【N.C. 999】
迫ってくるモノを認識する前に、オレはリーンの手を振りほどき、横に避けていた。
頭すれすれの位置を通過したものを見れば、ところどころあざのような変色をした腕だけが、不気味に伸びていた。避けなければ顔面直撃だったぞ。目でもブチ抜く気か。
気持ち悪い腕を握り潰そうとしたとき、リーンが盾で周囲の椅子ごと無理やり叩き切った。
「アコちゃん大丈夫!?」
「お、おう」
ひぇっ、力技すぎる……。
もう一方の腕は、遅れてブレウに向かっていた。すかさず腕を掴んだブレウは雷魔術を発動させたらしく、スパークが散る。
腕が繋がっている大元を見れば、そこにいたのは羽毛のようなものがびっしり生えた
早速、麻痺の効果で硬直する。
「これは……」
しかしブレウは、即座にリーンよりも後ろに下がった。同時に、2本の腕は車内でめちゃくちゃに暴れだした。リーンが叩ききった方も再生し始めている。
激しい攻撃でリーンの盾が繰り返し殴打されている中、ブレウは悠長に腕を組んだ。
「これでは迂闊に近づけませんね。次は麻痺も効果が薄れそうだ。……リーン、今ここで君が突破されるとかなりまずいです。少しこれからどうするか考えるので、それまで耐えてください」
「無理無理無理!!!ブレウくんが変なことするから!」
「軽めの電撃を与えただけですが」
「じゃあどうしてまだ動けてるの?もっと強くビリビリしてみようよ」
「……ここで雷魔術を使うと、対象から車両、そして地面へと電気が流れていくと思うんですよ」
「うん、それが?」
「麻痺程度の威力は効き目が薄いので、それ以上、炭化させるほどの威力となると、木製の車両は発火の恐れがあります。なので、雷魔術は使えません」
「雷が落ちた木が燃えるみたいな?ほ、他に何かできることを考えてみようよ!?」
「今朝は完全に休日の機運、つまり全く準備していない状態でいきなり貨物車にぶちこまれたため、手持ちの武器は槍のみ。車内での取り回しは最悪です。よって、後ろの車両の様子を見に行くことくらいしか、できることはないですね。……直前までは何もおかしな様子はなかったのですが」
「そんなぁ~」
ネフィリム自体は扉の前から動かず突っ立ったままだ。向こう側の様子は見ることができない。
どうする。何か変なことを言っていた、駅の発着を知っているのか疑わしい男のことは、どこの誰だかわからない。ただ、この間の大神殿の町で遭遇した者と何か似ている。だが、奴らは捕まったはずだ。
それに加え、今の戦闘と賊の襲撃は関係があるのか。……こんな偶然重なる方がおかしい。たぶんある、としていいだろう。
ネフィリムになった男がやってきた後ろの車両を急いで調べるか、それとも事情を知っているかもしれない賊がいて、回収物もある前の車両へ急ぐべきか。
とりあえずは今この場を切り抜けねば。
なぜか何もしないブレウにオレは言った。
「オレから奪った拳銃でも使えよ」
「整備されているかもわからない他人の武器を使うのはリスクでは?」
「屁理屈クソ野郎かてめーは」
ブレウは渋々といった感じで拳銃を取り出し、数発をネフィリムに向けて撃った。……なんで当たるんだよ。眼鏡をぶち壊したいが、すでに外しているのが残念だ。
すると、ネフィリムの動きが止まった。
クリュティエが言っていた特製の銃弾が入っているらしいからな。ここでは役に立ってくれたようだ。
試しに飛び出して、近くの席の裏に転がり込む。
「あ、アコちゃん!?」
よし、このまま、近づいて───、
「うぎゃっ!???!?」
距離を少し詰めたところで、再び鞭のようにネフィリムの腕が暴れまわり始めた。
……あのクソババア!!!いい加減なこと言いやがって!効いてねーじゃねーかっ!!!!!
打撃はひたすらリーンの盾に当たり続けている。そこまで考えるあたまはないのか、回り込んでいないのだ。
最初の一撃だけ、明らかにオレめがけて腕が迫っていっていた。しかし、今は違う。むしろリーンやブレウを率先して狙っているようにも見えなくもない。
つまり、今はオレを狙っているわけじゃないのだ。
リーンたちはネフィリムの相手にかかりきりだ。だから、今ならリーンたちを置いて前へ行き、自分の目的を果たすことができる。
そして、邪魔なリーンたちが疲弊したところを仕留めてしまえば……。
……何考えてんだ、オレ。
そんなことを考えていたのを知ってか知らずか、ブレウが言った。
「君がさっさと殴りに行ってくれれば、共倒れが期待できたのですが」
「ネフィリムもろとも窓から捨ててやろうか」
「なるほど、ではいざというときにやって下さい」
道理で消極的だと思ったら!!!畜生、自制して損した───えっ。
「外であれば、問題なく雷魔術も武器も使用できるので」
「そりゃそうだが」
「え!ブレウくん外に投げ捨てていいの!?」
やけにリーンがノリノリになった。そんな彼女をブレウは無視して、
「……君、以前から気になっていたのですが、どうもあれに無視される傾向があるようですね。無差別攻撃など、例外はあるようですが」
「さーな」
「逆に僕らは隠れていようが視界関係なしに狙われる。もっと言えば注意を引き付けることができる」
「じゃあ私とブレウくんが囮になって、そこをアコちゃんがぶちかませばいいってことだね。……いいの?それ」
「使えるものは使いましょう。どうにもならなかったら僕があれを引きつけながら飛び降り、対処します。リーンは残って後ろ車両の確認と、早急に汽車を停めて下さい。いいですか、絶対停めて下さい。ここで取り残されるのは本当に洒落にならない。周り何もないんですよ」
「わかった!次の駅で停めるね!」
「貴様」
……もしかしてリーンは、ブレウが嫌いなのか?
あと、オレとしては二人ともさっさと外に飛び降りてほしいものだ。相手のリーチが長いから、いきなり別の所から腕が新しく生えてくるみたいなことがない限り、接近してすぐ頭部を壊せばどうにかなってしまう気もするが。
早速オレは山側の車両の壁を破壊し、大きな穴を開けた。その間にブレウとリーンはわざと影響がない範囲で魔術を無駄打ちし、スパークや小さな風が起こる。すると、無差別だった攻撃は彼らに向かって集中した。まあ、単純な作戦だぜ。
わざと追い詰められた彼らのおかげで、大きな隙ができた。
「オラァ!!!」
オレは横から殴り飛ばし───なんだこれ!?妙に柔らかく、衝撃を少し吸収されて、思ったようには吹き飛ばなかった。代わりに羽毛が舞う。首を一撃でへし折ることも考えていたが……これは無理かもしれない!
「ふむ、逃げ場がないですね。それではお先に」
ひょいっとブレウが飛び降りる。決断早くないか?
ブレウが汽車から飛び降りたことで、それを追いかけようとする挙動をネフィリムが見せた。
「この……っ、もういっちょ!」
今度は全力で蹴るとようやく、外に吹っ飛んでくれた。
だが、
「わあっ!?」
ただでは飛ばされず、手当たり次第だったのか、リーンが掴まれてしまった。
「そっち片付いたら汽車停めて待って、って伝えてお願いぃぃぃいい!」
リーンとネフィリムはそのまま風圧で飛ばされていく。
……えええ。こんなにうまくいくこと、あるのかよ。
オレは中途半端に伸ばしていた手を引っ込めた。
§ § §
さて、車内に一人取り残されたオレは、後ろ一両を見に行くことにした。
やけに静かすぎるのだ。
戦っているときも何一つ物音がしなかった。戦闘に集中していたとか、そんなレベルではない。
だから少しだけ、少し見るだけだ。
そう思い、一歩分、オレは足を踏み入れた。
……血の匂いはしない。乗客は普通に座っている。おかしい。入ってきたオレに見向きもしない。まるで全員眠っているかのようだ。
そのときだった。
右から攻撃を仕掛けられた。即座にカウンターしようと───、
「っ!?」
攻撃者の顔を認識してからギリギリで首を折る狙いをそらし、相手を投げ飛ばす。
「なんで」
意識が一方向に集中してしまった。そのせいで、背後から強い衝撃が与えられるのに対応できなかった。
後ろ蹴りは───できない。力が入らなかった。よろけて座席の背に掴まり、なんとか倒れずに済んだ。だが、足が動かない。
ずるずると座り込むと、不気味に沈黙した人々が席を立って、オレを見下ろしていた。
「何が、どうなって……」
一人が口を開く。
「来てくれると思っていた。また会えて嬉しいよ」
話し方や雰囲気に覚えがある。
「私がいなくなったあとも、イルが世話になったそうだね」
加えて、聞き覚えのある名前が飛び出した。喋っているこの男が誰なのか、信じがたい推察を再びしてしまう。
あの時に腕をへし折って気絶させたら、ネフィリムになってオレの肩の肉を一部食いちぎり、不味かったのかなんだか知らないがゲロを吐き、最後は仲間もろともきっと捕まったはずの人物。
そもそも、見た目が全くの別人なのだから、ここにいるわけがなかった。
「お前…………ユフラか?」
「あなたに名前を呼んでいただけるとは」
なぜか感激したような反応を返されたが、それに注意を払えないほどオレは混乱していた。
大神殿のときの奴は何者だったのか。
ここにいる乗客らに何が起きているのか。
周辺を観察する。
この車両にオレが戻って最初に襲い掛かってきたのは、さっきまでは普通の乗客だった。……会話だってした。オレが引っ掛かるような、おかしなところは何もない一般人だったはずだ。
「……何しに来た」
今のところ、他の乗客も自らをユフラだと認めた者も、背中を深く傷つけられたせいで足がうまく動かないオレを取り囲んでいるだけだ。とにかく、足がまた動くまでに時間を稼がないとどうにもならない。
「偶然にも乗り合わせることができたから、君にお願いがあるんだ」
「お願い?人に物頼む姿勢じゃねーな」
すると急に何人かが膝をつく。……言葉巧みに誘導するとか、騙すとかではなく、文字通り人を操る方法なんて聞いたことがない。
「これで良いかい?」
「良いわけあるか」
「困ったな。……じゃあこうしよう。残念ながら、彼らは君の敵になってしまった。だから君は彼らを殺さないといけないんじゃないかい?」
「……はあ?」
事も無げに告げられたのは、あまりにも理解不能な言葉だった。
「君なら簡単にできるだろう?心臓をえぐりだし、首を落とす……」
「そんなこと、できるわけ」
「さんざんやってきたじゃないか」
「は」
「背後から気配を消して忍び寄り、まず目を潰す。そして、混乱して反撃の体勢が整わないうちに迅速に息の根を止める。鮮やかな手口だ。痛みは一瞬だよ」
混乱でまとまらない思考を、じくじくと痛む背中が揺り戻す。
「こんな足でできると思ってんのか」
「このくらいなら手が届くだろう?そしてそのうち足も治る」
小さな乗客は無抵抗にオレの前に床に座り込み、頭を垂れた。
「さあ」
空いている方の手に血のついた刃物を握らされる。
嫌な感触で思わず振り払うと、握らせようとした女性が倒れてしまった。頭から血を流している。慌てているうちに別の人物に持たされていた。
「ああ、そういえば、彼らとは先程まで仲良くしていたんだったね。だったら別の者にしようか」
「そうじゃなくて……っ」
「彼らは本来なら何事もなく、それぞれの目的地に着くはずだったのにね」「君がここにいなければ……あの時逃げさえしなれば……。だが仕方がない」「試しに手本が必要かい?」
気持ちが悪い。
どうしてわざわざオレにやらせようとするんだ。
「ほら、早くしないと」「今までだってずっとやってきたはずだよ」
……ここにいるのはオレにとって関係ない人たちだ。どうなったって問題ない。
だから、今こいつにとって、一番嫌がらせになることをしてやろう。
振りかざす刃は───、
「…………ぁっ」
───自分の腹を貫いた。
汽車を出したのに蒸気機関を全くストーリーに有効活用できていませんが、スチームパンク風異世界なので許してください。ここでの「風」はミ〇ノ風ドリアの「風」です。
なお、当初の予定は屋根に登って石炭や水のタンクまで行ってもらう予定でしたが、屋根に登った主人公が体重の軽さで吹き飛ぶアホ脱出展開しかならないのでは?となり、没になりました。スチームパンク風異世界だから汽車の速度を早く設定したろ!が仇となりました。