【N.C. 999】
一通り聞きたいことは聞けたらしいレドは、勝手に静かになった。何やら考え事の模様で、その間手持ち無沙汰になったオレは風景を見ることにした。
結構な高さの崖の下には、森が広がっている。……これ、オレなら飛び降りいけるのでは?
すぐさま地図で見たこの辺りの地理を思い出すと、なんだか行けそうな気がしてきた。
よりよく地形を確認するために、手すりから身を乗り出す。
「危ないよ」
「私、力持ちだから平気です。バランスが多少崩れても、落ちたりなんてしませんよ」
つくづく心配性だな。やれやれ、この程度でオレに何か問題が起こるとでも?
「最後に一つ聞きたいんだけど……、お前はどこから来たんだ?」
「さあ……、わかりません。どこか遠くじゃないですか」
その時、窓の割れる音に、銃声と悲鳴が響いた。
は?何?
前の様子を伺おうとさらに身を乗り出すと、強い風が吹いた。少し体のバランスが崩れる。
だが、手すりに両手でしっかり掴まっているので、落ちることもなく無事だった。
そう、両手で。
「あ゛」
頭がスッキリした気がする。恐る恐る頭を触ると本来の髪の長さだった。
カツラが風で飛んでいったのだ。
「……」
「……」
振り返ると、レドが良い笑顔で片手をあげる。
「よぉ」
「えへっ、えへへへ……」
「───おらぁっ!!!」
レドの腹を殴ろうと───かってぇ!!?!?
どんなに身体強化、とりわけ防御の得意な人間の腹を殴ったとしても、するはずのない感触だ。
怯んでしまった隙に、じんじんしている手を掴まれる。
とっさに空いている方の手で顔を狙ったが、わかりやすすぎる軌道だったため、拳を止められてしまう。手加減するんじゃなかった……!
その結果、手と手で押し合うような形になる。
「てめー!腹に鉄板仕込んでやがったな!」
「その鉄板を歪むレベルで殴ってくる人間がいるんだから、仕方ないだろう……っ」
状況はかなり不利だ。このまま火の魔術で焼かれたら終わり。車体は木製で燃えやすいからか、今は使用を控えているようだが……。
「おい、手を放せ!てか今の音何だ!?気にならない?気になるだろ!?よし、そっちに行けよ!」
オレなんかに構うよりももっと大事なことがあるはず、と期待を込めるが、
「くそぉ……っ、くそぉぉおおお……!!!このっ……成長していないようで成長していて、どうにかなったらどうしてくれるんだ……!」
血の涙を流さんばかりの形相にぎょっとする。あとちょっと視線がやや下向きなのが気になった。どこ見てるんだこいつ。
「何の話だ知るか!文脈を考えろー!!!どうにかなったら、ってすでにおかしくなってるじゃねーか!変な女に振り回されてるくせに!」
やけくそに叫びつつ、身体能力だけなら勝てる見込みがあるのだから、一瞬力を抜いて体勢を崩してやろうと───、
えっ、ちょ、少し押し負け始めてる!??!!?マジで!?どこからそんな力湧いてきた!?っ!?青筋立ててんぞ!?怖っ!
うおおおお!頑張れオレ!!!怪力で負けたら何が残るんだ!……やった!やったぞ!押し返し始めたぜ!!!
「───ああ、そうだよ!変な女のせいでもう情緒メチャクチャだよ!毎日毎日毎日会ってたのに急に冷たくしてくるし!かと思えば時々普通に接してきたりすることもあったし!逃げられたし!逃がしちゃったし!それを踏まえてっ、ニコニコ笑顔で話しかけてくるのはっ、どういう神経してるのかっ、再三問い詰めたいっ!!!あとポケットの中のゴミ押し付けてくるのはやめろ!」
怒鳴られて、ちょっとビクッとしてしまう。レドでもここまで声を荒げることがあるのか……。
「なんか……その、元気出せ……」
「あいにく今こうして文句言えるくらいには元気だよ!おかげさまでね!!!───と、まあ、お前は人が喋り始めると、話に耳を傾けてしまう奴だ。考えすぎるきらいもある。
レドの視線がオレの後ろへと移った。
……待て。なぜレドは、トイレの前を通過しようとした?客車としては最後部、さらにその端なのに。
そして、こいつが歩いてきたのは、後ろから前への方向。
貨物車の若干の人の気配。
先日、背後を取られ、直前まで気配を悟ることができなかった人物がいたのを思い出す。
仲間がいるとしても、まだ見ていない前の車両だと思い込んでいたが、まさか───っ!!!
ハッとして振り返ると、そこには誰もいなかった。
「てめっ、騙し───がっ!」
向き直った瞬間、頭に強い衝撃が加わる。───頭突き!?これ以上頭悪くなったらどうすんだ!!!
体勢が崩れたって、オレなら十分な威力の蹴りができる。距離を離すためにも───なんで、最初から軸足を狙って───っ!?
「かは……っ!」
「動くな」
デッキの床に背中を打ち付けて、一瞬呼吸ができなくなる。そのうちに上から押さえつけられ、首に何か当たった。
レドの素手がオレの首に触れているのだ。別に絞められているわけではないので苦しくないが、このままではオレが動こうとすると、たぶん首から上がこんがりしてしまう。なんなら、首が握りつぶされる可能性もある。うーむ、困った。
「……一応聞くけど、さっきの音、お前の仕業じゃないよな?」
「ちげーよバーカ!!!もし仮に襲撃するにしても、一般人が乗る列車じゃなくて、憲兵に泣きつけないような後ろ暗い奴らの根城狙うわっ!」
「お前な」
クソっ!完全に動きが読まれていた。しかも、頭突きが一番痛かったとかいう、大したダメージを与えられることなく、拘束されている。一対一なら、以前はもっと、オレが有利だったはずなのに!
今の状況は非常に解せない。無性にイライラしてきた。
「バーカバーカ!女装したオレに引っかかってやんのー!残念だったなバカめ!」
なので、とりあえず煽ってみた。挑発に乗ってくれれば、蹴飛ばして脱出を───、
「そりゃあ引っかけられるよ……。……お前さ…………、何がしたいんだよ。何をしたんだよ」
追い詰められているのはオレのはずなのに、なんでレドの方が追い詰められた顔をしているんだ……?
「突然逃げ出して、まるで探し物があるみたいにあちこちさ迷って、それを俺たちはこそこそ追跡させられて……。急に人が変わったかみたいな言動取ったかと思えば、全然足取りが途絶えて、それで、またふらっと目の前に現れて……」
要するに、オレがあちこち行くのを追いかけさせられているのが面倒だから、逃げるのは止めろということか。
押さえつけられていると、なおのこと逃げたくなる。特に、背中から倒れてしまった今の体勢は動きづらくて……あ。
「……どうした?」
レドが眉をひそめているが、構う余裕はなかった。
夢を思い出して顔に熱が集まる。そして思わず大声で叫ぼうとしてしまった。
「ぴゃー……」
あれ?
次こそは、
「び、びゃぁー……」
何度試しても喉から出てきたのは、かすれかけた、小さな声だった。
「……鳥の物真似?」
「ちげーよ!」
あ、普通の声が出───、
「「───ッ!」」
誰かがデッキにつながる扉に近づいてきている。
落ち着け、オレ。深呼吸だ。今朝の夢は忘れろ。それよりも恥ずべきことがあるはずだ。それは、
「こんなところ、人に見られたら、は、恥ずかしい……」
こんな……アホみたいに行動と思考を読まれ、一方的に負かされた姿なんて、屈辱的だっ!───なぜかレドが唇を噛んで血を流し始めてた。どうして。
だがしかし、確実に何かに気を取られている。今度こそレドを蹴飛ばす。
車内へ繋がる扉を開けると、扉に手をかけたタイミングがほぼ同じだったのか、見知らぬ男が突っ立っていた。とっさに前蹴りを放つ。……堅気じゃない雰囲気に、反射的にやってしまった。レドへ障害物として投げつけておく。
「クソクソクソっ!!!てめーがしゅーちゃくしてるヤバい女、酷い目に遭わせてやるからな!覚えておけよ!」
捨て台詞を吐いて、屋内デッキを通り抜け、客が乗っているスペースに駆け込むと、
「おい!デケェ音がしたが何があった!」
いかにも賊っぽい男が怒鳴った。その手元には刃物を突きつけられている、涙目のネリアがいる。いかにも他の乗客は脅されている感じだ。つまりあれだ。人質的な。
オレは彼らの姿を見て、名案が浮かんだ。
§ § §
賊とごく短い交渉が終わったところで、レドが車内に入ってきた。遅かったな。
刃物を向けられているオレと向けている賊を交互に見る。
「……どっちが人質?」
「オ───」
ふっ、あえて人質役をネリアと交換してもらったぜ!わざわざ走行中の汽車狙うという行動を取っている賊の目的はわかんねーが、これなら手出しできねーだろ!
「───レ」
言い終わると同時に、レドの投げていた鉄板が見事、賊に直撃していた。
あれ?
後ろにいた一般乗客たちがとっさに賊を押さえつけて、ボコボコにしている。
あれー?
「怖かったねぇ!大丈夫かい?」
「いや、あの」
「小さな子があんな目に遭っているからといっても、人質を変わるなんて!」
「それ、ちが」
「怪我はない?」
どういうわけか、一般乗客と連携して無事人質を救出した感じになっている?
……あれ???
困惑するオレに、わんわん泣いているネリアが飛び付いてきた。避けるわけにもいかず受け止める。
「ぐすっ、ようせ、おねぇちゃぁぁああん!」
パパさんとママさんも涙ぐみつつ、オレを二度見していた。一瞬、え、誰?みたいな顔になっていた。まあ、変装用のカツラがとれたからな。
あ、あははは……?
「こんな小柄な子が、勇気を持って行動してくれたんだ。何もしないわけにいけないよ」
「お嬢ちゃんもあんちゃんもよくやったなあ。あんなにうまく当てるとは大したもんだ」
「皆さんもあの場でとっさに動いてくれてありがとうございます」
後ろにレドが立って、肩に手を置いてくる。
「なにより、俺が狙い通り当てられたのは、それまで皆さんがおとなしくしていてくれたおかげですよ」
あの、肩、痛いんですけど……?
「こんな狭い場所で、かつ、大勢の人がいるわけですから。万が一にでも狙いが逸れていたら……。無理に戦ったりしたら、それこそ危なかった」
巻き込むぞ、暴れるなと暗に言われている。……人質じゃん!レドが周りの人を人質に取ってるじゃん!それで良いのかー!?いつの間にそんな手口を使うようになったんだ!
ひとまずネリアを遠ざけようと手を離すが、全身でしがみつかれた。おかげで手が空いた。
「しかし、仲間がまだ前にいるんだろう?」
「アコちゃんかわわっ」
「武器も持ち込んでやばそうだ」
「逃げ場もないぞ。次の駅までどのくらいかかるんだ。そもそも着いたところで停まってくれるのか?」
「その鉄板どっから持ってきたん?」
「私物です」
握られた右手の温かさを感じながら、乗客たちの不安が耳に入ってくる。なるほど、まだまだ賊はいるんだな。
オレがこのまま前へ逃げていき、そのたびに人質になり、レドが人質を無視して攻撃していけば、賊を退治できるのでは?
うむ、オレをワンクッション挟む必要性が全くない。
……って、そんなアホなことを考えている場合じゃねー。
「ようせいさん、かみのいろかわったね!ほんとうにほんものだったんだ……!」
抱きついているネリアが、ひそひそと話しかけてくる。
前方のネリア。
後方のレド。
さて、どうしよう。
左右が空いているな。いや、右手が握られているか、ははは。……え?
ネリアは両手でオレの体にしがみついていて、両肩にはレドの手による力が加わっている。
右斜め下を見た。
「半年以上ぶりのアコちゃんが、おめかしアコちゃんだなんて、私はいったいどんな善行を積んだんだろう……」
跪いて手を握っているリーンの姿に、喉の奥がひゅってなった。
……グレイ、ここから挽回する案ないか?
ないです、と言われた気がした。