【N.C.999】
オレは腹を何回か刺したところで、周囲からの手により強制的に止めさせられ、腹に刃が刺さったまま横向きに倒れた。
背まで届くような深さにならないように加減したが、結構血が流れていく。
……手足にぶっとい針が貫通したって平気だった。腹の痛みくらいなら前に撃たれたときも動けた。死ななきゃどうとでもなるんだ。とにかく、足がまた動かせるようにならないといけなかった。
男は倒れているオレを見下ろす。
「これは困ったな……」
「困って、なさそうな、声で……良く言うぜ……っ」
まだ信じがたいが、今オレの目の前にいるモノは人を己の思うがままに動かせるのだ。
だからこそ、わざわざこの人たちをオレに殺させようとしたのか、疑問に思った。単に殺すのが目的なら、自死でもなんでもできるはずなのに。
奴の目的に、オレが実行役にならねばいけない制約があるのならば、オレが動けなくなることが妨害になる。傷への対処や行動の制限の優先度の方が上がるかもしれない。それに突然目の前の人間が自分の腹を刺し始めたら、とりあえずびっくりすると思う。少なくともオレはびっくりする。
まだ、足は動かない。
「ほら、どうする……っ?オレ、死んじまうかもしんねーぞ……!」
そもそも、どんな人でも操れるのなら、何かしらの目的を果たすのに、こんなに回りくどい手口を使わなくても良いはずなんだ。
だが、しなかった。
だから、人を操る力には条件があるはずだ。
最初の賊どもは今の人々とは明らかに雰囲気が違うから、たぶん操られていなかった。口車には乗せられていそうだが。
戦力的にはレドたちも操ったほうがいいが、むしろ、彼らがいなくなったタイミングで仕掛けてきた。
オレだって操られてはいない。
一度に操れる人数に制限があるのか。それとも、司令塔のような存在、例えば今しゃべっている男から離れると操れなくなるのか───、
「い゛……っ!」
背中の傷口に指を突っ込まれ、思考が中断する。
「どうやら今の私は、ほんの少し治癒魔術の素養があるみたいだ。弱った相手になら、魔力子に干渉できる」
そう言われるや否や、痛みよりも、体の血管の中を小さな虫がはい回るような、そんな気持ち悪さに襲われた。
拾ったものの食べ方がわからなかったドングリの中から出てきた、あの白い虫を思い出して、吐き気がする。
「体内の魔力子が少ないのはわかっていたが……、よく生きているね。ここまで空っぽとは驚いたよ。ネフィリムからしたら、ほとんど死体みたいなものだ。どおりで見失うわけだね。しかし、このままだとろくに回復もできないな」
背中の違和感がなくなる。傷口から指を抜かれたのだ。
まだ、足は動かない。
様子をうかがうと、斜め後ろに立つ者から何かを受け取っていた。
「ちょうど持ち合わせに魔力子活性剤があってよかったよ」
その手には針、いや、注射器があって───、
「やめ……っ!!!」
フラッシュバックする拒否感からの叫びは、全く抵抗にならなかった。いつもよりも全然体に力が入らない。首に針が刺さり、遅れて異物が入ってくる感覚が来る。
「あ」
首筋から全身に広がっていく。
「あああ」
注射は飲み薬より効くかわりに、とっても痛くて痛くてつらかった。
「あああああああ゛っ、ぅ……ぎっ」
歯を食いしばって痛みに耐えていると、もう一回傷口を直接触られ、また気持ち悪くなる。
もう少し、もう少しな気がするんだ……。
針が入ってきてから少し遅れて、生理的に涙が出てくる。
……オレの首に注射しているということは、それだけ近い距離にいるのが、霞んだ視界でもよくわかった。
「おや?おかしい───」
「───このぉぉぉぉぉおおおおっ!!!」
無理矢理体を動かして、ユフラの首に手を伸ばす。
だが、まただった。思ったよりも力が出ない。暴れても周りに抑え込まれてしまうかもしれない。
突如、閃光で視界がつぶれた。
続いて、ぐしゃ、とつぶれる感触が手に伝わるとともに、足が動くことに気がついた。
目がチカチカしながらも無我夢中で前へと走る。視界が正常になる頃には、バリケードを越えて一等車についていた。
……何かおかしい。
ずっと落ち着かない。
どうして見捨てちゃったんだろ。
自分にできることなんて限られているんだ。
助けを呼べばよかったんじゃないか。
助けを求めてもどうにもならなかったじゃん。
心の内側から嫌な記憶と感情が溢れて、頭の中をぐるぐると回っている。
それでも這う這うの体でクリュティエのいた個室に入ると、案の定誰もおらず、そこには荷物だけが残されていた。
荷物を漁り、目的の小箱を手にいれる。
……なんでこんなことしてるんだっけ。
「……ぅ…………」
怪我をした覚えのない胸元が苦しくて、よろけてしまう。
壁にもたれかかっていると、
「やあ」
音がしてからようやく、個室の扉が開かれていることに気づく。
首をへし折った人物と外見は別だが、ユフラがそこにいた。……そんなことだろうと思ってた。
周りには何人か生気を失った者たちが立っている。
「ああそうそう、聞きたいことがあるんだ。イルが鍵を落としたと言っていたのだけれど、知らないかい?」
鍵?
「……なんだそれ」
「おや?復号なるものに使うらしいんだが。最近の子は難しい言葉を使うね」
……フクゴー?よくわからない言葉だ。オレと何か関係あるのか?そもそも、イルと会ったことがあるのは、大神殿の町での一度きり。鍵なんて拾った覚えはない。それよりもあの時誰かにひどいことをしてしまった。
「……持っていたとして、渡すと思うかよ」
「イルが嘆いていたから、聞いただけなんだ。持っていないのなら気にしないでおくれ」
揺する材料にならないかと思ったが、そうでもなさそうだ。こいつ、何がしたいんだ。人を傷つける奴は皆大嫌いだ。
ジクジクと腹から流れ出る血を手で押さえながら、様子をうかがう。
オレは、奴の斜め後ろにいる人物に狙いを定めた。
「残念ながら、今の私には君をつれてここから脱出する手段はないんだ。終わるまで少しお話でもしようか」
自分だけは逃げられるような言い草だ。どんな方法で逃げようとしているのか。でも、本当に逃げてばかりなのは……。
「ここに乗ってる奴らが、てめーを簡単に逃がすと思うかよ」
「そうだね、なかなか困難だ。私もこんなことになるとは思わなかった」「イルが盗賊を雇っていたから、うまくできるか見に来ただけだったのに」「借りていた彼でさえ、腕を叩き切られたんだ。あんな恐ろしい魔術師、相手にしていられないよ。恐ろしい……」「ああ、イルはここにいない。今日とは別件で、君にまた会いたがっていたから、さぞ残念がることだろう」
「勝手に残念がってろ」
ゆっくり、ゆっくり、腹を押さえていた手をずらしていると、ユフラは脈絡もない話をし始めた。
「昔、素晴らしい器と出会った」「美しく、洗練された、ただ一つそこにあるだけで完成していた」「その器に余計なデザインが付け加えられて、料理を盛り付けられていたのがわかったときは、とても残念な気持ちがしたよ」
……だから何?残念繋がりエピソードか?
「ふん、ざまーみろ。デザインは知らんが、器なんだから器らしく使われて当然だろ」
「器は器らしく……。……ふ、フハハハハハハハッ!」
挑発しようと発した言葉に、ユフラは何がおかしいのか笑い声をあげた。
「今は気分が良い。一つくらいなら、質問に答えてあげよう」
一つと言わず、十も二十も聞きたいことはあるんだが。
「……茶髪の少女を取っ捕まえようとした目的はなんだ」
「代わりにくらいには使えるだろうと思っていたのさ」
「代わり?」
「私たちが探していたのは、栗毛と、琥珀色の瞳を持つ子なんだ」
そして、憐れむ目を向けられた。
「君は君自身のことを、何も知らないでいるんだね」
「てめーがオレの何を知ってんだよ。───今みたいにな!」
腹に刺さったままの刃物を抜き、ずっと目をつけていた、斜め後ろ───、さっき注射器を手渡していた男めがけて飛びかかった。
「おやまあ」
首を貫き、即座に頭部を踏み抜く。
すると、喋っていた者を含め、他の人々は全身の力が抜けたかのように崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……っ」
やはりアタリだった。
「魔力子活性剤を持ち歩いている人間が、その辺にいるわけないだろ、バーカ」
操っている方法はわからないが、今殺した人は他の人以上にユフラたちと何らかの接触、それこそ、操りの司令塔にされるようなことがあったと目星をつけていた。
もっと早くにやっておけばよかった。
他に優先することがあった。
最初から諦めていたんだ。今さらすぎる。
……オレじゃなければ、もっと上手くやれたんじゃないか?
まただ。また、感情の制御が利かない。そうか、副作用───、
「知っているとも」「たくさん傷つけて、たくさん傷つく。それが君のお勤めだよ」
倒れている人たちの口だけが動いている。
「まだ余計な口を叩くか……っ!」
「聞きたいかい?と言いたいところだが、残念、時間切れだ。知りたいことがあるなら、君がアイリスという言葉で思い浮かぶ場所に来なさい」
「え……?」
困惑する間に、全員眠るかのように目を閉じた。恐る恐る、意識があるか確かめるが、反応は返ってこない。息は、ある。
箱も手にいれた。
目下の脅威も過ぎ去った。
これで、これでいいんだ。
顔をあげれば、窓には自分の顔が映っていた。
顔についた血をぐしぐしと拭うと化粧も取れてしまった。
昔の何も知らずに生きているだけだった頃のオレを女に変えたら。そういう顔だった。
アイリスと似てるのに別人であることが確かな、自分の顔だ。
変わらず自分なのに、誰よりも一番変わってしまった。
こんな顔なんて焼き潰してしまった方がいい。だが、焼き潰されることはない。自分でも焼き潰せない。オレだと気づいてもらえないのは嫌だ。
今の世界になってからずっと抱えていた、どす黒い感情が沸き上がってくるのが止められなくて、
「かえして……、かえしてよぉ……」
未だに手放していなかった刃物を自分に向けた。
§ § §
体のあちこちが痛い……。
「し、死ぬかと思ったぁぁあああーっ!!!!」
森の中にて、オレが抱えていたクソガキが叫んだ。
「ちゃんと崖の途中で勢い殺してたでしょ」
「失敗したら僕らの体すりおろされてたんですけど。……お師匠は、また服が大変なことになってますね。もっと大事にしてください」
「あーはいはい、うるせーな」
なんだこいつ。
そうだ。何とかあの場を乗り切って、このクソガキも回収したオレは、汽車から崖下に飛び降りたんだった。
ぺいっとクソガキを放り出すと、
「───おかしくないですか!?背中もお腹も服が血で真っ赤になるほどの怪我なのに治ってるの!!!前はスルーしましたけどね!ちょっともう言い逃れできませんよ!?」
「見た目派手で、案外大したことなかったんじゃねーの」
「車内見ました?お師匠の血で真っ赤ですよ?失血死レベルなんですよ。視力大丈夫ですか?」
でも死んでねーし。
「猫は鞄の中か」
「まーた誤魔化した。あとで覚えてろ……。……そうです。ほら」
鞄から取り出され、体がびろーんとなった状態で持たれた猫は苦言を呈した。
「グレイ、雑に扱うでない」
ああ、そうそう。
「クリュティエさんから
「レドに鉢合わせて焦ったオレが、正体がバレる前に仕留めようとしたけど失敗。オレを従業員として雇っているクリュティエらコーパル商会にも疑惑の目が向けられる。だから、オレはコーパル商会に金品目当てでもぐり込んでいた者のふりをして、商会に嫌疑がかけられないようにした。それでも多少の荷物検査を受けるだろうから、
「……そこまで読んでくれますか?」
「だだだだだ大丈夫」
「すごくびびってる……」
グレイが服服服服うるさく言って、コートを脱いで押し付けてくるので、仕方なく受け取って着る。サイズは少々小さいかもしれないが……小さ、あれ?いや、これはまだオレにとっては少し窮屈なサイズだ、うむ。きっとそう。
「とにかく、クリュティエの足を止められている。列車は止まるのにも動き出すのにも時間がかかるからな。今のうちにさっさと移動するぞ」
「でも、ここどこですか」
「カーブのところで飛び降りたから……、グレイ、地図出せ。……この辺」
「ちゃんと考えて飛び降りてたんですね!」
「おう」
歩き出してからしばらくして、グレイが疑わしげな目付きでオレを見てきた。
「なんか文句あっか」
「……さっきと比べて、言葉に知性を感じられない」
「ケンカ売ってんのかてめーは」
なんだこいつ。
まあ、でも。
無事取られたものは奪い返したし、クリュティエからもレドたちからも逃げられたおかげで、今のオレはとても寛容な心を持っている。気分すっきりだ。
なにせ、久しぶりの猫とグレイとオレの、えっーと……計三人なのだ。
今日くらいは許してやろう。
そう思うのだった。
主人公の一人称視点で出てこなかった人たち
・クリュティエ…一般盗賊をエンタメ気分で観戦していた。小箱置き去りは二徹のためうっかり。
・ヒュー…急な予定変更で徹夜したため居眠り。一度寝るとなかなか覚めないタイプ。
・メイドさん…貸した小説をグレイからクソ小説呼ばわりされてレスバトルになった。
・レド、ネロ、ヴァイス…大丈夫だろうと思っていた後ろ車両が、ほぼ一人の血で真っ赤になっていてびっくりした。
・リーン、ブレウ…次の駅までめちゃくちゃ走った。