【N.C. 999】
客車としては最後方の屋外デッキに出ると、結構風が強かった。
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転落防止の手すりの向こうには、貨物車が連結している。しかしその貨物車、何やら人の気配がするような……。乗務員だろうか?
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他にも整備用のハシゴが備え付けられていたのを見て、風が強くても簡単に車両の屋根に登ることができるのを確認した。別に無策でホイホイついてきたわけではないのだ。
周りを見渡してから、オレはしゃがんだレドに視線を戻す。
「あの……大丈夫ですか?」
その返事はなかった。
ネリアが席に戻ってから、貨物車との連結部となっている屋外デッキまで移動すると、すぐに一つ問題が発生した。
『畜生ぅぅぅぅぅううううううう!』
『何やってんの!!!?!?』
突如叫んだレドが車外へ飛び降りようとしたのである。
ここは崖の上を走る路線だ。下手に落ちれば体が崖ですりおろされてしまうだろう。
凶行はなんとか食い止めたが、自分よりもでかいやつを羽交い締めにするのは、とても難しかった。
そうしているうちに飛び降りる気配のなくなったので離れたところ、レドは転落防止の手すりにつかまると、そのまま崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。そして、変なうめき声をあげたと思ったら黙り込んでしまった。
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たまにこつこつと手すりを叩く音が聞こえる中、仕方なく声をかけたのが今である。
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肺の空気全部を吐き出したような大きなため息をついてから、ようやくレドはよろよろと立ち上がった。
「困ったことって何?」
驚きの切り替えの速さだった。
ついさっき言ったことについて、オレはまだ何も思いついてねーのに。
「えっと……」
むしろ今が困ってんだよな。また突然異常な行動を取ったら殴ってみるか?しかし、そんな簡単に気絶させられる相手じゃねーし……。
「それは口実で、ほんとは、またお話がしたいなぁって。えへっ、えへへへ……」
喋ることで飛び降りを引き留めることしか、今のオレにはできない……。
どした?目が据わってるぞ。
「そっかー、お話かー」
「変な友人と仲直りできたかなって、気になってました」
「……うん、友人ね、友人。はっはっは」
よくわかんないけど笑った!うむ、元気そうだぜ。
「会えました?」
「うん、会えた会えた」
おっ、良かったじゃん。仲直りはできたのだろうか。気になって少し前のめりになった。
「どうでしたっ?」
「相変わらず何を考えているのかわからないなぁ、本当に、とても、すごく」
レドは目付きが悪くなった。思い出して怒ってんのかな?
「それは……大変でしたね。殴られませんでしたか?」
「ココロヲナグラレテルヨ」
「心を……?」
心……、心臓?胸部を殴られたってことか?つまりは、仲直り、ダメだったのか……。
ちょっと落ち込むオレにレドが言う。
「そんなことより、本当に困っていることはないの?」
「ないですよ」
強いて言うなら、お前なんだよな。
もっと頼りになるヤツのはずだったのに、今は変な女に引っ掛かってしまって、知らない人になっちゃったみたいだ。また会えたのは嬉しいが、会いたくない。
レドだけじゃない。知っていたはずの人たちが、記憶と今とで食い違ってわからなくなる。顔も声も同じなのに、全然違う誰かに変わってしまうような気がして、それはとっても困る。
だから、今を受け入れるわけにはいけない。オレは、オレの心だけは、変わってはいけない。変わってしまったら、忘れてしまったら、いなくなっちゃう。
「本当に?」
それでもレドはしつこかった。
「……あ、そうだ。大したことじゃないんですが」
もういいや。どうでもいいことを適当に言おう。
「うん、些細なことでも何でもいいよ」
「どうも視界が変な感じがするんですよね。目が疲れます」
「……暗いところで本でも読んだ?」
「そういうわけでもないと思うんですが……まー、どうでもいいか。疲れてきたら目を瞑るなりすれば」
疲れるといっても、そんな感じがするだけで実際にはたぶん疲れていないから、別に困るのうちに入んねーか。記憶の中の色はちゃんとあるから大丈夫だしな。何事もなく元に戻るだけだ。そこには問題なんて何一つない。
「他には?本当にそれだけ?」
少なくともお前に言うようなことは何もねーぞ。
「もし仮に私が困ったとしても、あなたには影響ないですよね?そこまで気にする必要も責任もないんじゃないですか?」
「影響はある。心配で胃がねじれそうなんだ。果たして、栄養バランスのとれた食事に適度な運動、適正体重の維持、七から八時間ほどの十分な睡眠を取って、日々健やかに過ごせているのか……」
急に正気失ってきたな。いや、すでに失ってたわ。
「もう幼い子どもじゃないんだから、そこまで心配されなくても、私大丈夫ですよ」
人に心配させるのも嫌なので、オレは自信満々に言ってこの場を乗り切ろうとしたが、いぶかしげに見下ろされた。なんだその目は。
うーむ。
会って片手で数えるほどしか日の経っていないと認識している人間を、どうしてそんなに心配になるんだ。大して知りもしないくせに。
……知らなくて、わからないから?
…………ふむ。
「知りたいって言ってましたよね、私のこと。今ならそこそこ何でも答えますよ」
オレは考えた。
とりあえず、無理やりにでも懸念事項を解消できるものを与えればよいのでは、と。
しかし何を与えればよいのかわからないので、相手がほしい情報を相手自身が聞いてくる形式にすればよいのでは、と。
ふっふーん、我ながら完璧な理論だ。
オレの発言に恐れおののいたのか、レドは慌てた。
「……え!?……す、好きな物とか?」
そう言われると同時に、貨物車からガタガタ音がし、つい気をとられる。
「荷物が崩れた……?」
大丈夫か?中にいるのが乗務員か荷物運びの人たちかは判断できないが。
そう思って様子を見に行こうとすると、
「いやあ!うん!大丈夫じゃないかな!!!俺の勘がそう告げている。たぶん、絶対、きっとそう」
今回になってから、お前の直感ガバガバだぞ。……でもまあ、そこまでいうなら。
「それで、好きな物でしたっけ?うーむ……」
急に難しいことを聞いてきた。アイリスは人だから……。
「うーーむ……」
「うーーーーむ…………」
最初くらいは真面目に答えようと悩んでいたら、レドが焦り出した。
「簡単でいいから!ね!?ほら、好き嫌いとかさ!」
「注射と薬と鏡は嫌い」
注射は痛いし、薬は苦しいのだ。ちなみに犬は嫌いだが、物じゃないから回答の中に入れなかった。
「そ、そうか。物だけじゃなくて出来事でもいいんだよ?」
「髪の毛引っ張られるのはあんまり好きではない」
「それは皆嫌なんじゃないかな……」
真面目に答えたのに、なんか、困らせちゃったみたいだ。指の骨折られるのと爪剥がされるのも嫌いだけど、これは言わない方がいいかもしれない。……下手くそな人がやると本当に痛いのだ。先生とかは下手くそだったなー。
出来事……、好きなことか。
そうだ。
困っているレドを見て、オレは記憶の隅に引っ掛かっていたことを思い出した。
「…………祭り?人間がわちゃわちゃしてるのを見るのは、好きかもしれないです」
「……それだけ?」
オレがひねり出した回答は、レド的には期待はずれのようだった。
「これじゃダメですか?」
「いや、ダメって訳じゃなくて……、あー……、本を読むのは好きじゃないのか?」
「嫌いではないです。……が、文字が読めるのが嬉しいから読んでるだけです」
「……文字を読めるのが好きってこと?」
うむ、そういうことになるな。
うなずいたオレを見て、レドは一旦黙った。そして、
「……なんか、君は辛い食べ物が好きそうだよな!」
「おおっ」
会って日が浅いはずの、そんな人間の食の好みを当てられるとはすげー!
「三つもあった!他には何が聞きたいんですか?」
列挙してみると案外出てくるものだな。ちょっと質問されるのが楽しくなってきた。うきうきしながらレドの次の言葉を待つ。
「……お前の望みというか、目的みたいなものはあったりするのか?」
そうだな……。
あまりペラペラ喋ってはいけない。あれこれ具体的に教えてしまったら、今までやってきたことが全部水の泡だ。
だから、教えるのは恥ずかしいけど、ひそかに持っていた欲張りな望みを言うことにした。
「よく頑張ったねって、皆から褒めてもらいたい」
悪いことをしたら謝りたい。
良いことをしたら褒めてほしい。
「あと少しだけ頑張ってと言われたから、もっともっと頑張れば、きっとたくさん褒めてもらえる」
他人を傷つけることは悪いことだと教えてもらった。
悪いことをたくさんしてしまったから、さらにたくさん良いことをしないといけない。
「ごめん。抽象的すぎて、理解が追いつかないんだけど、……何についての頑張り?」
「教えない」
「頑張って、と言ってきたのは誰なんだ?」
「秘密」
「……その人に騙されてたり、良いように使われてたりしない?」
「ないです。なんでそんなこと言うんですか。ちゃんと自分の意思で行動してます」
オレはきっぱりと断言した。
こいつ嫌い。言いたいことも言ってほしいこともたくさんあったけど、そんなことは言われたくない。
思わずムッとしていると、レドはオロオロとしだした。
「ごめんね。少し、気になって……、悪かったよ」
うむ、謝るのなら許してやろう。
実はかわいそうなのはぬけない。
ただし、かわいそうと思わなければいける。例:どうしようもなく愚かであったり、自業自得だったり等
その点、主人公の幸せの燃費が良いと、気が楽になるので良いですね。おすすめです。