっとも変わらないわぁ」
言い返すためにオレは振り返った。
「最初は相手に捕捉される前に先手を取る。並みの相手ならそれで終わりでしょうね。それで終わらないのなら、初見殺しな見た目と小手先の工夫で相手の意表を突く。まさか、華奢な女の子が、こんな怪力なはずがない。そんな我流の、体の動きを考えない殴り方で、威力が出るはずがない。そんなに早く怪我が治るはずがない。気配の消し方だけは私も素直に褒めるレベル。今まではほとんど一回目で仕留めていたんでしょう。でも、同じ相手にそのやり方では……二回目以降うまくいかなくなるわよ」
「それはっ……」
腕を組んでこちらを見下ろしているクリュティエに対して、言いよどんでしまう。
「わかってしまえば、相手の外面に騙されずに強力な超近接戦闘型として対応できる。こちらとしては面での攻撃で押さえ込めちゃったのよねぇ」
「一回目は負けかけたくせに」
『今』の世界になって初めてクリュティエと会って戦った湖での出来事。偶然に助けられ、かなりいいところまで追い詰めることができた。……ただこの女は自分が負ける万が一の状況に備えて、ヒューを配置していた。
「そうねぇ、あれは不覚だったわぁ。だから、同じ手を二度食らうつもりはないわよ。さあ、次に私と戦うことになったら、あなたはどうするのかしらぁ?」
いちいち人をイラつかせる言い方だ。落ち着けと自分を言い聞かせる。
「……オレの戦い方をこき下ろしてくれたようだが、力は以前よりも強くなってる」
「そうね、腕力や脚力は多少強くなったようね。そのまま身体強化を極めるのも一つの手だわ。じゃあ、それはどうやって強くなったの?」
「さーな。知らねーよ」
オレが早足で先を急ぐと、クリュティエはそれ以上追及してくることはなかった。
あるところから壁がところどころ青く光っている。それを見て、オレは洞窟に入ってから抱いていた疑問を小さく口にした。
「隕石の欠片がなんでこんな、奥まった洞窟みたいなところにあんだ?空から降ってきたものなのに……」
クリュティエは耳ざとく聞きつけてくる。
「まだ見つけていないけどねぇ」
「うるせー」
北東の砦もそうだった。結構深く地下へ下っていった先にあったが、上から来たなら上のほうにありそうなもんだが。
「お宝って、洞窟とかにあるイメージじゃない?」
「知るか」
「人魚の宝だと思って、大昔に誰かが見つけて隠したのかも」
「売っぱらえばよかったのに」
「ロマンがないわねぇ」
「うるせー」
「……まあ、そうねぇ、こんな洞窟ができるのに千年は短すぎるかもしれないわねぇ。今までそのあたり、深く考えたことはなかったわぁ」
千年は短いのか、オレにはわからない。
「……あ」
アホな会話をしている途中、ふと認識した。視線の先にはより一層光っているものがあるのだ。岩に中途半端に埋まっている物があるのだ。手を伸ばしたが、クリュティエに頭をつかまれ、静止させられる。そうしている間に、銃弾のような勢いの水で岩の一部が崩され、
「そんな恨めしい目で見られてもあげられないわよ?」
「別に」
「……この場所がどんなところか、あなたはわかっているわよねぇ?」
ここは水が多くジメジメしている。水の魔術が得意なクリュティエにとっては有利な場所だ。オレは返事をせずに踵を返す。
「わかってくれて嬉しいわぁ。ほぼ最短ルートで進んだようだし、今後もこの調子で役立って欲しいわねぇ。……ねぇ、全部の用が済んだら、あのお仲間は解放してあげる。アコラスは……うふふふ、飼ってあげてもいいわよ?」
「絶対やだ」
初対面時に有無も言わさず怒りの形相で首絞めてきたようなコイツとは、一緒にいたくはなかった。
§ § §
帰り道は何事もなく、その理由は出入口に戻ったときにわかった。待っていた二人の周りにも死体が転がっている。おかげで追加はなかったというわけだ。
ヒューが近づいてきたクリュティエに向かって手を挙げた。
「お帰りなさいませ。驚くほどお速い」
確かにあまり時間もかからなかったが、今何時くらいだろう。
「特に苦労なく見つけられたわぁ。ただ、アプシントスの連中がいたから、始末しちゃった」
「こちらもですよ、はい。入り口は塞いでおきますか?」
「いいえ、今回はこのままでいいわ。この程度の連中であれば、後から本命が来る予定だったんでしょうね。何が起きたのかわかりやすくしていてあげましょう───」
急に殺気を感じる。すぐそばにはネフィリムがいて───、
頭が内側から弾けた。
ぐしゃっと崩れ落ちた体を横目にクリュティエはヒューたちに確認する。
「これだけかしら?」
「そのようですね。我々が相手にした者からの個体ではないですから、はい」
「私たちが見逃していた、というわけねぇ」
うわー、やっぱり瞬殺されたか。そんな強い個体ではなさそうとはいえ……。ネロよりも速いし、予備動作もほとんどわからなかった。
「じゃあ撤収しましょう。男どもはさっさと戻って帰る準備をしていなさい」
「しかし……」
「何?私に逆らうわけ?」
クリュティエがヒューたちを急かしている間、オレは景色を眺めることにした。おぞましい海。目に映る光景を二分する水平線。あの向こうは、ここよりもずっと遠くだろうか。
「わざと試したわね、アコラス」
気がつけばオレとクリュティエだけで取り残されている。
「はあ?いきなり何の話だ」
「わかっているくせに。ほら、いつまで海を見ているの。洞窟に入る前は暗かったけど、日の出が近いわ。行くわよ。……どうかしたの?」
どこまでも広がる大きな水溜まり。まじまじと見たのは今日が初めてだった。しょっぱいらしいことは聞いていた。しかし、確かめる気にはなれなかった。
「……なんか、こういうの見ていると、自分が空っぽになってく感じがする」
ただなんとなく呟いたあと、オレはようやく海の風景から目を背けて歩き出すことにした。そして、なぜか立ち止まっているクリュティエを追い越した直後、
「ひっ」
何の予兆もなく突然後ろから抱きつかれた。
力は決して強くはなかった。だが、体がすくみあがって動けない。目をつぶって、まぶたの裏に懐かしい人影を幻視する。
「た……っ」
言いそうになったことを無理矢理止め、虚勢を張る。
「な、何すんだ!」
「ダメよ、そんなこと考えては」
いつものように余裕のある声ではなかった。何かを恐れているような、そんな声だった。
「無垢なものは連れていかれてしまうから」
「はぁ?このっ、いいから離せよ!」
身じろぎをしたところ、思ったよりも腕は簡単に振りほどくことができた。じりじりと下がって様子をうかがうが、仮面で表情を読み取ることはできない。……かすかに肩が震えている。
「おい……?」
「……ふ」
「おーい」
「…………ふふふ」
「えっ」
「……うふふふふっ。あなたって、からかい甲斐があって面白いわねぇ」
そう言って放り出すかのようにとられた仮面の下は、人を馬鹿にしたような笑顔だった。
「…………はぁぁぁあああああ!?」
おいマジふざけんな。
オレはクリュティエを無視して歩き出すことにした。相手にしてもろくな目に合わない。徹底的に無視してやる!
なお、この後ずっとにやにやしながら「ねえ驚いた?」と聞いてきて、非常にイライラさせられた。
……本当に何だったんだ。