【N.C.999】
落ち着かない。
首都につれてこられて、はや数日。ずっと宿の一室に押し込まれ、オレは暇をもて余していた。
「なー、魔術使ってみてくれよ」
「あいにく私には才能がないので、面白いことは何もできませんよ、はい」
「風で曲芸できないのか。紙浮かせてくるくる飛ばすとか」
「そのような大層なことはできません、はい。……あなたに使える魔術の種類を教えたこと、ありましたか?」
「けっ」
室内を調べすぎた結果、建築時の手抜きを発見して居たたまれない気持ちになったので、手帳を読んでいるヒューに話しかけた。昨日まではメイドさんが一人居残りだった。
「私は現在進行形で暇ではありません、はい」
オレを見ずに、ヒューは手元で何かを書いていた。
「グレイは今何やってんの」
「あなたの知らないところで、おとなしくしてもらっています。彼はまだ幼いですが、利発な少年ですね、はい」
「ふん、まあな」
片手で腕立て伏せをしてみても、簡単にできてしまう。
……。
「なんか面白い話して」
「無茶を言わないでください、はい。……それでは、魔術にまつわる面白い話を一つ」
あるんかい。
手帳を閉じてから、ヒューは言った。
「土、と言われてあなたが想像する物は何ですか?」
「茶色いやつじゃねーの。……あ、昔、黄色も見たことあるような」
「ええ。他にも黒や赤、そういった様々な種類の土が天然、人工に関わらず存在しています。……では、魔術で作り出される土はどのようなものかご存知で?」
「そんなの観察したこともねーよ。……茶色、いや、赤ぽかった気もする」
「なるほど。今からあなたが見たことのある土魔術、その使い手の出身を当ててみせましょう。南部ですね」
「知らん」
「ふむ。困りました、はい」
そう言うと、ヒューは黙ってしまった。
人間が親から産まれたときの土地なんて、いちいち気にしたことがない。それを知ったところで何か良いことあんのか?
風で窓が揺れる音が聞こえる。
「……なんで突然出身を予想し出したんだよ」
ヒューは良く聞いてくれましたとばかりに、再び話し始めた。
「これはズバリ、魔術で作り出される土や水は、魔術の使用者が意識しなければ慣れ親しんだ種類の物が生成される、という実例があちこちに転がっているからです」
ほう。
「だから、南部出身者であれば南部、東部出身者であれば東部の土と良く似た物が、土魔術によって作り出される。逆を言えば」
「生成した土から出身地がわかる」
「……かもしれないということです、はい」
「断言はできねーんだな」
「そこは魔術師の技量次第で、いくらでも変えられますから、はい」
ふーん。
「『土を作る』という魔術を使う人は、土の構成物質や温度の状態を細かく指定することなしに発動することができています」
まあ確かに。うだうだ指定してたらすぐに発動できねーし、戦闘で不利になるな。
「魔術を発動させる上で必要な情報は、己の経験や記憶が初期設定にされている。しかしながら、慣れ親しんだ土の正確な構成要素やその割合を覚えている者はなかなかいないでしょう。こういった情報がどこから来るのか。かつてあったという神子の神託も、案外こういった魔術的な情報伝達から成り立っていたのかもしれませんね。いやあ、不思議です、はい」
前々から疑問に思っていたが、神子とは何だろうか。特に誰からも説明を受けたことはない上に、当たり前のように使われているが、前回では全く耳にしたことのない単語だ。
「お楽しみいただけたでしょうか」
「おう。どーも」
ヒューに話してくれたお礼を言うと、悔しそうな顔をされる。
「……次は治癒魔術最強説です」
「何それ」
「最強議論は皆好きですから、はい。治癒魔術でなぜ怪我が治るのでしょうか?」
「もともと人体が持ってる治癒能力を強めることで、回復を促進している、だろ?」
ちなみに、オレは治癒魔術に世話になった経験はない。治療されている人は見たことがあるが、傷口に手を突っ込まれていて、とても痛そうだった。
「その通りです。裂傷であればその傷口を、骨折であればその骨を癒合するスピードを速めるわけです。なので、治癒しすぎで相手の骨をめちゃくちゃ回復させ、肉から突き破らせたりできれば強いと思います、はい」
「……そんなの見たことも聞いたこともねーが。他人は他人で体内に魔力子の流れがあるから、よっぽど弱っているか、主導権を完全に明け渡されるくらいじゃないと、その流れに治癒魔術は逆らえねーとかじゃなかったか?」
「はい、なので治癒魔術でも下手なことはできませんね」
「……ダメじゃん」
「……はい」
頑張って反論しろよと言いたいところだが、……うー、無茶振りをしたオレが悪かった。
でも、なんかこういう感じは懐かしい。……もうやめだやめだ、こんな話。
高そうな椅子にふんぞり返って、借りた本を読むふりをすることにした。荷物にこっそり紛れ込み、クソババアを驚かせるという良い仕事をした猫は、今は膝の上で丸まっていて邪魔だ。
今この場にクリュティエはいない。……が、常に近くで見張る者がいるため安易に動けない。
できるのは、これからのことを考えるくらいだ。
最もやるべきなのは、
グレイについては、大神殿の町でイルとかいうのが『本命』と口走っていたのも嫌な感じがする。ここまで来るのに乗った汽車では隣に座っていたが向かい側にはクリュティエがいたし、今だって別室なので全然会っていないのだ。そんな話できない。……町から逃げた直後、何か知っているかグレイに聞けばよかった。
う〜む……。
これらの実行にはクリュティエを出し抜く必要がある。……発車してすぐに駅で俺たちだけ降りて、クリュティエたちだけそのまま西に流されていくとか、そういう面白い光景見れねーかな。
さて、クリュティエ自身は、朝どこかに出掛けては夕方戻ってくる。なぜ知っているのかというと、
「今日も随分おとなしくしていたみたいねぇ」
出掛ける前と帰ってきた後にわざわざ顔を見せに来るのだ。二度と来るな。
何を読んでいたのか聞かれたので、本を渡す。クリュティエはパラパラとページをめくった後に、しばらくの間、目をつむった。さらに、貸し出した者を聞いてきたため、メイドさんを指差す。
「あとで話があるわ」
「はい!承知いたしました!」
たまに猫の足を洗ってくれる気の良いストーキングメイドさんは、元気のいい返事をした。……クリュティエも後で借りて読むのだろうか。
本の内容は、妻が行方不明になった夫を探す旅の道中で、包丁を両手に持ち暴れまわる無双劇だった。言い回しに難しいところもあったが、勢いが良すぎて既に三回読んだ。ストーリーは全然わからんが、戦闘シーンがかっこよかった。
とにかくクソ強い妻が様々な強敵と戦いを繰り広げるのが売りのシリーズらしい。オレがいきなり読んだ第三巻も、「この泥棒猫!」と言いながら財産むしり取ってくる系詐欺女が争いあうのがなかなかすごかった。なぜ猫呼ばわりなのかは知らないが、この二人と顔が良い以外作中で情報があまりない夫はサンカクカンケーらしく、詐欺女の口調から夫を思い出して動揺した妻が、椅子を振り上げるシュラバのシーンはすごかった。ストーリーは全然意味不明だった。
あのシュラバは良いシュラバ、と思い返していると、
「明日の天気はどうなるかしらね」
「知らねーよ」
向かい側に座った女はわざとらしい笑顔だ。気味が悪い。あーあ、この顔を二度と見なくていいどっかにいきたいなー……。
「アコラス、ずっと部屋にいて飽きたでしょう。明日は自由に外出してきていいわよぉ?」
「えっ」
突然怪しいことを言い出したので、オレは動揺してしまった。
「急になんだ、めんどくせーな。今まで出るな、の一点張りだったくせに」
「あら、あなたは何も知らなくても問題ないわ。気にせずに楽しんでくればいいのよぉ」
怪しい……。すっごく怪しい……。
「どうしたのかしら?」
「何企んでんだ」
「すぐ疑うなんて酷いわねぇ。何もないわよ。はい、この話は終わり」
見たくもない顔をじぃーっと睨んで抗議する。何も知らないままなのは、むしゃくしゃして嫌でもあった。
「せめて、どこ行っていいとか、そういうのくらい教えろ。じゃねーと、行けるところも行けねーよ」
「……仕方ないわねぇ」
よくわからないがクリュティエが折れた。昨日ヒューが「胸の前で手を握り、上目遣いで『お願い、マイア姉さま』と言えば、何でも言うこと聞いてくれると思いますよ、はい」などとふざけたことを言っていたが、やっても効果があるなんて考えられないし、そもそも絶対にやりたくなかった。やらずに済んで本当に良かった。
「誰と」
「お一人でどうぞ。嫌ならついていってあげても良いわよ?」
「え、やだ」
「……」
何この沈黙。
しばらくすると、クリュティエは咳払いをして仕切り直した。
「強いていうなら徒歩で行って帰れる距離で、時間はそうねぇ、夜には戻ってきなさい」
「……変な持ち物とかないだろーな」
「持ち物ねぇ」
どっかの建物に爆弾抱えて行ってこいみたいな。
「あなた、意外と演技がうまいから何とかなるでしょうけど、知り合いと偶然顔を合わせたときのために、度のない眼鏡を用意したわ」
確かに、オレを知っている人に出くわす可能性は他の町よりも高い。変装道具としては一つの手なのもわかる。だが眼鏡は嫌いだ。眼鏡を見ていると昔散々馬鹿にされた記憶がよみがえるのだ。
「……うぐぐぐっ、この世全ての眼鏡をカチ割りてー」
「眼鏡に何の恨みがあるのよ」
眼鏡とにらみ合っていると、
「もちろん、憲兵に
「捕まんなきゃいいってか」
「うまくやりなさい。不審者にホイホイついていって、拐われたりするのもダメよぉ?」
オレはそんな間抜けじゃない。その辺の変なやつくらい返り討ちにできるわ。むしろ憲兵に駆け込んでお前を捕まえさせてやろうか、このアマ。……っていうかそもそも、
「とっくにお前に拐われてるようなもんじゃねーか」
取っ捕まって無理やり連れてこられているのだ。誘拐だ、誘拐。さっさと解放しろや。
……返事がない。
不思議に思ってクリュティエに目を向けると、なぜか目を丸くしていた。
「おい」
またもや無視。それどころか、俯いて肩を震わせ始めた。
「…………ふ」
「おーい」
「……ふふ」
なんだ?変なもの食べてて、お腹に今痛みでも来たのか?
「……うふふふっ。それもそうね。もしそうなら、とても面白いわね」
急に楽しそうになって怖い。
そのまま、機嫌良く紅茶をいれようとして、ポット内に魔術で生成された水を溜めていく。
「あら」
しかし、クリュティエはせっかく作った水を捨てた。
「何してんの」
「紅茶は軟水でいれたいのよ。そっちの方が絶対美味しいから、わざわざ作っているっていうのに……間違えたわ」
よくわからんこだわりだ。
§ § §
翌日。
ヒューによって、追い出されるように外に出たオレはまず、しばらく適当に歩いてみた。……が、いつものような尾行をされている様子はない。
「実は本当に息抜きさせるため……。それが理由ではなかったりせんのか?」
「ないないないない。絶対ねーよ」
抱えている猫がトンデモびっくり説を唱出したので否定した。ありえねー。
次に、気配を消して立派な宿の様子をうかがってみることにした。……が、特に怪しい人物の出入りはない。
「ここでこうしているのも無駄な気がするがの」
「うるせー。大体、お前が最初から尾行しとけば良かったんだよ。なのに寒いだなんだ言って、ずっと布団に引きこもりやがって……」
数時間が経過し、そろそろ見張ってても意味ないかと思い始めたそのとき、宿からクリュティエが出てきた。今日はまだ出かけていなかったらしい。オレが尾行する可能性を考えなかったのだろうか。
ヒューと話している。
やっぱり怪しいが、罠でも情報は手に入れられた方がいい。こっそりついていこう。……さて、猫をポイっと下におろし、我慢我慢と自分に言い聞かせて眼鏡をかける。
「……お?」
なんか変な感じだ。なんでだろう。
「アコラス、何を呆けておる。行ってしまうぞ」
だが、違和感をゆっくりとつかむ余裕はなかった。クリュティエがヒューを連れ、角を曲がるのが見える。
「やべ……っ」
オレは急いで後を追った。
クリュティエたちは宿のある第二地区から、繁華街のある第九地区に向かっているようだった。前を歩く二人は途中馬車に乗っていたが、オレは時々近道もしながら徒歩で追いかけていく。押し付けられた日傘を差して、くるくる回しながらオレは歩き出すことにした。……必要性がいまいちわからないので、すぐたたんだ。
寒いと文句を垂れていた猫は急に尻尾を立てる。
「ふむ……、この近くは劇場があるな」
「劇場には行かねーぞ」
「なんと」
しっぽが垂れ下がる。そして、急に早口で喋り出した。
「今回のクリュティエの目的は、わかっている範囲で三つ。首都での憲兵や軍の動きの確認、その後、西に移動して
「何が言いたい」
「会談の場としては劇場はうってつけではないか?」
「お前一匹で行け」
「無理である」
「なんでだ」
「お主はあの劇場の噂を知らないからそんなことが言えるのだ。か弱い余など一人で入っていった日には食われてしまうわ」
マジでこの猫言うこと聞かねーな。
ただ、猫の言った通りの目的があるのは確かだ。そこそこいる手下を使った上で、自分自身も動きたいんだろう。……ますます思う。なんでオレ連れてきた?
うーん、人手がほしい……なら宿に閉じ込めないか。他は……、留守にしている間に暴れられるのが嫌だからか?それならさっさと始末すればいいのに。そうしない理由って、何があるんだろう。
「丈夫で力が強いだけじゃ、クソババアにとっては利用価値なさそうだよな……。その程度、オレの代わりになんていくらでもいそうだし……」
じゃあ、単純に手駒を増やしたい?突然襲いかかってくるやつより、ちゃんと言うことを聞く手下のほうが良くね?わからん。
『前回』はゴミを見るような目で見てきて、最後はマジで殺しにかかってきたもんな。逆に納得がいくわ。……あ、『今回』も気が済んだらぶっ殺しにかかるつもりか?それかぁ。よーし、疑問点が一つ解消した。安心して
「劇場は地底洞窟の上に建てられたとの伝説もあってだな……」
「知るか、そんなもん」
ギャーギャーうるさかった猫が急に黙る。
「どうした?」
「……そんな。嘘であろう、余は信じぬぞ……」
丸くなって唸る猫の目線の先には、打ち捨てられた雑誌があった。
『大女優クリスティーヌ、熱愛か!?』
「……別にいいじゃん、誰が誰と付き合ってても」
「良くないにゃん」
肩に乗ってきた猫が、尻尾で人様の顔を叩いてくる。おかげさまで眼鏡がずれた。クソ野郎。
「こんなときだけにゃんにゃん言うんじゃ───」
背筋がゾワッとした。
とても嫌な感じだ。ただ、それを表には出さないよう、ずれた眼鏡を直す。
「む?クリュティエの行き先はそっちではない。彼奴は本当に劇場に入っていきおったぞ。ほれみたことか」
「うるせー」
誰かがオレを見ている……?
しばらく適当に歩いてみたが、胸のざわつきが止まらないどころか、オレを追う気配は増した。
最初の者とはうって変わって、隠すのが下手くそな何人かは、周囲はそれなりに人通りもあるような場所なのにも関わらず、今にも仕掛けてきそうな空気だ。
近くの菓子屋を外から眺める。なんか見覚えあんな、ここのお菓子。
「捕まるようなことをするのはダメ……、捕まんなきゃいい……、うまくやれ……」
オレは第十八地区に立ち入った。あそこは大規模な施設が建造中であったりと人の流入も多く、治安が良くないのはオレでさえ知っている。
後ろのほうからあからさまな足音が聞こえる。一人が駆け足で近づいてきた。なんだ?まだ囲まれていないし、こいつに限っては敵意を感じられない。
試しに投げつけた日傘は、
「んなっ」
「うわっ!?ビックリした!?」
あっさり片手でキャッチされた。
なーんで毎度毎度こいつと会うんだ!?いや、『今回』になってからはそうでもない気も、ええい、とにかく逃げ───、
「あっ!待ってくれ!?」
───一気に接近され、対応できる前に間合いに入られる。
信じられない。
動揺してしまったその瞬間にも、手を伸ばしてくる。
だが、殴られることも、腕を掴まれることもなかった。伸ばされた手は触れる直前で止まっている。代わりにかけられたのは、謎の言葉だった。
「大丈夫っ!?君、迷子じゃない!?」
「……は?」
まいご。
迷子。誰が?…………オレが?
「そんなことを聞いてどうするつもりなんだろ……?」
「……あああ!?ちがっ、違うんだ!!!俺は決して怪しい者じゃない!君、一人で危ない地区に向かってたみたいだから、つい……っ」
はー、と息を吐き出してからレドは言った。
「もしかしてさ、道に迷ってる?……たぶん、目的地はそっちじゃないと思うよ」
冬に切れ痔になった腹いせで、登場人物の誰かを痔にしたくなる衝動に定期的に襲われるようになりました。今は世界観のために踏みとどまっています。