【N.C.999】
憎きクリュティエに魚の缶詰一個分の経済的打撃しか与えられなかったオレは、奴の宣言通り、買い物に連行された。
「こっちはどうかしらぁ?」
「知らん」
「これとこれ、どちらがいいと思う?」
「黒がかっこいい」
「黒の選択肢は元からないわよ。どこをどう見たらそうなるの」
武器や火薬などなどを買いに行くのかとてっきり思っていたが、全然違った。せっかく連れていかれるのであれば、火薬系はどこで手にいれているのかは確認したかった。
というのも何年か前、どこぞのバカがなぜか肥溜めに爆竹を投げ込んだせいで、火薬系の物に対する取り締まりが厳しくなったのだ。クリュティエたちがそのあたりをどう乗り切っているかは知りたかったのである。
だが、今オレがいるのは……、
「つばの大きめな物はどうでしょうか」
「あら、花の装飾が素敵ですわね」
「他にも、白地に水色のリボンがあしらわれたこちらも……」
「まあ。素晴らしいわ」
クリュティエは店員とワイワイ話している。
そう、ここは服や帽子を扱う店だった。
う……。
うう……っ。
うぎゃぁぁぁあああ!いやだああああああああ!!!!!!誰かと一緒に首都を回ったとき本当は楽しかったけど、楽しんでいい心じゃなかったから、興味ないふりした罰なのかぁぁああああ!?
なお、クリュティエは自身の帽子を買いに来たらしい。ど、どうでもいい……。
「なんでオレがこんなことを……」
「ブツブツ文句言わないの」
時々俺にも話が振られてくるので、適当に返す。……あんなの、全部同じじゃねーか!?いや、つばの大きさとか形が違うか!?なんもわかんねー!!!!!防寒性や機能性は低そうだぜ!隠しポケットとか欲しい!
やれやれと思っていると、ガシッと腕を掴まれる。
「少しずつ出入り口に近づいているのはバレているわよ?」
ふっ。あまりにも嫌すぎて、体が勝手に動いていたのか。
だが、もう会計のようだ。何を買ったか知らないが、やっと解放されるぜ。さらばだ。
「じゃあ次はアコラスの服だから」
どーして……?
§ § §
クリュティエには斜め後ろを陣取られ、監視されるように街中を歩く。こいつは絶対にオレを後ろや隣に歩かせない。……何か言いたげな視線を感じる。
「アコラス、あなたまだ怒っているの?」
「別に怒ってねーし」
「わかりやすかったわよ?押し黙っちゃって」
続いて、呆れたように溜息が聞こえる。
「あのねぇ……。服の話をしているのだから、仕方ないでしょう」
……むむむっ。
オレは何件か服飾店へと連行され、着せては着替えさせられまくった。でも、買ったもの自体は少なかった。時間返せ。
まだ肌寒い時期なのに春物が何とかかんとか、これでも買うには遅い時期だとか言いやがって……。どれもヒラヒラフワフワしてるし、不満しかない。あんな服はすぐに壊しちゃいそうで困るし、ポケットがたくさんついている服の方が便利だと思う。
延々とあれこれ着せられた挙げ句、店員にかけられた言葉は、
『お嬢様は少々小柄でいらっしゃいますから───』
思い出すのと同時に、クリュティエが言う。
「それにね、あなたって極端に小さいわけではないと思うけれど。そのくらいの身長も普通にありえるわよ」
「───オレは大きくなりたかったの!」
「何でもかんでも大きければいいというわけでもないでしょうに……。どうしてそこまで身長にこだわるのよ」
「うるせー」
ついムキになって言い返してしまったことに内心ビビりつつも、クリュティエから目を逸らそうとしたが、頭をがっちりと掴まれてしまったため、逃避は不可能だった。
「だって…………、……になりたかったから」
「何?」
問い詰めるように聞き返される。オレは自棄になって叫んだ。
「早くっ!大人になりたかったからっ!!!」
クリュティエはなぜかきょとんとしていた。
「……『身長が大きい=大人』ってこと?」
「…………悪いか」
「案外かわいらしい理由だったのねぇ」
「はあ!?」
「ふふふ、大人になっても大して良いことないわよ?」
良い悪いじゃない。大人になれば、なんでもできるし、どこにでも行ける。そう思っていただけだ。
そんなオレの考えていることもつゆ知らず、目の前の女はきつい冗談を言いだした。
「私は逆に……子どものころに戻りたい気持ちも、たまにあるわね」
「お前に子ども時代があるとか嘘だろ。たぶんコバエみたいに無からその姿で自然発生したんだろ」
「なわけないでしょうが」
うっそだぁ~。
……あれ、なんでオレ、こんなヤツと雑談なんかしているのだろうか。考え始めたらすごくムカムカしてきた。
「それにしても華奢ねぇ。ちゃんと食べてるの?」
「ふんっ、出された物は食べてる」
さっきよりもつっけんどんな返事をする。……最近、ほんのちょっとだけ体が重くなったかもしれない。うぐぐっ。
「ほんと、コルセットいらずだわぁ。どうしてそれであんな───」
急に言葉が止まった。
怪訝に思っていると、突然クリュティエはオレの首根っこを掴んで持ち上げる。
「……」
「……」
「…………ハッ!?離せや!」
突飛な行動についていけず、数秒停止したのちにようやく反応を返すことができた。
ボトッと離され、安心したのもつかの間、強い力で腕を掴まれて袖を捲られる。
「な、なんだよ!」
「……」
クリュティエは無言のまま、オレの腕を触っている。
少し我慢したものの堪えられなくなって、無理やり手を振り払った。
「───うがぁぁあああっ!いつまで触ってんだよ!!!!!」
「……妙ね」
反抗されたことにも怒らず、クリュティエはオレを見つめてくる。
「私としたことが、あまりにも普通に暴れるものだから、そういう生き物だと受け入れてしまっていたわ」
「はあ?」
「ただ、本人も理解していなさそうよねぇ」
「馬鹿にしてんのか?おい、何でも答えてやんよ!!」
「拳の握り方すら下手くそな子に聞いても、時間の無駄だと思うわぁ」
「じゃあどうすれば上手いんだ」
「それは……ああ、そんなのじゃ親指の骨折るわよ。今まで何を習ってきたのよ……」
再び話し始めたと思ったら、変なことを言い出した。
相手にするのがいちいちめんどくさくなり、無視して先をずんずん歩く。クリュティエも特に何も言ってこないので良かった。
しばらくしたとき、前方から何か走ってきた。その影は、
「ひっ」
「あら」
げっ!?
周りに登ることのできる木はない。どどどどどどうしよう───、
しかし、ヤツは立ち止まった。
「どうしたのかしら?」
目線的に……クリュティエを警戒している?近寄らず、一定の距離を保ってうろうろしているのだ。
後ろからクリュティエが声をかけてきた。
「あなたもしかして……、犬、苦手なの?」
「苦手じゃない。嫌いなだけだ」
ススス……と後退し、街灯の柱越しにヤツ、もとい、犬と睨み合う。あ、これに登ればいいじゃん。
犬はクリュティエと街頭をよじ登り始めたオレを交互に見た後、どこかに去っていった。もともと来るなや。
足元確認!よしっ!
……それにしても強い魔術師は動物避けになる。便利だ。
「お前みたいなやつって、動物に好かれないよな」
「別に好かれなくていいわよぉ。私も好きではないから。だいたい犬猫みたいに、人間と比べたら寿命が短くて、さっさと死んじゃう動物なんて、可愛がる気も起きないわぁ。早くそこから降りなさい」
「寿命どんくらい?」
「10年もないくらいねぇ。服が汚れるから早くそこから降りなさい」
「短っ」
「人間とは違う生き物なんだから、寿命も違うわよ。早くそこから降りなさい」
驚きの事実に口をぽかーんと開けてしまった。そのまま街灯の柱からずるずる降りる。他の動物の寿命なんて考えたことなかった。
「うふふふ……っ、そんなに驚かなくてもいいじゃないの」
クリュティエが自然に笑っている。
「……そんなに楽しいのかよ」
「そうねぇ、最近は楽しいわね。まあ……」
そして、ふと思い付いたように言った。
「ふーん。怪しいもんだ」
「あら、本当よ?」
オレはそのやりとりになんだかやってられなくなって、長くなってきた影の形を見つめるしかなかった。
§ § §
最後に寄るところがあるが外で待っていろと告げられ、オレは店の前に立っていた。
往来する人を眺める。前、人がたくさんいるのを、自分の目で実際に見たときは驚いたものだが、今となっては見慣れた光景になっていた。
……嫌い。
嫌い。
大嫌い。
無理やり連れ出され、引き離された。余計な知恵などつけさせるな、とまた閉じ込められた。毎回毎回まだ死んでなかったのかと言われた。どんな場所でも、二人で一緒にいられればそれだけでよかったのに。いつしかオレは欲張りに、わがままになってしまった。
そうだ、店の中で何をしているのか。怪しいぜ。
全力で店内を盗み聞きしていたオレは聴覚に神経を集中していたため、生真面目そうな男が一人、一目散に向かってきたことにすぐには気がつけなかった。
「──────エレクトラ?」
明らかにオレに話しかけてきている声でハッとする。
エレクトラ?人名か?間違いなく人違いだが……。
そういや昔、知らない不審な老人に話しかけられたときは、言っていることが理解できず首をかしげていると、しばらくしたらどっかに行ってしまった。突然なんとかかんとかさまがうんぬんかんぬんとか言われたが、なんだったんだろう、あれ。
男は無言で上から下まで見てきた。居心地が悪い。
「全体的に少し小さくなっている……?」
「人違いだクソ野郎」
とんだクソみたいな発言が飛んできた。
この野郎に丁寧な対応はとる必要なし、ということが無事判明したのでしっしっと手で追い払う。
「オレはエレクトラとかいう名前じゃない。あんたのことも知らん」
「ああ、そうだったか……」
男の表情はあまり変わらないが肩を落とし、がっかりした感じになっていた。よく見るとちょっとかっこいい感じのおっさんである。
「すまない、君の雰囲気や見た目が…………古い知人に似ていたもので。……エレクトラという名前に聞き覚えは?」
「ない。初耳だ。……またかよ、全く」
オレと誰かと間違える人、多いんだが。
モヤモヤした思いが胸をよぎり、見知らぬおっさんに対して愚痴ってしまっていた。
男は少しだけ眉を寄せる。
「また、とは」
「オレのことをどこぞの誰かに似てるっていう奴」
「……世の中には自分とそっくりな人間が三人いるという。そういう話を聞いたことがある」
「へー。あんたは自分のそっくりさんにあったことあんの?」
「ない」
「ふーん」
三人。三人かー……。
突然変なことを言い出したおっさんに、ただの気まぐれからオレは聞いてみた。
「実はそっくりさんが四人っつーこともあんのか?」
「わからない。もしかしたら五人いるかもしれん」
「それは……大変じゃねーか……」
「そうか……?そうかも……」
独特のテンションだぜ、このおっさん。
オレたちは淡々と、そっくりさんがいっぱいいたら食費大変そうだねと話し続けていた、その時だった。
「その子から離れなさい!!!!!」
大きな声とともに、オレは強い力で無理矢理腕を引っ張られた。
こんなに怖い顔をしたコイツを見るのは久しぶりで、つい竦み上がってしまい、抵抗することなく引き寄せられてしまう。
女の子激しい剣幕に、逃げ出すかと思われた男は意外にもその場にとどまり、目を丸くしている。そして、
「マイア、か?」
……え?それってクソババアの表向きの───。
俺の理解が追いつく前に、クリュティエが答えた。
「……ええそうよ。どうしてお前が、ここにいるの」
ただならぬ空気を漂わせている二人に対して、交互に目をやる。
何?知り合いなの?世間狭くね?
「そうか。そうか……、あの頃はまだまだ子どもだったのに。大きくなったな」
「相変わらず人の話を聞かない人間ね。どうして、もう首都を発ったはずのお前が、ここにいるのよ。わざわざお前に万が一でも会わないために、あれだけさんざんっ」
「問題が起きてしまってな。出てすぐに引き返すはめになった。そうしたら」
オレを見ようとした男の視線を遮るように、クリュティエが前に出る。
「この子は最近雇った、だだの従業員。私とも、お前とも、……姉とも、全く関係のない赤の他人よ」
「ああ、そのようだな。全然違う」
「……ッ!」
「彼女はこの子ほど穏やかな人間ではない。彼女は────、焼畑や焼き討ちが好きそうだったから」
「それらと焼畑を同列扱いしないで」
焼き討ちとエレクトラとやらが同列扱いされていることについては特に突っ込みが入らないまま、クリュティエから敵意をガンガンに向けられている男は話を続けた。
「……そうか、従業員。聞くところによると、商売で成功したとか。エレクトラも知ればきっと喜───」
「どの面下げて、その名前を口にするつもり?」
……何もわからない上に、めちゃくちゃピリピリした雰囲気ですげー居づらい。
あと、自分でいうのもなんだが、オレは特に穏やかな人間ではないはずだ。
「前にも言ったわよね。姉様にも私にも、もう二度と、一切関わらないで。───行くわよ」
「わっ、おい!?」
一方的に言い捨てたクリュティエが、何一つ話についていけていなかったオレの手を強引に引っ張って歩き出す。
振り返ると、男はポツンと立ち尽くしたまま、オレたちを見送っていた。
そして、宿に戻るまで、クリュティエがオレに振り向くことは一度もなかった。
§ § §
「ふむ。それで、今日もいつもどおり、ただひたすらクリュティエにビビり続けていた、というわけであるな」
「ビビってねーし」
猫を使ったグレイとの連絡の前にまず、買い物として連行された今日一日の出来事を話すと、不本意な感じにまとめられた。
腹いせに洗い立ての猫を布団の中に連れ込もうとしたが、ひらりと逃げられる。
さっきまでベッドに登りたがっていたのに、いざ足を拭き、招いてやろうとすると逆の行動を取るとは。へそ曲がりな奴め。
まあいい。本題に入らねば。
布団をかぶって小さな声でしゃべる。
「……今までの盗み聞きの成果、あんだろーな」
「まあの」
猫を警戒する奴はいない。というか、猫が喋るとは思わないはずだ。
だからオレは、クリュティエ達がオレに伏せている情報を探ってこいと猫に命じておいたのだ。なかなか行動してくれなかったが。
猫は頭から布団にずぼっと突っ込んできた。
「どうやらお主、普通よりも
「……ふーん、だからオレにいちいち決定させてたんだ」
海沿いの洞窟での
非常に腹立たしい出来事だが、クリュティエに負けて捕まった時も、町中から湖に
「どうせ裏があると思っていたら、やっぱり……。けっ、あのクソババア」
わかってはいた。打算もなく優しくしてくるわけがない。
ここで一つの疑問が湧いてくる。
「なんでオレは見つけられる範囲が広いんだ?」
「知らんわい。余からすると、そもそも『ある』という感覚すらわからんよ。お主にしかわからぬ匂いや音のようなものがあって、それを感じ取っている……ようなものであると思っているがの」
「うーむ……、音が近いかも。なんか心がざわざわする。この話、先にグレイにしたんだろ。なんか言ってたか?」
「言っておった」
マジかよ。スゲーなあいつ。
「
猫はいよいよ頭だけでなく、体も布団の中に入ってきた。
「本来、体に魔力子がなければ死んでしまう。しかし、何らかの理由でお主は体内に魔力子がないのに今日まで生存しておる。なぜだろうか」
「もともといらないから?」
「うむ、今お主が言った通り、生まれもって魔力子が必要ない体質かもしれない。───あるいは、収支がゼロになるくらいの必要最低限の量を、どこからか、かき集めているのでは?」
ちょっと何が言いたいのかよくわからなくて、頭の中に大量の疑問符が浮かぶ。
「わからんかもしれぬが、一般的に、自分の体内の魔力子は、まあ感覚的に把握できたりする。足に身体強化の魔術を発動させたいが、その部位に魔力子が足りないときは体内の別の部位から補完することもできるし、そのときの魔力子の流れも感じられる」
うーむ?
「お主の場合は、魔術よりも低レベル、生命維持に必要な分すら体内になかった。だから補完できる範囲を体外に拡張しているのでは、ということだ」
なんかオレがすごいことしてるかもしれないことだけはわかった。
「酸欠になった魚が水面で酸素を求めるように、ずっと無意識に、自分の外側から魔力子をかき集めようとしてきた。その結果、魔力子を感知できる範囲も体内から体外に拡張され、他の者よりも優れた感知能力を得るようになったのでは───と、グレイが考察しておった」
ふむ、つまり、
「オレの内臓が外にこぼれちゃってる的な感じか」
「内臓というより神経や血管……。まあたぶんだいたいそんな感じだ」
わー、なんかグロいなー。
ペタペタと自分のお腹を触ってみる。余分な脂肪もないが、筋肉っぽいものもなぜかない。
……まあ、現状、オレは他の人間よりは
そんなオレの思考に水を差すように、猫が言った。
「ただし、『でもこれ五秒くらいで適当に考えた話ですし、何よりお師匠が本当に魔力子ないことが前提なので、そうじゃなかったら、全然違っちゃいますね~』とも言っておった」
「何今の」
「モノマネじゃ」
「お、おう」
頭を使ったので眠くなってきた。だが、寝る前に、ちょっと気になっていたことを猫に聞く。
「お前っていくつ」
「今年で六になるの」
「……あと数年したら寿命?」
「そうかもしれんし、そうではないかもしれん。野良なんぞはもっと早く死ぬ。猫による」
「……殺される訳じゃないのに?」
「寿命とはそういうものだ」
「なんで生きてんの」
「さあ」
猫をぎゅっと掴もうとするが、また逃げられてしまう。
「短い一生なのに、猫はよくいなくならないなもんだな」
「そらもう子作りよ」
「子作り?」
「死ぬ前に子作りすればよい。猫は交尾で排卵するから、ぽんぽん繁殖できるのだ」
「へー」
その日は、少し変な夢を見た。
猫は死なないのでご安心ください。