【N.C.999】
どうやらレドは、オレの変装に気がついていないようだった。
道に迷ったことを俯きがちのまま頷いて肯定すると、どこか安心したように息をつく。
「そっか。追いついてよかった。……良ければ道案内しようか?」
視線だけ向けて、レドを観察する。
片手にはオレが投げた日傘、もう片手には袋を持っている。両手は塞がっているのにも関わらず、のこのこ出てくるということは、オレに対する警戒心はねーだろ。うむ、正体がバレる前にさっさと逃げるに限るぜ。
「大丈夫、この辺りは詳しいから」
何を勘違いしたのか、自信満々にそう言われた。……ふーんっ、小道含めたらオレのほうが詳しいかんな。
黙って慣れ親しんだ逃走経路をいくつか検討していると、困った顔で日傘を差し出される。
「ええっと……怖がらせてごめんね」
はあっ!?別にビビってねーしっ!
ムッとしながら向き直って傘を受け取ったとき、小声で囁かれた。
「───逃げよう。質の悪そうな人間がついてきてる」
「ぐぇ」
放られた袋の中身が宙を舞うと同時に、肩に担がれ、腹部に圧力がかかるのを感じる。とっさにオレは視界に入った物をつかんでいた。
「舌噛まないように気を付けて!」
視界が勢いよく変化し、あっという間に屋根の上に着地した。
……は???
なぜオレがこんな扱いを?
これは荷物の持ち方では?とか、いきなり知らない他人を抱えるのはどうなの?とか、腕は掴まないのに担ぎ上げるのは良いのか?とかを異様に冷静な心で考えてしまった。
あ、視界たけー。
下を見れば誰かがこちらを指差していた。なんか普通のゴロツキ達っぽい。あれとは別に、嫌な感じの奴がいる……気がする。普段からこんな風に人を見下ろしたいものである。
揺れる視界には遠くに作られている途中の建物が映っていると思ったら、少し離れたところで屋根から下に降りて、さらに駆ける。
「……しつこいなっ」
レドは舌打ちと共に、細く、入り組んだ道の多い場所へと入っていく。
直線経路じゃないのに移動速度は落ちないし、遮蔽物を利用して撒くのも結構うまい。ゴチャゴチャしたところを走るの自体、慣れているみたいだ。やっぱコイツに追いかけられたくねーな。
あっちへこっちへ動き回り、かなり遠くにある公園まで来て、肩から降ろされた。嫌な感じも途中で消え、少しホッとする。
「ここまでくれば平気かな。君、走っている間に気分悪くなってたりしない?」
首を振る。意外と乗り心地が良かった。
「そっか、よかった」
それにしても、まだオレに気がついていないようだ。抱えている間、暴れるか迷ったがおとなしくして正解だったな。よし、このまま穏便に別れよーっと。
「誰かに追いかけられるのって、心当たりある?」
またまた首を振る。レドからも逃げようとした瞬間に、この問いかけをしてくるとは……。ちょっとお話でも、と憲兵のところまで連れていかれることになるのは避けたい。
なるべく喋らないようにしていたが……、仕方がない。
「散歩から、宿に戻ろうとしていただけ……です」
声はいつもよりも高めを意識し、目が合わないよう顔は極力俯いたまま。これで知らぬ存ぜぬをつき通してやるぜ。
「うーん……、やっぱり、ただの物取りか誘拐目的かな。それにしてはやけにしつこかったような気も……」
なんだったんだろーな、あれ。
ただ、よりによって一人で外出でこうなるなんて、クリュティエはオレが追いかけられることを予想してたんじゃないか?
息抜きなどやはりあり得ないとは思っていたが、あのクソババアと敵対している奴が、一緒にいたオレを襲撃しようとした……とかだろうか。そしてオレにはそいつらを排除させる……?確かに、一人を除いては、逃げるまでもない、簡単に相手にできるようなレベルだった。
「なんで」
「ん?」
「なんで逃げたんですか?なんで逃げたんですか?あれだけ動けるなら、あんな奴ら、簡単に倒せるでしょう」
ついオレは、レドに疑問をぶつけてしまっていた。
「それは……、君に声をかけた段階では、後をつけているかには言い逃れされやすい状況で、こっちが先に攻撃しかけるのは色々と問題があると言うか……、まだ、直接何かしてきたわけじゃなかった。かといって、中途半端に振り切らず人の多いところに逃げても、行動を起こされる気配もあった。君に何かあってからじゃ遅いから、今は徹底的に逃げるのが一番良いと思ったんだ」
「ふーん……」
いちいち雑魚は相手にしないってか。
「もちろん、後で憲兵に不審な人物たちのことは伝えるよ。ただ、現状だとあまり取り合ってもらえないと思うから……。今後は危ないところに近寄らないように気を付けてね」
レドの言い分に引っ掛かりを覚え、なんだか納得いかねーなーと思っていると、
「そうそう、道案内しないと。宿の場所は?」
え?あれ、あのとき適当に言っただけじゃなかったのか?
うっかり顔をあげてしまった。そして、目と目が合い、正面からまじまじと顔を見られる。
やべっ!?
すぐに俯いたが視線を感じる。恐る恐る、再び顔を上げると……凝視されていた。
うおおおおおお!逃げる逃げるオレは逃げるぞ!
「ここまで連れてきてくれてありがとうございました。もう道はわかるので、案内はなくていいです。ではさらばっ」
と早口で言い、反転し去ろうとしたら、
「え」
回り込まれ進路を塞がれた。
「……」
「……」
……気づかれた?さっきみたいに急に間合いに入られたらまずい。ただ、レドの炎は本能的には怖いけど、ほとんど見かけ倒しだ。だってコイツ、本気で燃やしてこようとしないし。だから、下手に距離をとった挙句にさっきみたいな急接近で体勢崩されるくらいなら、自分のダメージを気にしないで最初から至近距離で殴ったほうが……。
「こ、これは違うんだ!」
出方をうかがっていたオレに対し、レドは急に弁解を始めた。しかし、その弁解が何に対してなのかわからないので、進路を塞ぐ相手に問いかける。
「……何が?」
「あーえー、これは、そのー……。そう!好みだっただけだ!そう、顔が!!!」
「は、はあ。顔が、好み……」
突然変なことを言いだした。
まあ、オレはかっこいいからな……、かっけーのが好みなのはわかる、とひとまず納得しつつも……いや納得できるかこれ?
「…………すみません。今の発言、一旦なしで」
お、なんか訂正してきたぞ。
「……君を一人歩かせるのは心配だから、目的地まで送ってもよろしいでしょうか」
心配?送る?誰を?
………………………オレかぁ!!!?
「よろしくないです」
もうこれ以上一緒にいたくないので、きっぱりと断る。ただ、一方でどこかワクワクする感情が生まれた。だって、こんだけ騙せるってことは、もしかしたらオレの女装と演技はすごいのかもしれない。しかも誉められたりもしている。オレ、殴る以外にも才能あるんじゃね……?
かなり強い口調で拒否したのに、レドは異様な勢いで食い下がってくる。
「さっきも言った通り、俺は怪しい者じゃないんだ!たまたま視界に入った君を目だけで追っていたらフラフラ危ない方へ歩いていくし、怪しい人影もあるし、人目が少なくなったところで手出しをされるんじゃと心配になって思わず君を、追い、かけ……」
かと思えば急に冷や汗を大量にかき、押し黙った。どした?
「いや待て俺も後を追って急に担いで大分怪しい行動をしたなぁ!?でもこれ普通に走って逃げられたらよかったんだけど囲まれているみたいだったから空いてる上に行かせてもらったんだ。決して誘拐じゃないんだ。何かされた後だと遅いから先手を打って逃げようと誰かに言われたとかじゃなく自分で判断した結果なんだ。頼みますお願いだから信じてください」
またもや弁解だが、今にも足元にすがり付いてきそうなくらい必死である。とりあえず、まだオレの正体はバレていないようだが、レドが必死すぎて何か怖くなってきた……。さっさとここから去りたい……。とにかく穏便にすませるべく、目の前の男を宥めなくては。
「わかってます。あなたを憲兵に突き出したりしませんから」
「ほんとに!?……ん?むしろ憲兵に突き出してくれた方がいい!?こう見えてちゃんと身分証明できる人間なんだ!!!君も安心だよね!?憲兵のほうが信じられるだろうし!」
おいおいおいおい!別にオレは行かんでいい!お前だけ行ってろ!お前のことはよく知ってるから、証明なんぞしなくていい!!!めんどくせーんだよ!!!
オレはこの思いを最大限遠回しに言うべく、慎重に言葉を選んだ。
「大丈夫です、オ───私はあなたのこと、信じてます」
慎重に言葉を選んだはずなのに、直後、レドの顔から表情が消えた。なんで?動きも完全に止まっている。瞬きと呼吸してるか?大丈夫かこいつ?
「おーい」
試しに目の前で手を降っても反応がない。それにしても、無表情のレドは初めて見たぜ。
しばらくして、
「……俺を」
あ、喋った。
「俺を、このベンチで殴ってくれませんか」
ベンチ。
三人ほどが腰かけることができる、木製のごくごく普通のベンチ。ここは公園。休むためのベンチがすぐそこにあった。
「べんち」
だがベンチは鈍器ではない。だとすれば、オレの知らない『ベンチ』がこの世には存在するのかもしれない……。
「べんちとは」
「椅子です」
お前どうしちゃったんだよ、一番まともだと思っていたのに。
「変なこと言わないでください」
「はい、ごめんなさい」
今度は普通に喋って謝った。狂気と理性の反復横跳びしてるみたいな状態か?大丈夫か?
普通に考えたら、やっと手にいれた自由な時間を、今ここでくっちゃべるためじゃなく、襲ってきた奴らとかクリュティエのこととかを調べるために使うべきだな。うん、さっさと別れよう。妙に怖いし。そう思っていると、レドは、おもむろに短剣を取り出していた。それは珍しい装飾で───あれ?オレ、あれに見覚えがある。しかし、記憶をたどる前に、
「また、俺は……ダメな奴だ……。ラーヴァの教えも守れやしない……」
短剣はレドの指をめざす軌道をしていた。
あわてて日傘を放り出し、今傷つけられんばかりのレドの手を、自分の手でかばう。
「何してんの!??!?」
短剣がオレの手の甲に少し当たる可能性も考えていたが、すんでのところで止まってくれた。
「指をつめて謝罪を……」
「いらないいらない謝罪に指なんていらない!!!痛いのも怖いのも嫌だっ!」
何こいつ!?知らん!!知らねーよ!!!オレの知らない間に性格変わってないか!?怖い!!!!!誰かどうにかしろ!!!
……落ち着け、落ち着けオレ。
手袋越しに握っていたレドの手に力を込めようとしていることに気がつき、素早く離す。つぶしちゃったらまずいからな。
「しまってください、刃物」
「……あっ」
刃物を持って奇行に走るレドが怖い。……何だこいつ。なんでこんなことに。
日傘を拾い直してオレは考える。全ての予定を繰り上げて、レドの異変の原因を早急に知らなければならない、と。
落ち込んでいる様子のレドが短剣をしまったのを見て、ベンチの左端に座った。
「あなたが変なことばかりするから、疲れちゃいました」
「ごめ───」
「───だから、私が元気になるまでしばらく、おしゃべりしてください」
横の座面を叩く。二人で座れば、ベンチを鈍器扱いできない。
「お、おしゃべり?君と?どうして……。それよりも早く宿に帰った方が」
「疲れた足でふらふら歩いてたら、また変なところに行っちゃうかも」
短剣をまた取り出したりしないか、チラチラ視線を送った。レドは先ほどとは何か異なる動揺をしている。ふっ、バカめ。オレが座ったからには、ベンチを武器にはさせねーぞ。
「ダメ、ですか?」
何がダメなんだこのクソ野郎もうお前いい加減にしろクソ野郎、と言うのを我慢して確認すると、レドはうっ……と息をつまらせた。
数日前にランキングの一つを適当に開いてスクロールしたらこれが載っており、間違えてスマホを投げてしまいました。ありがとうございます。
大変ありがたいのですが、人気のない夜の公園で全裸で酒盛りしていたら(※)、横の道を普通に一般帰宅ビジネスピープルが結構通過していた、みたいな気分です。
※実際はしていません