【N.C. 999】
ネリアはずっと上機嫌だった。歌ってママさんに怒られたり、車窓からの風景についてパパさんに質問したり、オレに抱きついたり……。そして、はしゃいで疲れたのか、今は寝ている。ただし、伊達眼鏡は取られたままだ。
オレはトイレに行くと言い訳して、ネリアを起こさないよう、慎重に席を離れることにした。
目的はクリュティエたちの位置の把握である。
乗っている汽車は最後尾のみが貨物車で、その一つ前がさっきまでオレがネリアたちといた車両だ。これを含む後方及び前方が二等車で、中央付近が一等車となっている。
二等車であればボックス席なので、同じ車両内にいれば見てわかるはずだ。
だが、後ろから順々に探し、ついに一等車のエリアまで来ても、クリュティエはおろか、ヒューもグレイもメイドさんもいなかった。一等車、あるいはその先の二等車か。
一等車は
仕方なくオレは外から声を聞いて判断することにした。聴覚に頼りまくった戦法である。
ここも違う。ここも違う。ここも違う……。おっと、前から人が来るので、怪しまれないように普通に歩いてすれ違った。ここも違う。ここも……。
『───人聞きの悪い噂はやめてくださる?相変わらずなのねぇ、あなた』
よし。見つけた。幸先が良いぜ。
個室内にいるのは気配から察して二人。誰かと話しているようだが、クリュティエの口調からしてヒューとではない。……駅で追い払われたのは、この会話相手が原因か?
『そういうマイアくんは昔と比べて、ずいぶん変わったものだ』
『当たり前でしょう。何年経ったと思っているのよ』
……お?なんか、聞き覚えの声だな。
『いやはや、駅で見かけたときはまさかと思ったよ。偶然というのは往々にして起こるものだ』
『嫌な偶然だこと』
『ははは、手厳しいのは相変わらずだ』
性別は男性。年齢は若くはないが、年寄りでもなさそう。中年か?知り合いでそのくらいの歳の男性だとすると誰だろう。笑い方も聞いたことがあるような……。
『……お姉さんは、まだ見つかっていないのかい?』
『あなたが私の姉と最後に会ったのは13年前。私もそれは同じ。つまり、そういうことよ』
えーっと?回りくどいな。つまり……13年も姉を探し続けてる、ってことか?なっが。
『───そうそう。嬉しくないことに、昨日、あなたの後輩と
む、昨日の話のようだ。ちなみに会話相手の声の主は、あの独特のテンションのおっさんではないのはわかる。
『難しい注文だ。もう先輩だと大きい顔をしていられなくなる程度には、彼は忙しいからね。とてもじゃないが、私は口出しできる立場ではないよ』
『ふん。そうやってまた、のらりくらりと裏でこそこそしているわけねぇ』
中にいる一人が立ち上がった気配がする。
───あ、バレた。
そう思うと同時に、扉が開く。
「盗み聞きとは感心しないわねぇ」
若干青筋を立てたクリュティエが笑って立っていた。
聞き耳をたてすぎて、気配を消すのがおろそかになったようだ。……いや、物音とか一切たててないんだが?なんで気づいた?
向かい合っているクリュティエに対して、オレは言った。
「か、顔と表情が一致してねーぞ」
「してるわよぉ。ほら、さっさと席に戻ってなさい」
肩に手を置かれ、クリュティエから背を向けるように、強制的にくるりと方向転換させられたところで、背中側から声が聞こえた。
「おや……」
やっぱり、聞いたことがある。
「マイアくん……、それは、あまり良くないんじゃないかな」
「……うるさいわね」
「流石に年下の、しかも少女をつれ回しているというのは、ちょっと」
「だから人聞きの悪いこと言わないでくださる!?」
「しかも服装や髪型をあの人に寄せた感じにしているのは───」
「
「───正直少し引いたよ」
「この男、言い切りやがったわね……」
続けて、オレくらいにしか聞こえない、ものすごく小さな声で呟く。
「やっぱり落石にでも巻き込ませて、始末しておけばよかったわ……」
ひえっ。ドスが効きすぎている。
それは、驚いて振り向きかけたオレを止めるには十分な恐怖だった。こう、懐かしい感じの恐怖だ。あと暴力があれば完璧だった。そんな完璧は嫌だが。
「ローザさん、この子はただの従業員よ。この話は終わり。……ほら、もう一度言うわ。さっさと自分の席に戻りなさい。さもなくば給料減らすわよぉ」
ちょっとびびってしまっていたので、やけに優しくぶちギレながら語りかけてくるクリュティエに、オレはうなずくしかなかった。
一時撤退を余儀なくさせられたオレは、もといた車両に戻ると、ネリアはまだ寝ていた。
「前のトイレが全然空きませんでしたっ」と、パパさん・ママさんに報告して、車両の後方屋内デッキにあるトイレへ向かう。
これより前の車両のトイレ利用者には、トイレがめちゃくちゃ長い人になってもらう。そしてオレは、トイレにめちゃくちゃ行きたがってる人である。
そうして、オレは車両後方に区切られて存在する屋内デッキ、さらにそこのトイレに入った。特に先客はいない。
カツラを外してふーっと息をつく。
……さてと。落ち着いたので心の中で叫ぶことにした。
ロロロロロッ、ローザ!?!!!?!?なんで!??!?
クリュティエと知り合い!?13年前から!!!?!!?
ローザ。
国家魔術師の部署のなかで、なぜか窓際のような扱いを受けている第三課。そこの課長をやっている男だ。第三課の建物にはほとんど顔を出すことはなかったが。
そういや、『オレのよく知っている人間の命令で、あちこちオレを探して回るはめになった』みたいなことを、大神殿の町でレドか誰かが言ってた。まあ、ローザは探そうとするよな。
軍から脱走する前、オレが色々やっていたのを彼は知っていたようだが、邪魔をしてこなかったし、無理やり情報喋らせてから行方不明にさせてしまうには、流石にまずそうな地位だったので、あの時は優先度を下げていた。
だが、クリュティエの仲間であれば話は別だ。
でもなー、明らかにかなり長い期間会っていなかったらしいし、話している様子から察するに、あれこれ手を組んで暗躍していた関係性であるとは考えにくい気もする。文通などの連絡手段であれば、その限りではないが。
仲間でなければ、『そこのクソババア、マイアとか名乗ってますけど、クリュティエです!アバドーンのやべーやつです!オレが盗った物もそいつが今持ってます!』と言いつけて、無事お縄に……ならずに、この場の人間全員皆殺しにされそう。……やめとこ。
それはそれとして、グレイやヒューの姿は見かけなかったということは、クリュティエがいたところより前に乗っているのか……。前に行くなら車両の中からじゃなくて、屋根つたって移動した方がいいかもな。屋根に登ることのできる場所は───。
そうオレが考えていると、トイレに近づいてくる者の気配を感じた。
ここは客車としては最後部なので、立ち寄るとすれば、明らかにトイレで用を足す目的だろう。
急いで出なければ。
カツラを再装着してトイレから出たところで、トイレの扉前を通過している人にぶつかりかけた。焦りすぎたなと、その人の顔を見る。
「君は───」
何この確率、壊れてんじゃねーの!?
お前しばらく首都にいる予定って言ってたじゃん!
鉢合わせたレドを、勢いでトイレに引き込む。
「えっ!?あの、ちょっ!?……お前っ」
やべー!後先考えずに動いちまった!……そうだ!
「この間の人ですよね!?今、すごく相談したいくらい困っていることがあって、今すぐ相談したいんです!!!」
「へ?」
言われたことを理解できていない顔に対して、オレは相談のごり押しをした。
「相談したいことがあるので相談したいです!!!」
とりあえず、相手の良心を利用する。たぶん信じてくれる。
「わかったっ、わかったから。話を聞こう」
よし!うまくいった!ちょっとつらい!
「……だけどっ、トイレ以外じゃダメかな!?場所!」
「……?」
黙ると、垂れ流し式のトイレのために走行音が良く聞こえるのがわかる。
うむ。
「ここだったら周りから見えませんし、話している内容も聞こえませんよ」
「せ、せめて外のデッキにしよう!!!」
トイレを必要とする人を無視すれば合理的だと思ったのに、ものすごく抵抗された。
レドの言う、外のデッキとは……、貨物車両と客車の連結部のところか?
まあ、あそこならいいか。
仕方なくレドの案に折れてやり、先にトイレから出たところで、のんきな声が響いた。
「あ!ようせいさんいた~!」
ネリアだ。起きたらいなくなっていたオレを、わざわざ探しに来たのだろうか。
変な生き物扱いされていることに恥ずかしくなって、ついオレはレドに弁解していた。
「なぜかそう呼ばれてるだけなんです」
「あ、ああ」
オレに続いて出てきたレドを見たネリアは、ハッとして足を止める。
そして、急に泣きそうな顔になった。
「ネ、ネリア?どうした?どっか痛いのか?」
泣かれると、どうしていいかわからなくなる。
慌ててネリアに近寄り、しゃがむことで目線を合わせる。彼女はまたレドをちらりと見た。
「ようせいさんのこと、ないしょだったのにしゃべっちゃった」
みるみるうちに目に涙が溜まっていく。
「あ!?え、えー……そうっ、この人はそのこと知ってるから!」
オレの言葉に合わせ、いい感じにレドが横でうんうん頷いてくれた。何かしら察するものがあったらしい。
ネリアは不安そうにレドに話しかけた。
「じゃあ、ようせいさんにウソつかない?」
「つかないよ」
レドのその言葉を聞くや否や、彼女はオレに抱きつき、胸に耳を押し当てた。
「ようせいさん、おみずになっちゃわなくてよかったぁ。あのね、ネリアがママによんでもらったえほんでね、ウソつかれたようせいさんがおみずになっちゃうの」
とりあえず、ネリアの勘違いは継続中なのはわかった。
横でオレたちの様子を眺めていたレドがポツリと呟く。
「いいなぁ」
なぜか羨ましそうだった。急にどうした。
相談したいことは特にない相談をするために、オレはネリアに席に戻るよう伝えると、彼女はまた眉をキリリと上げ、かつ、今度は変なポーズをレドに向かって取った。
「わたしはただじぶんのしごとをつとめるだけだ…。それが、こぜっととともにあゆむための、かみにあたえられししめいなのだ」
コゼット誰だよ。
「ママがね、ニンジンりょうてにもってひとりでいってた~」
「二刀流じゃん」
「ごきんじょさんみんなに、ママがかっこいいポーズとってるって、おしえてあげたの!」
ママさんの今後のご近所付き合いについて、一抹の不安を感じる。
そう思ったところで、張本人が登場した。
おそらくは
「目を離していないはずなのに、またいなくなったわね……!本当にすみません。この子ったら……」
目を離していないのに消えるとは……。こいつ、隠密の才能あるわ。
そんなことを考えつつも、勝手に一人で来てしまっていたネリアに話しかける。
「ほら、ママさんが心配してるぜ」
ネリアはオレの言うことを素直に聞いて、ママさんの方に行きかけ、
「あっ、そうだぁ!ねーねー」
袖を引っ張られた。
「どうした?」
「なんでこのおにーちゃんといっしょに、おトイレからでてきたの?」
ネリアがその言葉を口にした瞬間、ママさんおよびレドが挙動不審になる。え、何?
「ちが、違うんです、これは不慮の事故なんです!たまたま、トイレ前を通りかかったとき、揺れで体勢が崩れましてね!あは、あはははは!!!」
「お、おほほほ、そうでしたのね……」
そう言いながら、ママさんはネリアを抱えてすばやく離れていく。
「ねぇぇぇええー、なんでぇぇぇええー?おトイレでなにしてたのぉぉぉおおー?」
「ちょっと静かにしなさい!」