【N.C. 997】
三年目から住んでいる家は、良く言えば簡素、悪く言えばぼろい、そういう部屋であった。大家もかなり歳を取っており、借りるときに契約は大丈夫なのか不安に思ったが、悪くない。
明日は久しぶりの休日だ。先日は草むしりなどで大変だったが、ようやくまとまった時間がとれる。そう考えていると同じ屋根の下に暮らすモノが言った。
「もう少しで卒業試験である、総合訓練評価演習だ。気合を入れていくのだぞ。それからアコラス、耳寄りな情報を入手した」
「もったいぶらず早く言え」
「アバドーンが明日か明後日研究施設を襲撃するらしい」
「どのへん」
「それが結構ここから距離的に近い。対応できそうだから伝えた次第である」
「ふーん」
「それから、アコラス。余は少々、いや大変不満に思っていることがあるのだ」
そいつはやたらと偉そうな口ぶりであった。
「このところの食事が粗雑である。余は魚を所望する」
そして、ニャーと鳴いたのであった。
「やめろっ、やめないか!余を水の中へ叩き落そうなど!」
あらかじめ周囲に人がいないことを確認して、小さな声で虐待だーと騒ぐ猫を洗う。この猫は喋り、しかも魔術を使うことのできる大変珍しい猫だ。拾ったときはそのウザさからも即食料にしてやろうかと考えたが、使い道があるのでこうして同居している。
「目に水が!」
「あ、ごめん」
本人、いや本猫いわく、良くわからないが、並列処理という特殊な魔術を使えるので人間に劣らぬ知能を手に入れたらしい。また人語を話せる件については、頑張ったらしい。頑張ってどうにかなる話なのだろうか。
魔術師育成のための軍魔術師学校に入学できたのはコイツの力が大きい。背負った状態で入学検査を受けた。よもや猫が喋るとは誰も思わない。
それに魔力子を測定する装置は、高価かつ壊れやすいうえに測定値の正確性もそこまで高くはない。こういった検査のときにくらいしか、仕舞っているところからお出しされないので、オレはのうのうと学校に通えているわけだ。
大体洗ったので一旦解放する。すると猫は少し距離を取って全身を震わせ水を飛ばした。ある程度水気がなくなったところでこっちに戻ってきたので、持ってきた布でごしごしと拭く。
猫の首根っこをつかんでそのまま家へ戻ると、猫はシュタッと飛び降りて即行自分のねぐらへ入っていった。
「あとは美味しい食べ物があればよい」
「贅沢言うんじゃない」
さらに時は過ぎ、ついに総合訓練評価演習の時期がやってきた。毎年同じ頃にやっているので様子は知っていたが……。
「いつもよりも教官たち、ピリピリしてない?」
「ほら、この間発表された化物騒動に加えて、近くでヤバい殺人事件があったんだってよ。それで結構警戒してるみたいだ」
「事件?それって、違法な研究施設から、身元も正確な人数もわからない状態の死体が見つかったっていう」
「軍が踏み込んだときは生きてる人間は誰もいなかっ…………うわっ」
オレが近くにいたのに気がついた同期たちがズサッと飛び退いた。
盾型MARGOTを破壊してしまったことで、晴れて集団幻覚説はなくなった。その代わり、気配を消すのに長けた怪力ゴリラというあだ名を、裏でつけられたのをこの間知った。ゴリラってなんだよ。
昔はあれだけ訓練でひっそりグループを組んでいた、成績中の下から下の上群には完全に遠巻きにされた。それを見かねた教官に君は誰とでも組んでいいよ、と言われたりもした。リーンが飛びかかってきた。
総合訓練評価演習は一人一人を見ることから何日間にかけて行われている。時間差で一人ずつ森に入れられていって、いくつかのポイントを寄り、最終目的地まで行くのだ。試験を受ける順番は知らされておらず、呼ばれた者から順次開始する。順番の早い者は既に試験を終えているし、初日なんぞは準備した状態で一日中待ちぼうけをくらった。
「次、アコ訓練生」
だが、ついにオレの番が来た。あれ以来、盾型ではなく、剣型をチョイスしている。
色々な装備品を背負い、いざ出陣。
森の中には罠や試験官が潜んでいるらしい。森の中にあるポイントは、人によってよらなければいけないところは違う。それぞれ派手な色のゼッケンを渡されるので、その色に応じたポイントを探していく。オレの場合は紫色だ。対応ポイント三ヶ所に寄り、あらかじめ渡された地図に載っている最終目的地に到着すれば試験終了だ。先行した他の訓練生とも会うかもしれないが、協力してはいけないとは言われていない。そのあたりも考えて行動しろとのことだ。
この試験の結果で国家魔術師になれるかどうか、なれた場合にどこに配属できるのかが決まる。試験官も現場の人間が動員されているらしい。金がかかってんな。
周囲を警戒しつつ歩いていくと、早速ポイントを見つけた。しかし、色は黄色。違った。
ある程度ポイントがどこか目星をつけたいと思うが……。
またしばらく移動していると、わずかだが人が草を踏んで歩く音がした。近くに罠があるのに気をつけつつ、隠れて様子をうかがう。その人間は黄色のゼッケンを身に付けていた。
他の訓練生のようだ。
気配を消す必要もないので隠れるのをやめて普通に突っ立ってみる。すると、向こうは気がついたようで近づいてきた。そいつは同じく装備品を背負い、槍を手にしていた。
ブレウである。
今回の世界ではほとんど会話した記憶がないが、オレにビビらない数少ない同期なのでここで会えたのは幸運だ。
「こんにちは」
普通に挨拶すると、どこか驚いた様子で返される。
「こ、こんにちは?……リーンと仲良くやってるアコさんじゃないですか。君は今始まったばかりみたいですね」
「ああ。あんたはそこそこ進めてるみたいだな」
「一応寄るべきポイントは残り一つになったんです。見ての通り、僕は黄色なんですが……。どこかで見かけましたか?」
「タイミングがいいな、ちょうどそこに黄色があった。それを教えるから代わりに紫のポイントがどこかになかった教えてくれ」
「なるほど、了解しました」
オレは地図を取り出した。特に情報を隠す必要はないので、書き物で先ほど印をつけておいたところを見せる。開始地点は人により異なるため、オレが真っ先に見つけたところをブレウはまだ知らなかったようだ。ただ、このまま進んでいれば普通に見つけられただろうが。
「僕の知っている限りだと、紫はここに」
ブレウもまた四等分に折り畳んだ地図を取り出して、広げないまま紫のポイントを一つ指し示した。
「そこそこの距離だな。始めて早々あんたと会えて運が良かったよ」
「全くですね。まあ、せいぜい頑張ってください」
そう言ってブレウはさっさと黄色のポイントへ向かっていった。
「あ、そこ罠あるから気をつけろ」
しかし少し遅かったのか、ブレウは罠にかかって木から逆さに釣られていた。だっせぇ。
つい調子に乗っていたらしく、罠確認を怠ったようだ。ブレウは若干顔を赤くして小刻みに震えている。
彼は槍でロープを切り着地した。
「あ、そこも罠あるから」
遅かったようでそのまま落とし穴に落ちた。見事なまでに罠にかかる姿を見て、何も言えない。
「……他に罠はありますか?」
「知りたいなら紫ポイントもう一つ」
「…………わかりました」
ブレウは穴から身体強化で出てきたあと、そそくさと黄色のポイントへ、今度こそ向かっていった。斯くしてオレはあっさりと二か所も紫のポイントを見つけることができた。これは早く終わるかもしれないな。