属性マシマシ悪役TSっ子が頑張る話。   作:働かない段ボール

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主人公とは別の登場人物(れどさんじゅうさんさい)の一人称になります。
没にしようとした話と設定の墓場とも言う。


番外編 別視点1-1/3

【N.C.995】

 

 夕方、汽車を降りると、強い風が吹き始めていた。雪があちこちに残っているのは車窓からも見えていたので、寒いのはわかっていたのだが、慌てて防寒のために帽子を被る。蒸気暖房のおかげで暖かった車内とはひどい差だった。

 

「便利になったなぁ。こりゃあ馬車も負けるわけだ」

 

 隣に立つ伯父は駅に停まっている汽車を見て、感慨深げに言う。

 

 国土のあちこちを張り巡らしつつある鉄の道。かつては金属目当てでレールが盗まれることがよくあったそうだが、現在は鉄道の利便性が周知され、そのようなこともなくなった。

 

「あとは西にも線路が通れば文句ないな。首都の下水道だけは立派だなんて揶揄されなくなる……っと、そうだそうだ。降りたらトイレに行こうと思っていたんだった。すまん。ちょっと行ってくる」

 

 伯父と一旦別れた後、懐にしまっていた手紙を取り出す。きっと汽車のお陰で、出せばすぐ届くかもしれない。それでも、ずっと出せずにいる。

 

 時間を潰すのか、ポストを探すのか、目的がはっきりしないまま、駅の外に足を伸ばしてみることにした。

 

 

 

 ここはマレブランケ。普段は極端に寒くも暑くもならない、南東の地域に位置する町だ。

 

 今日のようなまれに起こる、慣れない寒さには、みんな家に閉じこもっているのだろうか。町はとても静かだった。人影など、大きめのキャスケットを目深にかぶっている子どもが一人、かなり遠くからこちらの方へ歩いてくるくらいだ。

 

 空を見上げても、どんよりとした灰色が広がっている。吐いた白い息も、汽車から出る蒸気や煙も、全て溶け込んでしまうような色だ。

 

 晴れる気配は一向になく、むしろまたこれから雪、ないしは雨が降るかもしれなかった。

 

 そんな空模様に、気を取られていたからかもしれない。

 

 あるいは、最近になってようやく読んだ、イーリオ教の聖典に書いてあったこと。天よりも遠いところに楽園はあるという。その空も、こんな色なのだろうかと思っていたからなのかもしれない。

 

 

 

 強い風が吹いた。

 

 

 

 あっ、と思ったときには手紙が飛ばされていた。

 

 なぜか手を伸ばさず、飛んでいくのを見送ってしまう。

 

 飛んでいってしまったのだから、結局届かないのは仕方がないんだと、ほっとしていた。あっという間に地に落ちて、グシャグシャになるから。

 

 だが、視線で追っていったその先。

 

 誰かが跳躍して空中の手紙をキャッチした。

 

 遠くを歩いていた少年だ。自分より少し小さいくらいの背丈で、ぶかぶかのコートを着ている。大きめのキャスケットで顔は見えなかった。

 

 いつの間に近くに来ていたのだろう。

 

 ……なぜ彼はこんな手紙一通、わざわざ取ってくれたのか。自分にも彼にも、この手紙で得られる価値なんてない。

 

 手紙を無言で差し出してきた少年は、こちらが受け取るや否や、来た方とは反対側へ去っていく。

 

 恨みと、憎しみと、言葉にできない感情に動かされて、その背中に声をかけようとした。

 

 

 

「レド!ここにいたのか。……どうした?立ちすくんで」

「背中に……ついてた……」

「……ん?」

「背中に、猫がへばりついてた……」

 

 

 

 二人でぽつぽつ喋りながら、学校の寮に向かう。寒さに慣れていない町の道は、雪への対策が乏しくて少し凍っていたが、歩くのには荷物はほとんどないおかげで多少気が楽だった。

 

「風邪、引かないようにな。帰りたかったら、いつでも帰ってきていいからな」

 

 自信なく振る舞えば、1年も世話になった相手を不安にさせてしまう。だからそうならないように意識して話すことにしている。

 

「うん、ありがとう。でも大丈夫だよ。伯父さんも知ってるだろ?俺、結構優秀って誉められたんだから」

 

 自分はいつものように笑いかけた。

 

 

 

 迷うことなく目的地に到着できたので、ここまでついてきてくれた伯父に挨拶をして別れる。

 

 外観からわかってはいたが、寮の中はお世辞にもきれいではなかった。敷地は別である校舎と同様に、たいへん年季の入った建物だ。思わず「古い」と呟くと、入り口付近にいた人が「長年別の用途に使われていた建物を、買い取って転用したからな」と、笑いながら教えてくれた。

 

 寮の前にはポストがあった。

 

 だから、ほんの気まぐれで、握りしめていた手紙を入れた。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 夢を見た。

 

 突然、周りが燃え始める。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 隕石により壊滅した、呪われた地。

 

 この国、トゥレーラは昔から、そう呼ばれている。

 

 かつては流刑地の扱いも受けており、今でも他国の人々からすると、あまり近寄りたくない場所なのだという。だから、外から攻め込まれたという話も聞いたことがないんだろう。

 

 かといって、別に国内は平和でもなんでもない。ちっとも中央集権なんてできておらず、小規模のいざこざはあちこちで起きていた。おかげで陸軍も国家憲兵隊も、主な仕事は治安維持。海軍は一番楽だと揶揄されている。

 

 ただ停滞しているだけのこの国(トゥレーラ)に存在する軍魔術師学校は、形式上は陸軍に所属する施設だ。一見大層なもののように聞こえるが、実際は士官学校と比べれば格は断然下。卒業後に配属される部門も、陸軍と国家憲兵隊の狭間をうろうろし、扱いは全く良くなかった。

 

 それでも自ら入る人間がいるのは、一定以上の魔術を使え、かつ、秋に行われる入学検査の会場にたどり着きさえすれば、最低限の衣食住と給料、勉強の場を三年与えられるからだ。入学制限に『13歳以上16歳未満』の条件があり、教区簿冊で確認することになっているが、これはあってないようなものらしい。

 

 自分がこの学校に入ることになったのは、ほんの一週間前である去年の終わり、軍属の人が居候先に突然やって来て一悶着あったためだ。急だったので、年が明けてから汽車に乗って学校のある町へ向かった。数日前の雪で運行に支障が出たりしたのに、伯父がついてきてくれたのが申し訳なかった。

 

 かなり逼迫したスケジュールで到着し、入学した後、まず始めに教えられたのは、最低限これだけは守れ、という三つのルールだった。

 

 1、盗みをするな。

 2、町に出て喧嘩をするな。

 3、敷地内で穴を掘るな。

 

 なぜこのようなルールができたかについては、設立当初、盗みが町で横行したためだとか、ところ構わず乱闘騒ぎが起きたためだとか、嫌いな教官を落とし穴にはめた者がいたとか、後から噂を聞いた。

 

 次は、支給された制服の正しい着方から硬貨の種類まで、日常的なことに関する指導があった。

 

 ただ、制服というものの、国軍には偉い人以外の正装用は存在せず、戦闘用しかない。しかも訓練生は夏服しか支給されないため、この時期には寒い。

 

 基本的な説明が終わり、何をするのかというと、読み書きや計算……つまり、普通の初等学校のような授業が行われた。

 

「どこまでできるかでクラスが分けられて、それぞれで違うことをやる。魔術を教えてもらえるのはその後なんだって」

 

 寮で同室だったヴァイスという少年に話しかけられる。

 

「そうなんだ。入学前に文字の読み書きや簡単な計算能力の確認があったのは、そのためだったんだったんだな」

「あれ?確認?結構ガッツリと試験しなかったかい?」

「んー、そうだったっけ」

 

 すでに上の学年から話を聞いてきたらしく、一年目は座学と基礎訓練ばかりだとか、二年目から大変だとか、いやいや卒業してからがきついんだ……と話してくれた。

 

「レドくんだったよね。ギリギリで寮に滑り込んできたけど、どこから来たの?」

「東の海沿いのシモニアって町わかるかな。あの辺だよ」

「へぇ、ここからけっこう近いじゃん。もっと遠くから来たんだと思ってた」

「あはは。実は、到着する日付を間違えた上に、雪にも降られたせいで遅れちゃったんだ」

「おっ、これから大丈夫かー?」

 

 北の地方出身らしい彼は、この辺りは暖かいねと笑っていた。

 

「ちっ」

 

 舌打ちが聞こえたほうを見ると、去年暮らした町で会った、ブレウという少年がいた。

 

「よ、よぉ。君もここ入ってたんだな」

「そうですね」

 

 射殺さんばかりの目で見られる。

 

「……」

「……」

 

 しばらくの沈黙に耐えられなくなったヴァイスが声をあげる。

 

「……知り合い?」

「うん」

 

 どうやら自分は彼から嫌われているらしく、初めて話したときになぜか辛らつな言葉を投げつられ、その後もひたすら刺々しい態度をとられている。

 

 とりあえず、ブレウに向き直る。

 

「また、今後ともよろしく……?」

「……はぁ」

 

 彼は小さくため息をついた後、

 

「いいですか?君と僕は顔見知りなだけです。知人以下です。よって、わざわざ声をかけてくる必要はない。以上」

「でも、先に声というか、アクションがあったのはそっち───」

「僕は舌打ちしただけですが?」

 

 そう言い終わると、そっぽを向いてしまった。

 

「君、過去に彼に対して何かやらかしたの?」

「いや……、特にそういった記憶はないはずなんだけど」

 

 

 

 ブレウにははっきりと拒絶の態度を取られ、しばらくは話す機会もなかった……と言うことにはならなかった。施設の掃除や馬の世話は一番下の学年の、五人一班による当番制となっていて、そこで同じ班になったのだ。

 

「こんな班は一年のうちだけです。演習では成績順の班になるので、少し経てばこのメンバーで『よろしく』ということにはならないでしょう」

 

 そして、やたら攻撃的な態度を取ってくるブレウだけでなく、他もなかなかのメンツだった。わりと友好的に話せているヴァイスがいてくれたのはいいとして、

 

「……」

 

 無言で虚空を見つめている女子にはどうすればいい。

 

「……馬」

「彼女はネロさんだよ」

 

 喋ったと思ったら、なぜかヴァイスが代わりに自己紹介している。よく見るとこの女子、立ったまま寝ている……?そもそもなぜ馬?馬小屋掃除ならともかく、今日はトイレ掃除だ。

 

 いつも通りピリピリするブレウに、無言無表情のネロ。「はははっ」と笑っているヴァイス。そんな中、まだ話していなかった一人の女子がにこやかに言う。

 

「私はリーン。よろしくね。13歳以上だったら、よろしくしないけどね」

 

 かく言う彼女は何歳なのだろうか。

 

 さて、掃除はというと。屎尿は業者が回収してくれるので、床をモップで拭いたりするくらいの簡単な掃除のはずだったが───、

 

 水浸しになった床と壁に開いた穴を背景に、教官の前でリーンとブレウが正座をしている。

 

「ブレウくんがムカつく顔してたからつい」

「そこのリーンとかいう女がアホ面をさらしていたので」

 

 二人はそのまま反省室に引きずられていった。

 

 最初はヴァイス以外、黙って掃除をしていたのだ。しかし、ブレウとリーンの間で口論が発生し、止める間もなくヒートアップした。ネロが「低レベル同士の争い」と呟き、それを聞いたヴァイスが爆笑し、良くないことだから自分が仲裁を試みようとした直後、モップが目前に迫り、避けるかどうか悩んでからの記憶がない。頭痛とともに目を覚ましたときには、トイレの風通しが良くなっていた。

 

 結局、連帯責任ということで自分たちの班は、最低でも一か月は掃除当番がトイレ固定になった。リーンからは後で謝られた。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 夢を見た。

 

 燃えていく周りを眺めることしかできない。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 ようやく冬の寒さも和らいだ春、寮の部屋を一番上の階、さらにその端の個室に移動しろ、とお達しがあった。

 

「別の部屋に移動なんだって?どうして?何か理由があるのかい?」

「どうだろう……。部屋数の都合とかかな」

 

 相変わらずヴァイスとはよく話しているが、少々彼は人に対して詮索が多いタイプだった。話題を変えるため、最近のことを口にする。

 

「それにしても、俺たち、本当にずっと勉強と基礎体力訓練しかしてないよなぁ。もっと厳しいと思ってた」

「え?今もかなり厳しいと思うな」

「でもほら、自由時間もあるし」

「そりゃあね……。あ、僕らはそうだけど、学校や寮内に軟禁状態のクラスもいるらしいよ」

「軟禁?」

「ほら、ルール1に引っ掛かっちゃうような」

「……ああ」

「ようやく月の終わりにまたお給金がもらえると思えば、この苦労もまあいいかー。そうそう。この間、講義室じゃなくて別のところに行くのをみたけど、何かあったのかい?サボりかい?時々いなくなるよね?」

「ちょっと教官に呼ばれただけだよ」

「ほーう、初っ端から遅刻しかけてた人間はやることが違うな。何やらかした?」

「あはは……そんなのじゃないって」

「まあまあ謙遜するなって……、あれ?ここ、写し間違えた?」

 

 教科書なんて高価なものはないので、必然的にガリガリと板書をノートに書くしかない。しかし、今までたくさん文字を書くこともなかったので、皆、慣れていないようだった。初等学校だって、ここまで書かされることはない。

 

「ごめんレド、ちょっとノート見せて」

「どこらへん?……って、そこか。俺もなんて書いてあるか読めなかったんだよな」

「おう……、なんてこった」

 

 予想できればよかったのだが、該当する講義の内容は『人体の内部構造』である。骨の名前は予想できない。

 

 他にも何人かと先週のノートのことで、あーでもないこーでもないと話をして、もうすぐ授業が始まる、という頃合いだった。

 

 窓が風でガタガタと揺れる音がした。続くように、廊下が騒がしくなる。

 

 様子をうかがうため講義室を出ると、同じクラスで見知った顔の何人かが倒れる中、リーンが男子の襟首をつかんでいた。

 

「げっ、リーンじゃん。目ぇ合わせない方が───」

「何やってるんだっ!?」

「またかい……」

 

 慌てて止めに入るが、リーンはそんなことを気にするそぶりも見せずに言った。

 

「私がちょっと20メートルくらい助走つけて飛び蹴りしたら、怒ってきたからやり返したの」

「……なんで飛び蹴りしたんだ?」

「邪魔だなと思ったの」

「…………廊下を広がって歩いていたりしたのか?」

「存在が邪魔だなと思ったの」

 

 困った。

 

 彼女は最近になって、よくこのような調子でトラブルを起こしていた。理由は不明だが、ある時は上級生に、またある時は複数人相手に喧嘩を売り、しかも勝っていた。見てすぐにわかるような魔術を使っていないので、身体強化や風を使っているのだろう。

 

 騒ぎを聞きつけた教官に引きずられていくリーンを見送った後、野次馬は解散させられた。

 

「なんだったんだ」

「またいつもの暴れっぷりでしょ」

「月末に近づくと増えるよね。なんでだろ」

「懲りないよなー。喧嘩するたびに教官たちの見回りも厳しくなってきてるのに」

「殴られてたのエルムじゃね。そろそろ退学っしょ」

 

 周囲の声を耳が拾う。

 

 リーンは授業態度は真面目だが、特定の誰かと仲良くするようなこともなく、会話はだいたい喧嘩腰。だから今は、リーンに近づこうとする者はほとんどおらず、腫れ物扱いされている。

 

 一方、名前の上がったエルムは同じクラスの男子だ。上の学年と一緒にいるのを時々見かける。どこかの地主の息子で学校側に対しても親経由で要求を通すことができるらしいと聞いたが、あくまで噂である。

 

「リーンも懲りないよねぇ」

 

それはそう。

 

 

 

 用事のために一旦校舎の外に出ると、開けた地面に木の看板が雑に突き刺さっているのを見つけた。……『屋外演習場』。空き地ではなかったらしい。

 

 その端に見覚えのある誰かが座り込んでいる。

 

「体調、悪いのか?」

 

 声をかけて近寄れば、同い年か少し上くらいに見えた彼女は、顔をあげた。

 

「あなたもやる……?」

 

 ネロだった。片手にはスコップ、前には穴がある。

 

「……何、やってるんだ?」

「見ての通り」

 

 至極まっとうな疑問に対して、淡々とした声が返ってきた。

 

「そうだな。見ての通りだな。…………埋めて元に戻した方がいいんじゃないか?敷地内で勝手に穴を掘ってはいけないルールがあることだし」

「……それもそうね」

「あ、急がないと。じゃあな」

 

 用件を思い出し、その場をあとにする。穴を掘った理由はわからないが、あの様子であればきっと元に戻すだろう。

 

 

 

 定期的に行われる問診は、授業よりも優先することになっていた。

 

「どうだい、軍魔術師学校(ここ)には慣れた?」

 

 髪を後ろにひっつめた男の人は、怪しく笑いながら自分に聞いてきた。

 

 それを皮切りに、食事はとれているか、夜は眠れているか、最近の気分はどうか、無意識に魔術が発動したことはあったか……。次々飛んでくる質問に答えていく。

 

 しばらく話したあと、紙を一枚渡され、魔術で燃やしてみてほしいと言われた。

 

 すぐ横に置かれた機器は、至近距離で魔術が使用されると、どのくらいの魔力子量を使った魔術を実行したかがわかるそうだ。

 

「少ない……。普通ならこの針の振れ幅、倍はあるよ。やはり君は制御が上手だね」

「……でも、計測器の精度はあまり高くないでしょう」

「それを踏まえてもだ。すばらしい。高価で壊れやすくなければ、もっと大規模な魔術を使ってほしいが───」

 

 目の前の人はどこか興奮したように語っていた。そして、体内の魔力子量を測るために血を採られる。その測定にも、手間と時間とお金がかかるが、自分にはそれをかけるだけの価値があるという。

 

 だが、今さら誉められたところで、どうしようもなかった。

 

「……できることなら、魔術はあまり使いたくないです」

 

 駄目だ。感情を、コントロールだ。……大丈夫だ。

 

「うむ……。すまないね、無遠慮な発言をしてしまったようだ」

 

 彼は少し困った顔をしてから、「『デリカシーがない』といつも怒られてしまうんだ。どうしよう」と言っていた。

 

 

 

 用事が終わり、再び屋外演習場という名の空き地の横を通る。そこにはネロの姿はなかった。

 

「……増えてる」

 

 

 

 穴を全て埋め終えると大分時間が経ち、放課後になっていた。この時間になると校内は人気が少ない。自分も早く寮に帰ろう。

 

「レドだったよな?」

 

 声を掛けられたので目だけ動かして見れば、それはエルムだった。まともに会話したことがなかったはずだが、まるで待ち構えていたような様子だ。辺り差しさわりのないように向き直って笑みを浮かべ、一足一刀の間合いまで近づく。

 

「ああ。何か用か?」

「たまたま姿を見かけたものだから。この間の礼を言おうと思っただけだよ。リーン……、あんな意味不明な女に絡まれて、困ってたんだ。止めてくれて助かったよ」

「そっか、でも、どうして喧嘩になったんだ?」

「喧嘩?違う違う。あいつが一方的に突然殴りかかってきただけさ」

 

 それからエルムは滔々とリーンの悪口を述べ始めた。時々同意を求められるが、彼女の人となりを良く知っているわけでもないので、その発言への賛否を自分では判断できない。……とはいえ、聞いていてあまり良い気分はしなかった。

 

「班が同じで、いつも迷惑かけられてんだろ?」

「……そうでもないかな」

「無理すんなって。俺、上級生にも顔が利くんだ。少し懲らしめるのを手伝ってやるよ」

「ううん、遠慮しとく」

 

 そう伝えるとつまらなさそうな表情をされる。

 

「なんだよ、リーンと仲が良いのか?」

「そんなわけないけど。懲らしめたくなるほど何かされた訳じゃないから」

 

 それから表面上は穏やかにいくつか言葉を交わしたが、立ち去るときに研ぎ澄ました聴覚が声を拾う。

 

「……イイコちゃんぶりやがって。あの女もいつも良いところで邪魔しやがるし……、クソッ」

 

 どうやら気分を損ねてしまったらしい。

 

 

 

 いつものトイレ掃除にて、リーンに声をかける。

 

「なあ、リーン。この間、エルムを殴ったときのことだけど、邪魔だから殴ったって言ってたよな。どうして邪魔だと思ったんだ?」

 

 エルムに対する心証はあまり良くない。もしかしたらリーンには人に相談できないような事情があって、あのような暴挙に出ざるを得なかったのかも───、

 

「ひゃー!ちっちゃい男の子だあああ!と思って近づこうとしたら、遮られたから……。体が勝手に動いてたの」

「……?」

 

 言っている意味がわからず、周囲を見渡す。しかし、ヴァイスとブレウから目を逸らされ、ネロは立ったまま寝ている。

 

「初対面で言っていた、13歳以上はよろしくしない、というのと何か関係が……?」

「……『神様は無垢な魂をとても大切にしています。だから御使いは、特に美しい魂を持つ子どもを天へ連れていき、自分たちの仲間に迎え入れているのです』」

 

 リーンの表情は、俯いていて伺うことはできない。……ここで言う『天』は聖典に載っている楽園のことだろうか。

 

「皆だって一回くらい神殿で聞いたことあるでしょ。私、小さい頃からずぅ~~っと聞かされて、すっごくムカムカしたんだよね。死ぬのは仕方ないけど、都合よく解釈するのは気に食わないよ。その理屈なら……大切だったら、最初から助けてあげればいいのに」

「リーン……」

「だから思ったんだ。神様も、誰も助けてくれないのなら……私が助けて、愛でるしかないじゃないと」

「うん?め、めで?」

「つまりはそういうことなのです」

「どういうことなんだ……」

 

 黙って聞いていたブレウがパチパチと拍手をした。

 

「アナーキーレベルを進呈します」

 

 また一人、変なことを言い出した。

 

「期待通りでした。それに比べて、レド。君は……」

「え?俺?」

 

 しかもいきなり失望した目で見られる。人生観が独自規格で普通に迷惑な人物と自分を比較しないで欲しい。

 

「つまり、リーンは小柄な男の子が好きってこと?」

「全然違うよ。幼い少年が好きなんだよ。二度と間違えるな

「はい、すみません」

 

 ふざけ半分で言ったヴァイスに、声から怒りを滲ませるリーン。この学校、建前上は13歳以上からでなければ入学できないので、彼女は来るところを間違えていると思う。

 

「本当に邪魔だったから、端から喧嘩を売っていたのか……」

 

前言撤回。リーンは少し懲らしめられた方がいい。

 

「私はいつだって小さな男の子の味方なんだ」

「小さな……。売った喧嘩が買われているのならギリギリいいけど。なあ、リーン。その時、リーンが近づこうとした子は取り囲まれていたりしなかったか?」

「ええ?うーん……そういえば、そうだった気も……?」

 

 月の終わりに増えるリーンの襲撃。給金。 ……それとなく教官にチクっていこう、リーンもエルムも。

 

 それと、気になることがもう一点。

 

「今までアナーキーレベル?がないからブレウは俺を嫌っていたのか?」

「いえ、シンプルに性格と言動が嫌いです」

「それは……どうしようもないなぁ……」

 

 とりあえず、自分が知らないうちに彼に対して何かをやらかしてしまった、というわけではないのはようやくわかった。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 夢を見た。

 

 “熱”から、ただ逃げるしかなかった。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 ここのところ、日に日に夏らしくなってきたが、今日も今日とてトイレ掃除だ。他の班には掃除当番のローテーションがまだ存在しているのだろうか。

 

 今日の授業でやった計算問題とその宿題についてあれこれ話していると、普段はとても静かなネロが口を開いた。

 

「皆、次の休みは暇?」

 

 うっかり水の入ったバケツを落としてしまった。

 

 カランという音がしたので見ると、モップから手を離してヴァイスが口を開けている。リーンとブレウはべちゃりと雑巾を落としていた。

 

 まず、ネロが自分たちに興味を持つことに、 次に、いったい何のためにそんなことを聞いたのかの驚きからいち早く再起動したのは、ヴァイスだった。

 

「次の休み……、夏至祭が近いね。何かあるのかい?」

 

 ネロはゆっくりと瞬きをする。

 

「やらなければいけないことがある。人手が必要。……とても簡単に言うと、日雇い労働の誘い」

 

 

 

 ヴァイスが悲鳴をあげた。

 

「無理無理無理無理無理!!!僕は身体強化が苦手なんだよぉぉぉおおっ!!!」

 

 屋根から吊り下げられる中、下の方をみると声を聞き付けた町の人たちが見上げている。

 

「なあ、ここは俺が全部やるから、ヴァイスを引き上げてやってくれないか?」

「もう途中まで進んでいる……」

「最初乗り気だったのは本人ですから、やらせましょう」

「落ちても私頑張るからっ。無理だったらごめんね!」

「ねえ?なんか最後のほうで不穏なこと言わなかった?ねえ?……ネロ寝るなぁぁぁあああ!?」

 

 

 

 ネロが言い出した日雇い労働とは、夏至祭の準備の手伝いだった。毎年、軍魔術学校の生徒は小遣い稼ぎによくやっているんだとか。

 

 そもそも夏至祭とは、イーリオ教の祭事の一つだ。ほとんどの町で行われており、今日のように大々的に準備が行われているのは珍しくない光景だと聞く。

 

 先ほどは屋根から垂らされたロープを命綱にして、町のあちこちの建物に飾りをつける作業をしており、作業者が自分とヴァイス、ロープを引き上げたり支えるのがブレウとネロ、落ちたとき風魔術で助けるために下で待機するのがリーンだった。

 

 リーンが手伝うのが意外だったが、「打ち壊すにはまず、敵を知らねばならぬ……」と言っており、相変わらず意味不明である。

 

 次に薬草を摘みに行くことになったが、途中で寝たネロと一緒であることにヴァイスが断固拒否の姿勢をとったため、ヴァイス、ブレウ、リーンの三人、ネロに自分の二人に分かれて行くことになった。

 

 特に会話をすることもなく、黙って作業していると、後頭部に視線を感じる。

 

「何か、俺の頭についてるのか?」

 

 振り返れば、ネロがじっとこちらを見つめている。

 

「私、髪真っ黒」

「それがどうしたんだ?」

「……少し思い出したことがあっただけ」

 

 これで話は終わりかと思いきや、意外にも再びネロが口を開く。普段から半分寝ており、周囲に対して無関心な行動が目立つ彼女にしては珍しい。

 

「髪の色といえば……、西に鮮血のように真っ赤な髪を持つ戦闘民族が暮らす村がある……らしい」

「真っ赤な髪の戦闘民族?そんなのいるのか?」

「さあ……?聞いたことがあるだけだから……。でもいるなら会ってみたいかも……。……レドの髪は乾いた血みたいな色ね」

「その発言、悪口に片足突っ込んでるからな」

 

 自分もまた、ネロを観察する。慣れた手つきで草を摘んでいる。

 

 町の神官から今日はよろしくね、と親しそうに言われていたため、ある程度親交があるのだろう。

 

「ネロはイーリオ教に詳しいのか?」

「一般的なことであれば、それなりに」

 

 イーリオ教とは、太陽神イリオファーニアを主神とした、この国(トゥレーラ)では多くの人に信仰されている多神教的一神教だ。中央大陸でも根強い信仰があるらしいが、トゥレーラとの宗派の違いから関係性は険悪だそうだ。ちなみに原理主義者は、晴れるとすぐ祭りをしようとするらしい。

 

 太陽信仰の影響か、空よりも高い場所に楽園があると言われているが……。

 

「…………人は死んだら、本当に……楽園に行けるのかなあ?」

 

 ふと、考えていることが口から漏れてしまった。

 

 どこにあるのかわからない場所に、人はたどり着くことができるのだろうか。

 

「ごめん、急に───」

「───わからない」

 

 取り繕おうとしたところに、ネロは淡々と告げた。

 

「楽園に行けると信じることが、その人の救いになるのであれば、私は『行ける』と答える。……レドはそれほど信仰深くないのね」

「あー……。ごめん」

「別に……。……我らが主神イリオフォーニアを信じることにメリットがないのであれば、別のものを信じればいい」

「え?いいのか?」

「いい。そうでなければ、何のための神様か。逆に、メリットがあると少しでも感じたなら、バンバン信じてほしい。私はいつでも布教の準備がある」

「そ、そっか」

 

 饒舌の勢いに押され、気になったことを聞く。

 

「ちなみにさ、もし他の宗教の信徒をどうしても布教したくなった場合は、どうするんだ?」

「皆、自分の信じたいものを信じている」

 

 ネロは目を閉じて、静かに語った。

 

「それを理解もせず、自己を盲信し、否定したところで、なんの意味もない。だから、山の神の一つに大地をつかさどる蛇神ラーヴァを取り込んだ時みたいに、その宗教の神を平行信仰してもらう」

「な、なるほど」

「……これは、蛇の丸呑み行為と他宗教に取り込まれた神をかけたジョーク」

「……なるほど」

 

 

 

 結構な重労働だった準備が終わり、夏至祭が始まった。

 

 普段以上に市場に活気が溢れ、着飾った人々が行き来する。

 

「ほう、これはなかなかレアな……」

 

 ブレウが古本屋で怪しげな雑誌を吟味していたり、

 

「ははは、見てよ!そこの射的で総取りしちゃった!!!」

 

 ヴァイスがクロスボウで百発百中の命中率を見せ、両手いっぱいに景品を手に入れたり、

 

「やったー!お肉だぁ!───あっづっ!」

 

 屋台で買った肉料理をリーンが美味しそうに食べていたり、

 

「……」

 

 ネロは満足げに腕を組み、草花でできた冠を被っていたり。

 

 それぞれ祭りを楽しむ彼らについていきながら、それとなく周囲を見渡す。

 

 人間のおこぼれを預かろうと、少し離れたところを野良犬や野良猫がうろうろしているのが目に映る。……まあ、いないか。こうして時々あてもなく探しているけれど、あの日以来、あの子の姿を見かけたことなど一度もないのだから。

 

 

 

 「そろそろ始まる……」と、ネロに連れていかれた先は、メインイベントの儀式会場だった。神殿の人に融通してもらい、良い位置で見せてもらえることになったが、いいのだろうか。

 

 この町(マレブランケ)の神殿で一番偉い神官が、太陽の光を集めることで点いた聖火を、組まれた木に移す。

 

 ワッ、と歓声が上がった。

 

 続いて、白い布の上に一粒の宝石が乗せられている。琥珀だ。

 

 このように、夏至祭では昼に琥珀を燃やすのが一般的である。一方、年の変わる冬至祭においては、夜にヤギの模型を忌むべき魔術の火で燃やし、その年に亡くなった人の魂を天に還す花火には聖火が使われている。

 

 布ごとくべられた琥珀が燃えていく中、楽器で演奏など、どんちゃん騒ぎが始まった。

 

 その光景を眺めながら、リーンが不満そうに唇を尖らせる。

 

「どうして燃やしちゃうんだろう?もったいない」

「あれは、我々の宗派独特の風習……。もともと本流の夏至祭は、神子様が神託を授かるためのもの……。しかし、神子様は一人しかいないから、こうして代わりになる行事が生まれた……」

「知ってますぅ~。親が敬虔な信徒だから、耳にタコができるほど聞かされてきたよ、もうっ。私は宝石を燃やすという行為がもったいないって言いたかったのっ」

 

 そうネロに吐き捨てて、リーンはそっぽを向いてしまう。

 

 聞きなれない単語を自分が尋ねる前に、ヴァイスが喋っていた。

 

「神子ってなんだっけか?」

「イーリオ教の本流では最高位を指す……。中央大陸にある大神殿におり、唯一神託を受けることができるとされていた存在……」

「ああ!あれか。十年ちょっと前の中央大陸の動乱に巻き込まれた結果、死んじゃって血が途絶えたから、大問題になったっていうね」

「最後の神子様に関しては、遺骸が見つかっていない……。神託で先に危険を察知し、ひっそりと逃げたのではないか……。そういう噂もある……」

「フッ、なかなかオカルトじみていますね」

 

 儀式ガン無視で雑誌を読んでいたブレウが、かつてないほど嬉しそうに反応した。そういうの好きなのだろうか。

 

「神子について補足すると、役割は大きく分けて二つ。神託を得ることと、神を鎮めること。一つ目はしばしば未来を予知したと言われています。二つ目については、神子は神の物であり、お返ししなければならない───、そういった理由で、かつては生贄として殺されていたこともあったそうです」

 

 解説役を奪われたネロが憮然としている……。

 

「神託ねー。占いみたいなもんでしょ?そんな都合よく当たらないって、ははは」

「僕も本当だとは思っていません。非現実的でありえないからこそ、楽しめるんですよ」

 

 ブレウは他にも嬉々として生贄の話をした。生贄に捧げられるとき次の神子が殺していたとか、心臓をくりぬき、頭を落とすための練習に一般生贄を使っていたとか、心臓と頭は箱に入れられ、海に投げ入れられたとか、殺された後の神子の遺体はバラバラにされ、箱の材料にされたとか……。人の頭が入るくらいの箱って、そこそこ大きいな。

 

 ヴァイスが叫ぶ。

 

「あー!!!血生臭いよ!!!君たち蛮族なの?!?はい、この話終わり!……ところで皆、夏季休暇どうすんの?ぶっちゃけさー、家飛び出してきたから帰るのは気まずいんだよね」

「食いぶちが増えちゃうから、私は帰らないかな」

「帰るところがない……」

「迷惑かけられないし、ここに残るつもりだ」

「帰ります。用事があるので」

「う~ん、反応に困る」

 

 そんなことを喋っているうちに、琥珀は燃え尽きていた。

 

 

 

 日が沈み、町自体はまだお祭りムードだが、儀式会場は片付けられつつあった。自分達もまた、木の囲いを運んだりしていると、リーンがネロに話しかけていた。

 

「ネロちゃん、報酬は?」

「……?夏至祭を手伝えた」

 

一部からは不穏な空気が漂い始める。

 

「お金は?」

「お金……?私たちはお金で得られない物を得られたのでは……?」

 

ネロが少し笑った。

 

「来年も手伝ってほしい」

「「「もうしない」」」

 

 塔からネロを吊るし終わったところで、神官の人からお駄賃をもらえた。

 

 ネロは朝まで吊されていた。

 

 三人ともそんなに怒っていたのか……。

 

 

 

§ § §

 

 

 

手紙が来た。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 秋になり、暗くなるのが早くなっていく。

 

「───ド!レド!」

「うわっ」

 

 講義室にて、ヴァイスに話しかけられている。考え事をしている間に授業は終わってしまったらしく、黒板はすでに消されていた。

 

「珍しい。レドが授業そっちのけで呆けてるなんて……、僕のノートはいったいどうすればいいんだ」

「自分でなんとかしてくれ」

「そんなぁー」

 

 ヴァイスはわざとらしく泣き真似をしていたが、乗ってこないとわかったのか、けろっとした表情に戻った。

 

「じゃっ、先行ってるな~」

「ああ」

 

 周りもほとんど移動している。自分も片付けて次の授業に───いや、この後は別件があった。

 

「おっと」

 

 立ち上がろうとしたところで、後頭部に当たりそうだった物を避ける。

 

「ごめんごめん」

 

 エルムと他数名がヘラヘラ笑っていた。彼の持っていた荷物だったようだ。自分もまた、笑って対応する。

 

「いいよ、そんな。俺が悠長に座っていたから」

 

 最近、エルムによる嫌がらせじみた行動が多い。理由はなんとなく想像がつくが、今のところ全て未遂で実害もないし、放っておこう。

 

 

 

 夜、寮でブレウやヴァイスと喋りながら衣服を洗う。

 

 最新の洗濯機は蒸気を動力にした全自動らしいが、ここにはそんな高価な物はなく、旧式の手回し洗濯機と脱水機のみが置かれている。

 

 そのため、洗濯機のハンドルをひたすら回し続けていた。

 

「こんなとき、一瞬で服を綺麗にできる魔術が使えたらいいのに」

 

あーあ、とヴァイスが心底疲れたと言った風に、息を吐き出す。

 

「工程的には水と洗剤を生成して撹拌。さらに、流体操作でのすすぎと脱水。最後に熱での乾燥。できる人間がいたら世紀の天才ですね」

「マジで返すなよ。そうじゃなくって、ひょいっと手をかざしたらパァァアアっと綺麗になる、おとぎ話にあるようなこと」

「伝説、神話、言い伝えであれば語れますが」

「そこまでは求めてないんだよ」

「洗剤入りの水は、頑張れば魔術で作れるって聞いたことあるぞ」

「あ。そういや、うちの母さんがやってたな」

 

 特に話すこともなく、その場は洗濯物を回す音だけになる。

 

 

 

「……そうだよ!魔術だよ!!!」

 

 

 

 突然ヴァイスが叫んだ。

 

「すっかり忘れてたけど、ここ魔術学校なんだよ!あまりにも一般教養しかやってないから忘れてた!僕たち、お互いに使える魔術の話も、全くしてないじゃないかっ」

「君たちに興味なかったので、聞いていませんでした」

「うっそだろ。半年以上経って、これが僕らの距離感……?───はいはいはい!二人は、魔術は何使えるんだい?」

 

 それを聞いたブレウは嫌そうな顔をする。

 

「なぜ教えないといけないんですか」

「あとで幽霊の話をしよう」

「───僕は雷です。多少なら人を麻痺させて、動きを止めることができます。それと簡単な身体強化ですね」

 

変わり身が早い。

 

「俺は身体強化と火。ヴァイスは?」

「よく聞いてくれました!なんと、治癒だ!超簡単だけど水や風、土もね!」

「へえ、4つか。すごいじゃないか」

 

 程度を考慮しなければできる人の多い身体強化を除くと、魔術により生成や変質できるのは1つか2つがほとんどだ。

 

 また、治癒もできる人が少ないので、使用魔術の種類(ざっくり7か8に分類されているらしい)が、治癒も含め4つも使えるのは破格と言ってもいいだろう。

 

「はっはっは。もっと誉めたまえ」

「つまりは器用貧乏ということですね」

「ひどい」

 

 そして、使用魔術の種類が増えれば増えるほど、熟練度は上がらない傾向にあった。水魔術1つ取っても、ぬるい水がぽたぽた手から垂れるだけであったり、思いのままに水を動かせたり、なぜか洗剤の溶けた水を生成することもあったりと、一緒くたにはできない。

 

 洗濯機から水を吸って重くなった衣服を取り出していると、まだヴァイスは話し足りないようで、

 

「魔術の使い始めって何だった?」

「ある時、自分の意のままにドアノブに静電気を起こすことができるのに気がつきまして、それ以来ですね。家中の扉の回りを帯電させて、ドアノブを24時間バチバチにするのが日課でした」

「そこまでするほど家にドアノブある?」

 

 ブレウの家は大きいので、扉もドアノブもたくさんあるのだろう。

 

「それで幽霊の話は?」

「ハイハイわかってたよチクショー。……この学校、幽霊か妖精かがいるかもしれないって聞いたことない?」

「俺は初めて聞いた」

「点呼を取ったときに人数がおかしいことがあるんだってさ。気がつかないうちに、一人増えているのかもしれないね」

 

 ブレウが眼鏡を輝かせる。

 

「正体がわかれば退治できる系ですね」

 

 そういう分類なんだ……。

 

 服をローラーで脱水しているヴァイスが手を止めた。

 

「提案なんだけど……、明日の夜中、学校に忍び込もうよ」

「なんでまた」

「こういうのってさぁ、実は幽霊でもなんでもなくて、猫や不法侵入者だったりするじゃん?逆に気にならない?」

「ほんとは?」

「今すぐ誰かさんの夢を壊したいんだ。ついでに規則なんて破っちゃおうぜ」

「おい」

 

 一つ、ブレウに気になることを聞く。

 

「夜、校内に入っていいのか?」

「駄目とは決められてません」

 

 それなら、まあ、いいか。

 

 

 

 翌夜。

 

 リーンとネロも加わった計五人で、音もなく塀を乗り越えて校内に侵入する。

 

 言い出しっぺ曰く、幽霊または妖精を見かけたという噂があったのは、屋外演習場、食堂、講義室、トイレだそうだ。

 

 そこで、まず始めに屋外演習場という名の空き地に向かうことになった。

 

「狼の幽霊が町に出るという話なら聞いたことがある……。深夜、キラリと光る目の目撃証言があったため、総出で昼間探したけれど姿も痕跡もどこにもなかったという……」

「え~?ネロちゃん、それ野良犬か生きてる狼の間違いじゃない?幽霊なんてないないありえないよねえレドくんもそう思わない?」

「ん?まあ、生きてる人間のほうが怖いよな」

 

 その時、草が揺れる音がした。すぐさまそちらを見るが、猫の姿はない。風で動いただけだった。

 

「なんだ───」

「ひいっ!!!」

「痛い……」

 

 リーンはネロの腕に飛び付いていた。怖いのなら、なぜ来たのだろうと思っていると、自分の視線の意味を汲み取ったらしく、「怖いものを怖いままにしていくのが嫌なのっ」と言われた。

 

 

 

 屋外演習場の端には倉庫があり、その扉には鍵がかかっていたが、ヴァイスがどう考えても鍵ではない金属棒で速やかに開けた。そして、ランタンを持ってきていたブレウが中を照らす。予想通りというべきか、ブレウもかなり乗り気で、怪しいものをあれこれ詰め込んだ大きめのカバンを背負っているのだった。

 

 倉庫には掃除道具やスコップくらいしか置いておらず、目立つものは何もない。屋外演習場も昼間と変わらない空き地ぶりだ。ここに探し物はない。

 

「ここでは……」

 

 ヴァイスがこほんっ、と咳払いをした。そして、

 

「地面に穴を掘る怪しい人影があるとかないとか」

「おい、犯人が俺たちの目の前にいるぞ」

「待ってほしい、まだ決まったわけじゃない」

 

 解散して一人で捜索したい気持ちが込み上げてくる。

 

「人間を呪い殺して成り代わり、残った死体は穴に埋める系の妖精ですね」

 

 ブレウは生き生きとしているなぁ。

 

「他に何かあるのか?」

「ないね!よし、次だ次」

 

 ちなみに推定犯人は、

 

「玄関ドア前に木の実が置かれていたり……、川できらきらと輝く何かが目撃されたり……」

「あわわわわわわわ」

 

 まだリーンを脅かしていた。

 

 食堂。広い空間に椅子と机がならんでいる。無人というのは珍しい光景だ。ここにもいない。

 

「バチクソまずいパンが売られていて、それをいつも買っていく、味覚のおかしい奴がいるらしいよ」

「人外が現れた系ですね」

「個人の趣味だろう、それは」

 

 講義室。特筆すべきことはなし。ここにもいない。

 

「昔、学校になる前は処刑場だったらしいよ。だから時々室内で人を数えると一人多いときがあるんだって」

「死者が紛れている系ですね。見つけましょう」

「元々は民間の建物だって聞いたぞ」

 

 トイレ。ただのトイレ。いたら困る。

 

「馴染みのトイレだね。当番はローテーションのはずなのに、いつも同じ面子が掃除しているらしいよ」

「ただ掃除当番で俺たちが割り付けられ続けているだけだ」

「うばぁぁぁああああ!どうしてそうやって夢を潰すんだよぉぉぉおお!」

 

 また急にヴァイスが叫んだ。壊れるなぁ。

 

 さらに、こちらに向けて指を指し、

 

「ブレウ!こいつ敵だよ!君も怒れよ!!!怒ってるだろ!?」

「いえ別に……」

「なんで!?心霊現象全否定してくるじゃん!」

「ありえないものを楽しむのが好きであって、幽霊であれ、妖精であれ、本当に実在していたら解釈違いです。萎えます。それと今回の噂話はいまいちでした。出直してください」

「オーケー。ブレウが味方じゃないのはわかった」

 

 チクショーこんなところにいられるか僕は帰るぞ、とヴァイスが駄々をこね始めたので、侵入した塀の方へぞろぞろ歩きだしてしばらくした時だった。

 

「ねぇ……」

 

 ネロが問いかけてくる。何の用かと思っていると、続きの言葉に動揺した。

 

「レドはずっと何を探していたの……?」

 

 ……バレていたとは。暗いので自分の視線はわからないだろうと油断していた。加えて、ネロをぼんやりとしているからとつい侮ってしまっていた。反省だ。

 

 言葉をゆっくり選ぶ。これはただの八つ当たりだから、情けなくて、人に知られたくなかった。

 

「それは……猫を探してたんだ。白地に黒のぶち模様の」

 

 猫と一緒にいた、あの少年。

 

「町で一度見かけて以来、探している」

 

 お前がいなければ、と怒りをぶつけたいのか。

 

「ほぉ~、どうしてだい?」

 

 いつの間にかヴァイスが復活していた。

 

「なんとなく。……動物に好かれた経験がなかったから、近づいてきたのが珍しかったからかもな」

 

 わかっている。

 

 彼は親切心から拾ってくれただけで、ただの逆恨みだ。わかってはいるが、

 

「それか、この町に来て一番始めに会ったから、ずっと気になってるのかもしれない」

 

 感情はコントロールしなければならないものだ。

 

「休みの日に散歩してても、どこにも見当たらないんだ。だから、少しでも手がかりが欲しかった」

 

 揺れ動いた原因は取り除かなくていけない。だから俺は、顔も知らぬ少年を見つけねばならない。

 

 ……そういえば、

 

「ネロはどうして今日来たんだ?」

「幽霊がいたら生け捕りにして、神殿に連れていき、改宗させる……」

 

 死人を生け捕り?

 

 この後、ブレウが幽霊捕獲グッズを広げ始めて収拾がつかなくなったところで、見回りの教官に見つかり怒られた。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 夢を見た。

 

 逃げ出したその先で、馬乗りで拳を振るわれる。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 休みの日。探し物はまだ見つかりそうにない。ただ、どこかに行きたい。そんな気持ちだった。

 

 もうすっかり慣れた町を目的もなく歩いていると、前の小道から出てきた人物に、進路を阻まれた。

 

 彼はニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべており、後ろには見慣れない二人も含め、何人か立っている。

 

「……エルム。また何か用か?」

「用?それはお前が一番わかってんじゃないか?」

 

 教官にエルムたちの行動を報告したのは、特に隠していなかったが……、よほど腹にきているのか。

 

「さあ、何のことだか。きっと勘違いだよ」

「よくもまあ、平然としていられるな。いつもいつも……っ」

 

 道が通れないため、屋根の上にでも行こうと思ったとき、

 

「おいっ、こっちは知ってんだぞ?お前が何をやらかしたのか。この───」

 

 

 

 走る。足に伝わるのは地面の感触だ。

 

「待て!」

 

 どうすればいい。どうすれば正しい。

 

 そうして逃げていった先は───袋小路だった。

 

「逃げられねぇぞ」

 

 ずっと迷っている。ルールを破ったら罰を受けなければならないはずだった。

 

「ようやく一人になってくれて、ありがとよぉっ」

 

 エルムに胸ぐらを掴まれ、顔を殴られる。舗装されていない地面に倒れ、口の中に血の味が広がった。

 

「それにしても妙な赤髪に赤目だな」

「頭から血ぃ被りまくって、乾いてもこびりついてんだろ」

 

 下品な笑い声がして、足蹴にされた。

 

 ある時、先程までエルムの後ろにいた、見慣れない者に無理矢理頭を上げさせられる。

 

「悪い噂のある後輩には、先輩として少し話がしてぇんだよなぁ?」

 

 彼らは上級生だったようだ。あまり柄の良くない二人組だ。

 

「今年になってから割りの良い小遣い稼ぎがなくなったんよ。どうしてだと思う?」

 

 その笑顔の裏には苛立ちがあった。

 

「……カツアゲが見つかりそうになって、できなくなったからだろう?」

「ああ?人聞きの悪いことを言うなよ」

「入学したてで金の使い道がないって困ってたから、相談に乗ったんだ」

「弱そうで、誰にも助けを求められなさそうな子をか?自分の力で絶対に勝てそうな相手を。他には勝てないから」

「っるせぇな、関係ないお前がチクりやがったせいでこっちは大変なんだよ」

 

 金属の棒のような物で殴られる。

 

「一年目は見覚えがないだろうな」

 

 鞘に納められた量産品の剣を見せつける。そして、その刀身が火に包まれた。

 

「これからはお前の相談に乗ってやってもいいんだぞ」

 

 エルムとその取り巻き達は上級生の行動に驚いているようだった。

 

「な、何見てんだよ、助けてほしいのか?」

「なら先輩たちに謝れよ」

「そうだそうだ」

 

 ずっとずっと迷っている。ルールは守らなければいけない。

 

「学生間での金銭の授受も禁止されていたはずだ」

 

 言い終わるや否や、蹴り飛ばされて、壁に背中を打ち付ける。

 

 剣が振り下ろされるのがゆっくりと見えた。エルムの声が聞こえた。

 

「も、もし謝らないんだったら───、お前のやったこと、バラしてやってもいいんだぜ?」

 

 

 

「───なんだ。言いふらすつもりはなかったのか」

 

 

 

 町の外だから喧嘩してはいけない。

 

「は?」

 

 燃える刀身を掴んだ。すると握った部分が融けて、そこから先がコロリと落ちる。伝わった熱のせいで柄から手を離して熱がる悲鳴と姿に、手紙を思い出して躊躇う。

 

 しかし、教えを破って外道に堕ち、既に追放された身だ。

 

「だったらいっそ───」

 

 

 

───突風が吹き、土埃が舞う。これは……人工的な風だ。

 

 

 

 そして、人が三人降ってきた。

 

 

 

「無様な姿ですね」

 

腰かけるブレウと、

 

「ブレウくん重いから早くどいてよぉ」

 

文句を言うリーン、

 

「なんで僕が一番下ぁ!?」

 

下敷きになったヴァイスが土埃の向こう側にいた。

 

 

 

 エルムの取り巻きの一人が叫び声をあげる。

 

「ゲェェエエエ!?リーン!!?!?」

 

 一番最初に動揺から復帰したのは、やけどをしていない方の上級生だった。手を前にかざし、

 

「くらえ───」

 

 だが、ブレウがバチバチと閃光を見せつけた。上級生は怯んで後ろに下がる。

 

「教えた通りです。お好きにどうぞ」

「うん!」

 

 リーンが勢いよく飛び出したことを皮切りに乱戦になる。

 

 その中で火傷を負った一人は逃げようとしていたが、

 

「こんにちは。今日から、お前たちは神殿の奉仕活動の労働力になってもらえると聞いた……」

 

 ネロに進行方向を塞がれていた。

 

「な、なんだ、この女」

「しかし、恥ずかしがり屋。口では犯行の意思を示すから、無理矢理にでも連れて行ったほうがいいらしい……。であれば、()()小突いてもよいと聖典16ページあたりに書いてあった気がする……」

 

 次の瞬間には、彼は勢いよく殴り飛ばされていた。

 

「え?聖典にそんなこと書いてあったっけ……?」

 

 リーンは相手の襟首を掴んだままポカーンとしている。

 

 ネロの拳を見れば、さっきまでにはなかったはずの岩が表面を覆い、殴った威力のためかポロポロと少し剥がれ落ちてきている。

 

 殴る直前に魔術を発動させたのだ。

 

「改心前なら殴ってOK……。聖典の32ページあたりに書いてあった気がする……」

「ないよ」

 

 唖然として見ていると、

 

「ここまでやられてるとは思わなかったよ。反撃くらいすればよかったのに」

 

 ヴァイスから水で濡らした布を渡される。口をぬぐうと赤い血がついた。

 

「どうしてここに」

「僕の噂好きも、たまには役に立つだろ?」

 

 ……遅かれ早かれ、彼らは来たのだろう。それなのに、自分は一体何をしようとしていたのか───、

 

「お前らぁ……!バカにしやがって!!!」

 

 完全に頭に血が上ったエルムが、自分とヴァイスのほうに向かってくる。

 

「話を聞───」

「うるせえ!!!」

 

 ヴァイスはすでに逃げていた。こちらから手は出せない。

 

 身体強化の乗った拳が振るわれるのを受け止めるか避け、直撃だけはもらわないようにする。そうしているうちに袋小路の壁に追い詰められていく。

 

 追い込ませたところで、

 

「もらったぁ!!!」

 

十分引き付けた拳を避け、勢いを利用して転倒させる。すごい音がしたので、かなり痛いはずだ。

 

「えーいっ」

「聖典合法キック……」

 

 立っていた最後の一人がリーンとネロに蹴り飛ばされた。

 

「ヴァイス、終わった」

「よし。思ったよりも早かったな」

「じゃあ、約束通り私はこれで……」

「ありがとう。また何かあったらよろしく」

 

 いつの間にか戻ってきていたヴァイスと会話をしたかと思えば、ネロはエルム以外を縄でくくり、引きずってさっさと行ってしまった。

 

「エルムも連れていってもらうつもりだったんだけどな。どうしようか」

 

 痛みによるうめき声をあげていたエルムが顔をあげる。

 

「このっ、このっ……!教官が来たら、お前らだって一巻の終わりだからな!!!」

「バレなきゃいいんですよ」

「お、俺にこんなことしていいと思ってんのか!?」

「いいと思ってますが」

「えっ、ブレウくん?これ(エルム)って地主の息子で、何かあったら親が出てくるんじゃなかったっけ?」

 

 リーンが驚きを口にする。その噂をリーンも認識していたという事実の方が驚きではあった。

 

 ブレウは呆れて溜息をついた。

 

軍魔術学校(こんなところ)に子どもを入れる地主なんて、大した力は持っていませんよ。普通は商業学校か、同じ軍でも幹部候補にさせるために士官学校に入れるのでは?ふん、じわじわと没落して来ている、というのも考えられますね。もしくは……」

 

 一旦言葉を止めた彼はエルムに近づく。

 

「全く期待されていないため、体のいい厄介払いでもしたのでしょうか。そんな親が、わざわざ助けてくれますかねぇ」

 

 そう言われたエルムは明らかにショックを受けていた顔をしていた。

 

「普段の様子を見ていても、とても優秀には見えませんし……君、捨てられたんじゃないですか?」

「おい……っ」

 

 思わずブレウの肩をつかんで制止させようとしたが、不機嫌な表情で振り向かれる。

 

「ありもしない親の威光を笠に着て、恐喝行為をしていたことを批判しているだけですが。なんですか、君自身は何か意見でもあるんですか?」

「それは……。処罰は、教官に一任するべきだ。脅して金を奪い取ろうとしていたのは悪いことだから。……力であれ、言葉であれ、理不尽に人を痛めつけることもいけないことだから」

 

 リーンがエルムを指差す。

 

「え?エルム(これ)がここで転がっている件については?」

「その件については、勝手に転んだだけだから……」

「レドくん怖」

 

 なぜか引かれた。

 

 ブレウやリーンと話していると、エルムの声がした。

 

「なんだよ……。好き勝手言いやがって……」

「勢いよく転んだよな。大丈夫か?」

 

 手を伸ばすと、はたかれてしまった。

 

「軽くあしらっておいて、憐れんで……」

「あしらってもいないし、憐れんでなんかいないけど……」

 

 怒りの形相で見上げられる。

 

「親殺しのクズのくせに、見下してんじゃねぇよ!ぶっ殺してやる!!!」

「そっか。わかった。君と戦うよ」

 

 膝をついて、目線を合わせると、エルムは驚いた顔を見せた。

 

「何賭ける?爪?指?それとも腕?」

「え?腕?」

「わかった、腕か」

 

 そんなに本気だったのか……。それは申し訳ないことをした。

 

 立ち上がり、手の内の短刀の感覚を確かめる。

 

「じゃあ先に相手の腕を落とすか破壊したほうが勝ちということで」

「待てぇぇぇぇぇぇえええええ!?」

 

 エルムは顔を青くして、座り込んだまま勢いよく後退した。

 

 どういうわけかヴァイスが恐る恐る話しかけてくる。

 

「あの、レドさん?どうしちゃったの?君そんなんだっけ?いつ短刀取り出したんだい?命がけで何やろうとしているんだい?」

「命がけではないし、決められたルールは守ってるし、俺も彼も戦う意思はあるし……」

 

 そう言ってエルムを見ると、猛烈な勢いで首を横に振っていた。他も横に振っていた。ブレウだけがうんうんと縦に振っていた。

 

「ルールというのは、双方戦うことに合意していれば攻撃してもよい、ということでしょうか」

「ああ」

「では、先ほど僕の暴言を止めたのは」

「ブレウは喧嘩するつもりはなかったんだろう。だから、痛めつけるのはルール違反だ」

「あ、憐れんでいないって、そういう……?」

「レドー?レドさーん?僕ね、思うんだけれども、全くぶれることない刃先をエルムに向け続けながら喋るのはやめてくれない?」

 

 エルムは教官のところまで自白しに行った。

 

 

 

 屋外演習場にて、自分を含めた五人は座り込んでいた。

 

「……なんで僕たち、揃いも揃ってここで草むしりしてるんだろうね」

「黙って手を動かしてください」

「はーほんと誰が悪いんだろー?私は真面目にやってたのになー」

「私はさっさと帰ったから何もしていないのと同義……」

 

 自分は黙ったまま、他四人はほんの少しだけ喋りながらの草むしりを行う。

 

「……あ。見てよ、あそこで猫が交尾してる。冬なのに」

 

 しばらく全員で遠くから猫の交尾を眺めた後、

 

「…………なんで黙って眺めているんだ僕らは!」

「発見者はヴァイスくんじゃない」

 

 ヴァイスが箒を地面に叩きつけた。そして、チラチラと自分の方を見てくる。

 

「レ、レドさーん?……元気?」

「ああ、おかげさまで。治癒魔術やってくれてありがとう」

「いやー!どういたしまして。ははは!!!エルムたちもひどいことするもんだよねぇ!挙句の果てに『親殺し』呼ばわりするなんて!」

 

 あのブレウが、多少なりとも気まずそうな顔をしている。

 

「ははは!……………あれ?」

 

ヴァイスたちがそれに気がつき、微妙な雰囲気にその場が包まれた。

 

「……ブレウは知っているんだろう」

「そうですね、町に危険人物が来ると聞いていました」

 

 去年、自分はシモニアという、ブレウが住んでいた海辺の町に移住した。当初から知っていたとは。

 

「き、危険人物?確かに蛮族思考だけど……、だからって」

「エルムの言っていたことは本当だ。それに、親だけじゃない」

 

 

 

「俺、父さんも母さんも弟も妹も、家ごと焼き殺したんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー。時々いなくなるのも理由があったんだね」

 

 ヴァイスはブレウと二人きりで話している。レドは定期的な検査に行ってしまっているためだ。

 

 その検査も魔術の暴走を一度起こしてしまったので行っているとレドに聞かされたヴァイスは、もうすぐ1年になる付き合いの中で、レドが頻繁にサボりをするような人間にはどうにも思えなかったので納得していた。

 

「ブレウは火事の話、知ってたんだ」

「大人たちの話を盗み聞きしましたから」

 

 ブレウは淡々と返す。こういった態度はいつものことなのでヴァイスは気にしなかった。

 

「魔術の暴走?はよくわかんないけど事故なんだろう?なのに人殺し呼ばわりなんて、エルムの奴もひどいよ」

「……エルムの実家のある地方紙で、ほんの小さく記事になっていたようです。おそらくそこや周囲から断片的な話を知ったんでしょう。全て知っていたら、あのような行動は起こさないと思います」

「そうだよな。まともな神経なら、あんな───」

「───彼のいた村で見つかった遺体は、五人だったそうです」

「……え?」

 

 レドの家族は、両親に弟と妹が一人ずつだった。そう、聞いていた。

 

「四人はかろうじて体格で判別がつくかくらいの焼死体。そして、家の近くでもう一人、この世のものとは思えぬほど、苦しみの表情をしていた無惨な死体があった。そう、聞きました」

 

 

 

§ § §

 

 

 

 夢を見た。

 

 殴ってくる人物の顔は、自分だった。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 この町に来てから一年が過ぎようとしていた、ある日の冬のこと。

 

 今日も自分はフラフラと出歩いていた。……何をやっているのだろう。いくら探しても見つからない。先日、周りを巻き込んで、迷惑をかけてしまったばかりではないか。あんなことを言ったのに、変わらずに接してくれている。こんなものは罰ではない。

 

 寮に引き返そうとしたとき、道行く人のなか、猫が視界に入った。

 

「あ……」

 

 その猫は、人の背中にへばりついていた。

 

 

 

 追いかける。

 

「待ってくれ」

 

 ただ、追いかける。不思議と自分以外の全ての物が邪魔をしてくるような感覚があった。

 

 どうして自分はここまで追い求めているのか。

 

 感情はコントロールしなければならないものだ。

 

 揺れ動いた原因は取り除かなくていけない。

 

 それが、楽園(最悪の場所)に行けず、罰さえ受けることのできない己に残された、たった一つの使命だった。

 

 追いかけて、追いかけて、追いかけて、

 

「待って……」

 

 しかし、瞬き1つの間に彼を見失ってしまった。

 

「どう、して」

 

 視線をさ迷わせ、最後に見上げるとあの日と同じ、曇り空が広がっている。違うのは、自分の知っていること。そこから、逃げることも追いかけることもなく、立ち尽くすことしかできなかった。

 




15000~20000字×3話連続投稿しようとしたけど無理でした。
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